元7賢者
どれくらい時間が経過したのかわからなくなってきた頃、先を進んでいた少年が急にわき道に逸れた。
一本道で歩いてきたので迷うことはなかったが、その場所だけ細い道が別の方向へと延びている。
「山頂に向かっていたわけではなさそうだな」
先頭を歩いているエリクスは息を乱すことなく少年の進んでいった道へと入っていく。その後ろをアルトとカインがついて行くと、ティアナは分かれ道で足を止めた。
「大丈夫か」
だんだん歩くスピードが遅くなってきていたティアナは最後を歩くことになり、その隣にはクロードが常に寄り添う形になっていた。
「うん」
返事はしたものの、やはり山道を登るのは体に堪えていた。魔法騎士のクロードはさすがに息1つ乱していない。アルトも元傭兵団の団長をしていただけあって、進む速度が変わることなく現役騎士のカインと一緒に歩いていた。
「少し休むか?」
「でも、みんな先に進んでいるし」
このままでは置いていかれてしまう。この先がどうなっているのかわからない以上、先を歩く彼らの姿を見失うわけにはいかない。
「この先は一本道だから、迷うことはない」
はっきりとしたクロードの言葉に首を傾げる。
「ここは俺の実家がある村の山だ。小さい頃に何度も登っている」
不思議に思っていると説明してくれた。
「この先に何があるのかも知っている。だから安心していい」
すっかり忘れていたが、クロードは母親に会いにここへ来る予定だったのを、同じ場所に向かうために仕事として同行してもらっていたのだ。魔法騎士になるため王都に来るまでずっとここで育ったのだ。
「この先は何があるの?」
「魔術師イリスの家がある」
魔術師という言葉に、ここに来る理由となった魔石を思い出した。魔石が特殊であることを見抜いた魔術師がいたはずだが、村に来てから一度も会っていなかった。
「魔石を調べてくれた魔術師のこと?」
「おそらく。村に魔術師は住んでいない。魔石のことがわかったとなるとこの先に住んでいる魔術師しかいないだろう」
名前までは聞いていなかったが、どうやらイリスと言う魔術師のようだ。
「あら、イリスって聞いたことあるような」
知り合いにそんな名前の友人はいなかった。どこで聞いたのかと思い出そうとしていると、クロードが思い出したように口を開いた。
「それなら、7賢者リーンの前任の魔術師の名前だろうな」
「そういえば、7賢者イリスだったわね・・・え、あのイリス?」
「俺の魔力暴走を克服させるために、7賢者の地位を弟子に譲ってこの村に移り住んだ人だ」
7歳になったクロードは魔力審査を受けて、それと同時に魔力暴走をさせてしまった。そのことは王都の魔術師の耳にも届き、大きな被害が出たことから、何とかしてクロードの魔力を制御させるために、魔術師が派遣された。その魔術師が元7賢者であることも知っていた。だが、その魔術師がこの場所にまだいるとは予想もしていなかった。
驚くティアナに、クロードは気にすることもなく肩をすくめた。
「村を出る時に王都に戻るかと思ったんだけど、この村を気に入ったらしくて、そのまま居つくことにしたらしい。魔術の研究もしたかったそうで、村の中だと迷惑になるから、山に1人で住んでいたんだ」
クロードもイリスに預けられると、村の家ではなく山にあるイリスの家に住むことになった。そのため、この道はよく使っていた道なのだ。
精霊の少年は、どうやらイリスの家まで案内してくれているようだ。
「そうなると、どうしてイリス様の家なのかしら?」
「それは行ってみればわかるだろう」
クロードが手を差し出してきた。
「そんなに遠くない。もう少しだけ頑張ろう」
話をしている間は足を止めていたので、少しだけ休むことができた。先を進んでいるエリクスたちの姿はもう見えていなかったが、道を知っているクロードがいるのだから不安になることはない。
差し出された手に自分の手を添えると、力強く握られた。
魔法を使ったわけでもないが、繋がれた手から力が湧いてくるような気さえする。
重くなってきている足を進めると、隣をクロードが同じ歩調で進んでくれる。
ほっとしながら歩いていると、やがて先を歩いていた3人の姿が見えてきた。
3人とも目の前に現れた小さな家を見上げていた。
「懐かしいな」
追いついたところで、クロードが小さく呟いて小屋を見上げた。
「ここがイリス様の家?」
「そうだ」
手を離したクロードが小屋に近づく。
「留守なのか?」
先に到着していたエリクスに尋ねると、彼は視線を入り口に向けた。
「この家が見えてきたら精霊がいなくなった。ここが目的地だと思うが、家の中には誰もいないようだ」
ティアナ達が追いつく前に、エリクスが何度か扉をノックしてみたという。だが反応はなく、小屋の中に気配を感じなかった。どうしようかと相談している最中だったようだ。
「この小屋はイリスっていう爺さんが住んでいるはずなんだが」
アルトも途中から精霊がイリスの小屋に案内していることに気が付いたらしい。
「いい歳なのに、山の中に1人で住んでいるから、何かあってもわからないんだがな」
留守にしているということは、どこかに出かけているのだろう。1人暮らしであることと年齢を考えて、アルトが心配している。
「そんな心配しなくても、大丈夫だぞ」
突然近くの茂みが動いたかと思うと、そこからローブを纏った白髪の老人が姿を見せた。
「爺さん、生きてたか」
「少し調べものがあって出かけていただけだ。お前が心配するようなことは何も起こってない」
彼が元7賢者の魔術師イリスのようだ。
しっかりとした足取りで、はっきりとした物言いが見た目以上に若々しく見せているように感じられた。
「相変わらず辛らつだな」
「お前がそうさせているだけだろう」
老人がため息をついてから、ティアナ達を見渡した。
「随分とお客が多いようだが・・・」
ほとんどこの場所に人が来ることはないようで、大所帯の訪問に珍しそうにしていたイリスだったが、視線がクロードに向くと驚いた顔をした。
「クロードか?」
「お久しぶりです」
「本当に久しいな。王都で魔法騎士をしているのではなかったか?解雇にでもなったのか」
「解雇はされていませんよ。今回は任務で村に来ることになっただけです」
なかなかの毒を吐く人のようだ。クロードは慣れているようで動じることなくここに来た理由を説明するとともに、ティアナ達の紹介もしてくれた。
「なるほど、騎士団の副団長に、7賢者の候補生。それにリーンの弟子か」
「初めまして、リーン=ラナスターの弟子で、エリクス=ブロディーナです」
「いつも気の抜けたようなリーンに弟子ができていたとはな」
イリスが前の7賢者の魔術師ならば、リーンはその当時弟子になる。彼の弟子時代を知っているイリスは懐かしそうに眼を細めた。
「こんなところで立ち話もなんだから、とりあえず家の中に入りなさい」
紹介が終わると、イリスが小屋に入るように促してきた。
「とは言っても、狭い場所だからな。せいぜい2、3人が限度だ」
入り口を開けると、入れる人数の制限を言ってきた。
「俺は外で待っているよ」
「自分も待っています」
すぐにアルトとカインが入るのを辞退してくれた。
ティアナが先に入ると、エリクスが続く。クロードは入ってすぐ扉を閉めるとその場に立って待つことにしたようだった。
小屋の中は入ってすぐに椅子と机が置いてあり、近くにベッドもあった。奥に台所らしき場所はあるが、いろいろな道具が置いてあって、料理をする場所として使われている気がしない。
「さて、詳しい話を聞きましょうか」
使っている気配があまりない台所の隙間に器用に立つと、イリスがお茶を淹れ始めた。
人数分のお茶が用意されるとイリスが椅子に座り、もう一つある椅子をティアナに勧めてきた。ティアナが座ると隣にエリクスが立つことになる。
「ここに来たのは精霊の導きがあったからです」
そう前置きしてから、ティアナはこの山で発見された魔石のことから話し始めた。新しい魔石がないかと探していたところに、地属性の精霊と遭遇し、この場所まで来ることになった。
一通り話し終えると、イリスがお茶を飲む。
「経緯はわかりました。まずは、発見された魔石に関して説明しましょう」
そこでイリスは発見された魔石が変わっていたことに気が付いた張本人だと打ち明けてきた。
「村に降りた時、アルトに魔石を拾ったと言われて見せてもらったのですよ」
村に魔術師がいなかったので、ちょうど村に来ていたイリスに拾った魔石を見せたようだった。そこで魔石が特殊な物であることに気がついた。
「珍しい物だったので、王都にいるリーンにも知らせておこうと思って送ったんですよ」
その魔石の珍しさから、魔封石士のティアナも見せてもらうことができた。
「すぐに調査が向かうという報告が届きました。それを待っていたら、昨日になって突然、私の前に精霊が現れました」
それはティアナ達を導いてきた同じ精霊のようだった。イリスの前に現れた精霊は、無言のままイリスを別の場所に案内し始めたという。
「私もこの山には長年住んでいますが、精霊が姿を見せたことはありませんでした」
イリスがこの場所に住むようになったのは、クロードを預かることにした時からだった。魔力暴走をさせた幼かったクロードの対応に困り果てていた周りに対して、イリスは彼を引き受ける代わりに、村のすぐ近くにあった山に2人で住むことにした。
「地属性の力を感じることはあったので、精霊がいるかもしれない程度には理解していましたが、実際に会ったのは昨日が初めてです」
初めて会った精霊だったが、力は感じたことがあったのでイリスはあまり警戒することなく精霊の導きに従った。
「どこかに案内されたんですか?」
「もう少し奥まった場所に、小さいながらも洞窟がありました。どうやらそこが精霊の棲み処になっているようです」
入り口は小さく奥は随分と長い洞窟を発見し、何のためにここに連れてこられたのかわからないまま、イリスは洞窟の中に入ったという。
「だいぶ奥まで進んだところで、これを見つけました」
そう言って懐から取り出した丸い石を置いていく。
「魔石ですね」
一目でわかる魔力を帯びた石をティアナは1つ手のひらに乗せてみた。
「これは・・・」
「わかりますね」
イリスが嬉しそうに目を細める。手のひらに載せた魔石に魔力を流してみると、魔石の中にさらに別の属性の魔力を感じた。これは城でリーンに渡された二重の構造になっている魔石と同じものだ。
「中が火属性で外が地属性ですね」
魔石を診断して机に戻すとイリスが深く頷いた。
「おそらく、アルトが拾った魔石もあの洞窟にあったものだと思っています。あれは地の精霊の所有物だと考えたほうがいいでしょう」
「自分の物だと主張するために、精霊が案内したということですか?」
「そうでしょうね」
珍しい魔石を見つけたことで、王都に魔石を送ってしまった。魔石がなくなったことに気が付いた精霊が山に住むイリスに訴えるために洞窟を示したのだろう。
そうなると、王都に送られた魔石も返さなければ精霊の怒りを買う可能性が出てきた。
「私たちが魔石探しをしていたことも気が付いて、イリス様の所へ案内してくれたのですね」
自分の所有物を探していることを知った精霊はその場で怒るのではなく、事情を知っているイリスの元へと連れてきてくれた。
「私たちの調査は打ち切りということですね」
事情を知ってしまった以上、魔石の調査は終わりになる。これ以上深入りすれば、精霊を本気で怒らせてしまうだろう。
「まだ、話には続きがあります」
調査を打ち切れば村にいる必要もなくなる。王都に引き返すことを考えていると、イリスが魔石を持って話を進めた。
「私が行った洞窟ですが、どうも先客がいた気配が残っていました」
「先客?」
「はい。何者かが洞窟に侵入していたようで、そのことがきっかけで精霊が私を呼んだようなのです」
洞窟に入ってすぐのところに、人が侵入した痕跡があった。それは複数人だったらしい。
「精霊は詳しいことを語ってはくれません。ですがこちらの質問には答えてくれました」
イリスが洞窟内を調べていると、案内してくれた精霊が姿を見せた。そこでイリスは調べたことを総合して、一つの考えを精霊に言ってみた。
「洞窟に侵入した何者かが、魔石を見つけて持ち去ってしまったようです」
魔石を発見したから持ち去っただけか、珍しい魔石だと気づいていたかは不明だが、精霊の所有物に手をつけたことは間違いない。
「精霊がすぐに対処しなかったのですか?」
自分の棲み処に人が入ったのなら気づくはずだろう。ここは地の精霊の領域なのだから。
「洞窟に人が入ることは、まれにあるそうです。ほとんどが迷った者たちなので、そういう時は精霊が導いて山から降ろしてあげることがあるそうです」
今回も迷い人か、冒険者のような旅人が道のないところを歩いていて洞窟に侵入した可能性を考えたのだろう。そのため精霊も怒ることはせずに、立ち去るのを待っていた。
そして、立ち去って誰もいなくなった洞窟に戻った精霊は、自分が所有している魔石が消えてしまったことに気が付いた。
「立ち去った人間はすでに山を下りていたようで、精霊が追うことはできませんでした。そのため、山に住んでいる私を頼ったようです」
ただ、精霊は奪われた魔石を返してほしいと訴えることはしなかった。すでに諦めているのかもしれない。
「もしかして、拾われた魔石はその洞窟から奪っていった人間が落としていった物の可能性がありますね」
話を横で聞いていたエリクスが思い出したように言ってきた。どれくらいの数の魔石が奪われたのかわからないが、その中の1つが偶然山の途中に落とされた。
「落ちていた場所は地属性の魔力を感じました。あの場所に魔石が落ちていることを精霊が示そうとしたのではありませんか」
落ちた魔石を見つけてほしくてあの場所だけぽっかりと開けた空間になっていた。あれは精霊の仕業だったということだ。それを通りかかったアルトが見つけることになった。
「すべて精霊の導きということですね」
魔石が奪われたことで、それ以降の行動は精霊の手のひらを動いているような感覚になってきた。
「まさか王都から調査員が来ることは想定していなかったと思いますよ」
複雑な気持ちでいると、イリスは楽しそうに笑った。
「それでも、魔石に詳しい魔封石士がいたことは精霊にとっても良かったことだと思っています」
魔石を手に入れることは難しくなったが、あの魔石の希少性を理解できる人間がいれば、今後洞窟から魔石を奪われないように対応してくれる可能性が高くなる。
「あまり期待されても、私はまだ7賢者の候補生なので、大きな力はありません」
「それでも、何らかの対応ができるでしょう」
7賢者ならば、発言も行動も制限されることのない権限がある。まだ候補生のティアナでは、今のところ村長に訴えるか、この領地を治める領主に事情を説明して対応してもらうしかない。それはティアナだけではなく、ここにいるエリクスとクロードも同じ立場だ。
「ちょうど領主の息子が同行してくれていたから、彼に頼むのがいいだろうな」
地理に詳しいという理由で、領主の息子であるカインが一緒に来ていた。彼を通して領主に訴えることは可能だろう。
「だけど、その前にこちらでできることをしておいた方がいいわ」
領主に頼りきりでは、いつ対応してくれるのかわからない。村を離れる前にできることをしておきたかった。
「それでしたら、まずは魔石があった洞窟を見てみませんか?」
「入ってもいいんですか?」
「精霊が導いてきたんです。あなたたちは許されるでしょう。それに魔石をむやみに奪うようなこともしないでしょう」
イリスの提案に、エリクスとクロードに視線を送る。2人とも何も言わずに頷くだけだった。
「お願いします」
2人の同意を得たことで、ティアナは魔石がある精霊の棲み処へ行くことに決めた。




