五人目
* * *
…その日の夜。
「へえっぷしっ!!!」
財布を持っている大人達と離れてしまったので宿屋に泊まる事も出来ず、結局誰とも遭遇できなかった事から町外れの廃墟に身を休めたコウヤ達だった。
「うう…寒っ」
「日が出るまでの辛抱だよー…」
「ううう…」
「…」
頼りない焚き火の明かりに照らされながらぼやく三人。
季節は冬。その寒さは耳を澄ましてもネズミの走る音も聞こえない程である。
「取り敢えず温もろう…」
焚き火と自分たちが入れられていた袋を毛布代わりにして暖を取りつつ、自販機で手に入れ人数分に分けた、なけなしのニッケル貨で買った板チョコをかじりながら皆は身を寄せ合っていた。
予定は、ここで朝を待ってから改めて警察署を探そう、という物だ。
「あの人達大丈夫かなあ?」
「まあ、一晩ぐらいならいいお灸になるだろ」
野党達は縛ったまま、あの場に放置してきていたのだった。
「…」
…そんな時、はまっているべき物もはまっていないがらんどうの窓から風が吹いて、
「冷たっ!」
「さ〜む〜い〜い〜っ!!」
「ううう〜っ!」
凍える三人である。
…元は大きな洋館だったらしいこの廃墟。当の昔にかガラスが割れて既に建物としての機能を果たしていなかったが、それでも壁と屋根があるだけマシと言えたのだ。
「うぅうう…明日にはルクレシアさん達と合流できればいいんだけど」
「保護してもらうにも警察署の場所も分かんねえし、交番がどこにも無いんだもんなー…はあ、こんな時携帯があれば一発なんだけどなあ」
廃材に腰を掛けて、寒そうにしながらコウヤが言う。
「ケータイ?」
「そうそう、手のひらサイズで持ち運びできる電話!」
「ほえー」
そのコウヤの説明に感心するノエルであった。
「魔法のトランシーバーなら売ってるけど、高いし電話じゃないもんねー」
「どの道今の俺達にゃ金がない…ああダメだ駄目だ。別の事考えて気を紛らわそう!」
「例えば?」
「んーと、リリスが持って帰ってきたあの袋とか」
「…」
廃材に座るリリスの隣に、その人間程はある大きな袋はあった。
「お宝かもしれねえぜ!」
「おお!」「わああっ!」
そのコウヤの言葉に喜ぶアリシアとノエル。
・・・
その袋とはコウヤ達の連れ去りに使われたのと同様の、しかし五つ目の物であった。
「…」
倍力魔法でここまで運んできたリリス。そこまでした理由はあるのだが、だが皆とは違う物である。
「…うー」
見立てが正しければ、中々厄介な代物になるだろうと今更ながらリリスは思っていたのだが。
「なんでもいいさ、開けちゃおう!」
「うん!」
ノエルを傍らに、袋を留めるロープに手を掛けたコウヤ。
「なにが出るかな、なにが出るかな…」
そうコウヤは口ずさみながら、そして皆が見守る中、慎重に袋の封が開かれたのであった。が…
「…なんだこれ」
「…さあ」
ーー中から出てきたのはお宝などではなく、
「…確かに綺麗だけどさあ」
「くぅー……」
…線が細く皆目麗しい、少年という位の年頃の人物だった。
「ぐー…」
熟睡している様子であるので起こすのも気が引けたコウヤ達であるが、
「ぐうぅ…ぅん?」
その時目を覚まして、気が付いた様に上体を起こしたその人物はしぱしぱと眼を瞬かせてから、
「…はっ、貴方達は何者っ!」
「それはこっちのセリフだぜ」
その人物の凛々しく美しい整った顔も、髪が寝癖で乱れて口元によだれが線を引いているとなると台無しであるとコウヤは思った。
そのコウヤの目線で気づいたように口元をごしごしと拭いながら、
「庭で散歩してたら突然現れた男達に袋に入れられて、出られないから諦めて寝ちゃった所までは覚えているのですけど…なんか頭が痛いです」
「と、とりあえずお名前を伺いたいんだけど?」
「フェリアです…アルデンヌのルーベルラウト家の者です」
「る、ルーベルラウ…」
「トランスヴァールの有名なお金持ちさんだね!! 私はアリシア!」
「あっ、俺はコウヤで」
「ボクがノエルっ」
「…リリス」
「ど、どうもよろしく…」
…見れば見るほど美少年、年の程は十五位だろうとは取り敢えずの見立てである。
同じように廃材に腰掛けると自分たちより幾分高い背であるため、そのフェリアの顔を仰ぐように見つめるコウヤだった。
「………」
じぃーっと、穴が空くほど見つめて、
「な、何ですか」
「いやあ、金持ちならこの状況を何とかしてくれるんじゃないかと思ったけども」
「あ、私も今は一文無しの状態なんです…」
「…そっか〜」
「ご、ごめんなさい?」
本当に残念そうに、ため息と共に吐き出されたコウヤのその言葉に取り敢えず謝るフェリア。
ーーそれはそんな時であって、
ーーー………ーーー
「あっ」
「おっ?」
…ぐ〜っ、っと腹の虫が鳴く音が一回。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…、」
音の主はフェリアであった。
「……」
フェリアはお腹を二回さすった後、みんなの手にあるチョコレートに気が付いて、
「…じゅる」
よだれを垂らした。
「…あっ、べ、別に欲しい訳じゃ!」
「いいよ、はい」
そんなフェリアにコウヤはかじり掛けのチョコレートを差し出した。
「…え、遠慮します」
「いいから」
「いいんですー!」
「いいんだって!」
チョコレートを手に、フェリアへにじり寄るコウヤであった。
しかしその時、足下の瓦礫に足を取られ…
「うわ!?」
すっころんだコウヤである。
「きゃっ?!」
咄嗟に、目前にあったフェリアの胸元を掴んだコウヤ。
しかし掴んだ間際、華奢な作りだったフェリアのブラウスはそのままびりっと裂けてしまい、引っ張られた事でその下のコルセットも弾けて、
…そして露わになったのは、
「「「え」」」
「あ」
ーー年相応の小振りだが、それはそれは形の良い胸の双丘であった。
…ん、おっぱい?
降りる沈黙。
「…見たな」
腕で胸を隠しながら、ゆらぁりと顔を上げたフェリア。
「ーーこの秘密は知られたが最後。あなた達を消さなくてはならな…あっやめてください冗談です許してください!」
コウヤが背後へ振り向くと、リリスが杖を構えていたのだった。
ーー一拍の間。
「…こういう時はどうすればいいんでしょう。悲鳴を上げればいいんですかね」
「やめてくれ」
というのも、目前のフェリアの格好は男性の物の筈で…あまりの事にコウヤも若干呆然としていた。
…流れる沈黙。
「る、ルーベルラウトのフェリアさんって男の人の筈だけど」
「…」
・・
そのアリシアの戸惑いに、彼女は非常に複雑そうな顔になって、
「…きっかけは、当代のルーベルラウト家が男の世継ぎに恵まれなかった事に始まります」
フェリアはそう切り出した。
「そんな時、当主の奥方…私たちの母です。その奥方が双子の女児を生みました。…双子は、不吉な物として一方を処理するのがこの家の習わしだったそうです。しかし、私たちの両親は、私たちの一方を女児として、一方を男児として育てる事にしたのです」
「ほえー」
「それはまあ…なんつうか大変だったろうな」
「そうなんです。兄として育てられる事になった私は貧乏くじを引かされた格好で、努力はしましたがやはり性別の壁はどうにもならないと思う様な事が年を重ねるにつれてどんどんと増えていって……あっ、愚痴っぽくなってすいません」
「良いって事よ。…それじゃあトイレとかも苦労しただろ」
「それはもうその通りで、チューリップじゃ小は足せないから大に先客がいるともう最悪で…って、何を言わせてるんですかっ!?」
「自分で言ったんだろー!」
「うわーもうおムコに行けないーっ!!!」
爆発するフェリアに頭を掻くコウヤ。
「まあまあ、下いネタを共有出来るのも同い年のよしみだろうさ」
「年下に慰められる年上の気持ちにもなってください!」
「年下じゃねーって言ってんよ」
「うううー…」
まさに踏んだり蹴ったり、がっくりとうなだれるフェリアである。
「んでさ、服破いちまったし、俺のコート貸すぜ」
「あっ…ありがとうございますっ、すっ、へくちっ」
「色々悪いのは俺だしさ。ほんとゴメンなんだぜ」
くしゃみをしながらそう答えたフェリアに、コウヤは脱いだコートを渡しながら自身は焚き火に身を寄せた。
「ふう…」
こぼれる息も白く凍えている。
…そんな一人寒そうなコウヤの様子を見て、
「コウヤ、ボクが側に行く!」
「ん?」
そう言ってその側に座ったノエルである。
「こうして一緒にいると暖かいよっ」
「おお、ありがとう!」
言いながらさらに体を寄せたノエル。
…体がくっつけられた事で感じるノエルの体温。向けられたその笑顔にも暖められるコウヤだった。
「あったけ〜」
「…えへへ」
ーー仲睦まじげな二人。
「むうっ、私も!」
それを見たアリシアがコウヤの隣へ駆け足で寄って、
「…」
無言でリリスも立ち上がり、
「お、おい。お前ら」
「むふー」
「…ん」
そして座った二人によって、コウヤは左右後ろの三方をみんなに固められた格好となった。
「確かに暖かいけどさあ」
「困った時はお互い様っ♪」
「コウヤがあったかい〜」
「…んん」
半ばおしくらまんじゅう状態である。
「全く…ありがと」
拗ねたように言ったコウヤであった。
「…」
その四人の様子をぼんやりと見ていたフェリア。
子供用のため着る事の出来ない小さなコートを胸と肩口に羽織りながら、ぽつりと口を開いて、
「…皆さん、仲良いんですね」
「ん? うん。色々あったからな」
「そうなんだよね。色々あったなー…」
「そうなんですか?」
不思議そうにフェリア。
「色々あったって言っても人間関係のいざこざとかじゃなくて、事件とか出来事の色々ね。…私とコウヤの出会いはねえ、半年前に遺跡で見つけたの!」
「遺跡」
「そうそう。それでその後色々あったけどねー、最後に私が絶体絶命のピンチになった時、コウヤに助けてもらったんだ!」
そう言ったアリシアの表情は、思い出すようで、そして嬉しそうであって、
「ボクもコウヤに助けてもらったっ」
「…私も」
ノエルとリリスもそう続けた。
「…コウヤさんすごいんですねえ」
「なんかそうみたいだな」
そのフェリアの言葉にコウヤは照れくさそうに鼻を掻いてみた。
「そしてこの三人は我が栄光の鉱山愛好部の部員であってねー、みんな友達で仲良しなの!」
えっへんと胸を張るアリシアである。
「そうなんですかー…」
「そうだよ? これは部長たる私の徳がなせる事だあね」
「アリシアちゃんすごーい!」
「…おおー」
「ふふーん、もっと褒めなさい!」
「「おおおーっ!!!」」
パチパチと拍手までが浴びせられ、アリシアは満足げであった。
それというのも騒いでいれば少しは寒さを忘れられると言う奴であって、みんなも乗りに乗るのである。
「まあそう言う事にしとくか」
コウヤも突っ込みは入れず放っておくのであったが、
「…そっかー、ーーそれじゃあ三人ともコウヤさんが好きなんですね!」
何がどうなってそうなったのか、ともかくそんな突拍子の無い言葉がフェリアから発せられたのがその時だった。
「「 !! 」」
その言葉にぴしっと固まったアリシアとリリス。
「? どうしたんですか?」
…フェリアの爆弾であった。
「どどどどういう意味なのかなあ」
アリシアは錆び付いたロボットのように首をぎぎぎと動かして、
「言葉通りの意味ですよう。皆さんコウヤさんの事が好きなんですねえって」
「すす好きっていうのがどういう意味を指すのかにもよるけどもっ!」
「…ううう」
露骨に狼狽えるアリシアである。
「おお? 俺も気になるなあ」
当人はそんな反応をしたのだが、
「コウヤっ!?」
「だってとてもじゃないけど惚れた腫れたの話じゃないだろうし、直に聞く機会なんてそうそうねえもん。だろ?」
「む〜ううーっ」
その言葉にアリシアは顔を押さえて足をじたばた。
「どした」
「…あなたはまっすぐだなーあって思っただけー」
「そうかい?」
多少の自己嫌悪を含みつつのアリシアの言葉だった。
そんな所に、
「…コウヤっ」
「どーしたノエル」
コウヤの顔を確かめるようにしっかりと見てから、ノエルは、
「ボクはね、とっても大好きだよっ!」
「!?」
そのノエルの言葉に顔を上げたアリシアの表情は、何に対してか若干の恐怖の色が混じっている。
「あ、あ、」
呻くように、言葉にならない声が口から漏れ出る程だ。
「そっかあ…嬉しいけどどうしてなんだ?」
「それはねー」
一拍置いて、ノエルは咲いた向日葵のような笑顔で、
「だって、初めての友達だもん!」
「おおー」
感心するコウヤである。
「…ああ安心した、いつものノエルちゃんだ」
ほうっ、安堵が声に出たアリシアだった。
…しかし、それだけでは終わらなかったのだ。
「そして…ーー君はとっても大切な人!」
続けられたノエルのその言葉に再び固まるアリシアである。
「?」
それにコウヤは疑問符を一つ。
「わ、私だってコウヤは大切だもん!」
脈絡が無いが半泣きでアリシアは張り合った。
「? ボクもそうだよ?」
「あああーもー…そーじゃなくてーっ」
頭を抱えながらぐりんぐりんとうねるアリシア。
「大切にも色々意味があってだねっ、ノエルちゃんはどうなのさ!」
何とかその言葉を捻り出して、やけくそ気味にそう言ったアリシアだった…が、
「それはね…」
そう言いながらノエルは、コウヤの膝の上の彼の手に自身の手を重ねて、そして絡めた。
「あ」
そこでアリシアは気づいてしまう。
よく見るとノエルの顔は上気した様にほんのり赤くなっていて、コウヤを見つめる瞳も心なしか潤んでいる。仕舞いには彼と接している身体をさらにくっつける様にもじもじして、それは…まるで……
「あああもう墓穴じゃあああああああああああああああああああああん」
爆発したアリシアだった。
「あっ、もしかして風邪かっ!?」
「違うの。…君とこうしていられるのが嬉しくて」
「バカップルーっ! …あ゛っ」
とうとうその言葉を言ってしまって、直後ぐさりと自分にもダメージが入ったアリシアである。
「うーううーっ」
なんだか悔しいような悲しいようなそんな気持ちになって、アリシアは大粒の涙をポロポロとこぼすのであった。
「あはは、皆さん賑やかですね」
火付け役のフェリアは無責任にもそう締めた…が、
「……んんんんんんんんんん」
「ほ?」
唸るような声に気が付いて顔を向けると、リリスが真っ赤になって唸っている。
「…こっちも」
ーー自覚はあったようである。
「……ああっ、じゃあコウヤは私達の事をどう思ってるの?」
たっぷりと時間が掛かって、ようやくその言葉を見つけたアリシアだった。
「俺か? そうだな…まずお前の場合は」
「あ゛ーああ゛ーっやっぱ聞かなーい聞くの怖いーっ!」
そう言いながらアリシアは身体をじたばた。
「なんなんだよ…ま、なんかよく分かんねえけど、楽しいからいっか」
子犬の喧嘩のように、コロコロと転がったら何で喧嘩していたのか忘れてしまってじゃれ合っているみたいな、そのようなものであるとコウヤは思ったのだった。
「んんん…、…ん」
…そしてそんな時、フェリアのその首に付けられたブローチに目が止まったリリス。
「……」
一瞬の空白、
「…?」
数秒の間。
「……っ!」
何を思ったか、次の瞬間にはそのブローチをリリスは引きちぎり、
「きゃあ!?」
「リリス?!」
地面に投げたそれを、構えた杖の石突きで突き割ったのである。
「何してんだよ!」
「…、」
問いただすコウヤに尚もブローチを睨み続けるリリス。
…そのブローチは宝石が砕け、只の残骸となっていた。
一瞬の出来事に戸惑う皆だったが、
「…あなたは、監視されているっ」
「えっ?」
フェリアにリリスはそう告げた。
* * *
デデデン(ロリウェー)




