前兆
…連絡の結果、本日の正午にはルクレシア達が来ると言う事となった。
「「「イエイッ!!!」」」…んっ」
警察の人たちも来てくれるとの事で、ようやく事件は終わるのだ。
という事でそれまでの暇つぶしは何をするか、と言う事になったのだが…
「私に良い考えがあります!」
そのフェリアの提案によって、皆は彼女と一緒に歌を歌ったり絵を描いてみたり…その合間にワイワイと他愛もない話をしてみたりと、
「んで思ったんだけどさ」
「はい?」
「俺たちはもうフェリアの事を女だって知ってるから違和感が無いんだけど…学校とかだとぶっちゃけ浮いてただろ」
「あ、あは、実はそうなんです…」
学校の授業は座学以外はとんと駄目で、スポーツは馬術位しか出来ないらしい。しかしそれだけは他の男子とも張り合えるそうなのだ。
「やっぱ金持ちは違うな!」
「お馬さんと一緒になって走るの、すっごく楽しいんですよぅ!」
関係ないが、お馬さん、と言うフレーズを聞いて、コウヤとアリシアの脳裏にはリネンの姿が浮かんで消えた。
そんな感じで時間は過ぎていき…
「…」
「「「「…」」」」
…皆が見守る中、フェリアはカプチーノの泡に模様を描いている。
そうして沈黙が降りる中、カッ、カッ、っと時計の針は進んでいて、そして丁度十二時になった…その時。
「フェリア!」
バタン、と部屋の扉が開かれて、勢いよくその人物は現れた。
「? …! レイラ!」
驚いたせいで手元が狂って泡が大きく抉れてしまったのだが、カプチーノの事も何とやら。喜びに輝くフェリア。
「ここに居たのね! 全く、心配したんだから…!!」
…現れた女性は、眼鏡越しの、意志の強そうな切れ長の瞳が印象的であった。
そして女性はこちらに気付いたらしく、
「…あら、貴方達」
「この人がレイラです。今は私の家庭教師をしてくれてます」
「へえっ、よろしくっす!」
「お世話になってまーす!」
「うん!」
コウヤ以下、アリシアとノエルはそう挨拶したのだが、リリスだけは、
「…」
「……」
…妙な緊張感。
「あ、あの…」
「…あっ、いけない。大人げないわね…名前、聞いても?」
一拍、間が空いて、
「……リリス、ドローイット」
「………良い名前ね。ふふっ」
それを聞いたレイラは、悪戯気に顔をしてみたのだ。
「あっ、俺はコウヤ!」
「私はアリシアだよっ、フェリアちゃんにはお世話になってます!」
「あらこんにちは。でもちゃん、って… ! まさか、貴方秘密をっ」
「お、怒らないでくださいレイラぁ〜!」
その片鱗が少しでも顔を出した途端、次の瞬間には涙目と情けない声になりながら身体を丸めてガードする体勢になったフェリア。
「…あれま」
呆気に取られる皆である。
…そんな光景がちょっと面白いと思ったコウヤ。
その体勢になるまでの素早さで、二人の間柄が伺えるという物である。
「全く…怒らないわよ。顔を上げて」
「ほ、本当ですかレイラ」
「…はあ」
…レイラは苦労している様だった。
………
「レイラはすごいんですよ? 剣も扱えるし、ヴァリアントだって乗りこなせちゃうんです!」
「へーえ?」
「レイラのお父さんが騎士様で、ちっちゃい頃に教えて貰ってたんだそうです」
「今でも元気にしてるのか?」
「…ずっと前に亡くなられました」
「あ…」
「流行病でレイラの両親が亡くなられて、一人きりになった彼女の身元を預かったのが親同士の友人だった私の両親なんです。そして私の面倒を見てくれて、勉強を教えてくれるようになって…お姉ちゃんみたいな人なんですよ」
「こーら、余りあれこれ言わないで」
「は、はーい…」
「それと貴方達、フェリアをここまで連れてきてありがとう。後でお小遣いあげるから、それで何か買ってね」
「「「ありがとございまーす!!!」」」…まーす」
「…貴方達の勇気に敬意を表して…ね」
* * *
…一時になった丁度その時、警察隊と共にルクレシア達も到着。
フェリアとの別れも済ませ、ルクレシア達が乗ってきたポーターキャリアに乗り込んだコウヤ達である。
そしてコウヤ達が最後の一人まで乗り込んだ事を確認したターシャは車載電話を取り出すと、どこかに番号をプッシュした後、
「こちらコウノトリ、目標の保護に成功。繰り返す、目標の保護に成功」
《アベンジャー了解、これより帰投願う》
「了解。…ふうう、終わりましたね」
ほっと、一息吐いた様子になって力が抜けた様だった。
「さあ、逃げれる内に逃げ切っちゃいましょう。私たちが深入りする必要は無いのですから」
最後にルクレシアはそんな事を言った。
「どういう事なんですか?」
「いえね、返り討ちにした人攫いさん達をちょ〜っとこましてたら面白い事をぽろぽろと喋ってくれたもんだから、私たちも頭に来ちゃって、今回ちょっとした仕掛けをしてきたんですよ」
「もーターシャったらー」
「いえいえね? やっぱりこうもノエル様を危機に陥れたのだからこう…天誅が、そう天誅が必要なんですよ。悪い人たちは裁かれるべきなんです!」
「なんだあ?」
「さあ…」
疑問符が頭の上に出るコウヤとアリシアである。
「ともかくその仕掛けが作動すれば、あなた達に嫌な目を遭わせた大人達には諸共天罰が下るわ。下らない謀り事をした罰ね」
そう言うルクレシアの顔だが、眼鏡が光っていて表情が計り知れない。
…しかし、静かに怒っている事は分かった。
「な、なあ。それってフェリアに危険が有るような事なのか?」
「フェリア? …ああルーベルラウトの次代当主さん! まあ運が悪かったら一生消えないトラウマにはなるだろうけど傷物になるわけじゃなし、大丈夫でしょう」
「うーん?」
…今のルクレシアの言葉であるが、これというのはコウヤ達はフェリアが女性である事を知っているが、ルクレシア達は未だ男性だと思っていた故の物であると注記しておく。
「おっ?」
その時コウヤが顔を上げると、多数のポーターキャリアがーーそれも荷台にヴァリアントを乗せているらしきーー擦れ違ってから邸宅の門を潜っていくのが見えた。
「…」
「どうしたの?」
ーー何か、嫌な予感がする。
…そんな予感に顔が険しくなっていたらしい。
「コウヤ、だいじょうぶ?」
「えっ」
不安げな様子で覗き込むノエルである。
「え、いやあ、まあ」
「んんっ? …ふっふーん、もしかしてフェリアちゃんと離れるの嫌だったりしてー」
「そうじゃないけど、」
言い掛けて、
「…そうなのかも、知れないな」
得体の知れない感覚に思わずそう言ってしまったコウヤである。
「むむっ!」
それを聞いてなぜだか面白くないアリシアだったが、
「えっ、ちょっと待って……フェリア、“ちゃん”?」
「? そうだけど」
「「…」」
その問いかけへの返事に全てを察して、顔が青くなるルクレシアとターシャだった。
* * *
邸宅の中に入った警察の動きで全てを理解したレイラである。
「やっぱり警察も…か」
「? どうしたんですか?」
「いいえ、何でもないわ」
…レイラは絶望をその胸に隠した。
「貴方、約束覚えてる?」
「え、えっと何のでしょう。…! こないだのお茶会!?」
「…覚えて無い、っか」
「れ、レイラ?」
「まあ良いわ。ーー私はどんな時でも貴方を守り続ける剣である…これだけは覚えといてね」
………
「警部さん!」
・
今回も現れたその人物に、フェリアは安堵の感情で歓迎した。
この人物はフェリアの馴染みで、自分が事件に巻き込まれる度に世話になってきた恩人であった。
「ははは、無事の様だったねフェリア君。いやあ、全く何よりだ」
「えへへ、すいませんでした」
「そう、本当に無事で良かった。我々の追跡から君が消えてしまった時は、この世の終わりかと思ったよ」
その言葉に少し違和感を感じたフェリアだったが、この時は気にならなかった。
父親たるルーベルラウトの当主の趣味で甲冑が置かれている応接室。その一室にフェリアを始め、レイラ、警部、そして二人の警察官が居たのだ。
「上の命令で私自身が赴く事になったのは意外だったが、それはまあ良い。ここに来るまで何があったのか、教えてくれないか?」
「あ、はい。まずですね…っ?」
そう言い掛けたフェリアだったが、その時、少し眩む様な感覚が自身を襲ったのである。
「大丈夫かね、フェリア君」
「は、はい。大丈夫です」
「…それは良かった」
なぜか、ぼんやりとしてきた。
気持ちいい微睡みがフェリアの意識を眠りへと誘っていて、しかもそれはどんどんと強くなっていく。
この部屋に入った時にレイラが煎れてくれた紅茶は、いつも飲むお茶とは少し風味が違う様な気がしたが、きっとそれは気のせいだろう。
…そう言えばあのブローチには罠が仕掛けられている、とあの魔導士の少女は言っていたが、全くとんでもない。
そんな事はプレゼントしてくれたレイラに失礼じゃないか…
「さて、そろそろ時間かね」
「? 何の時間ですか?」
「内緒…と言っても、直にすぐ分かる。大丈夫だ。怖くない」
警部のおじさんはそう言ってくれたが…その顔は、薄ら笑いを浮かべた物だった。
そして直後、勢いよく扉が開かれた!
「どうもこんにちはですぜ、警部殿!」
『ヒャッハーッ!!!!!!』
気品に溢れる応接間に、およそ似つかわしくない野党と言うべき姿の男達が入って来たのだ。
「ふぇっ!?」
異様なその存在の登場に思わず眠気も飛んだフェリアである。そして…
…機嫌良くハイヒールの音を鳴らして、その人物は一歩ずつこちらに向かい歩いてくる。
「…あれは?」
…フェリアは困惑した。
そして最後に、けばけばしい化粧と格好をした、どう取り繕ってもオバ…そこそこ年を行っているだろう女がその目前に現れたのだ。
「っ!?」
振りまかれた化粧の臭いに思わず鼻をしかめるフェリアである。
そして値踏みするような目をフェリアに向けてから、女は、
「ほう、中々にイケメンじゃないか」
ぞわり、と青虫が肌を這った様な気味の悪い感覚がフェリアを襲う。
「…な、なんですかあなたは」
「気に入ってくれるかい? あんたの嫁になる人さ」
「よ、嫁!?」
驚愕するフェリア。
「そうさ。あんたの嫁、つまりルーベルラウト家の跡継ぎの奥方になれば、あたしは手荒い盗賊家業からとらばーゆ出来る…そういう事さね」
「そ、そんな…」
フェリアは戦慄していた。
「ルーベルラウトの慣習では、男子のその者と契りを交わした者が伴侶となる事が出来る。無理矢理奪ってしまえばこちらの物さ」
そして告げられたおぞましい言葉。
「姐御、ここまでの道は長かったやすねー…っ」
「そうさ。この計画を持ちかけられた時には驚いたもんだが…しかし悪くない」
その頭の言葉に、計画者たる警部はコクリと頷きながら、
「ははは、本当に君たちには世話になった。上の方からも礼を言う様に言われてるよ。予算増大から指揮権向上! 全く、夢の様な話だよ…犯罪率が百年単位で右肩下がりだからどんどん規模が縮小されていたのが、君たちが暴れてくれた御陰で我々の将来は明るいのだ!」
「まさか俺等が警察とつるんでるなんて誰も思いやしないだろうぜギャハハ!」
「その通り! 警察は怒らせると怖い!」
そう息を巻いた警部。
「…コホン、今回の一件でお偉い様達とも仲良くなる事が出来たし、私も偉くなる事が出来た。こんな下っ端がやるような仕事をこなすのも、今日が最後になるだろう」
警部さんはそのような事を喋った訳だが、フェリアには意味が良く分からなかった…いや分かりたく無い。
「そして最後に君たちが結ばれれば、計画は全て終わり、ルーベルラウトの“遺産”は我々が継承する事となる。全くご苦労様だよフェリア君?」
「い、いや」
呻くような、言葉にもならない声が自身の口から漏れる中、縋るように、奥に控える筈のその人物の姿を探そうとしたフェリア。
ーーレイラ、レイラなら私を助けてくれる、きっとこの悪夢の様な状況をなんとかしてくれる筈。
…だが、振り向き掛けた瞬間、
「あんたも協力ご苦労さんだよ」
フェリアの背後、奥に控えているその人物へと、その言葉を盗賊の頭は投げかけたのだ。
「…えっ」
その意味を理解した途端、フェリアの体の力はがくり、と抜けて、そのままその場に崩れてしまうしかなかった。
「れ、れいら」
「…」
…レイラの表情を伺うことは出来ない。
絶望によって、フェリアの視界は真っ黒に塗りつぶされていく。
「さあ…おいで。手練手管のあたしの技ですぐに墜としてやろう…」
言いながら、詰め寄った盗賊の頭はフェリアの服を脱がしていく。
「ぁ、ぁ」
…抵抗する気力も起きない。
家族よりも親しいと思っていたその人物に裏切られていたのを知った事で、フェリアはもう何もかもどうでもよくなっていた。
しゅる、しゅる、と布と布とが擦れ合う音のみが響いていて、そして館に来た時、一番最初に着替えていたブラウスのボタンが全て外されたのだ。
…そして、
「…あ」
フェリアは思い出した。
…ーーそう言えばコルセットの紐は切れたままだった事を。
『お…女、だと』
盗賊達や警察官はどよめき立って、そしてその気配がケダモノのそれへ変わる。
目の前にある、半裸の美少女と言う絶品の餌に舌なめずりする格好だ。
「は、あはははははははは…舐めているのか!?」
そして激する盗賊の頭。
「チクショウ、私の逆玉の計画がおじゃんじゃないかっ」
そう言われても、生まれ持った性別はどうにもならないとフェリアは思ったのだが。
「ふぇ、フェリア君が女の子だったとは! 確かに昔から怪しいとは思っていたが…ううむ、減るものじゃなしもう一度見せてちょうだ…」
そしてスケベ丸出しで警部がフェリアに近づこうとした瞬間、
「…ーー色目を使うな、下種が」
どこまでも冷たいその声が響いて…
整えられた警部のカイゼル髭がぷつん、と切れて飛んでいった。
「…は」
一瞬の事に訳の分からなかった警部。意味を理解した途端真っ青になる。
そう、その目の前には今まで沈黙していた筈のレイラが、甲冑の置物から抜いた長剣を片手に立ちはだかっていたのである!
…ーーそしてその体勢は、フェリアを守るようであって、
「ど、どういう事だね! こんな事をしたらおまえの分の報酬は…」
「今からお前達を…斬る」
「ひっ…!」
そして第二撃が放たれようとした…
「距離を取りな野郎共!」
その台詞が発された直後、短剣がレイラに向かい投げられた!
「っ!」
動ずる事もなく、冷静に剣の一振りで弾いたレイラ。
「全く、歳は取りたくないねえ…」
地面に転がって滑る短剣を見て実に残念そうな盗賊の頭。
投げた主は盗賊の頭で、しかしこの一瞬の隙の内に、盗賊の頭はレイラと距離を取る事が出来た。
「ど、ど、ど…」
「どういうつもりだ!」
いきなりのレイラの攻撃にも盗賊の頭はさして堪えた様子は無く、しかし怒髪天と言える怒りが吹き上がっているようだった。
「……」
「れ、レイラ」
…その問いに、レイラは無言を返した。
「頭に来るねえっ! その小娘が今から野良の雌犬よりも非道い目に会わされたくなければ、アンタはそこで這い蹲っているんだ!」
「……元よりフェリア様をあんたにくれてやるつもりは無い」
「! …なあるほど、はめられたのはあたし等の方かい」
「…」
無言で、レイラはニヤリと嗤った。
「あ、姉御」
「ーー血の代償を与えてやる!」
「!? 本当にやっちまうんで」
「分かったらお前達は早くヴァリアントに乗れ! 諸共あの世で後悔させてやるよ!」
そう盗賊の頭が叫ぶや否や、一同は一目散に退散していった。
「…」
構えを解いたレイラ。
もう、この部屋には彼女とフェリアしかいないのだ。
「…ふう、大丈夫?」
「れ、レイラっ、私」
「もう私を信じてくれなくても良い。でも全てが終わったときに、貴方は本来のあなた自身になれるわ。…それが、私からの最後のプレゼント」
「何でもいい! レイラがレイラで居てくれるなら!」
フェリアは涙を流しながら、駆け寄ってその身体に縋り付いて、
レイラは…寂しそうな顔になった。
* * *




