襲撃
「…あなたは、監視されているっ」
ーーリリスの宣告。
そう告げられた後、焚き火の光が揺れるその空間には嫌な沈黙が降りていた。
「…監視されてるってどういう事だよ」
数瞬迷って、コウヤはなんとかその言葉を口にした。
「…言葉通りの意味。あれは偽装した位置追跡用のマジックアイテムだった」
「そんな…」
呻くフェリア。
「…大切な人から貰ったものなんです。そんな筈は…意味が分かりません」
「私も理由までは知らない。…でも、何かの目的があって渡した筈」
「筈で壊されたんじゃどうにもなりませんよ!」
抗議するフェリアである。
「と、とりあえずリリス、謝ろうぜ」
「……」
凄く渋い顔になるリリス。
「か、買うと高かっ…たり、する?」
「分かりませんけど、でも当人になんて伝えればいいのか…はあ」
「ほら、な?」
「………、」
質すコウヤに、口を開き掛けたリリスである。
…その時、
《…見つけたっ》
「!」
出現したその気配に気づき、素早く立ち上がり臨戦の構えを取ったリリス。
「な、何だっ」
「……」
ーーパチリ、と焚き火が弾けて、炎に照らされて大きく伸びたリリスの影の、その先。
《…》
「…っ、あっ」
同じく立ち上がったコウヤが闇の中に認めたのは、焚き火の炎で淡く浮かび上がった黒い甲冑の人物だった。
「おまえは誰だ!」
《…黒騎士とだけ名乗ろうか》
例えるならボイスチェンジャーで変換したような奇妙な声で、その人物はそう告げたのだ。
「…あなたがっ」
《ーーそれ以上は黙っていて貰おう!》
リリスの言葉に黒騎士はしゅる、と剣を鞘から抜き放ち、
「! なっ」
…ー斬り掛かるように、そして振り上げられた長剣。
「ーー…っ」
それを認めたリリスは勇躍飛びかかり、杖の先端に一瞬で形成した魔力刃で打ち付けた!
「…っ!」
《ぐぅっ》
その一撃に黒騎士はたじろいで、次の一閃、そして互いに間合いを取ったのだ。
「…」
打ち合った瞬間、相手の力量を見計らったリリスである。
(相手はさほど熟達はしていない…が)
《そちらは子供だ!!》
「ぐっ」
ーー肉薄した黒騎士がリリスに向かい斬りかかった。
「〜っ!」
打ち込まれた一撃の重さに受けた杖が軋み、リリスの細腕が悲鳴を上げる。
「リリスっ!」
「…〈倍力魔法〉!」
が、そこでリリスは倍力魔法を発動。増幅された自身の力によって逆に黒騎士を弾き飛ばした!
《ううっ》
仰け反る黒騎士。そして…
「でやあっ!」
「コウヤっ!」
そこに突っ込んでいったコウヤ、廃材を手に黒騎士へと殴りかかったのだ!
《あっ!》
それを剣で受け止めた間際、黒騎士は柄を握りきれずに剣を飛ばされてしまったのであった。
「ーーこいつ、名前が立派な割に大して強くねえな」
「…」
《…》
そのコウヤの露骨な挑発に黒騎士は無言で返した。
「さあ、とっちめてやるぜ」
《……》
にじり寄るコウヤ。
…黒騎士は一歩下がる。
《…フッ》
「どうした、許して欲しいなら三回回ってワンだぞ」
《キサマも刃向かうか?》
「そうさ。ここでやらなきゃ誰がみんなを守る!」
コウヤは宣言した。
《ーーよかろう、まとめて相手をしてやる!》
黒騎士はさらに下がり…ーー
「! 何だっ」
「な、何っ」
…ゴゴゴと響いた地鳴り、それに続いて破壊音が轟く。
そして急に風通しが良くなった様に冷たい空気が吹き抜けてきて、その出元を見ると、破壊された壁の向こう、月の光を逆光に一体のヴァリアントが現れていたのだった!
「あれはっ!」
「ヴァリアント!?」
《…フッフッ》
嗤う黒騎士。
するとその黒い色のヴァリアントは屋敷の中に数歩踏み込んで、着座姿勢になると背部のコクピットハッチを開けたらしい。
《フハハハハハハっ!!》
高笑いを上げながらそこへと飛び込んだ黒騎士。そして…
「拙い!」
起動した黒いヴァリアントはコウヤ達にめがけて、その手に握った長剣を振り下ろした!
ーー迫る剣。
「どわあああああっ!?」
「「「きゃああああっ!!!」」」
走って逃げたコウヤ達に少し余裕を空けて打ち下ろされた長剣であった。…その一撃は洋館の床を打ち砕き、破片と風圧がコウヤ達に襲いかかる。
「…ーっ、なんだ、どういうつもりなんだっ」
「ーーわざとだ!」
「そんなっ!?」
ノエルの直感に慄くコウヤ。
《…ハッハッ》
再び嗤う黒騎士である。
そして見せつけるように一歩歩を進めたヴァリアント。
「…っ!」
…どうやら当てるつもりは無かったようであったが、それでもタチの悪い遊びと言えた。
そして返す刀を振り上げて洋館を破壊していく。それはより自機を動きやすくする為の準備であるのだろう。
「あれは!!」
ーー差し込んだ月明かりに照らされたその姿を認めて、アリシアが叫ぶ。
…〈バレン〉。
かつてレンヌヴィルが生産していた、現行から二世代前の旧式ヴァリアントである。
レンヌヴィル軍での現役を退いて、現在では民生用に転換されている機種だった。
最強の〈パラディン〉たる〈シロガネ〉があれば敵と言えるものでは無かったが…
「うわああっ!?」
「わあっ!」
再度振り下ろされた剣に悲鳴を上げる皆!
ーーそれが無い今、コウヤ達は絶体絶命の危機と言えた。
《ハッハッハ!》
「チクショウ、弄びやがって!」
《何時までも遊びのつもりはないさ》
「!」
ーー前進を開始した〈バレン〉である。
「走るぞっ!」
迫り来るヴァリアントに、コウヤ達は屋敷の奥へと追い込まれていく。
…洋館から出ようにも出口のあった場所は今まさに〈バレン〉がいる場所で、さりとてヴァリアント相手の突撃は自殺行為であった。
「…私の魔法だと威力が大きすぎるっ」
ーーここは閉鎖空間。
廃墟が崩れ、生き埋めになる可能性を考えて魔法の行使を躊躇うリリスである。
(どうする…ー?)
考えにコウヤが苦悶したその時、黒騎士の〈バレン〉は歩きながら、
《…条件を出そう。フェリアを渡せ》
「! お前はあの盗賊の仲間っ!」
《まあ、そのような者だ。…フェリアに危害は加えないし、君たちも悪いようにはしない。保証しよう》
「これだけ無茶苦茶しておいて信じられるかよっ」
《それもそうかも、な!》
「わあっ?!」
もう一度剣が振り下ろされた。
《ハハッ、もう数撃で屋敷の壁だぞ》
「言いやがって〜!」
前進を増速した〈バレン〉に、手に持っていた廃材も振り捨て、とにかく走るコウヤだった。
「どうなっちゃうのー!?」
「走るんだ!」
「〜っ!」
「はあっ、はああっ」
「はふっ、はううっ!」
息も絶え絶えに走り続けるコウヤ達に、ゆっくりと追跡するヴァリアント。
「! あっ!」
そして…ーー広大な洋館であったが、それでも向こうに壁が見えた。
「チクショウ!」
「もう逃げられない…」
「はあ、はう」
「つ、つかれたー…」
「走るの苦手なんですよ〜っ…」
最早限界の五人であった。
「はあっ、はああっ、…ふううっ」
そんな時、只一人ノエルはきっとヴァリアントを見据えて、
「みんなを守れるのは、今はリリスちゃんとボクだけ…!」
ーー逃げるのをやめたノエルは、みんなを、…コウヤを守るようにして〈ヴァリアント〉に対峙した。
「ノエル!?」
「ノエルちゃん!」
叫ぶコウヤとアリシア。
《どうした、血迷ったか?》
「違う、守りたいモノがあるだけっ」
追いついた〈バレン〉を前に言い切ったノエルである。
…その手に握られているのは、先ほど偶然に落ちていたのを拾ったボロボロの剣一本。
「…ボクはっ、みんなを守りたいっ」
すぅ、と息を吸いながら、錆びて刃がガタガタになっている様な、そのボロボロの長剣をノエルは重そうに掲げて、
「…ー万物を守護せし精霊達よっ、その守り手の力をボクに…貸して!」
そう発した間際、少女が捧げた剣に、眩い白銀の光が降り注ぐ様に宿っていく。
「…な」
「ノエルちゃん…」
まっさらな光に包まれるノエルを呆然として見ているコウヤとアリシア。
剣に祝福の光が満ち、最後に光の粒子が弾けて…
「あれは」
《…ほう?》
…ーーその剣だけ、闇の中に光の一筋が射していた。
そしてノエルは目前の相手へと、瞑っていた瞳を開けたのだ。
「…、出来たっ」
《どんな手品かは知らないが!》
そのノエルを〈バレン〉が襲う。
「ノエル!」
ヴァリアントの巨体が襲い来る…、その一瞬、
「ーー…てやあ!!」
白銀の光が宿ったボロの剣…ノエルがそれを振り下ろした瞬間…ー光の爆発が剣から放たれた!
《何っ》
それはこの場の物全てを震わす衝撃波と共に、目前の〈バレン〉へと一直線に直撃し…
《がああああああっ!?》
炸裂する閃光!
そしてその一撃を受けた〈バレン〉は弾かれる様に吹き飛ばされて、浮き上がった機体を立て直す事も出来ず腰から落下、ーーそして沈黙した。
「…やったのか」
「…ノエルちゃん」
「凄い…」
「……」
見ているしか無かったコウヤとアリシア、フェリア、リリス。
「…、……、…ふうっ」
収束する閃光と舞い上がる埃の向こうに擱座したヴァリアントを見て、ノエルは自身の勝利を確認した。
「ノエル!」
「ノエルちゃん!」
「みんなっ…」
駆け寄るコウヤ達に振り返ったノエルは、皆の無事に安堵して…ふらりと立ち眩んだ。
「! ノエル!」
その手から握られていた剣が滑り落ちようとする間際、何とか間に合って、崩れようとしていたノエルの小さく軽い体を抱き留めたコウヤである。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
「大丈夫、だよ。…えへへ、疲れちゃった」
瞳を薄く開けてそう返したノエル。
「全く、無茶しやがって…!」
「ノエルちゃん…!」
「……、」
憔悴した様子で囲んだ四人を確認して、ノエルはコウヤを見てから、その口を開いて、
「コウヤ」
「なんだ、最後の言葉とか言うんじゃないよなー…」
「ボクが頑張ったところ、格好良かったかな?」
「おまっ、バカ言うか!」
この時ばかりは怒るコウヤである。
…そして、
「!」
ズン、と腹に響く衝撃音。
ミシミシ、べきべきと言う音がそれに連続して続く。
コウヤ達が音の出元に見上げると…
ーーそれは天井と屋根を支える柱が折れた音だった。
「あ…」
落ちてくる天井。
(こんな終わり方って、ありかよ!)
コウヤが神を呪った間際である。
…その時、沈黙していた筈のヴァリアントが動いて、
「何っ」
崩れ落ちる屋根を、黒騎士が駆る〈バレン〉が食い止めた!
…崩落が止まった屋根
「…そんな」
余りの事に呆然を越えて衝撃を受けるコウヤ達。
そしてその時、〈バレン〉のコクピットハッチが開かれた。
《…》
「…黒騎士」
出てきたその姿である。数秒、コウヤ達、ーーフェリアを見つめて…
《…今は預けよう》
「黒騎士!」
次の瞬間には転移魔法で消えた。
「ヴァリアントを使い捨てにするなんて…」
「俺たち、助けられたのか…」
「とにかく、無事に済んで良かったです」
「……」
ノエルは気を失った様に眠りに落ちている。そして、
「…コート?」
黒騎士が居たところにはコートが落ちていた。
…外では雪が降り始めていた。
* * *
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