3話「ノア・ピュールってこんな人」
――サブウェル坑道――
盗賊との戦闘以降は危険な出来事は無く、日が暮れる頃にサブウェル坑道に入っていた。
サブウェル坑道の明るく舗装された道まで入ると、魔物や猛獣の呻く様な鳴き声も止み、鉱夫達達の作業する声が聞こえてきた。
危険な場所から安全区域に入り人の声が聞こえた時の安心感は、冒険者として慣れた今でも心が安らぐ。
「もうそろそろハルマットだね……疲れたぁ……」
何事も無かったとは言え、長時間の馬車移動は若い身体でも疲れが溜まる。
特に怪我を負った者にとって、砂利や石が多い道の揺れが傷に響き、かなり辛い時間だっただろう。
「もう空は真っ暗なのに、ここら辺は明るいですねぇ」
ノアが箱馬車の出入り口のカーテンから外を覗かせている。落ちるから危ないと支える様にノアの服を引っ張る。
「危ないよ。まぁここら辺は鉱夫達が夜中まで仕事しているからね。魔道具が設置されてかなり明るいし、この明るさを嫌って夜行性の魔物や猛獣が寄り付かない。しかも盗賊達も鉱石を盗もうにも鉱夫は作業で鍛えてて腕っぷしは強いし、近くには冒険者がよく泊まる宿場町があるからね。おまけに鉱石類は無駄に重い。だから悪さしにくいだろうね」
事実、デュランド王国の支援を受けているハルマット宿場町はレヴァンス山道が近いにも関わらず、極端に犯罪件数が少ない。これはキャメロディア帝国の政策がずさんと言う訳では無く、デュランド王国の犯罪に対する社会意識が高く、防犯資金は大陸一で、秩序を守る騎士団が北側各地に配備されている。
「へぇ、キャメロディアには悪い人結構いましたからね。北側って安心なんですね!」
「いや、そうとも限らない……犯罪が少ないとは言え、こっちは南側に比べると危険区域が多いんだ。ヤバい魔物もうようよいるし、なんなら敵対魔族までいっぱいいるし……」
「はぇー……師匠、なんでそんなに詳しんですか!?」
Aランク冒険者の師匠を前に、この子は僕を何だと思ってるんだと内心で思ったが、普通に尊敬の眼差しを向けられたので何も言わずに頭を撫でる。
「魔族もですか……?友好的な亜人種ならいいのですが……」
レイナが心配そうな声で呟く様に不安を垂らす。
「心配かい?大丈夫だよ、街にいるのは剛矮種とか獣人種の人間に友好的な種族ばっかりだから。耳長種だったり鬼角種は中立的だけど、人里から離れて住み着いてるし、まだ話せば分かるから大丈夫だよ」
「そうなんですね……」
レイナに向けて諭す様に説明する。
冒険者にとって魔族は脅威になりやすいが全てが全て敵対的なわけではない。
魔術を得意とし美しい美貌を持つエルフェンや、凶暴で武力に長けたオーガは中立派としての代表であり、極力種族間で人間と関わり合いを持たない様にしている。
一方で力の強い小人であるドワーフ、動物特有の身体能力と特性を持ったビーステッドなどは比較的友好的だ。ドワーフは採掘や鍛冶仕事で、ビーステッドは狩りや農業で人と共生している。
しかしこれらはともかく、他の魔族はそうはいかない。性質や習慣、生態系も考慮すれば人間と相容れない種族が多い為、敵対するのがほとんどだろう。その為レイナ達が不安になるのは無理がない。
レイナの質問を受けていると、次はノアが元気に手を挙げる。
「はい師匠!魔物と魔族の違いって何ですか!?」
シオンは思わず頭を抱える。ノアには弟子にした時にしっかり教えたはずなのに、三回目の同じ質問が飛んできた。これでもノアとは二年間の付き合いだ。
内心で、本当にノアは馬鹿だなぁと言いたかったが、純粋な笑顔を前に何も言えず、優しく頭を撫でてあげる。
傍から見ていたエレナとマリーは困惑していた。
「えっとね、魔物ってのは、瘴気の影響で生態や性質が変化した動物とかの総称だね。水棲の微生物は水を纏るスライムに、狼は魔術を使う魔狼にとかね。一方で魔族ってのは、魔物が瘴気によって人間の形をして、人間の言語を話せる生命体だね。さっき言った亜人種だったり、巨人だったり竜人だったりだね」
「なるほどぉ……そうなんですね!」
純粋な笑顔と感嘆の声に騙されそうになるが、ノアに対しては四回目の説明になる。本当にこの子は、と無性に可愛く思い頭を撫でる。撫でられた方も嬉しそうにしてる為、止めどなく撫でてあげる。
「えぇ……?」
再び困惑の視線をした二人から見られる。その視線には、これがさっきのAランクの姿か、と言った視線も含まれている気がした。
――ハルマット宿場町――
宿場町に着く頃には日は沈み、星々が空を覆い尽くしていた。レイナとマリーは道中で縛った盗賊団の報告をしに屯所に、マッシュとアルトは負った怪我を医者に診て貰ため診療所にと別行動する事になった。
シオン達は夜を越す為、御者が用意してくれた宿に向かう。木造りの部屋で狭くない広さがありがたかった。
部屋に着くなり、ノアが腕白の限りを尽くしてベッドに飛び乗る。本人曰く、これが一番楽しいらしい。
「ノア、お行儀悪いよ」
「はい、ごめんなさい!」
本当に悪気があるのかどうか怪しいが、それはそれとして持っていた荷物を部屋に置く。
「さてと、ハルマットと言えば、火山の影響で出来た温泉が有名なんだよね。入りに行く?」
「本当ですか!?行きます!」
元気な返事を聞き入れ、着替えを持って部屋を後にして温泉のある施設へと向かう。
ハルマット宿場町の外は日が沈んでも尚の賑わいを見せていた。アクロン宿場と同じ様に酒場が多く、冒険者もよく利用しているが、サブウェル坑道が近い為、働く鉱夫や荷運び人も仕事終わりの一杯や接待の為に利用している。そのせいもあってか、行く先々で祭りの様な喧騒が響いている。
「なんか、楽しいですね!」
「そうだね。ここは北側だ、問題が起きても常駐してる憲兵もいるし、運が良ければ騎士団も来る。犯罪が少ないがゆえの明るさだね」
ノアと温泉に向かう道すがら、喧騒とは違う雰囲気を醸し出す集団がいた。
白銀の甲冑を纏い国家の紋章を胸に付けた騎士団だった。
「アーゴンに盗賊を縛り付けてあるらしい。二十人近いらしいから、運ぶための台車を用意しろ」
号令と共に集団は準備に走る。どうやらシオン達が捕まえたジャックス盗賊団の検挙で動いているらしい。
その中で騎士たちに指示を出している見知った顔の男がいた。緑色の髪を肩まで伸ばした不健康そうな顔をした男だった。
「ん、あれは……ルキウスだ!久しぶりじゃん!」
五年前、Dランク冒険者であったシオンとその相棒のアリシアのライバル的存在だった槍使いの冒険者、ルキウス・ローデンスだった。当時はお互い未熟だったが、どうやら騎士になった様だ。
「ん?おぉ!?お前、シオンか!?マジで久しぶりじゃないか!」
不健康そうな顔がこちらに気付き、嬉しさと驚愕が混ざった表情がこちらを向き、騎士達を待たせ近寄ってくる。
「いなくなってから何年だ?どうしてたんだよまったく……でも元気そうじゃないか」
「ルキウスこそ、転職したのかい?」
「あぁ、冒険者よりもこっちの方が性に合っててな。二年前に騎士試験に受かったんだよ」
「やるじゃん。部下もいっぱいいるし」
「全員が部下ってわけじゃないがな。それでも取り仕切らせてもらってる」
「そっか、いいじゃんいいじゃん」
懐かしい顔に出会ったせいか話が弾む。昔は見るだけで口喧嘩の存在だったはずなのに、こうして見るとお互い大人になった物だと感じる。
「お前は?まだ冒険者?それとも本格的に錬金術師になったか?」
「冒険者だよ。こないだAランクになった」
ルキウスに向かって自慢気にピースサインを送りながら冒険者カードを見せる。
「は?マジ!?うわ、マジじゃん……やるなぁ……で、そっちの子は?パーティーか?」
「あぁ、弟子だよ。ノアこっち」
「はい!師匠の弟子のノア・ピュールです!」
楽しく話していた所を気を使ってくれたのか、大人しく待ってたノアを近寄らせる。近寄るなりノアの元気な自己紹介をしよくできましたと頭を撫でる。
「で、弟子ぃ?お前が?へぇ、マジに成長したな……なんか、いいな」
「なんかって何さ」
意外に思われているがそれもそのはずだ。ルキウスと冒険者として競い合っていた頃はアリシア以外の冒険者に興味の無い変人と扱われていた為、弟子を連れてるなんて微塵も思っていなかっただろう。
楽しく話していると終わりが近付く。後ろで動いていた騎士団が準備を完了させたらしく、ルキウスに声を掛けてくる。
「あぁ、分かった。すぐ行く」
ルキウスが騎士達に視線を向け手を挙げ待たせる。
「またなシオン。あぁそうだ、ガイア達の事、聞いてるか?」
思わず小さく心臓が跳ねた気がした。考えれば当たり前だが、どうやらルキウスはガイア達の事を何か知っているらしい。
「それね……あんまり知らないけど……僕、実はデュランドに仕事で向かってたんだ。元いたパーティーがCランクまで落ちてるらしいからね……」
「それだけか?」
「それだけ?」
ルキウスが何かを言いかけるも、騎士団は待ってはくれないらしい。そろそろ時間だと待たせていた騎士が急かす。
「あ、あぁ……分かった……悪いなシオン、デュランドに行くんだろう?なら、自分の目で確認しろ……またな、ちゃんと生きてろよ」
そう言い残してルキウスは騎士と共に坑道へと向かっていく。シオンは一人、ルキウスの含みのある言い方が気になった。はっきりと分からない紅刃の大地の現状を知りたかったがどうやら自分の目で確かめる他無いようだ。
「……行こっか」
「はい!」
腑に落ちない感情を抱いたまま、ノアを連れて温泉に向かう。
温泉施設に着くと湯上りの客で賑わっていた。細い丸太の柵の奥からは湯気が立ち上っている。
ノアと一緒に石畳に木造の壁で出来た施設内に入ると、座って寛ぐマッシュとアルトがいた。もう温泉を堪能した後なのか、涼しそうな恰好をしている。
「あ、シオンさん、ノアさん!お疲れ様っす!」
マッシュがこちらに気付く。あれだけ怪我しといて相変わらず大きい声だなぁ、と若さに感心する。
二人とも身体の至る所に包帯を巻いているが、マリーの回復魔術と診療のおかげか、血色は良くしっかりと歩けている。
「おぉ、お疲れー。君達も湯汲?」
「はい。なんでも、ここの温泉は傷によく効くらしいので、湯治に来ました。効果自体は……まぁ」
アルトが言葉を濁す。湯に浸かるだけで傷が治るなら回復魔術師やポーションなんていらないだろうなんて誰でも思っている為当然と言えば当然である。
「そうかい、良い事だ。療養しなよ?あと半日以上はあるから」
「了解っす!俺らは今から飯行くんで、失礼しますっす!」
礼儀良く二人が施設外に出ていく。ジャックス盗賊団との戦いで死ななくて何よりだと安堵する。
「元気そうでしたね」
「そうだね。僕たちも早く入ろっか」
ノアと共に大衆向けの温泉に続く更衣室に入る。この時間になると利用する客も少ないのか、更衣室にはよぼよぼと椅子に座って涼む老婆二人以外にはいなかった。
広めの更衣室には身を整える為の鏡が三つと休むための丸椅子、衣類や貴重品を入れる木製の小さい保管庫が並んでいた。保管庫には錫製の鍵にゴム製のバンドが付けられており、温泉でも無くさない様にと工夫がされていた。
開いている保管庫を見つけてノアとそれぞれ一つずつに荷物や脱いだ衣類を入れていく。
そんな中、シオンは未だにルキウスが言いそびれた何かが頭に残る。一体ガイアに、アリシアに、紅刃の大地に何が起こったのか。衣類を脱ぐ手がおそくなり、只々疑問が強くなってく。
「師匠、どうしたんですか?」
意識を戻せば、衣類を全て小型の保管庫に入れまだかまだかと裸で待っていたノアがいた。
「あ、あぁごめん。早く行こっか」
急いで服を脱いで温泉の方へと足を運ぶ。
温泉内は床や壁が綺麗に研磨された石畳で出来ており、肝心の温泉も綺麗なまで研磨され敷き詰められた石畳で作られている。ハルマット宿場町の名物なだけあって丁寧な作りだ。
何より湯がいい。ここが特別いいのか、火山方面から流れ出る水がいいのかは判断が出来ない。半透明の薄茶色をした湯からは草木の優しい、匂いがしていた。それで不快感は無い為、本当にどういう事か考えを巡らせてしまう。
「ノア、かけ湯」
「あ、そうでした!」
ウキウキのノアを制止させて蛇口から湯を桶に貯めノアにかけてあげる。犬みたいな身震いをしてて可愛いな、と思いながらも自分も一先ずかけ湯をし、温泉へと向かう。
温泉に向かうと先客が先客がいた。金髪の子とオレンジ色の髪の子が二人、温泉でゆっくりと寛いでいた。
「ノアさん、お疲れ、さ、ま……きゃぁぁぁ!?」
声から察するにレイナとマリーだろうが、こちらを見るなり悲鳴を上げる。
「うわ!?ど、どうしたの二人とも?」
思わず悲鳴の理由を聞くと顔を真っ赤にした二人が上擦りながら喋る。
「し、し、シオンさん!こ、こここ、ここは女湯ですよ!?」
シオンは全て察した。このような経験は初めてではない。冒険者になってからと言うもの、平たい胸、ハスキーで低めの声、子供の時からの癖である一人称僕。これらの要因が完璧に合わさり、ずっと男に間違われてきた。修行で各地を回ってた頃は性別を気にしない人も多かったため、久方ぶりのうっかりをかましてしまった。
「あ、あぁ、そうだよね!ごめんね、僕、実は……女なんだよ、ほら」
手に持っていたタオルを退かして、自分の股を二人に見せる。齢二十四になって何をしているかと恥ずかしくなるが、確認させる為仕方ないと割り切る。
「え、あ……」
「お、女の人ですぅ……」
一方で想定外の事実を見せつけられた若い女の子二人は、真っ赤な顔のまま事実を理解できずに固まったままになっていた。
「え、そうですよ?師匠は女性ですよ?」
ノアがなんで固まっているかも分からない顔で言う。
シオン・グレイシス、十六から冒険者を始めた女は股を少女達に見せつけたまま再び絶叫された。
「おぉ、意外とあっついねぇ……」
「でも、気持ちいいですぅ……」
ひとしきり落ち着かせた後、二人でゆっくりと湯に浸かっていく。熱めの湯は長時間馬車に座っていた身体に効いてくる。薬学に明るくないため何がどう効くのかは知らないが、身体から疲労が溶けて落ちていく感覚が二人を癒していった。
「そ、その、申し訳ございません……!か、勝手に男性と勘違いしてしまって……!」
レイナとマリーから謝罪が入る。二人に悪気が無いがゆえに、女と言うのを黙っていた事に対し本当に悪い事をしたなと思う。
「大丈夫、本当にいいよ。よく間違われるし、言ってない僕も悪いし」
「でも師匠、本当に無いですよね」
本当に申し訳なさそうにするレイナを横に、ノアが急に刺してくる。
取り敢えず捕まえてくすぐりの刑で撃沈させておく。
「本当に大丈夫からね?」
まったく説得力は無いだろうが念には念をと釘を刺しておく。
レイナとマリーが怯えて抱き合っていたが、なるべく笑顔で怖くないアピールをしておく。
「ひぃぃぃ……」
「で、ですが、お二人は本当に仲が良いですね……ノアさんとはどういった経緯で師弟に?」
ふとノアとの関係を聞かれ少し考える。
「経緯、えっとね……」
「はい!私がスライム討伐をしていた時、助けてもらいました!」
浮かんでいたノアが勢いよく立ち上がる。他の客に迷惑が掛かるといけないので大人しく座らせる。
「えっとね、僕がキャメロディアで仕事してる時に、スライムに負けてる子がいてね……何でも、お腹が空いて倒れてたらしくてね」
「はい、あの時は駄目かと思いましたよ……」
レイナとマリーは真顔で固まってしまう。無理もない話ではある。
――回想・1年前、エストーラの森――
様々な大陸を渡って戦闘技術を磨いていたシオンは、最後の技術を学びながらキャメロディアで仕事をしていた。
そんなある日、依頼でキャメディア帝国の南にある森、エストーラの森に向かった。エストーラの森は広大で小さい魔物から大きい魔物までおり、冒険者の実力や経験が試される為、Aランクから一番下のEランクまでお世話になる区域だ。
森の入り口付近の水辺はスライム等の下級の魔物、狼や熊などの猛獣が出る為、なりたての冒険者は兎に角最新の注意が必要である。
今回の依頼はポイズンスライムの退治だった。スライム種は周囲の液体を身体にして生息するタイプの魔物で、基本的に人間に対して害は無い。しかし、何らかの形で液体の身体に毒素が混ざった個体が現れるとスライムの意思に関わらず人間に害が及ぶ。川に入れば毒素が流れ、土に触れると腐ったり周囲の植物が腐ったりもする。その為、被害が拡大しない様に周囲の村から討伐依頼が出された形だった。
エストーラの森を進んでいくこと一時間近く、目撃情報があった場所に着く。周辺には所々に腐った木や植物など毒性を持つ何かが通った痕跡があった。
それ以上に気になるのは溶けてズタズタになっている死体だった。身形からして冒険者だろうが、武器や防具すら腐食し、とてもじゃないが供養するのも躊躇う状態だった。
しかし、シオンは違和感を感じる。スライムが人をここまで溶かす程の強い毒素を持っていかだ。あり得ない話ではないが、その場合一度出直してギルドから緊急の要請が必要になる。
考えを張り巡らせて警戒している最中、スライムが進んだであろう木々の先から唸り声がきこえてくる。
――ポイズンスライム以外にも何か魔物が?
警戒してシオンは進んで行く。念のため飛び出してくる事も考えて解毒ポーションも握る。
進んで行くと岩肌を綺麗な水が流れている場所に出る。ひんやりとした空気の中、目前に女の子が倒れていた。倒れている銀髪の女の子は冒険者の様だが、上にはポイズンスライムが乗っていた。
襲われていると思い助ける為、武装錬成で槍を生成して駆け寄る。
退治しようとした矢先、女の子から先ほどの唸り声が鳴り響く。
思わず足を止めるが、鳴り続ける唸り声の正体にすぐ気付く。腹の虫だ。
「……え?」
困惑の嵐が頭を埋めていく。ポイズンスライムも唸り声の様な腹の虫が気になり疑問に思っているのか、ずっと女の子のお腹やお尻を叩いていた。
「うぅ……やめてぇ……助けてぇ……」
何故女の子が空腹で倒れスライムに叩かれているのか甚だ疑問だった。
しかし、ポイズンスライムに叩かれていると言う事は皮膚が爛れてる可能性が高い。
スライムを退治して治療を施す為、女の子に近寄る。
ポイズンスライム自体の強さは通常のスライムと何ら変わりなく、容易く核を破壊して退治する事が出来た。
「大丈夫かい?今、解毒のポーションを……」
女の子の姿を見て思わず固まった。服は所々スライムのビンタで破けていたが、そこから見える皮膚は毒素の影響を受けておらず健康そのものだった。
「き、君、異常は無いか?具合とかは……」
銀髪の女の子が勢いよく起き上がり、泣きそうな顔でシオンの服に掴みかかる。
「お腹が空きました!ご飯を、ご飯をお恵みください!」
「んん~美味しいですぅ……」
獲ってきた魚や採取した木の実を女の子が頬張る。口いっぱいに詰め込んでリスかと突っ込みたくなったが、満面の笑みで蕩けた表情を浮かべる彼女に何処か愛らしさを感じ、突っ込むのを止めて携帯していたコップに水を入れて渡す。
「ゆっくり食べなよ?どう、足りた?」
「ふぁい、ありふぁふぉうふぉふぁいまふ」
「うん、食べてから喋りな?」
だいぶ落ち着きが無いらしい。本当にポイズンスライムに乗っかられていた人間とは思えない元気さだった。
女の子は指摘されると黙って口の中を動かし、飲み込んで空になってから再び話し出す。
「はい、ありがとうございました!おかげさまで何とかなりそうです!」
「それはよかった。君はどうしてここに?冒険者だよね?」
「はい!最近冒険者になりました!ノアです!」
満腹から来る幸福感で満たされた笑顔のまま、元気のいい声でノアが返事を返す。
「どうしてここに?依頼かい?」
「えっとですね、スライムの盗伐で臨時パーティーの人と一緒に来たんですけど、気付いたらはぐれちゃって……」
ちょっと寂しくなったのか、明るい声が徐々に尻すぼみになっていく。
焚火の弾ける音だけがシオンの耳に入る。先ほどの冒険者だったのがそうなのだろう。見せた方がいいかもしれないが、余りにも無残な死体。冒険者としてでなく、人として黙る事にした。
「……そうかい、それは危なかったね。ちなみに、君のランクは?」
「はい、Dランクです!」
Dランク冒険者が空腹で倒れてE級の魔物であるスライムに負けかけていた。この事実だけでノアの将来を憂いてしまった。
一先ず不安は置いておき、ポイズンスライムの毒素にやられて無いかを確認する事にする。
「そっか……あ、そうだ。さっきのスライムは毒持ちだったけど、本当に大丈夫かい?」
本当にノアに異常が無いか近寄って確認する。先ほどの食欲を見る限りでは必要無さそうだが、念には念をと改めてノアの肌を見る。
先ほど見た通り、破れた個所から覗いているノアの肌は健康体そのもので、魔術による再生の痕も無い。
シオンの頭に浮かんだのは魔術学の書物で呼んだ毒の耐性だった。魔力の影響で毒を受けない身体、それを持ってる為に影響を受けていないからだろうと推測した。
「なるほどね……毒耐性を持ってるんだ?」
「そうなんですか?」
「そうなんですか?」
ノアの適当過ぎる返事に対し反射的にオウム返しをしてしまう。
冒険者としてギルドに登録する際には必ず魔力検査がある。そこで魔力の量や質、耐性が判明されるはずだが、ノアという子は自分の事を全く把握してないらしい。
「そ、そっか……まぁ無事ならいいか」
諦め半分でノアから離れて再び座る。当の本人は未だにリスと化しているが何処か幸せそうで見応えがあった。
「さてと、僕はまだここにいるけど、ノアちゃんはどうする?」
「少し残ります!もしかしたら、皆ながまだいるかもしれないので!」
ノアの明るい声に心にとげが刺さった感覚がする。あそこにあった死体がノアの仲間かもしれない。それを思うと早くこの場から離した方がいい気もした。
今から来る脅威の事も考えると。
何処からか振動か来る。焚火の薪木が崩れ火が消え、近付く何かに警戒が強まる。
「な、何ですか!?」
未知の脅威にノアも立ち上がり怯える。
姿を現したのはシオンの倍ほどにもなるカエルだった。黒みがかった橙色に紫の波や反転の模様が入った禍々しい色彩。飛び出したようにこちらを睨む目玉。口から垂れる液は地面を腐敗させている。
「デストキシックトード……なるほどね、周りのスライムがヤバくなったのも、あそこにあったアレも……お前が原因ってわけね……」
ジャイアントトードの亜種である毒持ちのカエル型の魔物、デストキシックトードが獲物を前に長い舌で舌なめずりをしていた。
「で、でっかいです……」
ノアが恐怖で震えていた。
無理もない事だった。体調三メートル越えなどと言うサイズはシオンですら初めて目にした。
それでいて毒持ちと言うのも余計に面倒だった。頬袋から分泌される毒液は通常のサイズなら腫れたり痛んだりだけで済む。
しかし目の前にいる規格外のトードは土や植物を腐らせるほどの毒液を持っている。かすっただけでもかなり深刻なダメージが入るだろう。
「逃げれる?」
ノアに優しく声を掛けるも上手く動けないのか首を横に振っている。
獰猛な魔物から守りながらの戦闘と言う困難をここに来て押し付けられるとは思ってなかった。
「そっか。隠れてて、ちょっとやっつけるから」
「へ?やっつける?」
困惑したノアを置いていく様にトードに素早く近寄る。両手には既に武装錬成で生成した蒼く光る双剣を持ち、攻撃を警戒して走る。
トードも近付いて来るシオンに向かって毒を纏わせたカエル特有の長い舌を突き出してくる。
寸での所で身を翻し舌を躱す。地面をへこませた舌は周囲の土を腐敗していく。
「あっぶな……!本当に当たらなくてよかった!」
トードを前足から切り刻んでいく。バランスを崩すも強靭な後ろ脚で跳ね圧し掛かろうとしてくる。
だが軽快な動きを基本にしているシオンにとって、トードの動きなど簡単に予測し捉えることが出来た。
押し潰そうとして跳んだトードは、自らの巨躯と傷を負った前足によってバランスを崩して地面に伏せる。
「よっし、チャンス!」
手に持った双剣を解除して仕留める為の武器を錬成するため魔力を回す。
――一撃、イメージするのは分断。振り下ろされる刃。
シオンの背丈を優に超える大斧を生成する。執行人が使うような大斧を構えて動けないトードの首を狙う。
「せぇ、の……おらぁ!」
掛け声と共にトードの首に深々と入り、黒ずんだ血が噴き出す。真っ二つになってないとは言え、文字通り首の皮一枚で繋がっており生命活動は絶てただろう。
「す、すごぉい……すごいです!」
木に隠れていたノアが尊敬の眼差しを向けながら走り寄ってくる。
「すごい、すごいです!こんな大きなトードを、すぱって!強いです!」
「はは、ありがとう」
ここまでオーバーに褒められる事が少なかったシオンにとって、ノアの感謝すら忘れた感激は心に響いた。
トードの剥ぎ取りが終わる。デストキシックトードの毒は高値で売れる為、状態がいいなら持ち帰らない選択肢は無いだろう。
「よし、まだいるんだっけ?僕は帰るけど、どうする?」
「はい、私もいったん帰ろうと思います!一緒にいいですか?」
「うん、いいとも」
「はい、ありがとうございます!」
二人でエストーラの森を出る為歩き出す。
「そういえばだけど、君は役割は何?武闘家?」
「はい、武闘家です!」
動きやすい装備からそうだと思ったが見事に的中する。
「そっか。素手かい?大変じゃない?」
指摘をするとノアはちょっとだけ困った表情を浮かべる。
「はい、大変です。私、動きは速いし軽いんですけど、その分拳も軽くて……全然相手にダメージを与えれないんですよ」
武闘家としては中々の悩みだった。武闘家は前衛職として防御では無く、素早い立ち回りと拳や蹴りによるダメージが魅力だ。その内の半分が欠けているなら現状は相当厳しいだろう。
「なるほどなぁ……頑張らないとね?」
「はい!」
無邪気な顔で明るい返事を聞くと、思わず頭を撫でたくなった。
そんな会話の中、見覚えのある場所に着く。離しながら意識していなかった為うっかりしていた。毒にやられ身体が腐敗した冒険者達の所だった。
ノアもしっかりと目撃してしまい、さっきまでの笑顔は無くゆっくりと真顔になっていく。
「あ……ノアちゃん、その……」
「……この人達です。パーティーだった人……」
抑揚のない声がノアから零れ落ちる。泣きそうという訳では無いが、さっきまでの元気さは明らかに無い。
信じられないくらいの気まずい空気が流れ、見せない様にしてたのに見せてしまった自らを叱責しそうになる。
「気を使ってくれたんですよね?でも大丈夫です……お願いなんですけど、出来たらカードの取り出しとと……埋葬を手伝ってくれませんか?」
三人の冒険者の埋葬を終える。軟い土だったとはいえ、穴掘りは相当な重労働だった。
「……」
ノアが三人の冒険者カードを黙ったまま見ていた。臨時と言っていたがやはり思う所があったのだろう。
「……辛いかい?」
言葉を選ぶも見つからなかったため簡潔に聞く。
「いえ、そこまでなんですけど……」
再び沈黙に包まれる。先ほどまで元気だった子が真面目な顔で黙っているのは何処か心に刺さった。
しかし、ノアが再び沈黙を破る。
「……私、頭が悪いんですけど……誘われた時から少し、分かってたんですよね……素早い動きだけが取り柄だから、それを囮にしてこの三人で依頼を成功させようって思ってるの……」
頭が悪いのは自負しているらしいが、それ以上に直感が凄いのに驚く。
実際に臨時パーティーではそうやって足を引っ張り、報酬を掠め取ろうとする狡賢い冒険者は少なくは無い。
ノアに対してずっと溌溂なだけでおバカな子と思っていたが、シオンの中で評価が変わった。
「……でも、私が強かったら、皆なまだ生きてたかなぁ……」
何かを堪える様に声を振り絞る。それが寂しさなのか後悔なのか、はたまた己の無力さなのか走らない。
が、シオンの中で実力不足を嘆く声は再び心が揺すぶられた。かつての自分がそうだった。実力不足で全部捨て、半ば自棄になり修行の旅に出た自分と重なり、妙に目が離せなくなっていた。
「……じゃあ強くなる?」
「へ?」
自分でも何故こう言い放ったかは分からない。
「僕が強くしてあげるよ。一緒に来ないかい?」
「い、いいんですか?」
「いいとも、弟子ってやつ?憧れてたからね」
本当は取る気など一切なかった。むしろ常にいる仲間は足枷になると思っていたひねくれ者だった。
この日までは。
「……ふふ、あはは!変な人……じゃあ、お願いしてもいいですか師匠?」
明るさと笑顔を取り戻し、何かを察したかのようにお願いしてくる。可愛いな本当にと頭を撫でてあげる。
「生意気だなぁ……でも、頑張ろうなノア」
「はい!」
こうしてこの二人は師弟となった。生まれて初めての弟子、冒険者として成長したかもとシオンは感じていた
「そういえば、打撃が軽いって言ってたよね?籠手じゃなくて武器を使ってもいいかもね。槍とか斧とか……あとは棒術とか?」
「棒術?棒術って何ですか?」
――――
「てな感じで、今ではこんな感じ」
温泉で癒されているノアの頭を撫でながらレイナとマリーに経緯を話していた。
「大変だったんですね……でも、なんかいいですね。成長できるターニングポイントと言うのは」
「はい!師匠がいなかったらもう冒険者として戦えてないかもしれません!」
頭を撫でられながら元気な声を張る。思い返せばこの子にとってすごくいい思い出だろう。
「でも、話を聞いてたら、ちょっとのぼせてきましたぁ……」
真面目に聞いてたマリーが意識がそれたのか、温泉に浸かっていた事を実感し肌を紅くさせていた。そこそこの時間話していた為のぼせそうになるのも無理は無い。
「そっか、結構話しちゃったもんね」
「私もそろそろのぼせそうなので、そろそろ……」
「うん、またね。あと半日よろしく」
そう言い残し温泉を出ていく二人にノアと一緒に手を振る。
気付けば温泉内はノアと二人。静かながらノアの鼻歌が響いていた。
「はぁ、でも話して思い出したけど、本当に毒効かないよねぇ……なんでなの?」
「なんででしょうね?」
「なんででしょうね」
二人で小さく笑う。このやり取りも慣れを通り越して二人の定番となっていた。
「はは、その内分かるかもね……さて、明日も早いし。そろそろ上がりますか」
「はい師匠!」
二人で温泉を上がり、身体を拭いて更衣室に戻る。
更衣室には若い女性の利用客が三人程いた。恐らく何処かの冒険者だろう。
「へ?きゃあぁぁぁ!お、男の人がぁ!!」
「え!?あ、違います!僕、女で!」
「この……犯罪者はそう言うのよ!この……変態!」
確認をする前に一人が平手を振る。乾いたビンタの音が更衣室に響いた。
「あちゃぁ……こっちも定番ですね」
「ノア……助けてぇ……」
こうしてデュランド目前の温泉にて、シオン達の夜は過ぎていった。
次回に続く




