遭遇
「それじゃ、出発しますか」
アルトの声で、準備を整えたティアナたちは魔石が発見された山の麓へと出発することになった。
「まずは発見場所の周辺の調査から始めましょう。同じように魔石があるかもしれないから」
できることなら、珍しい魔石が発見されればいいが、そう簡単にはいかないだろう。
2重構造の魔石は発見された1つしかない。他にも見つかれば数個を魔封石にしてみたいと考えている。特殊な魔石のため、どんな魔封石にするべきか悩ましい問題ではあるが。
今回の調査はティアナが中心となって、魔術師であるエリクスが補助をしてくれることになっている。そのため、歩きながらエリクスと確認し合っていると、後ろから視線を感じて振り返った。
先頭をアルトが歩き、その後ろにクロード、そのあとをティアナとエリクスが歩いて、カインが最後にいる。後ろからの視線は、カイン以外に考えられない。
振り返ればカインと視線が合うのだが、なぜか彼は何か言いたそうな顔をしながら視線を逸らす。それをもう何度か繰り返していた。
「どうしたのかしら?」
不思議に思っていると、隣を歩くエリクスも後ろからの視線に気が付いていたようで、一度カインを振り返ってからため息をついた。
「気になって仕方がないのだろう」
「なにか知ってるの?」
尋ねると、エリクスが半眼になってこちらを見た。
「昨日クロードと一緒に彼の実家に泊まっただろう」
「そうね。アルトから話を聞いたと思っているけど」
ティアナを送り届けたクロードは村長の家に引き返そうとしたが、それをエリーに止められて、ティアナと一緒に泊まることになった。そのことはアルトが村長の家に赴いて事情を説明してくれたと聞いている。
「昨日の夜、説明は受けたよ。だけど、カインはティアナ達の関係を全く知らなかったから、それが衝撃的だったらしい」
「え?」
カインが何も知らなかったことにティアナは驚いた。クロードはカインの部隊に所属しているはずだ。彼はクロードにとって上司になる。今回一緒に仕事をするにあたって、彼から報告くらいは受けているものだと思っていた。
「知らなかったの?」
「何も聞いていなかったらしい。そのせいで、アルトが帰った後に俺が事情を説明する羽目になった」
同じ部屋で寝ることになっていたエリクスに、カインは猛烈な勢いで質問をしてきたという。おかげで睡眠時間が削られた。
「それは、ごめんなさい」
「ティアナのせいではないだろう。クロードが最初に説明しておけばよかっただけだ」
そう言って前を歩くクロードを睨む。
「出発前に何か話していたのはそのことなの?」
村長の家に集合すると、エリクスがクロードを捕まえて少し離れたところで話し込んでいた。何も説明しなかった彼に愚痴でも言っていたのかもしれない。
「説明不足を指摘したら、言う必要性はないと思っていたそうだ」
今まで単独行動だったクロードからすると、恋人が一緒にいることを周りに公表する必要を感じていなかったらしく、エリクスに指摘されて初めて気が付いていた。
「まだカインとクロードで話をしていないから、時間を見つけて説明するだろう」
「私からは言わなくていいの?」
「・・・それはやめておいた方がいい。傷に塩を塗るような気がする」
どういう意味だろうと首を傾げていると、前を歩くアルトが立ち止まって振り返った。
「魔石を見つけたのはこの辺だ」
そこは山道に入ってすぐのところだった。
両側を木に覆われた道のため、陽ざしがあまり入らない。薄暗い道で立ち止まったアルトが、木々の間を指さした。
「歩いている途中で、何か光ったような気がしてこの中に入ったんだ」
木だけではなく、草も膝丈まで生えた鬱蒼とした場所だが、奥を覗いてみると草が生えていない小さな空間があるのが見えた。
「もしかすると、山で野宿している奴がいるのかもしれないと思って行ってみたんだ」
そこはぽっかりと空いた空間で、そこに魔石が1つ転がっていたそうだ。
クロードが草をかき分けて道を作ってくれると、その後ろについて進んでいく。大人が4、5人横になれそうな小さな空間があった。
「野宿をしたにしては、焚火のあとはないな」
空間を確認するクロードの呟きに、ティアナも不思議な感じがしていた。
「この場所だけ草がほとんど生えていないのね」
膝丈まである草をかき分けてきたが、その空間だけは地面が所々見えていて、短い草が少し生えている程度だ。
「何かに使う場所なのかしら」
「山道を行く人を狙った、盗賊が隠れるための空間という考えもあるな」
旅人から金品を奪うため、盗賊が身を隠すために作った人工の空間という可能性もある。
「そうなると、魔石は自然にこの場所にあったのではなく、誰かが落としていった可能性がありますね」
周りを確認してからやってきたカインが空間を眺めて意見を言う。
もしも、落としただけの物ならば、ここに新しい魔石が出てくる可能性は低いだろう。
内心で落胆するティアナだったが、せっかくここまで来たのだから、周囲を確認してみることにした。
「とりあえず、周囲を探索してみましょう。エリクスは魔力の残滓がないか確認してみて」
「わかった」
ここはティアナが指示を出さなければならない。てきぱきと役割分担をして周辺の捜索を開始する。
草が生い茂っていて探しづらいため、クロードとカインが剣で辺り一帯の草を刈りながら確認作業を進めていく。
「魔石はどの辺にありました?」
ティアナはアルトに近づいて、魔石が落ちていた場所を確認した。
「空間の真ん中と言っていいな。見た瞬間に魔石だということはわかった。ただ詳しいことは俺だとわからなかったから、魔石に詳しい人間にそのまま持って行ってみてもらったんだ」
報告によれば魔術師が魔石の確認をして、今までの魔石と違うことに気づいてくれたという。そのおかげでティアナのところまで魔石がやってきた。
転がっていたという空間の中心に立つと、急にエリクスが鋭い声を発した。
「待て」
声のした方を向くと、すぐ隣にエリクスがやってきて、茂みの中を睨んでいた。
「この場所、地属性の魔力を感じる」
そう言われてティアナもエリクスの視線を追って薄く魔力を放ってみた。
ティアナは魔力の残滓を感じ取れる程の能力は持っていないが、今この場所で不自然に流れている魔力があれば、それを自分の魔力と触れ合わせて誘導することは得意だ。魔封石士ならではの魔力操作技術と言っていい。
茂みの中から確かに魔力が感じられた。
「何かしら?」
警戒しながら茂みを伺っていると、ゆっくりと茂みが動きだした。
周辺の草を刈っていたクロードとカインも戻ってきて警戒すると、やがて茂みをかき分けて7歳くらいに見える男の子が現れた。
「なんでこんなところに子供が」
驚きの声を上げるアルトだったが、隣にいるエリクスは無表情に男の子を見つめていた。ティアナも目の前に現れた子供が人ではないことに気が付いていた。
「精霊、だな」
「そうね」
エリクスの答えに同意する。男の子は無表情でこちらを見つめていたが、身体に纏っている魔力が地属性だった。
「この山に棲んでいる精霊じゃないかしら」
フォーンにも泉の精霊がいたが、女の子だったり女性だったりと姿は変わっていても、いつも纏っていた水の魔力は同じだった。それと同じような雰囲気で地の魔力を感じる。
ティアナが一歩前に出る。
するとエリクスが腕を掴んできた。
「大丈夫よ」
まだ状況がわからないため下手な動きは危険だ。精霊の不興を買えばただでは済まないだろう。それでも、目の前にいる精霊が今のところ攻撃的ではないことはわかった。こちらがいつまでも警戒していては、何も進まない。
まっすぐにエリクスを見ると、彼は諦めたように手を離した。
「俺も一緒に行くから、絶対に離れるな」
それが妥協した答えだったようだ。頷いて男の子を見ると、無表情ではあるがしっかりとこちらを見ていた。
ゆっくりとした足取りで前に進む。男の子は反応することなく黙ってティアナを見ている。
7歳くらいの男の子なので、近づいていくと見下ろす格好になってしまう。ティアナが片膝をついて視線を合わせると、男の子の瞳がわずかに動いたように見えた。
エリクスは一歩下がって様子を伺う形を取る。
「はじめまして。私たちはこの山に魔石を探しに来ました」
まっすぐ見つめながら話しかけると、男の子が首を傾げた。初めてのはっきりとした反応だ。たとえ見た目が子供でも、精霊は人間よりもはるかに長い時間を生きてきている。できるだけ目上の人間と話すような感覚で言葉を選んでいく。
「この場所にとても珍しい魔石があったので、他にもないかと思って探しているところなんです」
男の子が頷く。ティアナ達がここにいる理由を理解したようだ。
「決してこの山を荒そうとしているわけではありません。ですから、魔石探しをさせてもらえませんか?」
精霊の許可が得られれば、この場所だけではないもっと広範囲に調査しやすくなるだろう。
男の子の精霊は黙ってティアナを見つめていたが、急に走り出すと茂みをかき分けて山道の方へと飛び出した。その突然の行動に戸惑うと、山道に飛び出した男の子が15歳くらいの少年に姿を変えていた。
振り返った少年がこちらを見て手招きをしてくる。
「どうやらついて来いということらしい」
「そうみたいね」
何を考えているのかわからないが、精霊はティアナ達に何かを示そうとしているようだった。言葉を発しない代わりに行動で示そうとしている。
「行くのか?」
アルトが警戒するように尋ねてきた。
「あれが精霊だとしても、俺は一度も見たことがないから、良いものなのか悪いものなのかわからない」
アルトは魔力持ちではない。何度も山に足を運んでも精霊に出会えたことがなかった。今回はティアナをはじめ、エリクスにクロードと高い魔力の所有者がいたため、魔力に惹かれて姿を見せてくれたのかもしれない。
「ついて行くべきだろうな」
エリクスの言葉に賛成だった。ここで精霊の行動を無視すれば不況を買うことになる。そうなればこの山に入ること自体今後できなくなる可能性があった。精霊に関してあまり詳しいことはわかっていないが、領域を荒されたり、精霊の機嫌を損ねるといろいろと被害が出るということはわかっていた。
今度はエリクスが先頭に茂みを分けて山道へと戻る。
待っていた少年は、ティアナ達が動いたことを確認すると山道を山頂に向かってかけ出した。
坂道を登っているはずなのに、少年はすごい勢いで進んでいく。道まで戻ったティアナはその速さに驚いて、どんどん離れていく少年の背中を見つめてしまった。
「この山を登らせたいようだな」
少年がかろうじて見えるくらいの距離ができた頃、立ち止まって再び手招きをしてきた。それを見たクロードの呟きに、山を登る覚悟がいることを確認させられる。
「辛くなったら遠慮せずに言うように」
隣に立ったクロードにそう言われる。唯一の女性であるティアナの心配をしてくれている。フォーンにいた頃は店とログの家を歩いて往復していた。体力的には一般の貴族令嬢よりはあるだろうが、山登りをした経験はない。
「わかったわ」
頷いて了承すると、エリクスを先頭に皆で山を登ることになった。




