魔力暴走
迫ってきた大蛇の頭は、ティアナが張った結界に阻まれて跳ね返ると砕けて消えていった。それと同時に手の中に合った風の魔封石が小さな音を立ててひびが入った。今の攻撃で魔封石の力の限界を超えたようだ。緑色の石のままではあるが、中の魔方陣は消えていた。小さく砕いて、もう一度魔封石として利用することはできるが、今までのような力を発揮することはできない。
力を失った石を仕舞い、あたりの様子を確認する。大蛇は2つとも倒され、魔術師は今の魔法で犠牲になったようだった。これで戦闘が終わったと判断し、腕の中にいたルナリアを解放した。
「すべて終わりました。巻き込んでしまったことをお詫びします」
頭を下げると、ルナリアが慌てたように言ってきた。
「頭を上げてください。私がティアナ様を追わなければこんなことにはならなかったのではありませんか。ティアナ様に責任はありません。それに守ってくださいました」
顔を上げると、蒼い顔をしているもののルナリアは大丈夫そうだ。そのことにほっとすると、エリクスが近づいてきた。
「1人しか捕まえられなかったが、これで首謀者は必ず捕まえる」
「私の役割はここまでね。あとは任せるわ」
そう言って、クロードを見ると、彼はなぜが剣を握りしめたままその場から動こうとしない。
「クロード?」
不思議に思って声をかけたが、それでも動かない彼に違和感があった。エリクスもそれに気がついたようで、一向に動こうとしないクロードに近づこうとした瞬間、彼の背中が大きく震えた。
それを見たティアナは違和感の正体に気づいた。
「まずい」
その言葉とクロードの中から魔力が噴出するのが同時だった。彼を包むように光の粒子が溢れ出し、周りに飛び出していく。
エリクスが咄嗟に2人の前に庇うように立つと、結界を張ってクロードの魔力の波を押しのける。
「何が起きた?」
「たぶん、さっきの攻撃で魔封石がクロードの魔力に耐えられなくなったのよ」
安定的に魔力を操作するための補助として持たせていた光属性の魔封石。練習でクロードが何度も使用しても壊れる心配はなかったが、先ほどの炎の大蛇を光魔法で斬った時、予想以上の魔力を使ったようだった。そのせいで補助していた魔封石が限界を超えてしまって壊れた可能性が高い。
光の粒子が空を舞う光景を見たティアナは周りを見渡してから、自分たちを守るエリクスに言った。
「庭を囲う結界を張って」
先ほどの戦闘では襲撃犯の魔術師が結界を張って、外の人間に何が起きているのかわからないようにしていたが、魔術師がいなくなったことで自然と結界が消えていた。今クロードの魔力暴走が起これば、周りに気づかれるだけじゃなく、騒ぎを聞きつけた人々を巻き込んで大きな被害が出る可能性があった。
そのことにエリクスもすぐに気が付いたようで、地面に片手をつくと、魔術師特有の呪文を演唱し始めた。空気が張り詰めたかと思うと、クロードまで囲むほどの結界が張られる。
「さっきのより範囲は小さいが、こちらの様子は隠せた」
「エリクスはこのままルナリア様を守って」
ティアナはそう言うと、スカートの中に手を入れた。非常事態の時に使うための魔封石を小さな袋に入れて太ももに括り付けていたのだ。それを取り出すと袋の中身を取り出す。
「私はクロードの暴走を止めるわ」
幸いというべきか、暴走が始まったばかりだからなのか、まだ魔力暴走は小さい。もしかすると、動かないクロードが必死に魔力を抑え込もうとしている可能性もある。今ならばティアナ1人でも落ち着かせることができるだろう。
「ティアナ様、危険です」
ルナリアを地面に座らせて離れようとすると、すがるようして彼女に止められた。
「ルナリア様、このままでは周りに大きな被害が出ます。その前に彼を止める必要があります。それが今できるのは私だけなんです」
エリクスの協力もあればもっと簡単にできるだろうが、彼には将来の王太子妃を守ってもらわなければならない。
「私なら彼を止められる。ルナリア様はここで待っていてください」
できるだけ優しく、そして反対されることのないように強い意志を込めて言うと、そっと彼女から離れた。
「あまり余裕がないぞ」
「わかったわ」
エリクスの視線はクロードを捉えている。動かない彼だが、体を覆う魔力はどんどん膨れ上がっている。限界を迎えれば一気に魔力が爆発して暴走する可能性があった。
息を整えると、ティアナはスカートを翻して一気に駆けだした。
結界に守られていたから気がつかなかったが、結界を出た瞬間、魔力の波がティアナを襲う。
一瞬息が詰まりそうになるのを、呼吸を整えながら迫ってくる魔力を受け流していく。魔力コントロールが優れているティアナだからこそできる方法だ。
そのままクロードに向かって走る。
だんだん近づいていくと、背中を向けていたのでわからなかったが、彼が剣を地面に突き刺して自分の体を支えていることに気がついた。小刻みに震える背中は魔力を何とか抑え込もうとしている証拠だろう。今まではどう扱ったらいいのかわからなかった魔力だが、ティアナとの訓練でその方法を身に着けていった。たとえ魔封石がなくても、魔力のコントロールをしようと彼なりに抵抗しているようだ。
「クロード!」
ティアナが叫ぶと、彼の肩がわずかに跳ねた。こちらの声は届いているようだ。
魔力の波を受け流しながら、振り返らない彼の背中に手を伸ばす。
あと少しで手が届きそうだと思った瞬間、クロードの方が大きく跳ねた。
次の瞬間、彼の周りに光の球がいくつも浮かび上がると、彼を中心に弾けるように飛んできた。
ティアナにとってはもう少しでクロードに届きそうな距離だったため、出現した光の球はすぐ目の前に現れた。それが飛んでくるということは、目の前の球が直撃することになる。
反射的に自分の目の前に現れた光球を魔力で包んで軌道を変えることはできたが、すべての球を避けることはできなかった。
数個がティアナの体に当たると思い、衝撃に耐えるように身を固くする。
しかし、光球がティアナに当たることはなく、すべて彼女の体に触れる寸前で弾けて消えてしまった。その代わりティアナは急に現れた人間に腕の中にすっぽり収まることになる。
「え?」
「いいところまで行ったけど、詰めが甘いよ。怪我でもしたら大変だから、無茶はしないでほしいな」
のんびりとした話し方は、ティアナを労わる優しくて久しい声。
「ここは城内なんだから、魔法に関しては僕の範囲内だよ。君1人が無理をする必要はない」
そう言ってそっとティアナの背中をそっと押した。
押されるままに前に進むと、クロードの背中が目の前に合った。咄嗟のことに対応できず、ティアナはそのままクロードを抱き込むようにして押し倒した。
2人が重なって地面に倒れこむと、途端に魔力の波が消え、クロードの中に荒れ狂っていた魔力が収束した。
「クロード」
半身を起こすと下敷きにしたクロードの名を呼ぶ。
「・・・あぁ」
小さいながらも返事が返ってきた。そのことにほっとすると、ティアナは自分が握っていた物を、剣を持っていない左手にそっと握らせた。
顔を上げればそこには先ほどティアナを抱きしめていたローブ姿の男が立っている。
「とりあえず今回はこれでよしとしますか」
魔力暴走すれば大変なことになっていたにも関わらず、どこかのんびりとした口調が変わらずほっとしてしまう。
「リーン師匠」
ティアナの声に、7賢者リーン=ラナスターはにっこりと微笑むと1つ頷いただけだった。




