中庭で
「これで片付いたわ」
力を抜いて息を吐きだすと、隣を歩くクロードも同じように息を吐きだした。
初めてのパーティーに緊張していたのだろう。
「付き合ってくれてありがとう」
「これも仕事の一環だ。気にしなくていい」
ログの命令で騎士としての任務としてクロードはここにいる。それでもティアナはお礼を言いたかった。
テラスから外に出ると、暖かい風が頬を撫でた。王子殿下と婚約破棄したのは冬も終わりかけの暖かくなってきた頃だったが、4か月も経てば夏の最盛期に近くなってきた。真夏になれば半分以上の貴族たちが避暑のため領地に戻るため社交界は一度静まり返る。その前に今回の騒動を静めておきたかったのだろう。
テラスから中庭へと足を向けようとすると、クロードが急に止まった。
どうしたのかと顔を上げれば、彼は中庭の庭木の間に人影を見つけて、じっとそちらを伺っていた。ティアナも視線も向けると、暗闇に紛れるように黒いマントを頭まですっぽりと被ったエリクスが静かに立っていた。2人の視線を受けてエリクスが頷く。それを見たティアナは自然な動きでクロードから離れた。
「喉が渇いたから飲み物を取ってきてくれる。私は中庭を散策しているから」
「わかった」
クロードが会場に引き返していく。それを見送ってからもう一度庭木へと視線を向けたが、そこにエリクスはいなかった。
ティアナは1人静かに中庭へと進んでいった。
城の庭は広い。綺麗に整備されているので歩きづらくはないが、庭木が壁になって視界を塞ぐようになっている。ある程度庭の構造を覚えていないと、暗い庭を進むのは怖いうえに迷子になる可能性もある。ティアナは幼い頃から王子の遊び相手として城には来ていたし、庭で遊んだこともあるので、たとえ暗くても迷うことなく進んでいける。
やがて少し開けた場所に出ると、その中心に東屋が見えてきた。誰が来てもいいように東屋の中にはランプが1つ。光の魔封石を中に入れて光っていた。淡い小さな光が照らされた東屋の中に入り座ると、一つ息をついた。
「まだ、やることは残っているわね」
今回のパーティー参加はティアナとルナリア嬢の関係を良好にするもの。それによって王子殿下とルナリア嬢の仲がより一層強くなってくれることを目的にしていた。だが、ティアナには他にもやらなければいけないことがあった。
東屋の天井を見上げていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。クロードが戻って来たのかと思い視線を向けると、そこには先ほど別れたルナリアがこちらの様子を伺うように歩いてきていた。
「ルナリア様」
驚いて立ち上がると、彼女はほっとしたような表情を浮かべて東屋に入ってきた。
「どうされたのです?」
「もう少しティアナ様とお話がしたくて、殿下に無理を言って抜けてきたんです」
1人になったせいか、心もとない感じがするルナリアは、ティアナの様子を伺うように言ってきた。
「どうぞ」
ここで追い返せば、せっかく良好だと思われた2人の関係に悪い噂がついてしまう可能性がある。ティアナは隣に座るように勧めるしかなかった。話をすぐに済ませて彼女を会場に戻すしかない。
隣に座ったルナリアは少しだけティアナを伺ってから、口を開いた。
「先ほどの発言なのですが」
「先ほど?」
「私とこれから交流を持ってくださるという発言です」
「何か問題がありましたか?」
ティアナは王都にいないので、交流と言っても手紙でのやりとりしかできない。それでも、困ったことがあれば相談くらいできるだろうと思って言った言葉だった。
「問題だなんて。私としては大変ありがたい申し出でした。でも・・・」
「でも?」
彼女が何を言いたいのかわからず首を傾げると、意を決したようにルナリアが言ってきた。
「私と交流を持つことを、本当に喜んでしてくださるのですか?」
前のめりになって尋ねられ、ティアナは瞬きをした。
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「あの場所では私と仲良くしているように周知させようとしてくれました」
それには頷く。今回のパーティー参加はそれが目的だったのだ。
「でも、それは殿下が無理に頼んだことなのでしょう。本当のティアナ様の気持ちはどこにあるのか、殿下のことをどう思っているのか、それを確かめておきたかったのです」
そこで彼女がティアナを追いかけてきた理由がわかった。
今回のことは事前に王子殿下から事情を聞いていたはずだ。ティアナがルナリアと仲良くしていれば、周りが婚約者を比べなくなるだろう。そうすれば、ルナリアがもう少し楽に妃教育をできるし、周りに怯えずに済むと思って動いたことだった。ティアナとしても身を退いたのに、いつまでも城の中で名前を出され続けるのは嫌だし、魔封石士として新しい道を進むと決めたのだから、邪魔をしないでほしいと思っていた。
「ルナリア様は、私の気持ちが殿下にあるかもしれないと、それを心配されているんですね」
今回の計画は殿下からの申し出を受ける形になった。煩わしいことに決着をつけるために、ティアナは了承したが、ルナリアはまだティアナが殿下を慕っているから会いに来たのだと勘違いしてしまっているようだ。
「私となんか仲良くしたいなんて、本当は思っていないのかもしれないと思ってしまって」
眉を下げてルナリア言った。
「1つ確認してもいいですか?」
不安そうにする彼女に、ティアナは確かめることにした。
「ルナリア様は殿下のことが好きですか?」
そう尋ねた瞬間、彼女の顔が一気に赤くなった。それだけで充分想いが伝わってくる。
「す、好きです」
素直に答える彼女をかわいいと思ったことは秘密にしておこう。
「私が婚約者に選ばれたのは、殿下の幼馴染でいつも一緒にいたことと、父の爵位も問題ないということで選ばれただけなのですよ」
「では、ティアナ様は殿下を好きではなかったのですか?」
「恋愛感情というより、家族愛や友情といった方が強いと思います」
王家を途絶えさせるわけにはいかない。守っていくためにたとえ恋愛感情がなくても、繁栄のために結婚して後継者を設ける必要がある。ティアナはレインと結婚すれば恋という感情はなくても、愛情を持って隣に立つつもりでいた。相手も同じ考えは持っていただろう。だからこそ、婚約したときに、殿下は1つの提案をしてきた。
『僕たちのどちらかに本当に好きな人ができたたら、隠さずに話そう。その時は婚約破棄も考える』
伯爵家のティアナがそんなことを言えるとは思えなかったので、婚約破棄する場合は、王子からになるだろうと、その時のんびり考えていたものだった。
「本当に好きになった人と結婚するのであれば、私は喜んで祝福します。だから、ルナリア様は私のことを気にせず、胸を張って殿下の隣に立ってください」
本心を口にして、ルナリアの様子を伺う。彼女はしばらくこちらをじっと見つめていたが、やがて優しく笑った。
「わかりました」
それだけ言うと立ち上がり礼をとった。
「お話しできてよかったです」
「私もルナリア様のことをもう少し知ることができてよかったです」
視線を合わせて微笑むと、ルナリアも微笑んでくれた。これで彼女の中にあったティアナへの不安は消えただろう。
「そろそろ戻らないと、殿下が心配して探しに来てしまいますね」
「はい。本当にありがとうございます。私は戻ります」
そう言ってルナリアはもう一度礼をすると背を向けた。
次の瞬間、肌が泡立つ感覚にティアナは彼女の腕を掴んで引き寄せた。
「ティアナ様?」
突然のことに胸に飛び込む形になったルナリアは驚いて固まってしまったが、それ気にする余裕がティアナにはなかった。
「結界を張ったわね」
ルナリアを抱きしめたままティアナは内心で舌打ちをした。




