パーティーの決着
「クロード・・・3日ぶり、よね?」
「・・・そうだな」
パーティー当日。城の門の前で馬車を降り、兄に連れられて会場の手前まで行くと、騎士の正装に身を包んだクロードとフォームトン伯爵をすぐに見つけることができた。フォームトン伯爵は何度か城のパーティーで会ったことはあるが、会話はほとんどしたことがなかった。彼に今回の協力の礼を述べて、兄と伯爵が会話を交わしている間に、3日ぶりのクロードに声をかけたのだが、3日前に別れた時と違い、明らかに憔悴していることに驚いてしまった。立った3日で何が起こったのだろう。
「大丈夫よね?」
確認をすると、不敵な笑みを浮かべるクロードがいた。
「ログの教えの数十倍は厳しかった」
遠くを見る目がリベルトのマナー講座のスパルタ性を物語っているようだった。
「ご、ご苦労様」
なんと答えたらいいのかわからず、とりあえず労っておいた。
「ティアナ」
呼ばれて振り返ると、話し終わった兄がリベルトと一緒にすぐそばに来ていた。
「ここからは別行動になる」
「うん。ありがとう」
ここから先はクロードのエスコートで会場に入ることになる。リベルトは夫人と一緒に、兄は1人で、それぞれ行動する。
「幸運を」
「良い結果を待っています」
兄とリベルトが先に会場に入っていく。
「俺たちも行くか」
「そうね」
会場に入れば戦いが始まる。目的は第1王子のリンドと、その婚約者ルナリア=ベルメシャ伯爵令嬢だ。2人の味方であることを強調し、周りに認知してもらう。
差し出された手を取って会場へと向かう。リベルトのスパルタマナー講座が功を奏しているのか、ティアナに合わせた歩調で、迷いのない動きでクロードが導いてくれる。そのことに安心しながら会場に足を踏み入れる。
次の瞬間、一斉に会場の視線がティアナに注がれた。
「あれは、フロース嬢では?」
「ティアナ=フロース様だわ」
「ずっとお姿を見ていなかったが、息災のようだな」
「婚約破棄の傷心で引きこもっていたのでは?」
「いつ見てもお美しい。やはり妃候補はフロース嬢ではないか?」
視線とともにそんな囁きが聞こえてきた。それをすべて無視するように笑顔で中へと入っていく。
「隣の男は誰だ?」
「騎士の正装だぞ」
「あんな騎士いたか?」
ティアナへと注がれる視線のほかに、隣に立つクロードにも疑問の視線が向けられる。騎士になってすぐに王城を離れたうえに、3年以上姿を見せていなかったクロードを知る人間は少ない。今回クロードが参加することはティアナから7賢者リーンを経由してリンド王子に許しを得ている。なんのためらいもなく会場にいられる。
多くの視線を浴びながら進んでいくと、やがて周りの人々が進む方向を譲るように退いていった。どうしたのだろうと思うと、その先に見知った男がいることに気がついた。
「王子殿下か」
クロードの呟きに頷く。ブロファリト王国第1王子、リンド=アル=ブロファリトが4か月ほど前に婚約したルナリア嬢と一緒に立っていた。
本来ならまずは国王への挨拶が先になるのだが、リンドもこちらが来た理由を知っているため、最初に解決すべきことと判断して待ち構えていたのだろう。その後ろに国王と王妃が座っているが、黙って様子を伺っている。国王も今回のことはすべて容認しているはずだ。ティアナが先に王子に声をかけても咎められることはない。
「お久しぶりでございます。殿下」
「元気そうだな」
リンドは冷静な表情をしているが、隣に立つルナリア嬢は不安そうな表情を隠せないでいる。視線がリンドとティアナを彷徨っている。ティアナが視線を向けるとビクリと体が反応していた。
「初めまして、ベルメシャ伯爵令嬢様。ティアナ=フロースです。婚約したことは聞いておりましたが、王都にいなかったため遅れてしまいましたが、婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
緊張しているのか、声が上ずっている。元婚約者が目の前にいるのだ。今回の計画は知らされているはずだが、それでも何を言われるのかと内心びくびくしているのだろう。
妃教育を受けている間、ずっと比べられてきた。そのせいで心が弱っている彼女には、ティアナという比べる対象が目の前にいるのは苦痛以外の何物でもないはず。
ティアナはルナリアを批判するためにここに来たわけではない。できる事なら彼女の支えになるために目立つパーティーに参加した。そのことをわかってもらうために、ティアナはクロードから離れると、両手でルナリアの手を取った。
「婚約して4ヶ月ほどですが、結婚式まであと1年もないというのに、妃教育は大変でしょう」
ティアナは婚約する前から妃候補として教育を受けてきたし、婚約した後も2年間ゆっくり妃教育を受けてきていた。本来3年かけて行われる妃教育を、残り1年で詰め込まなければいけないのはさすがに辛い。疲弊する心に、前の婚約者と比べられてしまえば、余計に精神を病んでも仕方がない。
「私でよければ力になりますので、いつでも相談してください。あいにく王都にいることが少ないのですが、手紙であればいつでも対応できますわ」
なるべく優しく、相手に自分の心が伝わるように言葉を紡いでいく。
ルナリアは握られた手を見つめ、ティアナの目を見てから、ほっとしたように息を吐きだした。
「残り少ない時間ですが、殿下の支えもあります。妃として恥じないようにしっかり勉強に励みます。でも、どうしても困った時には、お手紙を書いてもいいでしょうか?」
「困ったとき以外でも、いつでも構いません。せっかくですから、殿下の愚痴も一緒に書いてください」
「おい」
隣で聞いていたリンドがティアナを軽くにらんだ。
「あら、一緒に過ごせば不満の2つや3つや4つ、出てきますわ。それを話せる相手がいるのはいいことですよ。代わりに私が知っている殿下の幼い頃の失敗談を教えてあげます」
しれっとティアナが言うと、気まずそうにリンドは視線をそらした。幼馴染として育ったのだ、彼の失敗も見てきているティアナには話す内容がそれなりにある。
「それと、私のことはどうぞティアナとお呼びください」
「では、私のこともルナリアと呼んでください」
最初に緊張が取れてきたのか、柔らかい笑みを見せてルナリアが返してきた。これで周囲に2人が敵対していないことが周知できただろう。離れて様子を伺っていた者たちの囁きにティアナがルナリアを認めたという言葉が聞こえてきた。批判や比べるのではなく味方になったことを知れば、周りの態度も少しずつ変わってくるだろう。
「ところで」
ルナリアとティアナの関係が決まると、リンドはずっと黙ってティアナの隣に立っていたクロードに視線を向けた。クロードが胸に手を当てて礼を取る。
「騎士団所属のクロード=アイリッシュです」
「3年ほどフォームトン前伯爵の所にいたので、顔を合わせるのは初めてかもしれませんね」
騎士として王城にいたのは数日だ。ティアナはクロードのことを説明した。
「覚えているかわかりませんが、彼が騎士として配属されて数日後に、魔力暴走を起こしています」
「・・・3年前。確かそんなことがあったな」
「当時を知る騎士たちの間では、破壊騎士として名が残っているはずです」
そう説明すると、王子だけでなく、隣のルナリアも驚いた表情をして固まった。クロードの同行は認めていたが、人物の詳しい内容は把握していなかったようだ。
彼の魔力暴走は凄まじく、暴走させた騎士の演習場は使い物にならなくなり、近くにいた人間にも被害が及んでいた。当時を知る騎士や、使用人達からは力をコントロールできない破壊騎士として噂されている。当然城に住む王族も事実を把握しているし、ルナリアは妃教育の一環で、そんな騎士がいることを教えられている。その騎士が目の前にいる。当然今の話が聞こえた周りの貴族たちも驚き、数歩後ろに退いた。
「なぜここに?」
驚いたのは数秒で、リンドは冷静に言葉を出した。ここで取り乱すことは王子殿下としてしてはいけない。クロードは何も言わず頭を下げたままだったので、ティアナが口を開いた。
「今は魔力のコントロールもできるようになってきましたので、今回の私のエスコート兼護衛役として、フォームトン前伯爵様の許可を得まして連れてきました」
「フォームトン前伯爵もなかなか大胆なことをしてきたな」
「パーティーが終わりましたら、騎士団に連れていく予定です」
ティアナとルナリアの関係がはっきりすれば、もうティアナがこの場にいる理由はなくなる。せっかくクロードを連れてきたのだ。彼の現状を見てもらうために、騎士団長と面会させようと思っていた。
事前に手紙を出しておいたので、騎士団長との面会は許されている。
「そうか」
リンドは頷くとクロードに声をかけた。
「君が近いうちに王城で騎士として仕えてくれることを楽しみに待っているよ」
「ありがとうございます」
さらに頭を深く垂れてクロードが礼を言う。
「では、私たちはこれで。まだ国王様にもご挨拶をしていませんので」
そう言って、ティアナはクロードを伴ってその場を離れた。
国王への挨拶は、今のいきさつを見られていたこともあり簡単に終わった。そのあと2人が動くと、周囲の人間が一斉に避けていく。誰も近づいてこない理由がクロードだとわかったが、ティアナは何も言わずにパーティー会場を抜け出して、中庭へと移動することにした。




