泉の精霊
クロードから魔封石作成の許可が出た。
最初は耳を疑ったが彼のための魔封石を作れることを実感すると嬉しさが込み上げてきた。
「まかせて!」
自然と声が弾んでしまう。
呆れたような表情をしていたがクロードも笑顔を見せる。
「そうと決まれば、帰って準備をしないと。明日から作業に取り掛からないといけないわ」
「王都の方はどうするんだ?それにそのままだと体が冷えてくるぞ」
そう言われて自分が泉に両足を突っ込んだまま立っていたことを思い出す。スカートの裾も完全に濡れているので、まずは泉から出ることにした。淵まで歩くとクロードが手を伸ばしてきたので、その手を借りて上がるとティアナは自分の足を見つめた。泉に来た時と比べると明らかに足が軽く感じられた。痛みもない。
「痛くない」
スカートの裾を絞って水気を取ってから、用意していたタオルで足を拭い、靴を履いてみる。足に痛みが残っていないことを確かめる。
「泉の効果が出たようだな。だが、早すぎる気がする」
「これが治癒の泉」
怪我が早く治るだけだと聞いていたのに、少しの間泉に足を入れていただけで完全に治ってしまった。
「ここまでの効力はないはずだが」
クロードも泉の効果は知っているようで、あっという間に治ってしまったティアナの怪我に首を傾げている。すると、ぱしゃんと水音が響いた。
2人の視線が泉に向く。風も吹いていない誰も泉の中に入っていないにも関わらず、泉の中心から斑紋が広がっていく。
「え・・・」
ティアナは数度瞬きをして泉を見つめる。何もいないはずのその中心に小さな女の子が笑顔で佇んでいた。5歳くらいの女の子は蒼い髪が足首まで伸びていて、瞳も蒼い。透き通るような白い肌に真っ白なワンピースを着ただけで、裸足の足が泉の水面に乗っていて、水の上を浮かんでいるようだった。
突然現れた少女に戸惑ったが、不思議と警戒感は起きなかった。少女は笑顔で二人の視線を受け止めると一つ頷いてふいに消えた。
「あ・・・」
突然のことにティアナは手を伸ばしてしまったが、少女に届くことなく手は行き場を失った。
「い、今のって」
何が起きたのか確かめるためにクロードを振り返ると、彼も驚いた顔をしていた。
「おそらく泉の精霊だろう」
「なんで?」
突然の登場に戸惑うしかない。
「俺にもわからない。でも君の怪我が異常に早く治ったのは精霊のせいだろうな」
こちらとしては怪我が治ったことは喜ばしいが、なぜそんなことをしてくれたのかわからない。
「精霊は気まぐれだと聞くからな」
「確かに」
契約精霊でもない限り、自然の中で生きている精霊たちは自由気ままだ。ティアナの怪我もたまたま治してくれただけかもしれない。笑顔を向けていたので機嫌がよかったのだろう。そういうことにしておこう。
「それじゃ、気を取り直して明日からよろしく」
そう言ってティアナは手を差し出した。クロードの魔封石作りは大仕事になるだろう。気合を入れなければいけない。
明日から忙しく。まずは魔封石を作る前の準備をしなければ。
「シャイヤに荷物を取りに行ってもらったけど、必要な道具を持ってこないといけなくなったわ」
シャイヤには数日ログの屋敷に泊まるために必要な物を頼んでいた。だが、クロードの魔封石を作るためには魔封石に必要な道具を持ってこなければならない。そう考えているとクロードが首を傾げる。
「店で作業をしないのか?」
魔封石を作るのならば専用の道具がある店でやればいいと提案してくる。その間の護衛は彼が店にいることでできるが、ティアナにはその前にしなければいけないことがある。
「石作りの前に必要な作業があるの。それはお店じゃないほうがいいわ」
どうしても確認しなければいけないことがある。それは店でやるにはリスクが大きいのでできれば人がいない場所を使いたかった。
「まずはお屋敷に戻りましょう」
足も治り自由に動けるようになった。襲撃者がどこにいるか、いつまた襲ってくるかわからない状況だが、今のティアナは自分にできることをしなければいけない。必要な行動とそれに必要な道具を頭に思い浮かべて屋敷に戻ろうとすると、急に腕を掴まれた。
「ティアナ」
「え?」
「荷物を忘れている」
そう言ってクロードがカバンを渡してきた。足を泉に浸している間横に置いておいたことをすっかり忘れていた。
「魔封石のことは俺にはわからない。だが、魔封石のことばかり考えて突っ走るなよ。もう少し周りを見ることを忘れるな。俺は君の護衛役だ」
「あ、うん。ごめんなさい」
素直に謝ると彼は頷いて手を離し、ティアナの前を歩き始めた。その背を見つめながら後を追うティアナだったが、鼓動が落ち着かないことに胸に手を当てる。
初めて名前を呼ばれた。驚きと動揺でまともな返事ができなかった。彼は何事もなかったように歩いていくので特に気にしてないようだったが、呼ばれた本人は落ち着かない。
名前を呼ばれたことに不快感はなかった。むしろ心を開いてくれた証拠だろう。ティアナの差し出した手を掴んでくれたのだ。彼女もそれに応えられるだけの努力をしなければいけない。
「落ち着こう」
呟きとともに1つ深呼吸をする。
「戻るんじゃなかったのか?」
後をついてこないティアナに足を止めてクロードが振り返った。
「行くわ」
そう返事をして頭を切り替えると、ティアナは歩き出した。これからティアナが目指していた魔封石士としての仕事が待っている。ほかに厄介ごとも抱えているが、それでも諦めていた魔封石士になることができたのだ。自分の持てる力を使って魔封石を作る役目に胸を躍らせながら屋敷に戻るのだった。




