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番外編:バレンタインデイ

バレンタインねたの番外編になります。

本編との関連などは深く考えずに読んでやって下さい。

「無い!」

 蝶夏はくりやに仁王立ちして言った。

 傍に控える方輔は「何が?」とは、決して尋ねない。

 数日前から同じことを繰り返している蝶夏に、既に「絶対教えられない」と宣言されていたからだ。

 因みに、その間、彼女は五回も廚探索を行っている。

 代替品になりそうなものさえ見つけられず、蝶夏は行き詰まっていた。

「あるわけ、無いよね〜」

 完全にお手上げである。

 うんうんと唸りながら自室へと帰る途中で、彼女はふと思い至った。

 そもそもだ。そもそも、自分が例のブツをあいつにあげる理由など無いのではないか、と。

 物凄くお世話にはなっている。

 が、しかし。例のブツは、なんというか、ラブのある相手に渡すものである。

「……ラブ」

 呟いて、蝶夏は遠い目をした。

 走馬灯の様に、これまでの事が甦る。

「ないわ」

 首をふるふると振って、彼女は否定した。

 ところが、どっこい。

 世の中には『義理ほにゃらら』というものがある事も思い出してしまった。

「ああああああああああああああああ。ヤバい。『義理ほにゃ〜』をあげる理由はある〜」

 頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

「うわあっ」

 蝶夏につまずきそうになった方輔が声をあげる。

「蝶夏様、突然どうなさったのです。お加減でも悪いのですか?」

 隣に膝をついて、彼はそう聞いて来た。

 少年を横目で見て、蝶夏は、「そういえば、方輔にもお世話になってるよなあ」と瞳を細める。

 じゃあ、全員『義理』でよくね!?

 ぴかーん、と蝶夏の脳裏に電球が輝いた。

「そうと決まれば、いざしゅっぱーつ!」

 唐突に立ち上がり、彼女は駆け出した。

「ちょ、蝶夏様?」

 慌てた方輔がその後を追った。


 その夜、蝶夏は色のついた紙にミミズ(ののたくったような)字を書いていた。見事に平仮名のみである。

「いつも、ありがとう、っと」

 筆を置いて、ふーっと息を吐く。

 そこに背後から声が掛けられた。

「何をやっているんだ」

「っぎゃあーーーーー!」

 座ったまま器用に飛び上がった蝶夏は、勢いで床の上にくずおれた。

「び、びび、びびった……」

 心臓を押さえる彼女を尻目に、突然現れた信長は長い指で机の上の紙をつまんだ。

「相変わらず、ヘタクソな字だな」

 何処か感心した風にそう言うものだから、蝶夏の反抗心は嫌が応にも頭を上げる。

「うっさいな! 練習中なんだから、余計なこと言うな!」

 頬を膨らませる蝶夏に、信長はにやりと笑ってみせる。

「随分長い練習期間だな。童でももう少し上手く書くぞ」

 実は年少の小性君たちより下手な事を気にしていた蝶夏の顔は一気に真っ赤になる。

 金魚の様に口をぱくぱくさせるが、言い負かす言葉は出て来ない。

 その様に更に表情を緩めながら、信長は手にした紙を机に戻した。

「礼状か?」

 むくれつつも、蝶夏は頷いた。

「そうよ。私のいた所では、今月の十四日はそういう日なの」

「周囲の人間に感謝を示すのか?」

「っていうか、こ……」

「こ?」

 危なかった。うっかり、恋人同士のいちゃいちゃ日だと言うところだった。

 かなり不自然に口を閉じた蝶夏に、信長は片眉をあげる。

「こ、こ、こうやって、贈り物とお礼のカード、じゃないや、手紙をあげるのよ!」

 強引に持って行く。

「ほう」

 興味深げに手紙を見下ろす信長に蝶夏は胸をなで下ろした。なんとか誤魔化せたようだ。

 顔を上げた彼は「で?」と小さく首を傾げた。

「は?」

 何を言われたかよくわからなかった蝶夏は同じ方向に首を傾げた。

「俺には何を贈るつもりだ?」

 丁寧に言い直された信長の台詞に、蝶夏はきょとん、と瞬いた。

 それから嫌そうに表情を歪める。

「なんであんたにあげるの決定してんのよ」

「一番世話してやっているからな」

 などと、しれっと言い切る。

 この俺様野郎! と内心で罵りながら、蝶夏は顔をそむけた。

「十四日まで秘密に決まってんじゃない」

 こちらを見ていない蝶夏に、信長は静かに近づいた。

 その細い顎に指をかけて自分の方へ向かせる。

「な、に?」

 不審そうな表情に変化した少女に顔を寄せて、妖しく笑う。

「俺の希望をきく気はあるか?」

 疑問系だが、その口調は強制する響きがあった。

 当然の如く、蝶夏はそれに従う気は毛頭無い。

 べっと舌を出した。

「感謝の気持ちの表し方を決めるのは、あたし。指示されるつもりなんかないわよ!」

「だが、受け取る側が感謝だと思えなければ意味が無いと思うがな」

 間髪入れずにそう言われ、蝶夏は「ん?」と首を捻った。

 あれ、そうかもしれないな。なんて、考えていたのが彼女の敗因である。

 素早く動いた信長の腕が蝶夏の腰を攫い、二人は重なる様な姿勢になっていた。

 彼の唇が蝶夏のそれを塞ぐ。

 驚きに開かれた彼女の瞳を楽しそうに淡い金色を放つ瞳が眺めた。

「む、むう、むむーっ」

 塞がれた口で必死に蝶夏は抗議した。

 両手の拳が信長の肩をぽかぽかと叩いて、そこでようやく唇だけは解放された。

「ぷはあ!」 

 肩で息をする蝶夏を信長はぐっと抱き締めた。

 胸の中で彼女は不満一杯の声をあげる。

「いきなりなにすんよ! セクハラ、セクハラだーっ」

 男女の触れ合いをすると、大体この台詞が蝶夏の口から飛び出す。

 いつも通りのその反応に、信長はくつくつと笑いを漏らした。

 その笑いに、蝶夏の怒りはまた沸騰する。

「むきーっ。エロ魔人め!」

 今度は手を開いて、肩をべちべちと平手打ちするが、全くダメージは与えられない。

「こんなもので済むと思っているのか?」

 耳元で低く囁かれて、蝶夏の腰の辺りからぞぞぞぞぞっと悪寒に似たものが背筋を駆け上がった。

 何を望まれているのか察してしまった彼女は、悔しさに歯をぎりぎり噛み締めながら、抱き合う肩にしがみついた。

 その仕草に満足げに唇の端をあげて、信長は舌を蝶夏の首筋に這わせた。



 如月の十四日。

 蝶夏は懐紙を乱暴に開いて、中から茶色い飴を取り出した。

 先日、方輔と市に行って買って来た品だ。チョコレートの代替品である。

 既に彼と茅乃、厩の六助らには渡していた。

 そして、夜になって自室(というか、信長の寝室)で、一つだけ残った包みに怒りが込み上げて来たのである。

 飴を両手でつまんで、口に放り込む。

「あんなヤツにあげるもんは無いー!!」

 ばりぼりばりぼり、と激しい音を立てながら、噛み砕く。

 全て平らげて、蝶夏はふと我に返り、

「む、虫歯は嫌〜!」

 半泣きで歯を磨きに行ったとさ。


 おしまい。









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