魔力診断
次の日。王都に送った家族への手紙の返事が戻ってきた。
1か月を切った王都でのパーティーに参加するため、準備に協力してほしい旨を伝えていたが、手紙の返事にはパーティーの参加準備はすべてフロース家がしてくれるというものだった。
手紙は兄に宛てたもので、兄から両親に話をしてもらっている。返事も兄からで、ティアナが元気にしていることを両親に伝えると心配しながらも安心してくれたようだった。屋敷を出てから連絡はほとんどしていなかったし、すべて兄とのやり取りだった。出ていくことを快く思っていなかった両親に手紙を書くのは躊躇いがあって、今でも兄を通してでしか情報を伝えられない。このまま王都に戻って両親にあった時どんな反応をされるのか予想できない。
手紙が来たらすぐに王都に戻る予定だったティアナだが、クロードの魔封石を作ることになったため、急遽王都行きをパーティーのぎりぎりの日程にすることにした。準備は家族にすべて任せてティアナは魔封石に専念することを選んだ。その理由にまた襲撃された時の対処としてクロードが魔法を使えるようになっておくことと、王都に行くときに彼も護衛として一緒に行くことになったからだ。
「パーティーに参加するぎりぎりまで油断はしない方がいいだろう」
クロードの魔封石を作ることで店をしばらく休むことにしたティアナは、その間ログの屋敷に滞在することにした。事情を話すとログはそう言ってクロードをティアナに預けてくれることになった。
魔封石を作ることが決まったその日に一度店に戻って、必要な道具を抱えてログの屋敷に戻った。隣のパン屋にも顔を出して心配している2人とも話をしてきた。事前にシャイヤから話を聞いていた2人はティアナが店を休んでいる間の店の様子を見てくれると申し出てくれた。貴族出身のティアナにはない感覚だったので、こういう時にお隣というのは大事なものなのだと感心してしまった。
兄宛ての折り返しの手紙を送ると、ティアナはすぐにクロードの魔封石作りに取り掛かった。
「まずはクロードの詳しい魔法診断をしましょう」
彼を庭に連れ出してティアナが意気揚々と言うと、庭の真ん中に立たされたクロードは無表情のままティアナを見つめ返した。
「魔法診断・・・」
「専用の魔封石を作るには、あなたの詳しい魔力を知る必要があるわ」
クロードの暴走する魔力を安定させるための魔封石を作ることが今回の目的だ。そのためには彼の魔力の属性や今の魔力最大値など知っておく必要があった。
「・・・それは、できない」
すぐにでも始めるために準備に取り掛かろうとしたティアナだったが、クロードの呟くような小さな声に動きを止めて彼を見つめた。
「魔封石を作ることを許可してくれたわよね?」
首を傾げるティアナに、視線を泳がせて明らかに戸惑いを見せるクロード。
「診断しないと作れないものなのか」
「クロードの場合、魔力暴走をさせずに安定的に魔法が使えるようにならないといけないわ」
そのためには彼の魔力を詳しく調べる必要があった。どんな時に不安定になるのか、どうすれば安定するのか、どれくらいのレベルなら魔法が使えるのか。いろいろと見極めなければいけない。そう説明するが、やはり彼は戸惑っていた。
「何か問題があるの?」
戸惑いの原因がわからなくて質問すると、視線を揺らしながらクロードが答える。
「俺が魔力暴走を何度かさせているのはわかっているだろう」
「それを安定させるために魔封石を作るのよ」
「そのために魔力を見せるということは、今抑え込んでいる魔力をさらすことになる」
「そうね」
「魔力を使おうとすれば暴走するし、魔力診断で他人の魔力が干渉しても暴走する可能性がある」
「あぁ、なるほど」
ここまで言われて彼が何に戸惑っているのかわかった。
魔力診断をする場合、クロードの魔力にティアナの魔力を干渉させなければならない。だが、クロードは7歳の時に魔力診断を受けて暴走させている。今回も同じことが起こる可能性を示唆していた。
「そこは大丈夫よ」
ティアナは笑顔で彼の心配事を否定した。
「今回はあなたの魔力が暴走するかもしれないことを事前に知っているもの。その対処をしながら魔力を調べるから暴走させたりしないわ」
7歳の時は魔力が暴走することなど想定していなかった。そのため抑えきれない魔力の暴走で被害を大きくしてしまった。だが、今は暴走する可能性を考慮したうえで対応しながら彼の魔力を調べるつもりでいた。そうしないと目の前にある屋敷がおそらく大変な被害を受けることになる。
「だけど・・・」
それでもクロードの不安は拭えないようで戸惑っている。今まで彼は魔力を制御できたことがない。不安になるのも仕方がない。魔封石を作って終わりだと思っていた彼からすれば今の状況は恐怖でしかないのだろう。
「私がクロードの魔封石を作るのは、ただの興味本位でしているわけじゃないのよ」
彼の不安を取り除くようにティアナはゆっくりと話しかけた。
「私はあなたの魔力を安定させるための魔封石を作ってほしいと、依頼を受けて作るの」
そう言うと、彼ははっとした顔をした。
ティアナはこの町で魔封石の店を開くとき、それを援助してくれた人から依頼も受けていた。魔法騎士クロード=アイリッシュを本物の魔法騎士にするために、彼専用の魔封石を作ってほしいと。
ログの屋敷で初めて会ったときティアナは魔封石作りをクロードに話したが、あっけなく拒否された。その後も様子を見ながら機会があれば頼もうと思っていたのだ。そう思いながら3か月以上が過ぎてしまったが、当初の目的を今果たそうとしている。
「私に依頼した人は、私の魔封石士としての能力をきちんと評価してくれているわ。そのうえでクロードの魔封石を作ってほしいと頼んできたの」
彼の魔力の暴走がどれほどのものかを依頼主は知っている。だからこそ、ティアナが適任だと依頼してくれたのだ。伯爵令嬢だからとか、元第1王子の婚約者だからとかの見た目の評価ではなく、ティアナ=フロースとして、彼女の魔封石士の力を見たうえで選んでくれたのだ。クロードが魔封石を作ることを許してくれた今、ティアナは自分に期待してくれている人のためにもできる限りのことをしたかった。
「大丈夫よ。今日は少し魔力の様子を見るだけだから」
「・・・わかった。でも、本当に気を付けてくれ。俺には抑え込めないんだ。暴走すれば被害が大きくなる」
そう言ってクロードは屋敷を見た。ここで力が暴走すれば屋敷にも被害が及ぶのは目に見えている。
「私を信じて」
ティアナはできるだけ明るい声で答えた。
クロードは1つ頷くと、首にかかっている銀の鎖に触れた。鎖を手繰っていくと服の中ら1粒の黒い石が現れる。丸く平べったい黒い石だけが付いたペンダントだ。ほかの装飾がないシンプルなデザインのだが、黒い石は光を受けると石の中で小さな光がキラキラと舞っていた。よく見ると石の中に淡い光を放つ魔方陣が描かれている。
「魔力を抑え込むための魔封石だ」
魔力暴走をさせないための手段として、クロードの魔力を今は完全に抑え込んでいる。そのため、この石が作用してクロードは魔法の一切を使えない状況だ。彼が城で暴走した後すぐにこの石が作られ、クロードは魔法の使えない魔法騎士になった。そのまま騎士として城にいることもできただろうが、一度暴走させた事実は消えない。周りから距離を置かれ騎士としても扱いに困ることになったため、騎士団は彼をログに預けることにした。その経緯はティアナも知っている。
「石を見せて」
手を差し出すとクロードは石をそっと手のひらに置いてくれた。
手の中にすっぽりと納まる大きさの石を眺める。わずかに魔力を込めると、込められた魔力は流れるように石の中に吸い込まれていく。これもクロードのために作られた魔封石だ。彼の暴走しそうな魔力に蓋をし、そこからさらに漏れてくる魔力を吸い取って蓋を強化していくような構造になっている。ただ抑え込むだけの魔封石では力が反発して、余計な暴走を招く可能性もあったため、無理やり抑えるのではなく蓋をしたうえで零れ出る魔力を利用して上から覆い隠すような方法にしてある。
今回ティアナが作ろうとしている魔封石は、クロードの魔力に蓋をするのではなく、有り余っている魔力を安定させながら、必要な分を使って魔法が使えるようにすることだ。どんな魔方陣を描くべきか、黒い魔封石の魔方陣も参考にしながら作りたいと思っていた。
「この後どうすればいい」
魔封石を眺めたまま黙ってしまったティアナに、少し不安そうにクロードが尋ねてきた。今の彼は魔力の抑えを持っていないためいつでも魔法が使えると、魔力暴走させられる状態にある。
「私に少し魔力を流してくれればいいわ」
「やったことがないんだが」
「大丈夫。私と手をつないで、手のひらに魔力を集中させてくれればいいわ。あとはこっちで受け取って魔力の分析をするから」
石をスカートのポケットにしまうと、両手をクロードに差し出した。戸惑いながらも彼も手を前に差し出してきて、ティアナの手に自分の手を重ねた。
「まずは私が魔力を流すから」
そう言ってティアナは自分の手のひらに魔力を集中させていった。顔を上げれば緊張した面持ちでクロードが手を見つめている。初めての経験に全身が強張っているのがわかる。
「何か感じる?」
わずかに魔力を流せば、クロードはしばらく首を傾げていたが、やがて手のひらから伝わる感覚に頷いた。
「暖かい」
それは触れあっているからではなく、魔力が通ることで感じるものだ。
「今度はクロードがやってみて」
魔力を流すのをやめると受け取る側になる。
「ゆっくり、深呼吸して」
幼いころに行った魔力検査は相手側が子供の魔力を覗いて判断するものだが、今回はクロードから魔力を流してもらってそれを調べる方法だ。やったことのない方法に緊張しているクロードに諭すように話しかけながらやっていく。
一度深呼吸をして頷くと、彼の視線が手に集中する。すると、急に手のひらが暖かくなる。
「くっ・・・」
そう思った瞬間、暖かいと思った手のひらが急激に熱くなってきた。魔力の調節ができないクロードの魔力が一気にティアナに流れ込もうとしている。それを察知すると、ティアナはすぐに呼吸を整えて彼から送り込まれる魔力に集中した。
荒々しい力の流れが押しよせてくる。その力をティアナの魔力で薄く広く覆いながらすべてを受け入れていく。刺々しい攻撃的な部分は受け流してやんわりと包んでしまいながら彼の魔力を調べていく。目ではなく頭で魔力を視ていく。いろいろな色が混ざった中にきらきらと小さな光が混ざりこんだ光景は、彼の中に抑え込んでしまった魔力が行き場を失い、各属性が混ざり合って一つの大きな塊になっているように視えた。
「ティアナ!」
名を呼ばれて視線を上げれば、緊迫した表情のクロードと視線が合う。
「これ以上は」
どんどん流れ込んでくる魔力が大きくなっているのがわかった。このままでは暴走しかねない。
ティアナは1つ頷くと目を閉じて彼から送られる魔力に集中した。手を通して流れてくる魔力がティアナの体を通って地面に流れ込んでいくのをイメージする。それと同時に自分の魔力をクロードに流し込み、彼の中にある魔力も地面に流れていくように誘導していく。
「あ・・・」
魔力の流れが変わったことを感じ取ったクロードが声を漏らしたが、それを聞き流してティアナはあふれ出る魔力を大地に流していくことに集中した。
「そのまま」
魔力の流れが安定して来た頃合いを見計らって、ティアナは片手だけを離すと、ポケットに入れていた黒い石を取り出してクロードに握らせた。途端に彼の魔力が途絶える。それと同時に手を離すと、彼は呆然とした様子で石を見つめていた。
「うん、大体のことはわかったわ。今日はこれでやめておきましょう」
1つ作業が終わったことにほっとしていると、まだ呆然とした様子のクロードが顔を上げた。
「・・・暴走しなかった」
魔力を使えば必ず押さえがきかなくて暴走させていた彼の立場からすれば、初めての経験でどうすればいいのかわからなかったようだ。
「暴走しないのが普通なのよ。だからこれが普通なの」
笑顔でそう答えると、彼は石とティアナを何度か交互に見てから、深々とため息をついた。やっと緊張が解けたのだろう。
「この後は、クロードの魔力に合った魔封石を作るための案を考えるから、クロードの仕事はこれで終わりよ」
「本当にできるのか」
「どこまでできるかわからないけど、できるだけあなたの魔力を安定させながら、魔法を使いこなせるような魔封石にしていくわ」
できるだけ細かく、繊細な作業が求められるだろう。ここからはティアナの魔封石士としての力量が試される。
「せっかくもらったチャンスだもの。しっかり良い物を作って見せるわ」
力強く言うと、彼はほっとしたような穏やかな表情で頷いてくれた。




