4話「デュランドってこんな王国」
――ハルマット宿場町――
覗き魔に間違われた夜は過ぎ、早朝の日が昇りかけの宿屋にて。
ノアと朝食を頼んで食べていると、シオンは女冒険者に謝られた。
「マジですいません……勝手に男にした上に、ビンタまで……」
「あ、うん、大丈夫だよ……」
あの後、レイナとマリーに見せた様に身体を見せて誤解は解いた。勘違いではたかれたビンタの痕は、一晩経ってもはっきりと残っていた。
そこに、身支度をしっかりたレイナとアルト、寝ぼけたマリー、まだ調子が悪そうなマッシュも来る。
レイナがこちらに気付き、挨拶をするため近付いて来る。
「あ、シオンさん、おはようございま……ど、どうされましたか!?」
顔にある平手の痕にレイナが驚愕する。後ろにいた三人も本当に何事かと心配して近寄ってくる。
「その、うちらのせいで……そのすいません……」
「いや、昨日あの後ね、また男に間違われちゃって……」
事情を話すとレイナは納得がいったらしい。事情を知らないマッシュとアルトは未だに状況が掴めないで真顔になっていた。
「またですか……余計なお世話かも知れませんが、少し女性らしい装いをしてみてはいかがでしょうか……?」
「うーん……苦手なんだよねぇ、女らしいとか……」
レイナが呆れた感情を含んだ溜息を漏らす。
自分でも分かってはいる。かれこれ二四年生きてきた人生で、子供の頃は錬金術の勉強、冒険者になってからは武器の扱いを覚える為の修行と、華やかな女らしさと言うのは自分から完全に抜け落ちかけ離れていた。
更に言うと、自分でも思うレベルで体つきが女らしくない。顔は中性的、肩幅は女にしては少し広く、腰も縦に長い為丸みが無い。おまけに背丈が百七十一センチと女にしては背が高く、本当によく男に間違われる。
子供の頃は怒っていたが、年を重ねるにつれて本当に面倒臭くなり、ある程度は男として扱われても気にしない様になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください……男と間違われた?」
アルトの疑問は当然の物だった。言っていないから。
「師匠は女の人ですよ?」
既に朝食を食べ終えていたノアから発せられた衝撃の事実に、マッシュとアルトは驚愕を隠せないでいた。
「な……えぇ!?」
一番よく見た反応をしてくれた。驚くのは無理も無いが、何とも言えない気持ちになる。
マッシュに至っては理解が追い付かず、魂が抜けたかの様に立ち竦んでいた。
朝食を終えたシオン達は再び馬車でデュランド王国に向かう準備をする。
理解が追い付いてないマッシュは荷運びの速度が遅く、レイナとアルトに注意されていた。
一方でシオンはついにデュランドかと覚悟を決める。シオンに置いての人生の分岐点であるデュランド王国と言う土地は、実に五年振りの帰還であり紅刃の大地に再会する可能性があるからだ。
「あーあ……ついにデュランドかぁ……」
呟く様に吐き出しながら宿屋を後にする。腹を決めたつもりではいたが、やはりいざアリシア達と出会った時に自分が、そして向こうがどう思うのかが不安で仕方なかった。
不安を残したまま馬車に向かう。馬車には全員そろっており商人達も既に乗り込んでいた。冒険者達も準備をしていき、アルトは相変わらず呆けていたマッシュに蹴りを入れられながら、馬車に乗り御者に準備完了の連絡を入れていた。
それを横目に、シオン達も馬車に乗り込む。
「よぉし、準備できたな。それでは皆様おはようございます。ただいまよりデュランドまで、出発致します!」
御者の声を合図に馬車が動き出す。いよいよのデュランドへの最後の時間、シオンの緊張も高まる中、手綱に打たれた馬は嘶き、馬車は進みだした。
馬車に揺られながらレイナとマリーと話しながら二時間程が経った。馬車は山道に比べ何事も無く進んで行った。
「デュランドは私も初めて行きますぅ……どんなところなんですか?」
「実は私もです……シオンさんはデュランド王国がどんな所かご存じなんですよね?」
レイナとマリーが期待を寄せながら質問してくる。
「えぇっとね、まずデュランドは国全体的の治安が本当にいいよ。前言った通りだね。あとはウラノエス大陸北側の中心にある大都市だから、色んな所の商人がいて商業が盛んだね。冒険者御用達のメイプルスター商会の本部もデュランドにある」
「あ、あのメイプルスター商会ですか?私達もよくお世話になってます」
メイプルスター商会は八年前に突如として立ち上がった商人組織で、今となっては冒険者に不可欠な存在である。冒険者が必要とする回復薬やロープなどの消耗品から、鍋やナイフなどの野営道具も格安で卸してくれている。なのに商会自体は八年間、どういう仕組みをしているのかは一切知らないが常に黒字を保っているらしい。さらにそれだけの儲けを出しているのに、営業妨害や不正などの黒い噂は一切無い。ウラノエス大陸の冒険者において、ここまでありがたい存在は他に無いだろう。
「安くて質がいいからね。僕もよく利用してるよ」
「他には何かありますか?」
「あとはねぇ……やっぱり商業が栄えてるからか、美味しいものが多いね。お店もいっぱいあるし」
「美味しいもの!?」
ノアが言葉を聞いただけで反射的に立ち上がる。馬車内では危ないから座る様にと注意しておく。
交易が栄えている分、品も人もよく通るため飲食店の数が多く、利用する客もかなり多い。特に夜中になれば腹を空かせた冒険者達が何処かいい店は無いかと血眼になって探しているため、店同士による客引き合戦が頻発している。
「でも、美味しいお店ですかぁ……行ってみたいですぅ……」
「そうですね、ギルドに報告したらマッシュさん達も誘ってみましょうか」
涎が垂れそうになっているマリーにレイナが提案する。マリーは明るい笑顔で首を縦に振っていた。
冒険者同士で仲や縁が深まる瞬間はいつ見てもいいものだ。
雑談に花を咲かせていると、カーテンから顔を出していたノアが声を上げる。
「うわぁ……師匠!真っ白な壁がありますよ!」
ノアの声に反応する様に三人はそれぞれ小窓から外を見る。
小窓からはデュランド王国が誇る円状に広がる遥かなる白き壁、聖白の壁が見えていた。
二百年以上前に作らたと言われている歴史のある城壁で、魔力を吸収する魔鉱石、エリクライト鉱石を大量に使った白い大壁はドラゴンやリッチの軍勢を退け、敵国の魔術師までもを泣かせた文字通り不朽の壁だ。
「凄いですね……まだ距離があるのに、ここからでもあんなにハッキリと……!」
「はい、綺麗な白色ですぅ……!」
若い冒険者達が初めてのデュランド王国に興奮を抑え切れない中、シオンもそろそろかと緊張が走る。
紅刃の大地がいるであろう土地に赴く不安は、馬車の旅が終わりに近付くにつれ増していった。
「はぁ、ついにデュランドかぁ……」
「師匠、まだ不安ですか?」
気を使ってくれたのか、優しい笑顔でノアが覗き込んでくる。
こちらも弱気を見せまいとため息交じりの笑顔を返す。
「まぁ、それなりにはね……でも大丈夫、僕も成長してるさ」
弱音を隠す様にノアの頭を撫でる。
そうしている間にも馬車はデュランドへと進んで行った。
――デュランド王国、聖白の壁東門――
「お疲れ様でした!デュランドに到着いたしました!またのご利用お待ちしております!」
目的地に到着した御者の声で馬車を降りる。
「はぁぁぁ……遂に来たぁぁぁ……」
馬車から降りて身体を伸ばす。
商人や冒険者も同じ様に馬車を降り、長い時間馬車に揺られた身体を伸ばし整える。
御者はマッシュ達に依頼達成書を渡すと、役目を終えたと言わんばかりに城門前にある馬車屋に消えていく。
シオンは目的地を見る。目の前には三十メートルを優に超えた聖白の壁が広がり、門ではデュランド兵による検問が行われていた。
検問は入国者の列と商人の列に分かれており、入国者の列はあまり並んでいなかったが、商人達の列は目に見えて長蛇の列を成していた。
商人の列が並んでいる理由は明確で、検問の厳しさだ。冒険者はカードの提示と所持品検査で済むが、商人となると話が違う。証明書か取引証書が無ければ門前払いもざらにある上、荷物検査も徹底されている。一日で百を超える商人が来るこの国において検閲は何より大事で、一組に対し二十分以上かかるなど日常茶飯事である。犯罪に対して徹底しているが故の弊害だろう。
「師匠、凄い並んでますね!」
「まぁね。でも仕方ないさ。昔商人のフリをした悪党だったり、違法な商品を取り扱う商人が来たりでとにかく厳しいんだ」
「そうなんですね……時間がかかるんでしょうか?」
「大丈夫、冒険者とかはこっちだよ」
心配そうな若い冒険者達を連れて入国者の方の列に向かう。
徐々に聖白の壁が近付く。久し振りに近くで見る白き城壁は空を覆うかと思うほどの威圧感を感じる。
「次の方どうぞ」
すんなりと憲兵に呼ばれてノアと二人で足並みを揃え憲兵に近付いていく。門番とだけあって無精ながら屈強な男が構えていた。
「冒険者、シオン・グレイシスです。どうぞ」
見た目よりかは丁寧な憲兵の案内に従い、冒険者カードを見せて魔力を流す。冒険者カードに書かれた魔光料が光り、身分証明を行う。
荷物も渡して中身を確認してもらう。
「確認できました、どうぞお進みください」
ノアも同じ様にする様言って通してもらい、聖白の壁を抜ける。
「わぁ、すごぉい!これが、デュランド王国……!」
聖白の壁を越えればデュランド王国の綺麗な街並みが広がっていた。
門の近くの広場から既に活気で満ちていた。交易が盛んな大都市と謳われるだけあり、出店が並び多くの人で賑わっている。
この時点でノアの目の輝きは更に増す。出店から漂う肉やパンの焼ける匂いや、赤や黄色や緑に輝く飴細工ととにかく目の引く物がとにかく多く、ノアの足は棒の様に止まっていた。
「……じゅぅじゅぅ、ふわふわ、きらきら……」
涎を垂らしなふがら出店の前で立ち止まる。目線はすでに串に刺さり焼かれた肉と焼き立てのパンに釘付けだ。
「……食べるかい?」
無理に動かそうにも食いしん坊は動く気配が無い為提案を出す。
「はい!食べたいです!」
当然、提案を耳に入れたノアは満開の花の様な笑顔を向ける。
そもそも昼時だからいいかと、ノアにお小遣いをあげて肉串とパンを買いに行かせる。
「すいませーんくださーい!」
「あいよ!」
ノアはわき目も降らず出店に向かう。
平和な街並みと愛弟子の可愛さに心を落ち着かせていると、護衛組だった四人が検問を終えてこちらに気付く。
「あ、シオンさん!どうもっす!デュランド王国ってすごいっすね!」
マッシュを筆頭に近付いてくる。
「やっほー。あれだよね、ギルドに行くんでしょ?」
「はい、報酬を受け取りにギルドに。あとは俺とマッシュは防具とかを新調しようかと」
「あぁ、確かに。盗賊団にやられてボロボロだもんね」
マッシュとアルトの防具や服は確かにへこんでしまっていたり、切り跡が多く目立ちと激戦の跡があった。そのままでは今後の冒険に支障が出るため良い判断である。
「ノアさんは……あちらです、ね……?」
レイナが思わず固まった。目線の先を追うと紙袋に入れたパンを左手に担ぎ、右手には肉串を持ち頬張っていた。三本を片手で持って。
「はふ、はふ……あ、レイナひゃん、どうもへふ」
「落ち着いて食べてください……美味しいですか?」
レイナがノアの口周りを拭いてあげている。
「モグモグモグ……ん、美味しいです!食べますか?」
食いしん坊の可愛い弟子が自分の食べ物を誰かに分け与えている事に衝撃を受ける。
師匠であるシオン以外には食事中に会話をしている所を見たことが無い為、相当レイナを気に入ったようだ。
「いいんですか?あ、ありがとうございます……いただきます」
レイナがノアから肉串を一本受け取り、食いしん坊さんと違い丁寧に手を添えて優しく齧り付く。
「……んん、美味しいです……!豚のバラ肉がカリっと焼けていて、甘い脂が口に広がります……!」
「でしょぉ!?美味しいですよね!師匠もどうですか?」
ノアが肉串をこちらに差し出す。人の金なのにそんなに買って、と言いたかったが、可愛さに負けて肉串を受け取り頭を撫でる。
「おい、何だ何だ!?ズルいぞ!」
「あれか、そういえば昼がまだだったな。俺らも食うか?」
「賛成ですぅ」
レイナが持っている肉串にマッシュ達が気付く。若い冒険者達は肉串を求めて立て続けに出店まで走っていく。
まだ半人前の冒険者なら金の使い道を考えた方がいいと注意したかったが、せっかく初めてであろう護衛任務を達成し舞い上がっている若者を止める気にはならなかったので黙っておく。
「あ、これうま……」
肉串を平らげて設置された休憩スペースで寛ぐ。依頼達成の祝いとして、特別にマッシュ達にも奢る。
ノアは買っていたパンを咥えながら夢中になっている。マッシュ達もありがたく感謝して肉串を頬張る。
食べ終わるまでの間レイナと話す。
「シオンさんありがとうございます。あとでお金は払いますね」
「いいよいいよ、奢り。頑張ったしね」
「ほ、本当ですか?では、お言葉に甘えて……ありがとうございます」
レイナがノアの服に着いたパンの食べ屑を払ってあげながらお礼を言う。出来た子だなと感心し、ノアと違う可愛さがあるなと微笑ましく思う。
「あ、そうです、聞きたいことがあるんでした。デュランド王国のギルド支部はどちらにあるのでしょうか?」
「あぁ、デュランド王国のギルドね……南区にあるんだけど、ここから遠いんだよね……」
「そうなんですか?どれ位なんですか?」
「ずっと歩いて丸一日だね」
「まっ……!?えぇ!?」
レイナが驚愕の裏声をあげて固まる。
驚くのは無理もない話だった。デュランド王国と言う大都市がそもそも広大過ぎる。計測した学者によると、聖白の壁の中だけで国土は直径250キロメートル以上にもなる。あまりの広さに馬を飼ったり、馬車を持ったりして移動する者も少なくはない。
「だから今日は南区に移動しながらどっかの宿に泊まろうか」
「移動で宿泊とは……これが大都市……」
レイナがデュランド王国の広さに衝撃を受け興奮するも何とか抑えている。こっちもこっちで可愛いな。
移動中は当然スムーズに行くわけが無かった。
「蒸したパン……」
「うちのは甘くて柔らかいよ!」
ノアは少し進めば美味しそうな料理に目を取られていた。デュランド王国の商売戦争にまんまと引っ掛かる形になっていた。
動かずに日が暮れるのは問題なので仕方なく買ってあげる。
「はむ、はむ……むふふぅ……」
「嬉しそうですね……」
しっかりと戦略に嵌ってしまった愛弟子をぶつからない様に引っ張りながら進む。
ノアもノアで、蒸しパンをレイナに一つ分け与えている。レイナも申し訳なさそうに受け取り恐る恐る食べる。美味しかったのか少し笑顔になり、ノアと蒸しパンの感想を共有し合っている。こっちもこっちで可愛いな。
流石のマッシュ達も呆れ気味になっている。ノアに対し若い冒険者の子に先輩がそれでいいのか、と思うも幸福に満ちた笑顔を邪魔できず何も言わず見ずでギルドを目指す。
「それにしても、本当に素敵な国ですね。綺麗ですし、活気がありますし」
「東区はそうだね。国の中で四つの街に分かれてる位には一番大きい区画だからね」
広大な東区は現在地の東門に一番近く小さい店が多いレシエ、南区に隣接している繁華街のマリエス、北区の通り道であるハーメルン、中央に存在するコルティスの四つの街に分かれており、それぞれコルティスに繋がる形で東区の中にある。
「でも東区は地面とか川とか環境が少し悪いから土地が安いんだ」
デュランド王国は全域通して高水準の土地だが、東区は少し劣っていた。ドレウス山岳から流れる清流のマイスト川が近く、土の質が軟く農業向きの土地で貴族や商人達からは毛嫌いされている。そのため東区の土地は価格が下がり、農家を中心に、平民や商業が一番盛んな南区に入れなかった小さい商人が多く住んでいる。ただそれでも平民は平民で自分の店を持ち生活しており、裕福で無くとも明るく楽しい暮らしをしている。
「国内で土地に差があるとは……それだけ広大なんですね」
「その分人が多くて活気がある。それはそれで犯罪の抑止力になってるから悪い事じゃないさ」
「そう言われるとそうですが……」
話しながら道を進んで行くとコルティスに着き、中央広場まで来る。広場は出稼ぎにきた商人の出店や元気に遊ぶ子供の声で日が昇っている内はいつも賑わっている東区の中心だ。
しかし、今日に限っては別の事で賑わっている様だ。
「きゃぁぁぁ!シリウス様ぁー!」
「こっち向いてぇ!」
街の女性が年寄りから若者まで関わらず誰かに集り、黄色い声をあげていた。
「何っすかあれは?」
「有名人か……?」
マッシュ達も謎の黄色い声に対して困惑の意を示していた。
シオン達も気になり寄ってみる。
「落ち着きなよ天使ちゃん達。俺は皆の王子様、シリウス・エーテルプス様だからさ」
「「「「「きゃぁぁぁぁぁ!かっこいいぃぃぃ!」」」」」
キザな台詞を何の恥ずかし気も無く吐き、周囲の女性を惚れさせている金髪をなびかせた顔のいい美男子がいた。
「わぁ、シリウス様ですぅ……!カッコいいぃ……」
マリーの言葉に思わず振り向く。顔はいいが正気だろうかと不安になる。
「正気か?顔だけで惚れるとか……」
アルトも同じ感想をマリーにぶつけていた。マリーの大人しそうな見た目とは裏腹にどうやら面食いで惚れやすいらしい。
「か、顔もですけど、シリウス様はデュランド王国のAランク冒険者で、僧侶。そしてAランクパーティー『白光の軌跡』のリーダーですよ?」
思っていたよりも凄い情報がマリーから飛んできた。どうやら広場で女を誑かし、キザな台詞をかけていた美丈夫は見た目以上に大物らしい。
シオンも噂には聞いた事があった。ここ一年間、ウラノエス大陸で勢いを増し冒険者ランクを上げ、紅刃の大地に引けを取らない冒険者達がいると。
実際に会ってみるとどうもキザったらしくシオンは受け入れ難かった。
「あれが、そうなんだ……」
うっかり本音が漏れてしまう。冒険者が人気を得るのはいいが、顔がいいや異性にモテるなどで人気を得てるのは男女問わず理解できなかった。
と言うのも、キャメロディアにはそうやって美男美女の冒険者を手中に収めようとする傲慢な貴族がいた為、あまりいいものだと思ってい。かつての相棒アリシアがそうだったからである。何度言い寄られ不快な思いをしたのか数えきれない。
冒険者として実力主義なシオンにとって、本当に理解できなかった。
「おや、君達も冒険者かい?奇遇だね。ボロボロな所を見ると仕事帰りかい?お疲れ様だ。怪我はしてないかい?特に女性はね、傷が残ると大変だからね。ちゃんとしておかないと。と言うか君は僧侶かい?奇遇だね、俺もだよ。俺はAランクだから回復魔術や支援魔術については何でも教えてあげれるよ。あと君は美味しそうに食べてるね。近くにいいお店がある。肉が美味い店だ、夕食は一緒にどうだい?」
シオンは思わず呆気に取らる。シリウスと言う美丈夫は、ノア、レイナ、マリーの女性陣に対して口の動きを止めずに喋り続けている。
「え、えぇ?その、あの……」
「おにふれふは!?」
「いいんですかぁ?それならぁ……」
女性陣はそれぞれの反応を見せている。レイナは優しさにときめきながらも困惑しつつ呆気に取られながら、ノアは最後の蒸しパンを食べながら、マリーに至っては恋する乙女の様な顔でシリウスの話を聞いていた。愛弟子が単純すぎて頭を抱える。
「……シオンさん、なんか、凄い人っすね」
「うんそうだね、女に優しいキザな奴だね」
「あの、シオンさん……あなたも……」
アルトに一先ず言わない様に人差し指を口に置く仕草を見せる。理解したのかアルトも口を噤む。
「おい、シリウス!何してんだこの野郎!」
シリウスの頭が何者かに勢いよく叩かれる。周囲の人間は何が起こったか理解できず唖然としていた。
「いっっっ……!ヘレナ……頭を叩くのは止してくれないか……?」
痛みを堪えるシリウス後ろには、青色のショートヘアをした目付きの鋭い女冒険者がいた。ヘレナと呼ばれた背丈以上の大斧を背負った女性は立て続けにシリウスの耳を引っ張り怒鳴り始める。
「うっせぇ!依頼で今から出るってのに、いつまで油売ってんだ!他の奴らも待ってんだよ女誑し!」
「いだだだだだ!待て、千切れる!止さないか!」
「回復魔術で治せるだろうが!行くぞこのボケ!」
シリウスがヘレナに引っ張られながら連行される。あまりにも嵐の様な時間だった。
周りにいた女性達やマリーはヘレナを恨む様に睨みながら名残惜しそうにしていた。
「な、なんだったのでしょうか……?」
あまりにも吹き荒れる様な時間にレイナも困惑していた。
「そう言うのもいるんだよ……さて、僕達も行こうか」
「は、はい……」
マッシュ達と名残惜しそうなマリー、出店に釘付けになっているノアを連れて南区へと進んで行く。
――デュランド王国、東区、マリエス――
シリウスの嵐から時間が過ぎ、日が傾き茜色に染まっていく。
繁華街であるマリエスはこの時間から賑わてってくる。
「はいはい!お酒決まってます!?うちの店はいいお酒がありますよぉ!?」
「ムッコラ牛、仕入れたよ!酒といっしょにどうだい!?」
「お兄さん、いい身体してるねぇ……こっちにいいお店があるんだけど……?」
マリエスの夕暮れはレシエやコルティスとは違い異質なものだった。酒を求める仕事終わりの農家や商人、はたまた冒険者が多数の店の客引きに捕まっていた。
「ここは……その、言ってしまえば夜のお店、と言うやつですか……?」
「そ、仕事終わりの人が癒しを求めてくる場所。夕方だからまだだけど、夜になるともっと凄いよ」
「そ、そうなんですね……」
若い冒険者達からするとあまりにも圧が強いのか、恐る恐る進んでいる。
一方でまだ夕暮れだと言うのに妖しい声が聞こえてくる。
「坊や、ボロボロだけど冒険者?どう?大人になってみない?」
「お、俺っすか?……ごくり……」
早速マッシュが娼婦の客引きに捕まっていた。客引きは豊かな胸で谷間を作りマッシュを誘惑している。
マッシュは顔を紅くし狼狽える。レイナとマリーはため息交じりで呆れ、アルトも人の事は言えないと俯いて視界に入れない様にしている。
流石に資金が無いだろうし捕まっても面倒そうなので割って入り助ける事に。
「悪いね、この子連れなんだ。今日はやめとくよ」
「あらそう?お兄さんでもいいわ。仕事後なのに綺麗な格好してるし、Bランクより上でしょ?」
「遠慮しとくよ。あと、僕はお姉さんだよ。じゃ」
「……は?」
掴まっていたマッシュと皆を強引に押す様にその場を去る。
助けてもらった安心感と申し訳なさが混ざった表情でマッシュが口を開く。
「すんません、ありがとうございます……正直、金が無くて……」
「だろうね、ああいうのはもう少し稼げるようになってから行きなよ?」
「い、行かないっすよ!……た、多分……」
本音が漏れそうになるマッシュをレイナとマリーが軽蔑の目線で睨む。
シオンも正直だなぁと思いながらさらに先を進んで行く。
――デュランド王国、南区――
繫華街を抜け南区の入り口に入る。日はすでに落ち周りは暗くなり、ランプの明りだけが道を照らしている。
南区は街で分かれている東区とは違い、北区にあるデュランド王国の象徴の一つであるデュランド城に続く大きな道を中心に栄えた一つの街で出来ている。東区のと比べると農地は無く、街並みは綺麗に整列され建築物は加工された石などのいい素材が使われている。
「つ、着いたぁ……!」
「ほ、本当に日が暮れました……」
若い冒険者達も流石に歩き疲れたのか、苦労が声と仕草に漏れる。
ノアは疲れたと言うより、空腹で倒れそうになっている。
「お疲れ様。僕達は今日は宿屋に泊まるけど、君達はどうする?」
「俺たちは報酬を受け取ってきます……まだ遠いっすかね?」
「いや、ギルドはそんなに遠くないよ。あそこだね」
遠くからでも目立つ冒険者ギルドを指差す。南区の入り口からはまだ距離があり、まだ時間がかかるだろう。
「まだ遠いっすねぇ……そしたら、俺らは金が無いんで、ここでお別れっすかね?」
「ん、そう?面倒なら宿代立て替えてあげようか?」
疲れきったマッシュ達に提案を一つする。マッシュに始まり、レイナ、マリー、アルトも驚いた表情を浮かべる。
「えっ?いいんすか?あ、ありがとうございます!みんなはどうする?」
マッシュが深々と頭を下げる。疲れが溜まっている三人も賛同したのか同じ様にお礼を言い頭を下げる。
「いいって事よ。行こうか」
六人で足並みを揃え歩き出し、シオンのおすすめの宿屋に向かう。
歩くこと三分もなく、サンムーンと書かれた三階建て宿屋に到着する。
「や、宿屋もでけぇ……」
かつてシオンがデュランドにいた頃に利用していた宿屋だった。ここの亭主は明るく溌溂とした妙齢の女性で、冒険者の旦那が仕事で無くなってからも女手一つで子供を育てる為に努力している女傑だ。
当時の記憶ではここまで大きくはなかったが、どうやら改築され大きな宿屋になったらしい。
「ここオススメの宿。入ろっか」
サンムーンに入ると広い受付と賑わった食事処がシオン達を出迎える。清掃の行き届いているであろう綺麗さは、五年ぶりに訪れても好印象を与えてくれる。
「食事処まであるのか……すいません、泊まれますか?」
受付裏から亭主である女性、モナが出てくる。五年前からお腹がふくよかだったが、今ではさらに全体的に恰幅がよくなっていた。
「あら、いらっしゃい……ってシオンかい!?久し振りじゃないのさ!」
「おばさん、お久しぶりです」
顔見知りが見えたモナは嬉しそうな表情を浮かべる。よく世話になった場所だけにこちらも嬉しかった。
「いきなりでごめん、部屋空いてる?」
「空いてるよ。二人部屋が一つと大部屋が一つだね。丁度良さそうだし、それでいいならいいよ」
モナがこちらの男女比をすぐに見分け、部屋割りを提案する。さすが長年宿屋を営んでいる女亭主の目利きだと感心させられた。
「それでお願いします。これお金」
「はいよ、毎度!これ鍵ね!ご飯はまだかい?うち、食事処を追加したから食べてきなよ!安くしとくよ?」
「はは、がめついねぇ」
商魂の逞しいさに懐かしさを感じ、受け取った鍵をノアとアルトに部屋の鍵を渡し、荷物を置いてくる様に言い立ち話を続ける。
「しっかし、あんた相変わらず男っぽいねぇ。化粧とかしないのかい?」
「冒険者がするわけないだろ。そんなのにお金かけれないよ」
「あら、あんたまだ冒険者だったのかい?ガイアの所抜けてから、この国も出ていったて聞いててっきり錬金術師としてのんびりしてるのかと思ってたよ」
「あはは、色んな所で修行してたからね。そういえばガイア達はどうしてるの?僕もあんまり聞いて無くてさ」
懐かしさを噛み締めた様に楽しいモナの表情が険しくなる。
「……そうなのかい?解散寸前なのは?」
「それは知ってる。で、パーティーランクもCまで落ちたって」
「そこまで知ってるなら話が早い……ジンが死んだよ」
あまりにも強い衝撃を受ける。言葉は飲み込めず頭の中で回っている。
「……マジ?」
「マジだよ」
重戦士ジンの死亡の報せに思わず顔が俯く。昔の仲間だから感傷的になっているのもあるが、それ以上にジンほどの実力者が死んだ事に意外性を感じていた。
「戦死?」
「多分ね……私も話程度だけどね。最近ガイア達来ないからさ……そうだ、それに変なんだよ。街の中歩いても、ガイア達の姿が見えないんだ。アリシアもクレアも、プリムもだね……あんたの元お仲間が何処にも見当たらないんだよ」
「姿が見えない……?」
更なる謎がシオンを襲った。最近姿が見えないのにパーティー評価はあるし、解散寸前と言う報告も耳にしている。
「一体どうなってんだ……?」
考えれば考える程シオンは黙り込んでしまう。モナと二人、周りの賑やかさに反して暗く沈んでいく。
「師匠!荷物置いてきましたー!ご飯食べましょう!」
笑顔で近付くノアの声に思わず肩をすくめ振り返る。
「あ、あぁうん。そうだね、行こうか。おばさん、行くね……明日、ギルドに行く。その時に、ちゃんと確認するよ」
「そうしな。今日は食って寝な」
モナが心配の表情でシオンに活を入れる。こちらも多くは話さずノアやマッシュ達の元へ向かう。
朝を迎え朝食を摂りサンムーンを後にし、マッシュ達とノアを連れてギルドへ向かう。
普段は朝が弱く寝起きが悪いが、あまりにも紅刃の大地の実情が気になり頭が冴えてしまった。
「師匠、今日は朝から元気ですね。やっぱり気になるんですか?」
「まぁね……ちょっと怖くなってきたよ」
不思議な感覚だった。恐怖で怯えている訳では無い。それなのに不安が積もりに積もってしまう。アリシアは元気だろうか、ガイア達はどうしているのか。そもそもデュランドに今いるのか。常に渦巻く様に掻き乱してくる不安にシオンの心はいい様にされていた。
不安を抱えながら歩き続けるとギルドに着く。
デュランドの冒険者達が拠点にするデュランド支部は、冒険者ギルドの中でも一位二位を争うほどの大きさを誇る。デュランド城とメイプルスター本部を除けば、デュランド一の総面積を誇るだろう。
不安に押し潰されそうな中、ギルドの扉に手を掛ける。開けなければと意気込むも心が拒否しかけていた。それでもと深呼吸をし、ゆっくりと扉を開ける。
ギルド内はおかしなことは無い。朝方と言う事もあり前日に酒で潰れた者や、真面目に作戦会議をする者達がいるが、それでも普段よりかは少なく感じる。
局員も数人いるが時間帯なのか冒険者や局員同士で話していたり、依頼募集のボードに書類を貼ったりしている。
一先ずシオンはキャメロディアからの応援で来た事を伝える為、ギルドの受付まで向かう。
受付にはオレンジ色の髪を後ろに丸く纏め、ぱっちりとした目にそばかすをした女性が何かを記載しながら頭を抱え座っていた。
その姿を見つけたシオンは見知った顔がいて少し安心できた。
「すいません、キャメロディアから応援要請でこっちに来ました」
「あぁはい、キャメロディアからの応援ですね。お待ちして……まし、た……」
受付の女性はシオンの顔を見るなり、持っていた羽ペンを落として固まる。
「やっほカレン」
「し、シオン!ひっさしぶり!どこ行ってたのよ!?」
カレンは懐かしさのあまり椅子を立ちシオンの手を握る。後ろで見ていたノアは驚き唖然としていた。
カレンはシオンが新米冒険者だった頃からの付き合いで、とにかく落ち着きが無いお転婆娘として冒険者からは愛され、局員からは苦労の元になっている昔馴染みだ。
「修行で色んな所。お転婆ちゃんは受付係?掃除係から出世したねぇ」
「うるさいわよ男女。こう見えて後輩もいるんだから」
懐かしさで大きな声を出すカレンを睨みつける様にもう一人の女性が出てくる。
黒い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた知的な美人だ。
「カレン、何大声出してるの?昨日の費用記載ミスは直したの……って、まぁ」
美人はカレンを注意するため近付くも見知った顔が見えて思わず慎ましく驚く。
「シオン……!帰って来たの?久し振りじゃない」
「セリアさんも、相変わらず美人ですね」
「私をおだててどうすんのよ。何しに来たの?」
「はは、このキツイ言い方も懐かしいや……キャメロディアからの応援で来たんですよ」
「へぇ、まだ冒険者やってたんだ。てっきり錬金術師になったかと」
「よく言われる」
ひとしきり昔馴染みで懐かしさを感じていると、突如として出入り口の扉が乱暴に開く。
出入り口からは一人の金髪の少女と赤髪の男が入ってくる。どちらも剣士の様だが、少女の方はアーマーを鳴らしながら不機嫌そうな顔で入ってくる。
ギルド内にいた者全てが振り向くも、デュランドで生計を立てている冒険者や局員はいつもの事だと呆れ自分達の作業や会話に戻る。
ノアや隣で護衛任務の報告をしていたマッシュ達は何が起こったか分からず身構えている。
「あー来た来た……」
カレンやセリアが露骨に嫌そうな顔をする。どうやら金髪の少女は見た目の可愛らしさの割に問題児の様だ。
そんな空気を意に返さず、金髪の少女はずかずかと受付まで向かってくる。
「おい、Bランクの依頼を寄越せ」
受付に着くなりとんでもなく高圧的な態度で依頼を所望する。マッシュ達に至ってはあまりの圧の強さに絶句していた。
紅刃の大地のリーダーがこんな感じだったと、土地が土地なためシオンもさらに懐かしさを感じる。
「あーもう……だぁかぁらぁ!貴方はCランクでしょ!大人しくCランクの依頼を受けときなさいよ!そもそもCランクも怪しいでしょ!?」
「うるさい!ごちゃごちゃ言ってないで早く出せ!」
カレンと金髪の少女で口喧嘩が始まる。どうやら身の丈に合ってない依頼をこなそうとしている様だ。
「……し、シオン、か……?」
喧嘩を微笑ましく見ていると赤紙の男から声を掛けられる。赤髪の男は端整な顔立ちをしており、二重の目からは真面目さと優しさが伝わってくる。元相棒のアリシアに似た何かを感じさらにシオンの懐かしさは膨れ上がる。
しかし問題はこの男が何故自分の名を知っているのかだった。
記憶力に自信のあるシオンは自らの記憶のページを一気に遡っていく。かつて武器の修行と称し様々な場所に行った。さらにはウラノエス大陸から出てオーディオン大陸やメテオトル大陸などの別大陸にまで渡った事がある。その際、たくさんの人に出会い、教わり、協力し、時には戦ったりもした。
その記憶の中でこの男は存在しなかった。
しかし、シオンにはもう一つ理解している事があった。
この人間は何処かで出会った事がある。
本来交わる事の無い正反対の思考がシオンの中で混ざり合う。知らない人間のはずなのに出会った事がある矛盾はシオンをさらに混乱させた。
「え、えぇっと、申し訳ないですけど、どちら様でしょうか……どっかで会ったはずですが、その……思い出せなくて……」
「あぁ……そうだよな……この姿で出会うのは初めてだからな……」
赤髪の男は改まり、自己紹介を始める。
「久し振りだなシオン……私だ、アリシア・ルマンダスだ」
次回に続く




