伯爵令嬢との出会い
手紙がログのもとにきたのは3ヶ月程前だった。
「ふむ、なるほど」
手紙を読んだ彼はひとつ頷くとクロードに手紙を見せた。読めということのようなので目を通す。その内容に読み終わる頃にはクロードの眉間にしわがよっていた。
「相変わらず突飛なことを頼んでくるね」
クロードの顔を見てログは面白そうに言う。
「断れないのか」
「無理だろうね。もう準備はできてるようだし、あとは手紙の伯爵令嬢が来るだけ。それも数日中にはこちらに来るみたいだ」
「会ったことがあるのか?」
手紙には数日中に伯爵令嬢が尋ねてくること、その令嬢が街で魔封石の店を開くのでいろいろと相談にのってほしいという内容だった。
「どうだろうなぁ。わたしが王都を離れてもう5年は経つし、その頃は彼女もまだパーティーに顔を出していないだろうしね。いったいどんなご令嬢が来るかな」
届いたばかりの手紙で急な話のはずなのに、ログの反応はのんびりだ。
「のんきだな」
魔封石の店を開きたいなど、普通の令嬢なら考えられない。詳しいことが書かれてなかったので、いったいどんな事情で来ることになったのか。ため息をつくとログが笑みを深めた。
「3年前に君がここに来た時も突然だったよ。あの時は手紙と君が一緒にきたから、いろいろ大変だったね」
昔を懐かしみながら言う彼にクロードは眉を寄せるしかできなかった。
「まぁ、どんな女性が来るのかその日になればわかるよ」
その日は2日後にやってくることとなった。
それから3ヶ月。貴族の令嬢が魔封石店をやれるのかと思ったが、予想外にティアナは店を続けている。
そんな事を考えていると店の扉が開いた。顔を向けるとログと一緒にティアナも出てきた。視線が合うがクロードからそらす。だが、彼女は何も言わなかった。
「終わったのか?」
ログに尋ねると彼は頷いた。
「それじゃ、また来るよ」
軽く手を上げてティアナにあいさつしたログが歩き出す。その後ろをクロードがついていく。少し進んだところで、ふと後ろを振り返ってみると、ティアナはまだ店の前に立ってこちらを見ていた。視線が合うと彼女はわずかに微笑んだが、どこか寂しそうに見えた。それも一瞬で、目を伏せると静かに店へと入っていった。
「もっとクロードと話がしたいんだよ。もう少し心を開いてみたらどうだい」
視線を戻すとログは前を向いたままだった。
心を開く。歩みよれと言っているようだか、クロードからはどうすればいいかわからない。いままで親しくする人もいなかったし、親しくしたいと思うこともなかった。
「深く考えることはないよ」
優しく言われるが、クロードは眉間にしわを刻む事しかできなかった。
彼女と始めて会った時を思い出す。
クロードはログの屋敷に居候として一緒に住んでいる。そこにティアナがやって来た日、貴族の挨拶を交わす二人を眺めていたが、挨拶が終わった彼女がクロードを見た。
『はじめまして、ティアナ=フロースです。』
スカートを摘まんで貴族の挨拶をする彼女に、クロードは胸に手を当てて騎士の礼をとった。
クロードは王都の魔法騎士団所属だ。本来なら魔法騎士として王都にいるはずなのだが、ある事情から騎士団にいることができず、3年前からログに預けられることになってしまった。目の前の令嬢が貴族として挨拶しているのだから、こちらも騎士として対応した。
『魔法騎士団所属のクロード=アイリッシュだ』
『あなたが魔法騎士のクロードなのね。噂は聞いてます』
その言葉に身体が強張ったが、それも一瞬のことで相手には気づかれてはいないだろう。
『これから私もこの街で魔封石の店を開きますから、よろしくお願いします』
ティアナは気にすることもなく挨拶をする。王都を離れて店を開くような貴族令嬢が一体どんな女性かと心配していたところがあったが、目の前にいる彼女は緩く波打っているブロンドの髪をリボンで一つにまとめ、少し大きな目で穏やかに微笑む美人と言って良い落ち着いた雰囲気の女性だ。
『さっそくだけど』
挨拶を終えたティアナはぽんと手を打って、一歩クロードに詰め寄った。何事かと目をしばたたかせるクロードに、彼女は大きな目を見開いて言った。
『あなたが破壊騎士の異名を持っていることは知ってます。魔力の制御が上手くできなくて暴走させてしまうことも。このままでは魔法騎士としてお城に勤めることができないから、ログ様の所で魔法制御できるようになるまで様子を見るかたちをとっているんですよね』
『・・・・』
『私は魔封石士として、あなたの魔力制御ができる魔封石の開発を騎士団から依頼されてるので、ぜひ一度力を見せてください』
『・・・・・は?』
あまりに唐突なことに返す言葉が見つからなかった。だが、時間が経つにつれて意味を理解したクロードは眉間にしわを寄せて一言返した。
『断る』
突然のことに驚いたが、今までクロードの魔力制御をするための方法を考えてきた人間はいたが、誰もが失敗してきた。それをこれから魔封石の店を営んでいこうとしている貴族令嬢にできるはずがない。一言拒絶の言葉を残し、クロードはすぐに部屋を出て行った。
それ以来、彼女と顔を合わせることはあっても、クロードが拒絶の空気を醸し出して話が一向に進まない状態になっている。
「あんな申し出、できるはずがない」
王都を離れてもう3年。一生戻ることはできないし、ほかの場所に行くこともできないだろう。
「最初から諦めているなら、試しに魔封石を作ってもらったらどうだい」
先を歩くログの背中を見ながらため息をつく。
「ログは俺が力を暴走させた時、どれだけの被害が周りに出るのか知らないからそう言えるんだ」
魔法騎士になって初めて騎士団の訓練中に力を使ったが、それが暴走して多くのものを破壊した。そこから破壊騎士と呼ばれるようになり、周りから距離を取られた。力の制御ができないクロードの扱いに困った騎士団の上層部は彼を王都から離し、近くの街で監視をつけて様子を見ることにした。監視役として街を領地に持ち、現在は領主の座を息子に引き渡して隠居生活をしているログが選ばれた。
「確かに直接は見ていないけど、噂では聞いているよ。それに、ティアナ嬢は石作りに前向きなようだし、一度ゆっくり話をしてみるのも悪くないと思うよ」
ログの言葉にもう一度後ろを振り返る。だいぶ歩いてきたので店は小さくなってしまったが、寂しそうにしていた彼女の顔が思い出せた。




