年の瀬ラプソディー 前編
「…」
ベルデの目抜き通りの、その一角。
この物語の主人公である小田桐コウヤは、今は用事を終えてその帰り道であった。
「…ふぅ」
季節は冬そのもの。
吐き出す息も白く凍ってるし、見上げた空には曇天が広がっていて、それが低く沈んでいる…
「…」
心なしか、片手に握った紙袋もなんだか重い様に感じられた。
年越しを目前に控えたベルデの街はお祭りムードだ。
行き交う人たちは活気があって、目抜き通りに立ち並ぶ店は冬の感謝祭から続いてそのウインドウに華やかな飾り付けがされているし、ここになって、むしろその量が増えた様にも見える。
コウヤの馴染みになっているおもちゃ屋でもそれは変わらず、自分が来店する度に、プレゼントを買いに来たらしき家族連れと出くわす程だった。
その際に相手の子供が幼かったりすると、その子が、一人だけで来ているこちらを興味深そうに見て来たりして、それがなんだか少し居心地が悪かったり。
「…」
…この日も先日に続いて新作のプラモの発売日だったので買いに行ったのだが、まあその様な事があったのだ。
新製品ラッシュの為あと一回ほど行く予定はあるのだが、それは置いとくとして…
「…異世界かあ」
そう、コウヤは異世界人。この世界では孤独な存在だった。
そして先ほどの体験に…自分が幼い頃の、元の世界でプレゼントを買いに行って貰った時の記憶を思い出したりして、なんだかアンニュイな感じになってしまっていたのだ。
「…はあ」
感じた人寂しさに思わずため息が出てしまう。…コウヤも人の子なのである。
まあそれはともかく、気を取り直して歩を進める。
今日の予定は、後はこの後来る予定のリリスとノエルの、つまりはアリシア達のおやつ作りぐらいだった。
考えてるレパートリーはチョコのカップケーキ…隠し味に洋酒を少し加えてみよう。
そしてそれを済ませた後は何もない。なので早速、今買ったばかりのプラモに取りかかろうか、と思っていた。
その出来上がりを今から頭に描きつつ…ふと、その時だ。
「ん?」
ひら、ひらりと降ってきたそれは、
…雪だった。
「…はああ」
この分だと窓を開けての塗装は出来そうに無いらしい。
今出来終わったばかりの脳内モデリングの完成像に大きくバッテンを描いて、肝心際で、とことん天気の神様は自分に味方してくれないようだ、とコウヤ。
「…」
…思い返せばそれは、この世界にやってきた時からではなく、元の世界でもそうだったような気がする。
「…いかんいかん、めげてしまう」
再び気を取り直して、だった。
重装したマフラーに息を吐きかけてやって、そして返ってきた温もりを感じながら、コウヤは少しだけ足取りを早めた。
予定の話に戻るならば、今週でギルドは仕事納めだった。
自分も後二、三日出勤すれば、この世界初めての冬休みを体験する事になる。
「…まあ、それからでもいっかな?」
何しろ冬休みはしばらくある。
手に提げた、そのプラモデルが入った紙袋を前に大きく振ってやって、コウヤはそう思ったのだった。
そして、足取りは二本目の交差点に差し掛かって…ここからならば猫の足跡亭はもうすぐである。
「さて、ちびっ子達に食わせてやるかい」
すっかり腹を空かせているだろう三人の姿を思って、コウヤの表情は少し綻んだ。
…しかしてまだ彼は知らない。
元の世界では年の瀬と言うこの季節にあって、コウヤも方々を走り回る事になったのだ。
* * *
「ジェイドー」
「なんだ」
所は変わって、翌日のベルデ鉱山、休憩所。
「年越しの予定とかなんかあるー?」
「そうだなあ…」
ジェイドはんー、と少し考え込み、
「…あのトウヘンボクに、たまには俺の料理でも食わせてやるかな」
「んなっ!?」
予想外の言葉である。
「…料理作れたのか」
「やれなくはないさ。自慢じゃないが自信もあるぞ? あいつなんか、俺が作る度に腹抱えて泣きながらうまかった、うまかったからって言ってくれるんだぞ」
「あのーそれって…」
言い掛けたが、言えない。
「ん?」
「あ、やっぱりなんでもないです…」
「そうか」
「…」
「……」
…一拍の沈黙。
「…それにしても、なんだ」
「ん?」
「他の奴にも聞いて回ってるそうじゃないか、何かあるのか」
「ああ、なーんか暇しそうでさー、参考になるのがあればと思って聞いてるんだ」
「そうか…」
「…」
「…参考になったのか?」
「ならないねぇ」
んー、とコウヤは椅子に座った身体を背伸びしながら、
「ロックはヨリ戻した彼女さんと感謝祭からこっちいちゃついてて、元日もデート三昧らしいし、サムは知らない。デューイは奥さん孝行で過ごして、ヘレンは女一人で酒場巡り…だっけ」
「おまえが仲良くしてる女の冒険者が居ただろう。そっちは」
「リネンは、冒険者の女仲間と集まって女子会やるらしいじゃん」
「…そうか」
「…」
「…もし良かったら、だが」
「んっ?」
「どうしてもなら、俺たちの家に来い。メシ食わせてやる」
「えっ」
コウヤは驚愕した。
「…」
「…」
「……」
「……え、遠慮しておきます」
「…ううむ」
ーー密かに残念そうなジェイドであった。
と、そこに、
「おーいっ!」
「「ん?」」
扉の開かれる音に振り向くと、馴染みのヴァリアント乗りのあんちゃんが顔を覗かせていた。
「召集だ! ヴァリアント乗りは駐機場に集合。五分以内だ」
「なんだあ?」
「知らないが、お呼びとあらば…だろう?」
「それもそうだなっ」
言いながら、二人は立ち上がり、
「「そうれっ!!」」
そして、駆けだしていったのだ。
………
…数分後。
「全員そろったかな?」
自分たちを前にしてのトーマスである。
駐機場に集合したヴァリアント乗り達であったが、
「ふーむ」
コウヤが見る限り、どうも手空きの者が集められたらしい。
そしてその横手には多数の冒険者達も居て…これから何が始まるのだろうか。
「えー、こほん」
一拍、咳を切って、
「…諸君らを集めたのには少し立て込んだ事情があってな、単刀直入に言うと、行方不明になっている冒険者のパーティを捜索して貰いたい」
「行方不明!?」
思わず驚くコウヤである。
「まあ、そうだ。先日の昼に洞窟に出た奴らなんだが、一日経っても帰ってこない。コボルトの捜索でも捕まらず、本日の昼まで待ってたんだが…な」
「…」
「質問があります」
挙手をしたのはジェイドだった。
「そのパーティの任務内容と装備について聞かせてください」
「お? そうだな、任務は洞窟に生息するモンスターの生態分布の調査で、編成は戦士三、魔導士一、探索士一だ。装備は中量。ベテランが指揮に入っているが若い奴らでな、少し心配なんだ」
「魔導士と探索士っつーとあれか、女か?」
「ああ、そうだが?」
「それなら心配ねーですよ。今頃純情な少年と少女が雰囲気のまま手取り足取り…岩場の影でムフフな事でもしてるんじゃないんですかあ?」
「「「「「「どわはははははははははは!!!!!!!!!」」」」」」
巻き上がる大爆笑。
「お、おいおい…」
「…」
思わず赤面してしまう(しょーもなさに対して、だと思いたい)コウヤに、ジェイドは興味なさそうに無言だった。
「まあその可能性は無くは無いだろうが、それにしても、だ」
…神妙そうな表情になってのトーマスの言葉に、茶化す声も止んだ。
「このベルデ鉱山は、過去半世紀に渡り遭難者、事故者等の死者を出していないのが誇りだ。最悪の場合もあるだろうが、故に諸君らには最大の努力を期待する。…お取り込み中の場合でも首根っこ掴んで引っ立てる事、いいな!」
「「「「「「おおっ!!!!!!!!!!」」」」」」
『ヴァリアント班、搭乗員乗り込めーっ!!』
掛けられたその言葉に、弾かれる様に動いたヴァリアント乗り達。
それぞれが自分の乗機へと動く中、コウヤとジェイドもその中にいる。
「見つかりますようにっと」
「そりゃあな。まあ、また後でだ…“幸運の有らんことを”」
「なんだ? そりゃ」
「軍で教えて貰ったまじないさ。ここ一番の時に効き目がある」
「へえ…」
そうする内にジェイドとはすれ違って、コウヤは愛機・〈シロガネ〉の前。
「…あやかりたいなっ」
機体に乗り込み…
「行くぞ、〈シロガネ〉!」
立ち上がらせた白い〈パラディン〉のボディーには、空の鈍色が映っていた。
* * *
…ーーベルデ鉱山、大洞窟内。
「…ーーー…」
その呪文が唱えられると共に光魔法の光球が出現し、直後それが撃ち上がって…辺り一帯には光が広がった。
同時にその後背に控える彼らの姿も浮かび上がって、そこには三機のヴァリアントと四人の冒険者が居たのだ。
「やっぱ便利だなー魔法って」
そして照らし出した視界を、ヴァリアントの望遠で見落とし無く捜索するコウヤ。
「…もうちょっと機体を進めてみようか」
言いながら一歩、踏み込む。
…岩場の影が動いて、ほんの少しだけ見通しが変わった。
「うーむ」
…きょろきょろとする事三秒。
「…やっぱここにはいないのかなー」
ぼやくコウヤ。
ーーここに来るまでの道に彼らの痕跡らしき物は無かったし、それはここでも変わらなかった。
一応今居るここで、彼らの予定通りのコースを辿ってきたのは最後と言う事だったし、…そうなると手詰まりだった。
只今魔導士が探知をしているので、それの結果待ちと言う事になるが…
「ほおっ?」
「ん?」
そんな時、随伴の魔導士(冒険者のエミリーちゃん28歳独身)が何かを見つけたようだ。
「どうしたの」
「魔力の反応ですよ。それもかなり強い…」
「その人たちのか?」
「人間じゃなくてモンスターのですね。いやあ相手したら手強そうだ」
「…ふうむ」
「どうもここで戦闘があったみたいです。微かに人間の反応も有りますけど、モンスターの魔力で大体が掻き消えちゃってます」
「跡は追えないの?」
「やってはみますけど、期待しないでくださいね!」
「よろしくだよ」
そう返して…
「……」
洞窟の向こうを見る。
「…モンスターか」
ーー結局この日は見つからなかった。




