(1-24)Last Acting
◇Last Acting
翌日の日曜日。僕の両親と真弓の両親と合わせて六人で、午前中に会場に向かった。真弓の演技は一番後なので一五時位。僕は大体一四時位だ妖精さんの演技は僕の直前。
会場に着いて、昼食をファーストフードで摂ることに、今年も両親達は大会が終わったら、青木社長と食事するみたい。帰りは、営業の泡吹さんに言えば良いって言ってた。
真弓達と別れて、僕と真弓は控室に向かい準備を始める。着替えが必要なダンスと違い、体操競技の選手控室は男女関係無く一緒だ。演技順が前後だから当然の事で妖精さんと一緒になる。
「樹くん、調子はどうですか?」
妖精さんの方から声を掛けて来た。
「まあ、悪く無いよ、僕も花梨もね」
「妖精さんは、どうなの?」
「私の方も問題無いですよ」
「それはお互い良かったですね。妖精さんの演技に期待してますよ、僕も負けない演技のつもりだけどね」
「グレードアップして来たんですね?」
「それはお互い様。そうでしょ?」
「ええ、そうですね」
「僕は、パンツをレモンイエローにして来ましたよ花梨の名前に会った色ですからね。俗に言う勝負下着です! これで妖精さんの黒にも負けませんよ」
「ぱ、ぱ、パンツは演技に関係ないです」
「そんな事は無いですよ、パンツで審査員の印象が違うから、今回は僕の勝ちですね」
「樹くんの様な変態さんには、パンツで負けても演技では負けません!」
「期待してます」
そろそろ妖精さんも会場に向かう時間の様だ。モニターを見ていると妖精さんの出番まで、あと四人と言う所。僕もその次なので、花梨のチェックをして準備する。バッテリーはフルチャージ状態なので問題ない。最近フィギュアとかいろいろやっていたので、昨晩、完全にクリーンインストールしておいた。まあ気休めだけど動作中にトラブルが起きない様にと念のためだ。チェックしている間に時間になったので、競技脇の順番待ちの所へ向かう。
妖精さんの出番が来た。CC社の大会と同様な衣装の胡桃だ。音楽が流れ始めて演技が始まる。楽曲も変更はしてない様だ。競技エリアの中心から胡桃が動き出す。前回も凄かったけど今回は更に上を行く仕上がりだ。最初の大技で、いきなり、伸身三回を行って来た。ほんの僅かに着地でふらついたのが判ったが、観客には判らないレベルだ。ビデオ解析でもしない限り原点される要因でもないだろう。それ以上に僕の演技よりも美しい。着地後の間のダンスによる移動も見事だ。魅せる魅了する演技と言うのはこう言う演技なんだろう。Sキューブ事態意思を持って動いている様な演技だ。二回目の大技でも、僕と同等の捻り技を入れて来た。開脚ジャンプも高さが有り姿勢も良い。このまま行くと妖精さんの最後の技は前方系か、伸身の新月面? と思っていた。
妖精さんが最後に持って来たのは、ロンダート、バク転からの伸身一回(スワン宙)だった。だが僕はその技を観て絶句した。
『この前のチャンピオンの杜樹もこれじゃ勝てないだろう……』
そんな声が聞こえた。妖精さんの演技が終わって、今迄に無い拍手と歓声、採点された結果が出た時も驚愕と圧倒的な拍手。当然の如く現時点で一位。僕も、皆と同様に拍手していた。余りにも感動しすぎて叩く手に力が篭って少し痛かった。横で立たせていた花梨も拍手している。僕の動きを真似する機能も入れたけど、ここで起動するとは……バグか? でも動きが可愛いな……。
自分の順番になり花梨を抱きかかえてステージに向かう。ステージを降りてくる妖精さんとすれ違いざま、周りに聞こえるか微妙な声で、「流石は〝悪魔の木〟ですね」「ちがっ、私は」妖精さんが、反論する前に、「まあ、僕の演技を観て下さい」そう言ってステージに上がって行った。
『あの娘が〝悪魔の樹〟なのか?』
『確かに演技は〝悪魔の樹〟以上だったな』
そんな声が聞こえた。僕が言ったのは〝木〟であって〝樹〟じゃない、発音は同じだけどね。僕が負けたら妖精さんには〝悪魔の木〟になって貰おう。僕が使っても良いみたいだから許可すれば、僕から彼女に使わせても大丈夫だろう。とは言え本当に参ったなため息が出るような演技だ。凄い演技になるのは想定していたが、ここ迄凄いとは……だけど未だ負けが決まった訳じゃない僕のプログラムだって見劣りはしない。後は審査員の判断に任せよう。
花梨を中央にセットして頭を撫でる、花梨が僕を見上げ笑顔になる。使用する曲は違うが頭の中に、ファーストシーズンのアニメのエンディングテーマが浮かんでくる。さあ花梨、ショータイムだ。舞い上がれ花梨、僕のイメージを超えて行け! 結果はどうでも良い。皆が驚いてくれる筈だ。
シーンっと静まった会場に音楽が流れ始める。花梨が舞い、技を決めて行く。ステージ下で見ている、妖精さんが驚愕の表情で見ているのが判った。
最後の技での後方伸身宙返り4回半捻りを決めて広げた手に剣が綺麗に収まる。前回は視覚認識で掴みに行った技が、何もしなくても手に吸い付くようにピタリと手に収まる。最後のポーズを決め演技を終えた。
妖精さんの時と同じく盛大な拍手と歓声が起こった。
うん、レモンイエローが正解だったようだ。やはり花梨にはレモンイエローが似合う。間違いない。
演技が終わった花梨を、声で僕の所へ戻して採点が出るのを待っているが、少し時間が掛かっているようだ。やっぱり剣かな? でも加点しないだけって言ってたんだけどな……なんだろう?
審査員が居るステージ裏の小部屋では、犬槇が、CC社から派遣された審査員の笊出汁に対して詰問していた。
「笊出汁さん、今の演技の採点はどう言う事ですか?」
「どうせ、一番上と一番下の採点は採用されないんだから別に良いだろう」
「何を言ってるんです? 貴方は先程からずっと、自社のSキューブの選手は高得点を、他社には低い点数を出しているでしょう。多少色が着くのは有るでしょうし理解出来ますが、この演技の何処をどう観たら今までの最低の点数なのか全く理解出来ません」
「はっ! TD社のお抱えトレント野郎に高い点数なんか付けれるか!」
「笊出汁、止めろ!」
「犬槇さんよ、杜樹が〝悪魔の樹〟なんだろ〝悪魔の樹〟ならトレント野郎で良いじゃないか」
「笊出汁さんは、私の質問に対して何を変な回答してるんですか? 〝悪魔の樹〟がトレント野郎と言うネーミングセンスはまあ良いでしょう。杜樹くんが、〝悪魔の樹〟であろうと無かろうと。貴方は正当な評価が下せない様ですね、採点に疑義が出ない様、ダンスと体操に各社から二名ずつ審査員の出席依頼した訳ですが、CC社はどうやら審査員に向いていない方が来ている様ですね、要黐さん宜しいですか?」
「ああ、大変申し訳無い事をした、謝罪する。笊出汁出て行きなさい、君にはSキューブの審査員は出来ない!」
「要黐さん、何でですか?」
「良いから控室に戻っていろ! 犬槇さん、此処の状況を録画されて居ますよね?」
「はい、後で何か有った時の検証用に録画しています」
「申し訳ないが、後ほどコピーを送付して頂けるか?」
「はい判りました、全社の皆さんに送付します。」
「笊出汁、後ほど私から上に報告が行くと思っとけ」
「……そ、それは」
「早く出て行きなさい!」
笊出汁が体操競技審査員室から渋々出て行った。
「犬槇さん、大変申し訳無いのですが、これ以降の採点は、最高点のみ削除した平均にして頂けるだろうか? 逆でも構わないが……」
「判りました、VC社さん、PO社さんも構いませんね?」
各社の了承が得られたので、以降は最高点を除いた6名の平均が点数として表示される様になった。
その様な経緯が有った事で採点が出るのに時間がかかって居たが、待ってる観客には当然判らない。三分位経って漸く点数が出た。
「……負けたか、うーん残念、これが今の僕の実力か……」
結果は、0.05差で僕の負け。妖精さんの演技前は、なんとかなるかなと思っていたけど。妖精さんの演技見た後は勝てないかもしれないなと思っていたのでショックはそれほどでも無かった。やはり〝同等位〟微妙に負けていたんだろう。
ステージを降りて妖精さんに近付いて行き話しかける。
「妖精さん、僕の方が負けました」
「……そんな事無いわ、私の負けよ点数は勝ってるけど、採点が間違ってるわ」
「採点は、限りなく公正ですよ、僕が勝っていたら抗議する所ですけどね」
間違いなくこの審査員は公正だしSキューブの制御が判っている。技の難易度は僕の方が上だったのは確かだが、体操の技の難易度イコールSキューブのプログラミング難易度じゃない。あの最後のスワンは、未だ目に焼き付いている感じだ。僕も、バトンで同じ技が入ってるが、全く別物だ。
あの、スワン中で身体が逆さまになった所で、びっと姿勢を伸ばす所、その後の着地迄に、手を広げて、それも指先まで意識して降りてくる姿は、天使かと思った。一瞬の技なのにスローモーションで動いているような錯覚を起こすほど記憶に残る演技だ。その後に胸の前で手を交差するようにして、着地する時も片足の膝を曲げて着地し、着地後に片足を下げて手を広げて反るポーズは本当に美しい動作だ。だが未だチャンスはもう一度有る。僕が完全に負けた訳では無い。
「妖精さん、リベンジさせて貰えますか?」
「リベンジ?」
「ええ、僕は次のPO社の大会にワイルドカードでエントリーしましたので、そこで決着を付けさせてください」
「PO社の大会に出場するの?」
「ええ、出場しますよ。後で確認すれば判りますよ、ワイルドカードで此処に出てるなら、営業さんと知り合いでしょ?」
「判ったわ、次の大会で決着を付けましょう、樹くん」
「ええ、お手柔らかに、僕はダンス見に行かないといけないからそれじゃ」
控室で、花梨を預かって貰い、真弓の応援の為にダンスの会場に向かった。
苦木と梓は、一般観客の中に混じって二人の演技を観戦していた。
「信じられないわ、樹くんが負けるなんて、樹くんの方が凄い演技してたのに、何で黒パンより点数が低いの?」
「まあまあ、そう怒らないでよ、僕はこの結果に納得してるけどね」
「なんでよ、可怪しいでしょ?」
「何処が可怪しいのかな? 樹くんの演技は凄い。でも妖精さんの演技はそれを超えていた、大技の難易度は少し樹くんに劣ってるかもしれないけど、技の中に入ってる細かい制御は素晴らしかったよ、樹くん以上だったね」
「それは判ってるわ、でも樹くんは、衣装も重いし剣も持っていて不利だったのよ」
「それは、関係無いでしょ、梓ちゃんも判ってるんでしょ」
「判ってるわ。一番判ってるのは、黒パンでしょ」
「そうだろうね、妖精さんの演技は、とてつもなく凄いね、でも」
「一度観たから、私も苦木さんも真似出来るわ、黒パンと同じにするのは凄く難しいと思うけど。近い演技なら確実に今の私なら真似出来るわ」
「樹くんの演技は、観たけど、とてもじゃないが真似出来ないね」
「そうよ、どうやったらあんな動きが出来るのかしら、完璧に無駄が無くなってるように見えたわ」
「あの二人もさっき迄会話してるみたいだったけど、樹くんは何処行ったのかな?」
「黒パン捕まえて聞けば良いじゃない」
「今日は、僕達は一般客だよ、簡単には捕まえられないよ」
「なんとかしてよ、苦木さんロリ巨乳好きなんでしょ」
「……ち、違うよ。でもまあ話聞きたいから探すけどね」
「怪しいわね。変態!」
樹に遅れて控室に戻った水木は、胡桃を預けた後でPO社の控室に向かった。
「水木ちゃん、ご苦労様。凄い演技だったね、うちのSキューブが体操に出れれば良かったんだけど、まあそれは仕方が無いから、でもこれでうちのSキューブも水木ちゃん使用モデルって言えるから。名前は出さないけどね」
「えっと、お聞きしたい事が有るのですが……」
「何だい?」
「PO社の大会に、樹くんがワイルドカードでエントリーしたって言ってたんですが」
「えっそうなの? ちょっと待ってね、今確認するよ。」
営業の海棠さんが、PCを開いて確認してくれた。
「本当だ、エントリーされているね、それもフィギュアで、使用Sキューブは花梨? 嘘だろ……花梨でフィギュア出来るのか?」
「フギュアですか……」
どう言うつもりかしら……フィギュアで勝てるつもりなの? それも花梨で、でも樹くんなら勝算が有るんだわ絶対に。無茶苦茶マズイわ……私、今年は演技変えて無いもの。後一週間でなんとかしないと。
水木は樹に仕掛けた事の逆をやられて焦ってきた。
「ちょっと待ってね、ちゃんと確認するから」
海棠さんが、電話をかけて確認している。
「水木ちゃん、判ったよ先週の月曜日にTD社からフィギュアに他メーカーのSキューブが出場可能か問い合わせが有ったんだって。それでウチは問題無いって回答したそうだ。たぶんそれが、樹くんの事なんだと思う。うちもまさか本気で出場するとは思って無かったみたいだ。だけど正式なメーカー間の問い合わせだから今更ダメだとは言えないみたいだ」
「判りました、有難う御座います」
「水木ちゃんなら両方使ったから少しは判ると思うけど、TD社の花梨は、うちのVanadisとフィギュアで戦えるのかな?」
「性能は、少し劣ると思いますが、不可能では無いと、でも花梨にローラーブレード付けて演技するのは凄く難しいですよ、私も試した事が有るので判りますが、まともに立つのも難しかったです」
「そうだよね、うちの開発が苦労してアップデートを繰り返しているローラーブレードのデータと、バランス機能なんだから……でも樹くんが〝悪魔の樹〟だったら出来るのかもしれないな」
「樹くんは、ステージですれ違う時、私に『流石は〝悪魔の樹〟ですね』って言って来ました。私は〝悪魔の樹〟じゃないですから、別人じゃ無いですか?」
「そんな事言って来たんだ、じゃあ別人なのかな? 確かに今日のバトンのデモを観ると小学生には計算するのが難しい物理の演算も入っていたしな、でも体操の演技にもバトン程じゃ無いけど剣を投げる演技が入っていたな。体操の方は視覚認識とか使えば計算無しでも合わせ込めるかもしれないが……バトンの方は無理だろうな」
物理の計算? 何の事なのか良く判らないわ、確かに今日の新製品のデモ演技は凄かった私にはあの制御は出来そうも無いもの。
「海棠さん、有難う御座います。あのっお願いしたい事が有るんですが……」
「ん? 何だい」
「大会の前日に、フィギュアの会場を使う事は可能でしょうか?」
「まあ、可能、不可能と言う質問なら、可能だよ。使いたいのかい?」
「はい、是非使わせて頂きたいです」
「まあ水木ちゃんは、選手じゃ無いから良いのか? 長時間は無理だよ、午後一杯って所だけど、それで良いかい?」
「はい、構いません、フィギュアの演技を見なおそうと思って、今からだと動作確認する場所の確保が出来ないので……」
水木は、次の大会の演技について考え始めた。樹くんは、どんな演技をしてくる? 昨年の演技は観てるはずだから、確実にそれ以上の演技で来るはず、もしかしてローラーブレードのバランス機能を花梨用に作って来るの? でも、それは無理だと思うわ。だとすると、バランスOFFでも転ばない演技をしてくるはず……マズイわね……凄いスピードの演技になって来るわ。私の演技も、バランスOFFでも、殆ど大丈夫だけど、もっとスピード上げなきゃ、じゃあどう演技を修正すれば良い?
思考にふけっているうちに、競技が終了したようだった。海棠さんが、声を掛けて来て、私が優勝したって教えてくれた。この後、デーモン・ツリーのデモ演技の後に表彰式だデモ演技は、見逃したく無いので水木は慌てて会場に向かった。
一方樹の方は、真弓の演技を観戦する為に別なホールへ行っていた。今年の真弓の演技は、未だ観たことが無いのでどんな演技か楽しみである。真弓の演技までの出場者の採点結果は、昨年の真弓よりも下回っている、演技変更しなくても間違いなく優勝するだろうが、たぶん他の出場選手が泣きそうになる演技を披露するんだろうなと思っている。
お姉さんのアナウンスで昨年のチャンピオンの真弓が出て来た。
『昨年のチャンピオンの空木真弓ちゃんです!』
観客も判っているのか始まる前から凄い拍手と盛り上がりだ。
『今年は〝真凛〟から〝胡桃〟にSキューブを変えての演技です。グレードアップしたSキューブと空木真弓ちゃんのダンスを見せて貰いましょう!』
お姉さん昨年もだけど相変わらず、ワザとでしょその紹介は。
真弓の格好は、衣装が何時もの動きやすい格好とは違っていた。何故か男物みたいなスーツを着て帽子まで被っている。胡桃も同じだった。
あの衣装は真弓のはともかく胡桃のは作るのも大変そうだ。
音楽が流れ真弓の演技が始まると想像以上に異常だった、衣装が何か変だと思ったら神様|(マ○ケル・ジャクソン)のダンスを真似て来ていた。踊り始めの直後から観客の盛り上がりがMAXになって来た。ぬるぬる動く足さばき、首って言うか顔の動きも異常な感じで身体全体でもの凄いパフォーマンスになっている。アニメーションダンスの要素も入って来ているんだろうけど、僕のバトントワリングよりも激しく細かい制御を行っているんじゃないかと思える。
でも真弓ちゃん、股間に手を置いて腰を動かすのははしたないと思うよ。女の子なんだからね。最後はアレンジを入れたんだろうけどノーハンド・ウィンドミルを行って来た。
多少胡桃とずれても修正が効く(ずれてないから驚きだけど)ダンスと違ってノーハンド・ウィンドミルをどうプログラミングしたら胡桃とシンクロ出来るんだ? 視覚センサとか使っても同期が出来るプログラミングが僕には出来そうも無い、全く理解出来ない神業だ。
って言うか、そもそもノーハンド・ウィンドミルって女の子の技じゃ無いんじゃなかったっけ? 帽子被ってるから禿げないと思うけど。周りの観客も最後は唖然としており〝開いた口が塞がらない〟になってしまった。当然ながら、文句無しの優勝。インタビューでも本人は、にへら〜としてケロッとしているけどね。
真弓の演技が終わり優勝を確認したので、体操の会場に戻るが、混雑してたので、別の扉からPLAYERのネームプレートで控室の方を経由して、ステージ脇までたどり着いた。
まだ、僕のデモ演技が始まった所だったので十分間に合ったところだ、少し始まるのを遅らせてくれたのかも知れないし、演技そのものが遅れたのかも知れない。ステージ脇には、妖精さんも居たのでその隣にスッと寄って僕も演技を見るつもりだったけど、隣の妖精さんの美乳が気になっちゃう。〝なぜ、あなたは妖精さんの胸を見たのか?〟と問われら〝そこに美乳があるから〟と答えるだろう。
妖精さんは、僕の事に気付かずに、真剣に演技を見ている。
『あの指の動きと、身体のバランス、ワザと体勢崩して次の演技に繋げるなんて……』
妖精さんが独り言の様に呟いた。
『あの足の裏でバトンを蹴り上げるのも凄いね、バトンが水平になった瞬間にパトンの中心を蹴らないとダメだろうからね……』
なんとなく、驚かせようと思い、その呟きに応えた。
『えっ!』
『ん?』
『樹くん、居たんですか?』
『うん、居たよ表彰式には出ないといけないしね、妖精さん以外には負けないと思ってたから、それより演技観た方が良いんじゃないの?」
妖精さんが、演技を観るのに集中する。何か小声でブツブツ言ってるけど周りの音と林檎達の歌で良く聞こえなかった。演技が終わり盛大な拍手が起こった後、表彰式までの時間で妖精さんが僕に話しかけて来る。
『何故、フィギュアで出場するんですか?』
『だって、妖精さんも、体操で僕に挑戦して来たでしょ、だから妖精さんの得意なフィギュアで挑戦しようと思ったんだけど……駄目ですか?』
『駄目じゃ無いけど……じゃあ、なんで花梨で出るんですか? ヴァナディスで出場すれば良いじゃないですか……そうすれば条件も一緒だし……』
『だって僕ヴァナディス持ってないからね。買ったローラーブレードが届いたのは昨日だけどね。それに演った事も無いフィギュアを、使った事も無いヴァナディスでプログラミングするよりも、慣れてる花梨の方が出来るって思ったからだよ』
嘘は言って無い。一ヶ月位有れば、ヴァナディスの方にも慣れて来るかもしれないけど……。
「じゃあ、花梨なら私に勝てると思ってるんですか?」
「妖精さんも、CC社での僕の演技見て勝てるって思ったんでしょ。僕も昨年の妖精さんのフィギュアの演技なら花梨でも余裕で勝てるって思ってるからね」
「じゃあ、樹くんは、一週間で今日の演技も修正して、フィギュアの演技も作ったんですか?」
「イエスだけど、フィギュアの方は未だ完成して無いよ。この一週間は本当に大変だったよ、妖精さんに負けないように頑張ったんだけどね、負けちゃったよ、あの演技が今の僕の限界。妖精さんは本当に凄いね」
「私は、勝てた気がしません」
「そんな事は無いよ、どこのポイントを見ても僕よりも上の制御をしているよ」
「でも、樹くんの様に無駄が無い演技では無いです」
「無駄が無いから良い訳じゃないでしょ、妖精さんの魅了する演技は圧倒的だったし、僕には出来なかったから……着地が少し勿体無いのが有ったけどね」
「それなんですけど、なんで樹くんは、ちゃんと周り切れたんですか?」
「それは、自分で考えなきゃね。胡桃を使いこなして行けば答えは見えてくるよ、僕もそうだったからね」
「あっ、ごめんなさい」
会話中に表彰式の準備が整ったので、順に呼ばれて表彰式に出た。嬉しい誤算だったのは、準優勝の商品が新製品のネコとネズミだった事。他のSキューブだったら辞退してた所だ。二体もいらないのでネコの方は真弓にあげちゃうと思う。大会前は、まだ商品が明確になっていなかったが、昨日判明した。真弓も今日来る時に、ネコとネズミを欲しがっていたから丁度良いと思う。真弓は優勝したので〝林檎〟〝檸檬〟どちらかだから貰えないと思うけど。もしかしたら我儘を言って交換してるかもしれない。妖精さんは〝林檎〟を貰っていた。そんなに集めると置き場所に困ると思うけどね。
僕が、ネズミを貰えて嬉しいのは、自分が悪いのだが花梨の起こし方が過激なので、ネズミならもう少し大人しい起こし方で確実に起きれるかなって。黄色い色も好みだしね。電撃は出ない筈。子供の玩具にスタンガン機能は無いよね?
表彰式が終わって、荷物を片付けてから、待ち合わせ場所にしていたファーストフードの前で真弓の着替えが終わるのを待ってる時に、苦木さん、梓さんが合流してきた。
「樹くん、残念だったね」
「ええそうですね、僕の開発能力では、まだ足りないんでしょうね、それだけ妖精さんが素晴らしいプログラム開発と演技を披露したんですよ」
「そんなこと無いわよ、樹くんの演技は凄く美しかったもの、黒パンとは違って剃刀って言うか真剣の様な研ぎ澄まされた美しさが有ったわ」
「梓ちゃん、たまには良い事言うね」
「たまにじゃ無いわ、何時もよ」
僕達を見つけた妖精さんが混ざって来た。
「樹くん、私もお仲間に入れて貰って良いですか?」
「黒パン何しに来たの、子供は早く帰った方が良いんじゃないの?」
見た目は梓さんの方が子供なんだけど……。
「私は、樹くんに聞いてるんです。梓さんでは有りません!」
「あっ妖精さん僕は全然良いよ、後でもう一人来るけどね」
「あのっ、私、柊水木って言います。いつまでも妖精さんだと悪いので……」
「水木ちゃん宜しくね。まあ皆の名前は知ってると思うから自己紹介はしないけど……」
「私は、あんたの名前が何でも、黒パンって呼ぶからどうでも良いわ」
「梓さん、ちゃんと名前で呼んだ方が良いと思いますけど……」
「樹くん、良いんです」
「黒パンさぁ、真面目な話、家は遠く無いの?」
「ええ、そんなには遠く無いですよ、江東区の冬木って所で亀久橋の側なんです。だからこの〝! して〟(東京ビックリサイト)からなら30分かからない位です」
「ふーん、どんな所か知らないけど、黒パンには良さそうな場所ね」
「……???」
話している間に着替え終わった真弓が合流してきた。
「お待たせ、樹くん!」
「真弓ちゃん大して待って無いから平気だよ」
「えっと、この人達は、樹くんの知り合い?」
「うん、そうだよ」
「樹くん、自分で名乗るから紹介は良いよ」
「じゃあ、真弓ちゃんからの方が」
「あっ初めまして、空木真弓です。樹くんのリア充です。小四です」
「僕達は、先週の大会で知り合ったんだけど、苦木憂だ、この中では一番上の大学二年だね」
「私も、同じで、塩地梓。高一よ」
「私も、先週知り合った柊水木。中二です。真弓ちゃんはもしかして、今日含めてダンス三冠の……」
「そうだよ、僕よりSキューブ動かすのは上手いよ、本人のダンスも凄いけど」
「ああ残念。生で見るチャンスだったのに見損ねちゃった」
「動画がアップされると思うから、そこで見るしかないけど、演技が物凄いから見ると凹むよ覚悟してね」
「ええ、判ったわ」
立ち話も何なので、会場が空いてくるまで、ファーストフードでお茶をした。真弓は、優勝した商品を結局辞退したらしいけど、ネコとネズミを貰う事にしたらしい、二位の人と交換したそうだ。面倒な手続きもTD社に頼んだみたい。まあ、ボスキャラになったんだからこの位は許されるのかも。僕は、ネズミだけ貰えれば良いので、ネコは梓さんにあげる事にした。
後で、TD社の人には言っておかなければいけない。いろいろとSキューブは転売やプレゼントには手順が必要だから。物が届いたら、宅急便で送付。着払いで良いって言ってくれたので良かった。梓さんは、なんかネコっぽいから。梓さんは白ネコならもっと良いのにって言ってた。
しばらくして、皆と別れた。苦木さん梓さんは未だ暫くは駅が空いて来るまで此処に居るって言ってた。僕と真弓は、別ホールのTD社のブースへ向かった。水木ちゃんは、お姉さんと待ち合わせしてると言っていた。まあ同じ場所に居るんだしね。
僕と真弓は、泡吹さんに送られて帰宅した。帰宅した後でもう一度二人で出掛けて、ファミレスで夕食を食べた。こういう場所の方が落ち着くのは庶民だからかな。
両親が外で良い物(多分)を食べている筈だから今日は、僕達も高いものを食べよう。やっぱり、肉! だよね。
よろしくお願いします。




