母の想い
「今から洞窟に行っては下山が遅くなるでしょう。洞窟へは明日ということで」
魔石探しから精霊との遭遇、イリスの小屋で話し合いをしているとすっかり時間を費やしてしまった。
洞窟への調査は明日ということになった。
まだ日があるうちに山を下りて村に戻る必要もあるため、イリスと別れてすぐに下山する。
「俺は今夜はここに泊めてもらうことになった」
エリクスは自分の師匠の師であるイリスと魔術師としてもう少し話をするため、小屋に残ることになった。
「魔石調査とは別で、イリス様に会うことも目的になっていたからな」
魔石の特殊性に気づいたイリスが弟子であるリーンに報告したことから調査が始まった。イリスが村の近くに住んでいることをわかっていたリーンは、自分の弟子をイリスに合わせるために、今回の調査隊にエリクスを混ぜていたのだ。
1人減っての下山にはなかったが、特に問題も起きることなくすぐに村まで戻ることができた。
「俺は村長と話をしてから戻るから、クロードはお嬢さんと先に戻ってくれ」
村長の家に戻ってくると、アルトがカインと一緒に家の中へと入ってしまう。
残されたクロードはティアナを伴って母の家に戻ることになった。
「今日は疲れただろう。早めに休んだ方がいい」
麓で調査をするだけのはずが、山を登る羽目になったことで疲れているだろう。
「さすがに登山の経験がなかったから、今夜はぐっすり眠れそうだわ」
少し疲れた顔をしているように見えたが、笑顔で答えたティアナにクロードは心配になる。
「あまり無理はするなよ」
新しい魔石の発見を期待していただろうに、結局魔石の調査は打ち切りになってしまった。洞窟の調査をすることになったが、魔石を発見しても持ち帰ることはできないだろう。顔には出していないが、内心は残念に思っているはずだ。
体力的にもきつい1日になってしまったが、精神的にも堪えている可能性がある。
「今日はゆっくり休むから大丈夫よ」
体力的な面を心配されたと思っての返事に、余計心配になってしまう。
家に到着すると、エリーはすでに夕食の準備をしていた。
「あら、おかえりなさい。思ったよりも早かったのね」
いつもより人数がいるため、まだ夕方でもないのに食事の準備を始めていたのだ。
「何か手伝おうか?」
ティアナを部屋で休ませてから、クロードは母に声をかけた。
「あら、手伝ってくれるの?」
意外だというような声を出していたが、顔は揶揄っているような笑顔だった。
「ふふ、こんな風に一緒に何かをするのなんて何年振りかしらね」
「俺が村を出る少し前じゃないか」
クロードは魔力暴走をさせてから、イリスの元で生活していた。彼に魔力の基礎を教えられ、魔力暴走させないための訓練をしていたが、結局制御できずに10年程一緒に暮らしていた。その間ずっと彼と一緒にいただけではなく、時々エリーのところへは顔を出していた。そんな時は彼女の手伝いをするようにしていたが、それも村を出るまでの話だ。もう5年以上の時が流れている。
葉野菜の水洗いを頼まれて洗っていると、エリーが包丁で野菜を切りながら話しかけてくる。
「ティアナさんとはいつからの付き合いなの?」
「は?」
突然の質問にきょとんとしてしまう。
「だって気になるじゃない。息子が恋人連れて帰ってきているのよ。知りたいと思うのが母心じゃない」
そういうものなのかと首を捻っていると、エリーは唇を尖らせた。
「話せないような関係ではないでしょう」
「そういうわけじゃないけど」
母親に恋人の話をする。こんな恥ずかしいことはない。どうやって話せばいいのかしばし考えてから、クロードは彼女と出会ったときのことから話すことにした。
きっかけが魔力暴走を制御できるかもしれないということだったからだ。魔力暴走でずっと心配をかけていた母にはここから話すべきだと思った。
手を止めることなく話を聞いているエリーは、フォーンで出会ったティアナのおかげで魔力制御ができるようになったことを話すと驚いていた。
「その時は特に意識していたわけではないけど、一緒に暮らしていて、訓練を重ねているうちにいつの間にか意識していた感じだった」
はっきりと自覚したのは、ティアナが隣国の公爵家の刺客に襲撃された時だった。何もできなかったと弱っていた彼女を抱きしめて、自分の気持ちを理解した。それからしばらくは何事もなかったが、告白したのも、ティアナが結界石の魔力に呑まれて倒れた時だった。失うかもしれない恐怖に自分の気持ちを押さえられず想いを告げてしまった。
彼女も自分を想ってくれていたから、恋人同士になれただけなのだ。そう思うとクロードは幸運だった。
「いい子に出会えたわね」
エリーも同じように思ったのかもしれない。優しいまなざしに恥ずかしさを覚える。
「俺の話はこれでいいだろう。それよりも母さんはアルトといつから付き合ってたんだよ」
自分の話を切り上げて、今度は母のことを聞いてみた。
「アプローチされたのは、あなたが村を出てすぐよ」
エリーは恥ずかしがることもなく2人の関係を話し始める。
「でも、すぐには応えられなかったわ。まずはあなたが立派に魔法騎士として王都でやっていけることを確認してからと思っていたから」
ずっと心配をさせてきた母は、クロードが村を出ていっても変わってはいなかった。
「魔力暴走をさせて王都を離れたと聞いた時は、アルトと付き合うことは断ったの」
「俺のことでそんな風に決めることはなかっただろう」
子供が親元を離れたのだ。ずっと1人で子供を育ててきた母に新しく好きな人ができても、クロードは母が幸せなら反対などしなかっただろう。
「これは私自身のけじめみたいなものよ。あなたのせいではないわ」
自分が母の足かせになっていると思うと心苦しかった。だが、母が断りを入れたアルトも諦めが悪かったらしい。
「アルトも、あなたが王都でちゃんと暮らせるようになって、私が安心するまで待っているって言ってくれたの」
その言葉にエリーは救われていた。遠くで魔力暴走をさせて苦しんでいる息子に何もできず、自分だけが幸せにはなれないと思っていた。それをアルトも理解していたのか、ずっとエリーを想って待っていてくれたのだ。この5年間、アルトはずっとエリーを支えてくれていた。
「魔法騎士として、しかも7賢者の候補になったって手紙をもらったときに、これならもう大丈夫って思って返事をしたのよ」
恋人という期間はなくなっていたが、5年の間に2人の間に愛情は育まれていた。そのためすぐに結婚という話になったという。
「いろいろと遠回りはしていると自分でも思うけど、後悔はしていないわよ」
もっと早くに結婚していても良かったと思っていると、エリーは幸せそうに微笑んだ。
料理の手を止めてクロードと向かい合う。
「クロードも後悔しちゃ駄目よ」
急に真剣な声に変わり、クロードも作業の手を止めた。
「あなたを生んだこと、私は後悔していないわ」
「それは、父さんのことを言っているのか?」
クロードの父親は彼が生まれる前に死んでいる。父親も王都で魔法騎士をしていたのだが、当時王都の近くに出現した魔物討伐に駆り出され、そこで命を落とした。
お腹の大きくなっていた母は、父の死を知っても気丈に振舞っていたが、王都にいることがつらくなって田舎に引っ越してきたのだ。そこでクロードを生み、イリスに引き取られるまで1人で育ててくれた。
辛いことはたくさんあったはずなのに、それでも前に進み続けてきた母の強さに尊敬するしかない。
「お父さんと結婚したことも、クロードを授かったことも、生んだことも、後悔なんかしてないわ」
父親の記憶は一切ないが、幼い頃時々どんな人であったのか話してくれることはあった。その話の中での父は、いつもたくましく勇敢な人であった。先に逝ってしまったことを愚痴るようなことはクロードの記憶の中には一度もない。
「だからね。クロードも後悔だけはしないようにね」
そう言ってエリーは自分の寝室の扉を見つめた。
「あなただって魔法騎士なんだから、危険なところに行くことだってあるでしょう。いつどうなるかわからないんだから、自分の気持ちにはまっすぐでいなきゃ駄目よ」
母の寝室にはティアナが休んでいる。それが何を意味するのかクロードは自分なりに答えを導き出した。扉を見つめながら静かに頷くと、エリーもわかっているのか微笑むだけだった。
「明日も忙しいのでしょう。早めにご飯を食べて休めるようにしないとね」
そう言って、料理の準備を再開するのだった。




