翌日
…ルーベルラウト家とは、ルクドニアでも屈指の豪商の一族である。
宝石、貴金属に各種鉱石とマギダイトの扱いでアルスフィール随一のベルトファンブレー・ギルドの創始者一族にしてオーナー家であり、ルクドニアで稼働しているヴァリアントの半数近くが、その原材料はベルトファンブレーが卸した物で作られているのである。
政治、経済共に大きな影響力を持ち、その挙動一つが政治家や投資家達の注目の的になる。
そして、その家の只一人の男の子息となれば、それはつまり跡取りという事であり、絶大な価値をフェリアは持っていると言えた。しかし…
「それが女の人だったなんて、知る人が知ったら一大スキャンダルだよ」
「な、なんとかご内密にお願いします…」
「そこは任せといて!」
フェリアの言葉にぽん、と胸を叩いたアリシアである。
それを聞いて、フェリアはほっと息を吐いた。
「アリシア物知りだよなー」
「お店のお客さんが置いてく本はあらかた読んでるからねーえ、私のものしり度は今やレベル25相当なのだねっ」
「レベル言うなレベル」
日は明けて、翌朝。場所も変わって早朝の山道をコウヤ達は歩いていた。
というのも、ここがデルフィンだと聞いたフェリアからの提案で、皆は近郊にあるルーベルラウト家の所有する別荘へと向かっているのである。
* * *
「………」
砂利が敷かれ雪が薄く積もった幅広の道は緩やかな上り坂の半ばに差し掛かっていて、一歩ずつ自分達が歩く度に、山肌に立ち並ぶ枯れた木立が流れていく…
「見てみて!」
「ん?」
十歩程先に進んでいたアリシアが、立ち止まりこちらへ振り返っていて…なんだか溌剌としているぞ。
そしてコウヤも立ち止まった事を彼女が確認すると、アリシアは、はーっ…っと声を吐いて、
「息が真っ白!」
「ほーう?」
上り坂に立っている事で、はしゃぐアリシアの姿は青空が背景になっていた。
「……ふむ?」
コウヤはそのまま目線を横に滑らし、崖道の先の、谷の向こうに広がる山肌の光景を目に入れる。
…春や夏ならば景勝が楽しめるかもしれなかったが、今の季節は冬。乾燥しきっているその景色は、昨晩から今日の明朝まで降り注いだ細雪によって白く飾られていた。
気温も冷え込んでいたが、リリスに防護魔法をかけて貰ったアリシアにはへっちゃらな様なのか、
「はきっこしよう!」
そんな発案を少女は出した。
「お前なー」
「まあまあコウヤさん」
ため息気味のコウヤに、なんだか乗り気のフェリア。そして…
「…やってみる」
「おっ」
ここで挙手したのはリリスであった!
「……‥、」
慎重に、ほぉ…っ吐息を出してから、
「……ほんとに、真っ白」
「「「おおおー」」」
・・
やり遂げた表情のリリスに、三人からパチパチと拍手が響いた。
「「「…おぉ…ぉ……」」」
…だが、それもゆっくりと小さくなり、
「……綺麗ですけど、やっぱり暖炉が恋しいです…」
「そうだなあ、“息も凍え、身も凍え、内に有るのは只仄かな温さのみけり”…なんてね」
はああ、とため息を漏らしたコウヤとフェリアの二人。
「…んんん」
このオチにはリリスは不満であった。
「………」
…皆は隠しているが、黒騎士の襲撃からずっと、緊張状態が続いていた。
そんな気疲れしている場をアリシアが盛り上げようとしたから折角自分も続けたのに、直後の流れがこうなっては面目が無いというものだった。
「うー」
アリシアも不満である。
意味なくこんな事をしたのでは無く、アリシアは冷静に状況を把握していたからこそ明るく振る舞ったのだ。
子供なりの精一杯であったが、しかしアリシアは聡い。
「…むーぅ」
だからこそアリシアは理解していた。この場にある不安と切迫の意味を。
それは…
「…ねえ」
「……」
「ねえってっ!」
「ん?!」
ようやく返事をしたコウヤに、アリシアは色々な感情がない交ぜになった目でその背中を見ながら、
「…ノエルちゃん、眠ったまんまだね」
「あ、ああ。よっぽど昨日のが堪えたんだろう。それに寝る子は良く育つ…と」
「……んん」
…ノエルは眠り続けている。
あの夜、秘められた力を使ってから、ノエルはずっと目を覚ましていない。
「…」
「…ノエルちゃん」
「大丈夫だよアリシア。…大丈夫」
実はそのアリシアの言葉には複雑な意味があったのだが、しかしコウヤは、背中のノエルを少し背負い直しながらそう声を返した。
「早くあったかい所に行けるといいよなー」
「そうですね…」「…ん」
…眠り続けるノエルだったが、リリスに倍力魔法を掛けて貰ったコウヤが背負って運んでいる。
「…むーううーう」
だから、大事に大事にコウヤに背負って貰っているノエルに、
愛情たっぷりのコウヤのその背中で眠り続けているノエルに、
見当違いと分かっていてもなんだかじんわり嫉妬してしまっている自分に気づいてしまって……それでアリシアは、自己嫌悪やら、恥ずかしいやら、悲しいやら、それとも単純な心配なのか、でもなんだか悔しいやら…(昨日の問答のこともあったのだ)
「…すぅ」
「…」
…ノエルはすやすやと眠っている。
漂う乾いた寒さの中、背中のノエルの体温が印象的に感じるコウヤである。
「あ…、」
それを見て、フェリア(黒騎士の置いていったコートを羽織っているが、なぜだかサイズはぴったりだった)は、思い出す様に、その袖口を白く細い小さな指で握り込んだ。
…昨日の戦いの真新しい記憶がフェリアによぎったらしかった。
「…昔から、私は何度も狙われてきました。ーー恐らく、あの黒い騎士も私を狙った者なのでしょう」
……そう言ったフェリアの顔も陰っていた。
「フェリアさん…」
「…あっ、いけませんね。暗くならずに明るく行かないと! それから、私の事はフェリアで良いです。親しい人はそれで呼んでくれてますし…」
「分かったよ、フェリアちゃん!」
「よろしくお願いします、みなさん」
そのアリシアの言葉に、フェリアはニコっと魅力的な笑顔を返した。
………
「ここからは後どれ位なんだ?」
「もうすぐです。馬車じゃなくて歩いて来るのは初めてですけどね」
「そうか。……もしかしてたどり着いても中に入れなかったりとかは」
「管理人の方が居ますから大丈夫だと思います…そしてですねえ、」
「ん?」
フェリアは一瞬溜めてから、
「着いたらとってもおいしい物をご馳走します!」
「おおっ、楽しみー!」
坂の終わりはもうすぐで、隣に立つフェリアの姿を見ながらコウヤ達は喜んだのだ。
…そんな時である。
「ん?」
「どうしたの?」
背中のもぞもぞとする感覚にコウヤは気づいた。そして、
「うぅ…ん」
「おっ」「あっ!」
ノエルが目を覚ましたのだ!
「おはようさん、ノエル」
「コウ、ヤ……… ! みんなはっ、ヴァリアントはどうなったの?!」
「おおっ!?」
急に後ろでじたばたとなったノエルに、体勢を崩し掛けるコウヤである。
「っとと、お前のおかげでみんな無事だよ」
「…そっか」
「そうそう。……それでさ」
「なあに?」
顔を近づけて言葉を待つノエルに、コウヤは自分の言おうとしている言葉に少し照れながら、
「…昨日は守ってくれてサンキュな」
「! うん!!」
顔を輝かしてぎゅっとコウヤの肩を抱きしめたノエルに、笑顔をこぼすコウヤ。
「…まあ、しょうがないかなっ」
「…ん」
「?」
そんな反応をしたアリシアとリリスにはてなを浮かべるフェリアだった。
…そして山間の道を進んできた事一時間半。
「あれです!」
「おおっ」
坂を上りきった辺りで、冬の枯れた木々の向こうにその邸宅が姿を現したのだ。
* * *
…そしてしばらくして、屋敷の客間。
「はい、お待たせ様です」
「「「「おお…」」」」
ソファーに腰掛けたコウヤ達へ人数分に出されたのはマグカップに入ったホット・チョコレート、いわゆるココアである。
そして、カップの中の濃厚そうなそれはコウヤの知る一般的なココアより数段ほどチョコレートの色に濃く沈んでいて、見るだけで味が口の中に滲んでくる様だった。
「えへへ、私の大好物なんですよう」
とろける様な笑顔のフェリアに、
「いやっはー!」「これは美味そうだ!」
「おいしそう…!」
「…ん!」
顔を輝かして喜ぶコウヤ達。
「それじゃあ、いただきます!」
そう言って真っ先に口に付けたのはノエルである。
皆が見る中ごく、ごく、ごくりと飲んでいって…
「…んく、んく、んくっ、ぷはあっ」
「どうでしたか?」
「……おいしいっ!」
「「「おおおー」」」
見事な飲みっぷりであった。
「フェリアちゃんの手作りだもんね!」
「刻んだチョコレートを暖めたミルクで溶かすだけだから、ポンコツな私でも作れる位簡単なんです!」
えっへんと胸を張るフェリア。
「それじゃ俺も有り難く頂こう…………、! 美味い!」
一日ぶりの食事は正しく天国の味であって、
「おいしいよフェリアちゃんっ!」
「…おいしい」
「よかったです♪」
そんなコウヤ達の反応を見て、フェリアも満足そうである。
「あー、んでさ、電話通ってたらちょっと後で貸して欲しいんだけど…」
そして、そんなタイミングを見計らってコウヤは口を開いたのだが、
「あっ、それなら、管理人さんが全部してくれていますので大丈夫です!」
「本当か!?」
驚くコウヤ。
…確かにこの館を訪れた直後から、血相を変えた管理人の老夫婦が慌ただしく動き回っているのは見ていた通りだが。
「本当ですよー。警察への連絡ならバッチリなのです」
「いやー何から何まで本当にお世話になりっぱなしだね!」
「えへへ…いつも頼ってばかりだからこうして頼られるのは中々無いのですよ。みなさん私に任せていてください!!」
「「「「おおおおー!!!!」」」」
頼れるお兄さん(?)出現で盛り上がるコウヤ達だった。
「お腹ぺこぺこですし、この後はトーストを焼きましょう!」
「おお!」
言いながらフェリアは片づけをする為に立ち上がって、手伝うためにコウヤ達も席を立って、
「…あっ」
・・
ふと見えた窓の向こうにそれを見つけたノエルである。
「コウヤ、見て見て!」
「ん?」
そのノエルの声にコウヤが顔を上げ、そしてノエルが跳ねながら指し示す窓の向こう。
「おおっ…」
「…なんだありゃ」
アリシアとコウヤが思わす感嘆の声を上げたそれ。…その正体とは、
「綺麗だねー!」
「ああ…」
窓の向こうの空に遠く広がる極彩色の輝き…果てなく続くオーロラの様な虹であったのだ。
「昼なのにオーロラみたいだな…」
「お城からも見えてたけど、姉様に聞いても何も教えてくれなかったの」
なんだろ? と頭を捻るノエルに、コウヤも正体が気になった。…そんな所に、
「あれは“虹の壁”ですね」
「虹の壁?」
そのコウヤの問い返しにフェリアは頷いて、
「記録に残らない位のずっと昔、伝説だと最初の大災厄が起きたときに現れてから、ずっと出来続けているそうです。龍以外は誰も通り抜けできない、虹の向こうに何があるのかも分からない…そして、大災厄が起きる度に広がって行っている」
「…どうなっちまうんだ?」
「とっても偉い先生達が言うには、この世界はあの虹に包まれて終わるのだそうです。本当かどうかは分かりませんけどね」
…その時のフェリアの表情は、どこか寂しそうだった。
* * *




