(1-20)成長した
◇成長した
金曜日、TD社主催の大会前日。木蔦さんが迎えに来てくれた。今回は僕の問題なので遠慮したのだが、元々会場まで送る事を予定してたから気にしなくて良いって言われた。犬槇さんに、デモじゃないから、何度も見ることが出来ない演技だから間近で見ておけって言われたんだって。
午前中は、木蔦さんが付いてくれて、午後は桜さんが戻ってくるそうだ。良いのかな? 今日はホテルに泊まる日だと思うけど。犬槇さんも時間が出来れば観に来るそうだ。
どうしよう……半分はフィギュア演技の調整しようと思ってたんだけどな。ここなら二〇メートル×一〇メートル以上の広さがあるので十分フィギュアが出来るから。
一〇時位にTD社に到着。ゲストカードを受け取ってエクササイズルームへ。今日は、今迄此処に来た中では一番人が少ない。木蔦さん以外は木蔦さんより若い感じの三人(男二女一)が居るだけだ。
家から持ってきたのは、ノートPCと花梨に履かせるローラーブレード。木蔦さんの指示で、若い三人に用意して貰った、花梨を二体と無線スピーカーを貸して貰い、一体に持って来たローラーブレードを履かせ、それぞれにインストールを行う。
「樹くん、フィギュアの演技も出来たの?」
「いえこちらは、未だですね、今日此処で調性したいと思いまして。優先は明後日の演技ですがそちらが完成すればフィギュアの方をする予定です」
「うん別に構わないよ、今日一日はずっと自由に使って構わないから。どちらかと言うと、フィギュアの演技を見たいなと思ってるとこだったから。是非にって感じ」
「はい判りました、なるべく早く体操の方を終わらせる様にしますね」
「焦ん無くて良いからね、来週も時間とって有るんだから」
「はい」
話している間に、インストールが完了し、早速、明後日の演技の確認を行う。
部屋に居た開発部の皆さんが、演技を近くで見る為に競技枠の側に陣取って来る。今日は偉い人が居ないから近くで見たいのかな。
音楽を流し始める。僕的には、全体の流れは変えていないんだけど、他の人が見ると、どう思うか聞いてみたいな。
苦労した、伸身三回も問題なく成功した。中々チューニングが出来ずにいたんだけど、最終的にどうもあれが僕の最適化限界だったと判断した。判断するまでに時間が掛かったのは未だ出来るはずと思っていたから。もしかしたら本当の限界は未だ先なのかもしれない。
限界と判断した上で出来る事を考えた。案は有った。あの時思ってた、剣が無ければと言う思い。それは、最初から持たない案と、最後の剣を投げ上げる動作と同じ事を最初の大技に入れる案。
もう一つは、鞘をカットする案、鞘をカットすればその分の重量が軽減されるからなんとかなるだろうと言う案。結局はどれも採用しなかった。
最初の大技の流れをロンダートからの、テンポ宙に変更した。これで上手くいった。スピードが出たからだと思う。演技が終わると、四人だけだが凄い拍手をしてくれた。手が痛くなるからそんなにしなくても……。
「木蔦さん、どうですか?」
「この前の日曜日の演技から、段違いの高難易度に仕上げて来たんですね、正直ここまで凄いのが見れると思っていませんでした。と言うか日曜日の演技が凄すぎて、あれ以上が有るのかって思ってました。〝妖精の踊り子〟の演技と較べても優雅に流れる演技も同等位になっていると思いますよ」
やっぱりな、僕もそう思っている『同等位』たぶん此処は少し負けているのだろう。でもこれで勝負に行く。残念だけど女性タイプのSキューブに女性らしい演技をさせるのは、現時点ではこれが上限だ。真弓でも、ダンスは得意だがフィギュアやバレーの優雅さは年齢的にも未だ難しいだろう。
「有難う御座います。これで勝負に行きます。決着はPO社の大会で役満返しして付けるつもりです。TD社の大会では多分、互角か若干負けそうですね」
「本当に〝妖精の踊り子〟はそんな凄いのですか?」
「ええ、間違いなく。明後日ですから直ぐ判りますよ」
「そうですね。樹くんみたいに、凄い人が居るのはこの業界に取っても良い事でしょう、今年のCC社の大会を見て感じたのですが、急にレベルが上がったなと思いました。デーモン・ツリーとして公開した手法が影響してるのでしょうね」
「そうだったら、公開した意味が有って嬉しいです。でも公開しなくても、少し経てば昨年の僕の演技は直ぐ追いつかれますよ。見れば何をやって来たのか解析出来る人は居ますからね。最後の体操競技で僕の最高の演技プログラムが作れました〝妖精の踊り子〟さんには感謝してますよ」
「い、樹くん最後ってどういう事?」
「明後日のTD社の体操競技を最後に今後体操競技は参加しないつもりです」
「何故ですか?」
「他の競技に出ようかなって思いましたので。昨年から考えていたんです」
「あっビックリした。Sキューブを辞めるのかと思いました。それで何に参加するんですか? PO社のフィギュアですか?」
「いえ、バトルですよ、フィギュアというかローラーブレード競技はちょっと悩み中ですけどね」
「バトルだと、CC社かVC社を使うんですか?」
「いえ、花梨と胡桃ですよ。ただCC社の新製品が貰えるので少し悩み中ですけどね」
「それだとかなり不利じゃないですか? でも樹くんなら何かプランが有るんでしょうね」
「まだ、頭の中だけで何も出来てない状態ですけどね。自分だけじゃ無くて皆が楽しめる様にしたいなって思ってます」
「判りました。性能とか問題が有るようでしたら改善しますので」
「僕は、今の所問題無いですが、真弓ちゃんは、近いうちに性能が足りなくなりそうですね、真弓ちゃんだけじゃ無くダンスの人達で、凄いパフォーマンスする人がSキューブのプログラミングもレベルが上がると今のSキューブのレスポンスだと満足出来なくなると思いますから」
「判りました、犬槇にも伝えます。次の開発に入れるように私も提案します」
「宜しくお願いします」
TD社の大会向けはこれで良いだろう。問題は、フィギュアの方だ。家では実機が殆ど出来ないから、時間が有れば学校や市の体育館を予約出来るけど今回は無理だった。そう言えば、PO社のワイルドカード出場の件は、どうなったのかな、木蔦さんで判るかな?
「木蔦さん、PO社の出場登録はもう済ましたか? 僕の方が出場するSキューブを連絡して居なかったので未だだと思いますが……」
「その件は、泡吹が担当していますが、大会の一週間前が最終申込受付ですので、明後日の日曜日中にPO社に申し込めば大丈夫です」
「判りました、では、我儘で申し訳無いのですが、TD社での僕の演技が終わったら申し込みをして頂きたいと思います。Sキューブは、この花梨でお願いします。泡吹さんにはこの後すぐ一応メールします」
「判りました。僕の方も泡吹が間違えない様に連絡します。演技終了後と言うのは意味があるのですか?」
「まあ、同じ条件にしようかなって所ですけどね、僕が妖精さんに勝負を挑まれたのが、CC社の妖精さんの演技の後だったので、それで演技の見直しですから、妖精さんにも同じ条件で演技を見なおして貰おうかなって」
「なるほど、確かに条件は一緒になりますね」
「少し嫌がらせみたいな所もありますけどね。と言っても僕もまだフィギュアの演技は出来て無いんですけど」
「所で樹くん、体操競技の演技順に希望はありますか?」
「希望出来るんですか、コンピュータの抽選では?」
「まあそうなんですが、民間企業主催ですし、盛り上がる順番の方が良いんですよ、上手い順に出てきて最後に見窄らしい演技になるのは、観客も白けて来ますし、最後の演技者で観戦者がいなくなるのも困りますから。ある程度の調整は何処の大会でも調整してるんですよ」
まあ、お金も絡むんだろうからそんな物なんだろう、これが大人の世界なんだろうな。
「では、真弓ちゃんの演技を観戦したいので、真弓の演技と被らないようにしていただければと思います。あとこれは無理でしたら結構ですが、妖精さんの直後をお願いできますか?」
「真弓ちゃんは、二冠の演技者で今回最有力ですから順番は最後になる事がすでに決定していますので、丁度、予選免除組の真ん中位になるように調整します。個人的には樹くんも最後にしたいんですが、最後だとその後の、デーモン・ツリーのバトントワリングも有りますしね。演技レベルが同じなのがバレちゃいますからね」
「演技順はそれでお願いします。バトン演技中には真弓の会場から戻りますので」
「はい、判りました」
メールを泡吹さん他、関係者に送信して次はフィギュアの方だ。
花梨を呼んで、作業デスクの所に戻す。今日は使用しない予定だけど、この後午後になれば桜さん達も観にくるだろうから充電マットで寝かせておく。
「木蔦さん、未だ途中ですけどフィギュア見ますか?」
「はい、是非お願いします。おい、樹くんがフィギュア見せてくれるそうだぞ、良く見ておけ」
新人さんなんだろうな。木蔦さんが先輩で指導している感じだ。
『やった!うちのSキューブのフィギュアが見れる』
『本当にうちの製品でフィギュア出来るのか?』
『バカっ何言ってるの、出来るに決まってるわよ、うちの製品だって凄いんだから、さっきの演技だった見たでしょ。Precision Opticsにだって負けないわ』
他の三人からの声が聞こえる。取り敢えず、少し言っておく事にした。
「皆さんTD社もPO社もSキューブ自体にに勝ち負けは無いですよ、実際使って見て判りましたが、PO社もとても良い製品でしたよ。ターゲット層と向かってる方向が異なるので同じ土俵の勝負が無いだけです」
「樹くん、有難う。愛社精神みたいな物だけど、こういうのは実際使ってみないと判らないからね、僕もPO社の製品はスペックだけしか知らないし、スペックだと負けてるけどね」
「人間なら別でしょうが、あの程度の差が競技に影響が出る事は無いですよ。花梨は十分どの競技でも戦えますし、逆に言えば他メーカーも同じです」
「後は、ユーザーの問題なんだろうね」
「はい、その通りですね」
「だけど、開発メーカーとしてはね。まあ考えないといけない訳だ。判ったか!」
「「「ハイ」」」
木蔦さん達に、本当に滑るだけのレベルですよと言って演技を実演した。
一昨日、昨日で、花梨に組み込んだのは、ローラーブレードに、床の状態でのローラーの移動距離のパラメータのキャリブレーションを組み込んだ。バランスに関しては、真弓が教えてくれた通り、転ばない制御をすると決めたので入れていない。
ジャンプ技に関しては、トウが無いローラーブレードを使用している為、エッジ系のみで、サルコウ、ループ、アクセルに絞られる。
今日の時点で出来ているのは、妖精さんの演技をパクっただけ。スピードはバランス機能無しなので多少は早いが、ジャンプは妖精さんよりレベルが低いシングルジャンプのみ。
ここから、ブラッシュアップしていく予定だ。ステップは、サーペンタインステップでスラロームを想定して、スラローム競技の動作を組み込む予定だ。スピードをもっと上げる予定なのでステップはかなり良くなると思っている。スピンも未だまともには入っていない。僕が考えているスピンがSキューブなら出来るはずだ、かなり難易度が高いが。
演技が終わると、先程と同様に拍手が起こった。まだ、大したこと無いのに凄く嬉しい。
「樹くん、先程の体操競技の演技も作って、フィギュアの方も此処まで作ったんですか? まだCC社の大会が終わって四日しか経ってませんよ」
「体操の方はベースが有りましたからね。フィギュアも妖精さんの演技のコピーみたいなものですから」
「いや違うでしょう、体操の方は、二年前のCC社でやった事と同じですよね、うちのSキューブの限界まで出し切ってる様に見えましたよ。それを実現するのが簡単じゃ無い事は、僕も理解出来る様になったんです。僕には未だ出来ませんがね、五〇メートル走で一〇秒台出せる位には成長したんです。だから、フィギュアで単純に真似だけで滑らせるの事が難しい位は解ります。今の演技で何故転ばないのかとかですが。まあ予測はしてますがね」
木蔦さんは凄いな、どんだけ犬槇さん達に鍛えられたんだ? 会話の内容だけでも犬槇さんや桜さんと同等のレベルになってる感じだ。
「木蔦さん、うちのバランス機能が優秀なんですよ。だから転ばないんだと思います」
若い人達の中の一人が口を出して来た。あらっ、面白い事言ってくれるな新人のお兄さんは。自社のSキューブの事を未だ理解してないんだろうな。
「樹くん、バカな新人で申し訳ない。昨年の自分みたいですが……」
「いえ、まあ勘違いしても仕方ないと思いますけど……」
木蔦さんが新人さんにかなり怒った口調で命令した。
「もう一体、Sキューブを持ってこい。早く! どれでも良いから」
新人さんが慌てて出て行き、しばらくして、新製品の林檎を抱えて戻ってくる。
「それに、ローラーブレードを付けてコントローラで動かしてみせろ!」
焦ったように、花梨から、ローラーブレードを外して付け替える。そして、その場に林檎を立たせた所で、林檎が転ぶ。慎重に立たせて、コントローラで動かそうとするが、すぐに倒れる。
「すみません、ちゃんと立てません」
まあ、そうなるよね。
「うちのバランス機能が優秀なのに何故立てないか解るか?」
「……判りません」
「樹くん、ローラーブレードのデータをインストールして貰えるか?」
少しヘルプするかな? と思ったら木蔦さんが判ってくれていた。大丈夫だろう。
「ええ、いいですよ」
林檎に、ブーツをOFFにしてローラーブレードのデータをインストールする。
「木蔦さんインストールしました」
「有難う。まあ、動かしたの見て判ってたけど、フィギュアはローラーブレードのデータがキーなのにもう出来てるんだもんな驚きだよ」
「いえ、最初に作らないといけませんからねこれは。それに未だ完璧じゃ無いですし」
「お前ら、これでどうだ?」
新人さん達が、林檎を立たせる。
「あっ凄いちゃんと立ったわ」
「何故さっきと違って立てるのか判ったか?」
「……えっと」
「もう良いよ、うちのバランス機能は、ローラーブレード装着なんて考えて無いんだよ。他にもハイヒール履かせても、データが無きゃ転んじゃうんだ。覚えておけ」
「「「ハイ」」」
「動かして見せろ!」
コントローラーで動作させてみようとしていたが、林檎がフラフラして、新人さんは上手く動かせないようだ。
木蔦さんがコントローラを取り上げて、動かして見せる。流石に、慣れた感じだ。でも林檎は、危なっかしい感じで転びそうだ。
「俺が動かしたの見て何か判ったか?」
「えっと、バランス機能が働いて転ばないようになっています」
「それだけか? さっきの樹くんの演技はどうだったんだ?」
「えっとスムーズにスケーティングしてました」
「何故か判るか?」
「……木蔦さん、判りません」
「はぁ、仕方無いなぁ。樹くん、林檎のバランス機能OFFにして貰えるかな?」
木蔦さんは、僕のあのスケーティングだけで、ここ迄判ったんだ。本当に凄い成長してる。
「OFFにしましたよ。木蔦さん」
離れている林檎に無線接続してバランス機能をOFFにした。
フラフラ揺れてる感じで立っていた林檎が倒れそうになる。木蔦さんがそれを支えて倒れるのを防ぐ。
「樹くん有難う」
新人さん達に向かって、林檎を軽く押して滑らせて見せる。新人さん達の手前までスムーズに滑って行き。直前で倒れそうになる。
「見て判ったか?」
「えっと、樹くんは、バランス機能をOFFにしてスケーティングした?」
「でも、それじゃ普通は転んじゃうはず」
「実際、木蔦さんが、OFF状態で僕達の所まで、林檎を滑らせて見せてくれたじゃん」
「それは、その通りなんだけど、最後は倒れそうになってたでしょ。だから判らないの」
僕が、木蔦さんを、見上げると、頷いた様にして。
「判ったか? 見せてもらった演技の凄さが、樹くんはバランス機能をOFFにしていた。OFFにしないとあのスピードは出ないだろう。仮にONだとしても途中でフラフラとするだろうな」
「解りもしないで簡単に、『うちのバランス機能が優秀なんですよ』なんて言うな、柊さんだったら、もっと怖いぞ。僕も他の部署に飛ばされる所だったんだからな」
「「「ハイ!」」」
木蔦さんが、僕に疑問と言うか確認をして来た。
「最後止まった時も、バランス機能OFFのままですよね」
「ええ、そうです」
「未だ私には真似できない領域に樹くんは居ますね。この一年で少し近づいたと思ってたんですがね。さらに離された気がします」
「直ぐ追いつきますよ。木蔦さんは、演技を一度見て此処まで判るんですから、答えは見えて来てるでしょう?」
「まあ、答えは見えましたが、たどり着くのが難しいですね。それより樹くん質問があるんだけど」
「もしかして、何故PO社のフィギュアでバランス機能がONのまま演技しているかですか?」
「よく判りましたね、さっきの樹くんの演技見て疑問に思ったんです」
やっぱり、凄く成長している。
よろしくお願いします。




