決戦
* * *
「全く、とんでも無い話だぜ」
ポーターキャリアを降りて、邸宅の正門前に立つコウヤ…何を聞いたか少し顔を赤らめている。
というのも、先程の車内でルクレシア達と自分たちとの認識の齟齬を埋め終えた時の事、…それはそれはとてつもない衝撃を受けていたのだ。
だって女が男をげふんげふん……かなり迂遠な表現で説明されたのであったが、それでもコウヤは分かってしまった。年頃の男の子だもん。
それはともかくとして、それを理解したとなるとこの状況はかなり悪い…今フェリアは毒牙に掛からんと言う状態だ。なんとしてでもそれは食い止めなくてはならない。
しかして現在、コウヤは無手である。奴さんがヴァリアントを装備している以上、自分も、何よりも頼りになる歴戦の相棒が必要となる。
しかし当の〈シロガネ〉は、あのホテルの駐機場に置いてきてしまっているのだった。であるが…
「で、出来るのかよリリス」
実はコウヤと一緒にリリスも降りていたのだ。
彼女はポーターキャリアの荷台から取り出していたロープを片手に、
「やれなくは無い」
杖をかざして、心の中でそれに必要である複雑な呪文の詠唱に取りかかったリリス。
「お、おう。頼むぜ」
「…」
…表情も凛々しい物であるが、しかしてその動機には少し不純な物がある。
「……」
盗賊による連れ去りに始まって、今回自身には良いところが一つも無かった(と、リリス本人は思っている)。
ーーしかし、ここで良い所を見せれば?
そうすれば最後に一発逆転、少年の自身に対する評価は鰻登り間違い無しである!
「………、」
己が少年にとってのヒーローになる様を幻視し…リリスの口元は僅かに弛んだ。
「……悪くない」
「?」
そんな内に呪文の準備詠唱が終わって、
「〈飛翔魔法・大〉」
最後にその呪文を唱えたと同時の直後、リリスの身体に変化が現れる。
一瞬、リリスのシルエットが眩い光に覆われて、その光が彼女の背中へと収束していく!
「おお…っ」
コウヤはそんな光景を感嘆の声を漏らしながら見ているしか無かった訳だが、そんな内にも集まった光が大きく二振りの形状へと形を変えて、そして収束した膨大な魔力によって光は根本から実体を帯びていき…
「……」
最後に光が霧散して、
「おおおー!」
…ーーリリスに大きな翼が生えた。
「こ、これって…」
「…これなら五分もあればヴァリアントを持って帰ってこれる」
「ど、どうやって」
「その為のロープ。着いたら手早く持つところを作って」
「お、おう」
最大出力の倍力魔法で吊り下げると言う事であった。
「…早く、行こう」
そう言ったリリス。コウヤの後ろに立つと…
「あっ」
「…っ」
コウヤの身体を、リリスはしっかりと抱きしめたのだ。
「り、リリスさん?」
「…必要だから、我慢」
素っ気なく口ではそう述べたのだが、
(…役得)
密かにそんな事を思っていたり。
「…手荒だけど、意識は保っていて。ーー…!」
そして、飛翔。
瞬きの内に最大へとリリスは加速して…ーー
「どわああああああああああああああっっ!!!!!!???」
…流れゆく少年と少女の影。
曇り掛けた空に少年の悲鳴がどこまでも響いていった。
* * *
「協力したのは管理人の夫婦か!」
「へ、へい。そのようで」
邸宅の、玄関まで続く長い廊下を闊達と歩きながら盗賊の頭は毒づいた。
現在、屋敷の勝手口を使ってレイラとフェリアは逃走。準備していたらしい〈バレン〉を使ってこの場から脱出しようとしているのだ。
「そいつらも見つけたらあたしに知らせろ。ぶっ殺してやる!」
「へ、へい!」
ーー内通した罪悪感からの行動だろうが、しかし裏切り者には違いない。
…この邸宅には、屋敷を挟む様にして前後に広がっていて、裏山とも連なっている広大な敷地ーー庭園として整備されているのだが、今の時期は雪が掛かってしまっているから分からないーーが存在している。
「庭から出すんじゃ無いよ!」
そして扉を開け放ち、彼女は表へと出た。
…繰り広げられている目前の光景は、駐機した多数のポーターキャリアがデッキアップして、荷台の荷物であるヴァリアント〈バレン〉を出撃させよう、という物である。
その数十。…これが軍隊ならば一個増強小隊に相当する数だ。
「ふっ」
ーー思わず不敵な笑みが漏れる。
レンタルするのに苦労と金を使ったが、その甲斐あってこれだけあれば相手と言える物ではない。
これを用意したのも何となくそんな勘がしたからであって、相変わらず自分の勘に外れは無いと盗賊の頭は思ったのだ。
そしていよいよ、手勢のヴァリアントが出動を始めた…そのビッグスケールの手応えに、盗賊の頭も顔の皺が濃くなる。
《お、お頭。辛抱たまりませんぜ! 奴を引きずり出した後の一番槍は俺に任せてくれえっ》
《お前ぇっ、抜け駆けはゆるさん!》
「静かにおし! まあ焦る事は無いさ…一番最初に捕まえた奴にお楽しみの権利をやろうっ」
《おおっ!!》
気勢を上げる野党達。
《け、警部殿。これは一体何なんです?》
「お前たちもいいからっ、協力してフェリア君を捕まえるんだ!」
《りょ、了解…》
そうやって警部も手勢のヴァリアントを立ち上がらせた。機種は軽ヴァリアント〈ウォーリア〉が二機。
そしてそれらが配置に行って…
《準備、終わりやした!》
「…よし」
まず、これで正面は塞いだ。後は山側の裏手に行くしかないだろう。
ますます自信を深める盗賊の頭であった。…すると、
「ん?」
なんだろう。正門の方から、一台のポーターキャリアがとろとろとこちらに近づいてくる。
目を瞬いている内にもどんどんと近くまでやってきて、最後に盗賊の頭の横まで車を付けると、ウインドウを下げて、運転手の少女がこちらに笑顔を向けてきたのだ。
「あのーお嬢さん、フェリアさんは今どちらに?」
「あらなんだい? お嬢さんだなんて嬉しいじゃないか…フェリアなら屋敷の裏に居るよ」
…ん?
一瞬の違和感に盗賊の頭が頭を捻り掛けた時、
「そうですか…サンキューなのですよおばさん♪」
「なっ!」
そして扉を閉めてそのポーターキャリアは一気に発進すると、勢いよく加速したのだった。
「お、おば…捻り潰してやれえっ!」
《い、今のはなんですかい》
「いいから、とっととあいつもぶっ潰してやるんだ!」
かんかんに叫ぶ盗賊の頭である。
《頭に指図されたんじゃ仕方あるめえ…》
そして一体の〈バレン〉がポーターキャリアの行き手を阻んで、
《そらよっと!!》
その車体に取り付こうとした…
…その時、
「…ーー〈収束魔法・大〉!」
《んっ?》
・・
その呪文が詠唱されるや否や、突如として〈バレン〉に閃光が起こった!
《ぐわああっ!?》
浴びせられたその威力のまま〈バレン〉は後方へと転倒し…クリアになった進路をポーターキャリアが突破する。
「うん!?」
そして盗賊の頭は見たのだ。
そのポーターキャリアの荷台を見ると、荷台には斜めにした格子の形にロープが張ってあって、その中に一人女性が立っている。
一瞬、目が合い…そして盗賊の頭はその正体を見抜いた。
「魔導士かっ!」
《!》
………
再度目前に接近するヴァリアントを認めて、大きくターンするポーターキャリア。
揺れる事は無いが曲がる時に傾くというポーターキャリアの特性を見据えて、予め張っておいたロープを掴みながらルクレシアは一息ついた。
「…ふう、久々の攻撃魔法は慣れないわね」
「すごかったですルクレシアさん!」
「ふふ、褒めてくれてありがとうっ」
そしてターンを終え、直進で加速した事による風圧を受けながらルクレシアは顔を上げた。
「…」
…目指すのはこの屋敷の裏手、フェリアと言う少女が逃げているその場所だ。
振り向き際、望遠魔法で視界をズームすると、その彼方にフェリアが乗っているらしき〈バレン〉の姿が見えた。
「ターシャさん、通信をお願い」
「イエス、マム!」
ターシャにそう声を掛けると、キャビンの小窓を開けて通信機を投げ渡してくれた。
そして足下に転がったそれを拾って、ルクレシアは通信が届いていることを願いながらスイッチを押した。
「聞こえますか? バレンのパイロット。私はあなた達の味方です。協力して時間を稼ぎますので持ちこたえて下さい!」
《…あの少年達の保護者か! 時間を稼ぐというのはどういう意味かっ》
「しばらくしたら仲間がヴァリアントで援護に入ります。それまでの辛抱です!」
説得する様にそう発したルクレシアだが、
《期待しないでおくっ》
…それを最後に通信を切られてしまった。
「手一杯、なのでしょうね…」
「ルクレシアさん、後ろっ」
「…!」
そのアリシアの声に振り向いたルクレシア。
先ほど距離を大きく離した筈であったが、途端、徐々にそのシルエットが大きくなってくるヴァリアント達。
…どうやらこちらに向かいダッシュを仕掛けて来ているらしかった。
「…さあ、魔導士の白兵戦を教えてあげましょう」
小さな杖を構えて…ルクレシアの雰囲気が変わった。
* * *
「何をしているっ、こちらはヴァリアントだぞ!」
「そ、それが、相手の魔導士はエース級です!」
「そんな事は私は知らん! 早くなんとかしてフェリア君を連れてきてチョーダイ!!」
駄々をこねる警部である。
そして状況であったが。現状はルクレシア達が一歩リードしていた!
走行するポーターキャリアだが、ルクレシアが連続して繰り出している攻撃魔法と障壁魔法によって、巧みにヴァリアントの接近を阻んでいるのだ。
これによってこのポーターキャリアへと相手達の目を釘付けにして…フェリア達の乗るバレンへと相手が行かない様にもしていた。…しかし、
「揺れますけど我慢ですよノエル様〜っ!」
「うわああっ?! …きゃあああっ!?」
「こ、この前読んだ物語のご本にこんな場面があったんだよねえっ」
「ノエルちゃん小説なんて読んだ事あるのーっ!?」
「す、少ししか読んだ事無いけど、丁度今みたいな場面があってっ、…わあああっ?!」
「「きゃあああああっ!!!」」
…現在ポーターキャリアは高速で蛇行している。
相手達のヴァリアントが距離を詰めてきていて、こうでもしないと振り切れないのだ。
《へっへっへ…》
そして肉薄するヴァリアントの、その動きがまるで弄ぶ物の様になってきていた事もルクレシアを焦らせる。
(コウヤ君…早く来てちょうだい…!)
…ーーそしてその一瞬、
《そうらよっと!》
「っ」
繰り出されたヴァリアントの腕を、咄嗟に展開した防御魔法でその一撃を防いだルクレシアである…が、
《例え腐っても旧性能ヴァリアント最強の〈バレン〉だ! 魔導士の結界如き…!》
そう気炎に燃えたヴァリアントである。マニュピレータで結界をバリバリと打ち破くと…
《そうらあっ!!!》
「!」
さらに一歩、機体を突っ込ませてポーターキャリアの荷台の縁を掴んだのだ! だが、
「はあっ!!」
《ぐおおっ!?》
収束魔法をゼロ距離で撃ち込んで手放させたルクレシアである…しかし、
《今だ、突っ切れえっ!!》
《おおおっ!!!》
「しまったっ!?」
その隙に三機ほど、レイラとフェリアのヴァリアントへと突破を許してしまった。
《諸共後でヒイヒイ楽しませてやるよ!》
《!》
こんな奴らに、フェリアを汚される。
ーーそれだけは避けなくては。
《私の父と母から預かった、たった一つの形見がこの子を護る事なのよっ!》
叫び、転進。剣を抜きはなって遂に戦闘の構えを見せたレイラである。
「! だめよ、いけない!」
…ルクレシアの制止も虚しく、レイラは戦いを始めてしまった。
「こうなったらどうしますルクレシアさん!?」
「やれる限り攪乱して、これ以上向こうに相手が行かないようにするしか…」
運転席からのターシャの言葉に返すルクレシア。
…もう、こうなっては八方手詰まりだ。
出来る事は後はそれ位しか無いだろうし、何よりこれ以上の込み入った戦闘は危険すぎる! 折角ノエル達を取り戻した意味がない。
「魔導士一人の限界…か。研究じゃあ感じたこと無かったんだけどなー」
元来ヴァリアントの相手はヴァリアントがする物である。
…魔導士一人で此処まで持ちこたえた事実が奇跡に近い。
そしてとびきりの障壁魔法を二つ、同時に詠唱しながらルクレシアが顔を上げた…その時、
「…! あっ!」
導かれる様に目に付いたそれに…ルクレシアの表情が良い物になる。
「どうしたんですか!?」
「…来たわよ、私たちの騎士様が!」
その表情は少女の様な笑顔だった。
* * *




