縁談話
リビングに顔を出すと、そこにはログと、その向かいに座る兄レインの姿があった。
「お兄様!」
驚くティアナに、視線を上げたレインは微笑んだ。
「お帰り。今日は王都に行っていたんだね。知っていれば、こちらまで来なくて済んだんだけど、すれ違ってしまったようで残念だよ」
あまり残念そうに見えないのは気のせいだろうか。
「昼過ぎにこちらに来たようでね、ティアナ嬢のお店に行っても閉まっているからこちらに顔を出してくれたんだよ」
「でも、ティアナは王都に向かった後だったから昼食をご馳走になってね。今日中には戻ると聞いたから、待たせてもらうことにしたんだ」
「それは・・・ごめんなさい」
謝ったが、レインは特に気にした様子はなかった。それよりも、なぜ兄がここまで来たのか、それが気になった。
「お兄様はどうしてここへ?」
定期的に手紙は出していた。兄は城で上級魔術師の補佐をしている。兄自身はそれほど魔力がなく、魔術師になれる程ではなかったが、魔術の知識があったので、魔術師の補佐として魔術棟で働くことになった。基本的には魔術師の補佐は魔力が弱くても魔術師がするのだが、魔術師の数にも限度がある。そのため、魔術の知識を持った普通の人も補佐として採用されている。兄は貴族出身なので、上級魔術師の補佐に選ばれた。
そんなに暇な立場ではないはずの兄がわざわざ隣町までやって来たことに、ティアナは疑問しかなかった。
「王城の方は殿下の結婚式が近くなってきたことで忙しくなってきているけど、大きなトラブルもなくいたって普通だよ。でも、フロース家としては、ちょっと困ったことが起きてね。ティアナに直接話をした方がいいと思って来たんだ」
「家のことで?父か母に何かありました?」
城でのことでまた何か起きたのかと思ったが、今回は実家の方の用事だった。そう考えると、ティアナには両親に何か起きたのだと思ってしまう。
「父も母も元気だよ。手紙をもらって嬉しそうにしているし」
「それじゃ、他にトラブルなんて」
「ティアナのことで問題が生じたんだ」
「私のこと?」
首を傾げるティアナにレインは困ったように苦笑してから口を開いた。
「ティアナに隣国の王子から縁談の話が舞い込んできた」
「私に、縁談ですか・・・」
兄の言葉にティアナはぽかんとするしかなかった。
「そう。隣国の第3王子が、ティアナ=フロースに結婚の申し込みをしてきた」
ちょうどクロードが荷物を片付けて部屋に戻って来た。
レインの言葉に彼は何の話をしているのかと視線を向けてきたが、ティアナはそれに答えることができず、ログは無関係を決め込んで口を開かなかった。
微妙な空気が部屋に流れると、レインは話の続きをする。
「半年前にリンド王子と婚約解消をしただろう。あの話はすぐに他国にも伝わって、王子には新しい婚約者ができたことも伝えられている」
ティアナは半年前に、この国の第1王子と婚約破棄をした。それすぐ後にルナリア=ベルメシャ伯爵令嬢が新しい婚約者として発表されたが、周りが前の婚約者であるティアナとルナリアを比較するようになって、ルナリアが肩身の狭い思いをしてしまった。
それを何とかするために、リンドがティアナに協力を依頼してきた。その申し出を受けてティアナはルナリアと会って、彼女の味方であることを主張した。途中邪魔は入ったが、ティアナの動きでルナリアの立場は安定した。
今はリンドと一緒に半年後の結婚式に向けて、妃教育をしっかりこなしているはずだ。
「王子の方はこれでよかったんだが、問題は婚約破棄された伯爵令嬢はどうなったかを周りが気にし始めた」
「私のことなど、放っておいていいと思うんだけど」
「僕もそうであればよかったよ。でも、他の貴族たちもティアナのその後を気にして、パーティーやお茶会に参加すると、ここぞとばかりに話しかけてくるようになったよ」
ティアナとルナリアの良好な関係を知った貴族たちが、姿を見せないティアナに代わり、兄のレインを見つけてティアナの同行を探ってくるようになったらしい。
その中には、ティアナとの仲を取り持ってほしいという輩も現れた。それはすべて、婚約破棄されてまだ日が浅いので、もう少しそっとしておいてほしいというレインの配慮で潰されている。
「この国の爵位が下か、同等ならあしらえるけど、上の立場や他国になってくると、僕や父でも対応できない」
公爵や侯爵となれば、伯爵の父では断り切れない。今のところ申し込みをしてくる者はいないが、ティアナに会いたいという者がいた場合、そこは王子が抑え込んでくれることを期待しているらしい。
王子もティアナに借りがある。困っていたら助けてくれるだろう。だが、他国の王子となれば話が変わってくる。
「その王子というのは?」
「東側のクリュート国の第3王子、エドワード=デュ=クリュート殿下」
ブロファリト王国は北に山脈、南に海があり、東西を他国に挟まれた国になる。その東側にあたるクリュート国には3人の王子がいる。上の2人はすでに結婚し、3番目の王子は現在結婚相手を探している最中だった。
「別に私である必要はないと思うんだけど」
「それが、その王子、どうもティアナに一目ぼれしていたらしい」
「え?」
それは初耳だった。
「ティアナがリンド王子の婚約者になった頃、パーティーに隣国の王子も呼ばれていたんだが、そのパーティーでティアナを見初めたらしい」
「それって、2年以上前の話じゃ」
リンドと婚約した頃ならば、2年半前になる。その頃婚約者のお披露目として、何度かパーティーに参加した。その中のどこかで、隣国の王子に見初められたようだ。
「ティアナはリンド王子の婚約者として紹介されたから、そこで諦めたようなんだけど、今回婚約破棄の情報を耳にして、それならと手を上げてきたみたいでね」
2年半の間に、エドワードには結局婚約者が見つからなかった。そんなときに一目ぼれした伯爵令嬢が婚約破棄されたと聞いて、申し込みをしてきたらしい。
「隣国の王子との縁談だ。伯爵家ではどうすることもできない」
レインのため息に、ティアナは天井を見上げることしかできなかった。視線を上げると、いつの間にか後ろに立っていたクロードと目が合ったが、彼の視線が冷たいように感じたのは気のせいだったかもしれない。




