買い物
「2ヶ月ぶりの王都ね」
次の日の朝、馬車に乗り込んだティアナとクロードは、昼前に王都に到着していた。
前に王都に来たのは、王子殿下の願いでパーティーに参加するためだった。
あのパーティーから2か月が経過している。
ティアナが婚約破棄されて半年。もう半年で、王子殿下と婚約者の結婚式が執り行われ、妃が誕生する。半年前ともなれば、王都の中は一段とおめでたい雰囲気に包まれ始めているような気がした。
「さっそくだけど、1件目に行きましょう」
到着するなり、ティアナはクロードを伴って魔石を扱う店へと足を運んだ。
ほしい魔石が1件目ですべて揃えられれば、そこで今日の目的は達成できるが、おそらくそうはならないだろう。
「いらっしゃい」
1件目は王都の中心にある、比較的大きな魔石店に向かった。値段が安くて量を求めるなら大きな店の方が取り扱いはいい。まずは一般的に使う魔石の調達からだ。
火をつけるための火属性の石と、水の浄化に使う水属性の石を購入する。
「次は昼食よ」
1件目を終えると、ティアナは近くにあるカフェに入った。
サンドイッチと紅茶を頼んで一息つくと、向かいに座るクロードを見てはっとした。
「ごめんなさい。勝手に注文したけど、大丈夫だったかしら?」
「特に問題ない。こういう場所に来るのが初めてだから、ティアナに任せる」
そう言って、クロードは店内を見渡した。
「賑やかだな」
「王都の街中はこんな感じよ。フォーンと比べちゃいけないわ」
彼は王都にほとんどいたことがないので、王都の中の地理をほとんど知らない。どこにどんな店があるのか、今はどんなものが流行っているのか、フォーンは隣町ではあるが、穏やかで時間がゆっくり流れているような場所なので、その差は歴然だ。
「もっとゆっくりできる時間があれば、王都の中を案内できるんだけど」
「今日は用事があってここに来たんだ。俺のことは気にしなくていい」
護衛という立場で一緒にいるのだ。観光をしに来たわけではない。
「この後は、別の魔石店に行くわ。そっちの方が貴重な魔石を置いている可能性があるから」
賑わう王都の中心ではなく、専門的な店が多く並ぶ終身から離れた場所に移動する予定だ。
運ばれてきた食事を2人とも食べ終わると、店を出てすぐに東に向かう。
王都は北側に城と貴族たちが住む屋敷が集中して建てられていて、中央と南側には市民の住宅や生活に必要な店が中心だ。西側には食に必要な卸問屋や専門品店が多くあり、東側にはそれ以外の衣類や魔道具といった食以外の店が集中する。
ティアナが行きたかった魔石店も東側にあった。
彼女が王子の婚約者だった頃、7賢者リーンに魔封石士として色々と教えてもらっていたが、その中で作ってみたい魔封石を見つけると、その店に行っては魔石を買っていた馴染の場所でもある。
家族にも魔封石作りをしていることは内緒にしていたので、自分のお小遣いで買える範囲での石しか当時は買えなかった。
「どんな物を買うつもりなんだ?」
店までの道のりを付いてくるだけだったクロードが尋ねてきた。
進むにつれて専門的な店が目に入るようになってくると、人の数も少なくなってきて、賑わいが落ち着いてくる。静かになってきたことに気を使ったのかもしれない。
「いくつか作りたい魔封石があるから、それ用の魔石と、クロードのための魔石も探してみようと思っているの」
「俺の?」
「今の魔封石でもいいけど、またいつ壊れるかわからないし、他の属性魔法も試してみたいでしょう?」
クロードが身に着けているのは風と水と光の属性が使える混合石だ。彼の魔力量が石より強くなれば、また壊れてしまう可能性もあるし、他にも地や火、闇属性の魔法をまだ使ったことがない。持っている魔封石は、あくまでクロードの魔力を安定させるための石であって、魔法を使いこなれるようになるかはクロード自身にかかっている。他の属性の魔法を使うには、その属性の魔封石を用意しておかないと、また暴走する可能性がある。
今後のことも考えて、新しい魔石を調達したいと思っていた。
そんな会話をしていると、目的の店にたどり着いた。
中に入ると、客が3人も入ったら満員になりそうな手狭な店だった。外観はもっと大きかったのだが、中は人が入るスペース以外、すべてが魔石に占領されている店だ。
「いらっしゃい」
店の奥に一人男が座っている。周りを魔石に囲われていて、明らかに身動きが取れていない。
「相変わらず狭いけど、品ぞろえはいいのよね」
ティアナは店の中の魔石を見渡して感嘆のため息をこぼした。
「おや、お嬢さんじゃないかい」
身動きが取れない店主が、棚の中の魔石を眺めているティアナを見て驚いた顔をした。
「お久しぶりです」
「しばらく見なかったが、元気そうだね」
「隣町に引っ越したので、なかなか来られなくなっていたんです」
魔石があるためお互い近づいて会話ができないが、店主は嬉しそうに声をかけてくれた。この店に来るときは、いつも良家のお嬢さん風にしていたので、店主はティアナが王子の婚約者で、未来の妃殿下になる予定だったとは思っていなかったはずだ。
「相変わらず、良い物が揃ってそうだから見させてもらいますね」
「好きなだけ見ていくといいさ。ここなら大抵の物は揃えられるぞ」
店主は軽く手を振って好きなように見ていくように言ってくれた。
ティアナはその言葉を受けてさっそく魔石を物色し始めた。
一般的な魔石以外にも、2種類の魔石が融合したものや、一回り大きい魔石まである。基本的に魔石は球状の物が多いが、中には平べったい形や、わざわざカットを施した宝石のような形の物もある。
一通り魔石を探し出すと、ティアナは最後に欲しかった魔石を店主に尋ねた。
「混合魔封石に使う透明な魔石はありませんか?」
「あれは特殊だからね。普通は店に並ばないよ。もしあったとしても、よっぽどの常連や上客じゃないと、出てくることがないね」
つまりあったとしても、ティアナのようなたまに来て買い物をする小娘には見せるつもりはないようだ。
店主はティアナが魔封石士だとは思っていないのだろう。魔石集めが趣味な良家のお嬢様くらいに見ているのだろうか。
「そうですか、わかりました。今日はこれだけ買っていきます」
そう言って手元にある魔石を見せる。
金額を言われて、支払いを済ませると店を後にした。
「次の店は?」
「今日はこれで終わりよ」
「混合石はいいのか?」
店を出てすぐにクロードに次の行き先を聞かれた。欲しかった混合石は手に入らなかったが、他の魔石はすべて買えた。今日はこれで帰っても大丈夫だ。
「他のお店に行っても、あの石は見つけられないわ。別ルートで手に入れるしかないと思う」
おそらくほかの店でも同じように透明な石は見ることさえできないだろう。
クロードが持っている石は7賢者から譲ってもらったものだった。そちらのルートで新しい石を調達するほうが確実だ。
「まだ昼過ぎだから、今から帰れば日が沈む前にはフォーンに帰れると思うわ。今日はこれで満足よ」
買いたかった物を抱えてティアナの心はほくほくしている。それを横目に見ていたクロードは僅かに苦笑して一緒に馬車乗り場まで歩いて行った。




