余談1
毎日毎日目の前に置かれる書類に目を通してはサインする。そんな日常うんざりする。
師匠から引き継いだ7賢者の称号を受けて10年以上が過ぎているが、その間に自分にも弟子ができた。それでもあと数年は7賢者でいなければいけないだろう。その間ずっと書類にサインし続けるのかと思うと、この先もうんざりしてしまう。
魔術師なのだから、魔術の研究をしたいのだが、7賢者であり、魔術師団の師団長でもあるリーンには、研究よりも書類管理の方が圧倒的に多い。
「せめて、なにか面白いことでもあればなぁ」
他に意識を注げる何かがあれば、息抜きにもなるだろうし、書類ばかり見ていると頭が痛くなりそうだった。
今は休憩という言い訳を使って部屋を抜け出し、気晴らしに城の中にある温室に足を運んでいた。
気に内外の様々な植物が植えられ管理された温室は、様々な植物の宝庫になっている。
薬の調合のために必要な植物を取りに来る以外ここには足を運ばないのだが、たまたま行ってみようという気になった。
魔術師団の部下にも弟子にも行き先を伝えなかったので、遅くなった場合探し始めるだろうが、ここにたどり着くのには時間がかかるだろう。
少しのんびりできることだし、どこかで昼寝でもしようかと考えながら歩いていると、ふと違和感を覚えた。
「なんだ?」
そこは温室の中でも開けた場所だった。
ほとんど人の来ない温室ではあるが、所々に休憩できるように椅子や東屋が存在する。
リーンの目の前にも小さな東屋があるのだが、静まり返った東屋は人の気配がしない。それなのに違和感だけがある。
さらに近づいてみて、東屋を覗いたところで違和感の正体に気づいた。
そこには少女が1人で静かに本を読んでいた。
離れていた時は全く気配を感じなかったのに、中を覗いた瞬間人の気配を感じることができた。
「魔法か」
気配を消せる魔法が東屋全体に施されているようだ。7賢者であるリーンだからこそ違和感を覚えることができたが、普通の人であれば通り過ぎるだろうし、他の魔術師でも注意を払わなければ気づかない可能性がある。それほど繊細に施された魔法だということがわかった。
「あ・・・」
リーンが感心して東屋の中を覗いていると、本を読んでいた少女が顔を上げて視線が合った。
「やぁ、こんにちは」
挨拶をすると、彼女は慌てたように立ちあがりスカートをつまんで淑女の礼を取った。相手は7賢者であることに気づいたのだろう。
「申し訳ありません。本に夢中になってしまってご挨拶が遅れました」
すぐに詫びてきた少女は17か18歳といったところだろう。金に近い茶色の髪が、光を受けてキラキラと輝いているように見えた。緑の瞳が動揺して揺れ動いている。
「そんなに畏まらなくていいよ。ちょっと珍しい魔法が気になって覗いてみただけだから」
そう言うと、少女ははっとしたように東屋の中心にある石のテーブルに目を向けた。
彼女が持っている本以外に数冊の本が積んである横に、淡い光を放つ魔封石が置いてあった。
「君の魔封石?」
「はい。少し1人になる時間が欲しくて、使用していました」
魔封石を手に取ると、淡い光が消えて魔法の気配も消えてしまった。
「結構巧妙に作ってあるようだけど、誰の作品?」
「えっと・・・」
リーンでさえ違和感程度しか掴めなかった。魔力操作に長けていないとここまでの魔封石はできないだろう。誰が作ったものなのか知りたくて尋ねると、少女はさっきよりそわそわと視線を動かしていた。
「言いたくない人?作ったことを知られるとまずい人?」
「まずい、かもしれません」
少女はそう言って肩を落とした。
「誰の作品?」
リーンはもう一度訪ねた。
「・・・私が、作りました」
少女が項垂れる。
「君が作ったの?」
「はい」
リーンはもう一度少女を上から下まで眺めた。
まだ若い少女だ。この年で魔力操作に長けているのは驚くしかない。
「君、名前は?」
「・・・ティアナ=フロースです」
観念したようにティアナは名乗った。
「どこかで聞いたような」
「先日、第1王子のリンド=アル=ブロファリトとの間に婚約が成立しました」
「あぁ、王子の婚約者・・・・・は?」
国王から息子である第1王子に婚約者ができたことは聞いていた。それほど時間も経っていなかったので、直接顔を合わせたことがなかった。
「婚約者、君が?」
「はい」
まっすぐ見つめてくる視線に嘘はないようだった。だからこそリーンは衝撃を受けていた。
気づいた時にはティアナの肩をがっちり掴んでいた。
「も、もったいない!」
「へ?」
肩を掴まれたことに驚いてティアナは妙な声を出して固まっていたが、リーンはお構いなしに続ける。
「今見ただけでも、相当質のいい魔封石を作れるじゃないか。それなのに、王子の婚約者だなんてもったいない。君なら優秀な魔封石士になれるよ」
「ありがとうございます?」
褒めたのだが、ティアナは混乱しているのかお礼が疑問になっている。
「今からでも婚約解消して、僕の元で魔封石士としての修業をしてみないかい」
「えっと・・・ありがたいお言葉ですが、婚約は国王と父であるフロース伯爵が決めたことですので、私1人の意見ではどうにもならないかと」
「むむぅ」
国王が決めたことなら、7賢者であるリーンでもそれ相応の理由がない限りティアナの婚約を白紙にすることはできない。
「リーン様、お気持ちはありがとうございます。私も婚約者に選ばれなければ、魔封石士の夢も見続けていたと思います」
「魔封石士になりたかったの?」
「そうですね。学園に通っていたころに魔封石の魅力を知りました。先生も魔力操作が上手いと仰ってくれましたけど、こればかりは」
学園を卒業すると同時に王子の婚約者に決まった。ティアナに魔封石士になりたいと言う機会は与えられなかった。
「ですから、たまにこっそり自分なりの魔封石を作ってはいるんです」
テーブルの上にある数冊の本は、すべて魔封石関連の本だった。その中から気配を消す魔封石を見つけて作ってみたらしい。これを使えば、1人になりたいときこっそり使って魔封石の本をゆっくり読むことができる。
婚約者になったとこでお妃教育も始まった。その合間を使って時々魔封石を作ったり、能力の確認をしていた。
「でも、7賢者は騙せませんね」
たまたまリーンがここに来たから気づけたが、他の者ではずっとティアナの存在に気づけなかっただろう。ここまでの能力があるのに使えないのは本当に惜しい。
このまま手を離せば、彼女は婚約者として力を埋もれさせたままになってしまう可能性が高い。
「よし、それなら僕の弟子になろう」
「え?」
突然の提案にティアナが呆然とする。
「僕にはすでに弟子がいるから、正式な弟子にはできないけど、こっそり弟子として僕の所で魔封石の研究をしたらいい」
7賢者は1人だけ弟子を取ることが許されている。それは将来の7賢者となる後継者。7賢者になるためには現役の7賢者から認められなければならない。弟子として修業を重ね、新しい7賢者に相応しいと認められれば7賢者の仲間入りを果たせる。リーンの場合、弟子のエリクスが認められれば、リーンは7賢者を引退することになる。
ティアナはこのままいけば王子と結婚することになる。そうなれば魔封石士の夢は完全に断たれるが、その前まではまだ融通が利くはずだ。婚約者の間だけでも、彼女の能力をもっと伸ばして、優秀な魔封石を作っていくことは可能だ。
「君にやる気があれば、僕はいくらでも協力するよ」
「私が魔封石を作ることを許してくださるんですか?」
「このままではもったいないよ。せっかくある能力は有効に使わないと」
少し迷いを見せたティアナだったが、婚約者の間だけでも魔封石に触れられることを認めてもらえたことが嬉しかったのだろう。静かに頷くとリーンの隠れ弟子になった。
それは7賢者リーン=ラナスターとティアナ=フロースの出会いだった。




