事件
* * *
ーー光とともに盗賊達が現れた場所。
そこは住宅街と雑木林の中間と言った風情で、このトランスヴァールでは珍しくない景色だった。
「アルグランデが戦争になっちまって商売上がったりだったが、まあこのトランスヴァールのやり易い事よ!」
勝ち誇る盗賊達である。
…盗賊達はコウヤが戦争に巻き込まれたあのアルグランデの出身で、そのような事情からこの地で活動を開始していた。
数々の武勇伝…ならぬ跳梁によって既にトランスヴァールでは名が知られており、警察の捜査も苛烈だったが、手勢に魔導士がいる盗賊達の行動は変幻自在でとてもじゃないが捕まえられるものでは無かったのだ。
「はっはっは、今回も成功かな?」
「俺たちは天才ですよ」
「警察は俺らの敵じゃねえからな!!」
そして盗賊達は今回もまた、勝利を確信していた。
「それでどうするんです? 身代金を取るのか、それとも売っぱらっちまうか!」
「まあ、それはお頭のご希望通りさ…もう一度転移魔法の準備を」
「了解っ」
・・・
そう答えて、盗賊の六人目が地面に魔法の術式を引き始める。
「とっととやらねえと万が一、ってのがあるからなあ」
「大丈夫ですよ。警察の下っ端が俺らに追い付けるわけが無い」
と、その時!
「ん!?」
盗賊の一人が抱える袋から火が吹き上がって、
「あっちいっ!!!」
炎に包まれた袋。
…そして袋が燃え落ち、中からは杖を構えた一人の少女が現れた。
「な、なんだっ!」
「こいつはぁ!?」
「…〈雷撃魔法〉」
対峙した間際、その呪文が唱えられたと共に、鮮烈な電撃が袋を抱える野党達に落ちたのである!
『ぎゃあああああああっ!!!!!!!』
…迸る閃光、凪いだ電流が骨の髄までスパークさせる。
しばらくそれが続いた後、並の大トカゲすら昏倒させる威力の電撃は終了。それまで踏み台にしていた野党の一人が黒こげになって崩れ落ちる間際、リリスは軽やかに地へと降り立ったのだ。
ふん、と鼻息を鳴らしてリリスは返り討ちにした野党達を睥睨する。
「…ふ」
…一度わざと捕まり油断させる作戦は成功したようだ、とリリスは満足した。
自分の棍術ならば立ち向かえなくは無かったが、それでみんなに被害が出ては本末転倒だったし、何より自分たちとは別に、既に盗賊たちが抱えていた袋の中身が気になった。
ヒーロー気取りではないが、年並に正義感は強いリリスである。
………決してチョコレートの話に気を取られていたのでは無い。
と、そこまで考えに耽っていたリリス。コウヤ達の事を思い出した。
忘れていた訳ではなかったのだ、と取り繕いつつも急いで袋の封を開けていき、みんなが出られるようにしたのだった。
…しかし、いつまで経っても出てこない。
不穏に思ったリリス。様子を確かめるべく、まずはコウヤを袋から出した…が、
「えぺぺぺぺぺぺぺぺぺ…」
痙攣しながら何やら壊れたラジオのように謎の言葉が口からは漏れ出ている。
…これはダメそうだと判断して、次はアリシアを確かめる。しかし、
「ほにゃあぁぁぁぁぁぁ…」
こちらも痙攣しながら同じ様な状態になっていた。
最後にノエルだが、
「あうぅぅぅぅぅぅぅぅ…」
以下同。
「…」
つまり全員ダメであったのだ。
…仕方がない、仕方がなかったのだ。
リリスは無表情で狼狽えた。
「うぅ…っ」
そんな時聞こえてきた呻き声。…野党達が復活しかけていたのである。
「…!」
野党のゴキブリ並の生命力に驚愕するリリス。
「……」
ーーこのままではいけない。
決心したリリスは杖を振りかぶり…
「ぐえっ!?」
「ぎゃあ!」
「アッ!!」
…鈍い打撲音が響く中、リリスは焦りで頭がいっぱいになってしまっていた。
* * *
「…と、出来た!」
そう言って、ターシャは目の前の地面に縛られて転がされている男達に、それぞれ違う色の液体が入った三つの試験管をしっかりと見せた。
「ぐっ…」「うう…」
男達は野党の別動班である。数分前コウヤ達をさらった同じやり口でターシャとルクレシアをさらおうとした所、反撃に遭ってこうして捕縛されたのであった。
「今作ったこれはですねえ、楽しくなって訊ねられた事に何でーも答えるようになっちゃうお薬と、気分がハッピーになって聞かれた事を正直に返してくれる様になるお薬と、とっても気持ちよくなって喋ってる内に本当の事をポロポロ言ってくれる様になるお薬なんです。この三つの内、あなたはどれが良いですかー?」
「し、知らない! 俺達は何も知らない!! 本当なんだ!」
「もー、しらばっくれてますと私も本気にならなきゃいけなくなりますよう」
「ひ、ひぃ!」
自分達をここまで痛めつけた張本人であるターシャの台詞に、慄く男達。
・・・・・
そして意図通りのその反応を見て実に満足げなターシャなのである。
「一口だけ! 一口だけなら大丈夫ですから! 多分」
「ぐ、ぐぅ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思ってもいない適当な台詞で誤魔化しくるめて、そしてターシャが男の一人に飲ませ掛けた…その時、
「ターシャさん、やめなさい」
「はい?」
制止したのはルクレシアであった。
「…効果が強い薬でしょう。それも飲まされると元に戻らなくなってしまう様な」
「おお! ずばりご名答!」
よく台所に有る様な調味料と食材だけで作れるわね…と呆れたようなルクレシアと、褒められるのはうれしいです! と悪びれる様子もなくズレた反応を返すターシャ。
そんなやり取りを聞いて、男達はさらに恐怖するのであった。
「捨てましょう」
「…はーい」
そう言われて、少し残念そうにターシャは駐機場の地面にパシャリと捨てた。
そんな地面には偶々蟻の列が居たのであるが、薬を掛けられた蟻達はひっくり返って…そのまま動かなくなった。
「…聞き出せた事は、この人攫いさん達はアルグランデから来た事と、十人前後のグループである事。この人たちとは別に計画者がいて、計画の内容から推測するにノエル様達を直接狙った訳では無いという事…位ですかね」
「そうなりますね」
これまでに自分たちが把握した事をターシャは言って、ルクレシアがそれに続けた。
実はルクレシアとターシャは、エージェントと王女のメイド兼護衛というお互いの立場と言うのを今まで知らなかったのであるが、この非常事態においてコンビを組んだ二人は何よりも息が合っていて、しかも強力であった!
特にターシャは元暗殺者という事もあり、そのやり口は堂に入った物である……
「これでもまだ聞き出せていない事が幾つかあるんですよねぇ、ルクレシアさん?」
「その通りです」
ーーまた何かが始まりそうな空気。
男達は、今までのやり取りで優しかったルクレシアを縋るような目で見ていたのであったが、
「…さて」
その機敏を冷静に把握したルクレシアは、仕込みは終わったと判断した。
「はあい」
ターシャは返事を一回。
そしてターシャとルクレシアは、この北風と太陽作戦の仕上げに掛かったのである。
「この転移術式の行き先はどこですか?」
「…デルフィンの町だ」
「ほーお」
今までのやり取りで根性が折れたのか、男達は素直に白状した。
「それでは何故私たちを狙ったのですか?」
「ぎ、偽装の為なんだ! 連れ去った後は適当にやって、悪党の仕業と思われる様にしろとお頭からの指示で」
「悪党はおめーらですよ」
「ひっ」
目当ての情報は聞き終わったのでぴしゃりと言ったターシャの手には、いつの間に取り出したのか短剣が握られていた。
「自覚が無いのが残念すぎますねー…」
「全く、その通りです」
手元の短剣を遊ばせ始めたターシャもそうだが、はあ、とため息を吐いたそのルクレシアの変化に露骨に狼狽える男達。
そして雰囲気が変わったルクレシアが眼鏡を整えた瞬間、光の反射できらりと光ったレンズが男達には何よりも恐ろしい物に見えたのだった。
「…リリスちゃんはやられる事はまず無いでしょう。でも場数を踏んでる訳ではないから」
「ノエル様も剣があれば違うのですけど、それでも人を斬ったりなんか絶対出来ない優しい方ですもん」
「「…はああ」」
揃ってため息を吐く二人である。
「命だけは! 命だけは勘弁してくれ!!」
「それ以外の物を差し出せる気合いがおめーらにあるのかって感じですけども」
「ターシャさん」
「本当はですねーえ? 自分の迂闊さが憎らしすぎて、」
そこで止めて、
「…ーーあなた達を八つ裂きにしてやりたい位なのに」
・・・・・
いつもの明るい様子から一転して、感情の仮面が抜け落ちたように…ーー暗くて冷たい顔になってターシャはぽつりと一言。
「……!!ッ」
そして発せられたその気配に、最早口も開けない男達は竿の筋まで縮こまった。
「血は見たくないの。…堪えて」
「………はい」
ーー闇の気配を晒したターシャである。
…虚の中の底の無い闇のような。それはターシャの、本来の正体というべき物であった。
それを暴いてしまう程に、ターシャは…静かに、激しい憤激を堪えていたのだ。
「…ノエル様」
再び地面を見れば、黒い染みになった薬の捨てられた場所を、蟻達は避けて進んでいた。
* * *
「まだ頭がぐらぐらする…」
「私もだよー…」
「…うー」
結局コウヤ達が復活するまでには十分前後の時間を要した。
「…ほっ」
目覚める事が無い、という事態にはならずにひとまず安心したリリスではある。
「…」
辺りを見ると立ち並ぶ住宅や木々には夕日が照っていて…時刻は夕方の頃であった。
「……」
…コウヤ達が目を覚まさない間リリスが調べて分かった事は、ここがファーノートから内陸にしばらく行ったデルフィンの町であると言うこと。
そしてコウヤ達が目覚めた後のリリスの行動は、ボコボコにされて縛られている盗賊に驚いたコウヤ達に説明をして、今はこれからどうするか、という話し合いの最中だった。
「一番手っ取り早いのが、こいつらの突き出しついでに警察に保護して貰うって事だろうな」
足の先で盗賊達を指し示しながらコウヤ。
「そうだよねー」
「ターシャやルクレシアさんとはぐれちゃったもんね…」
「二人も心配してるだろうし、色々やってくれるだろうから警察に保護して貰うのが一番だと思うんだよ…へくしっ!」
・・・・
しかし、コウヤは内心ある不安を抱えていた。
「それにしても…」
「…うん」
「…だよなー」
というのも、皆は目覚めてからずっと辺りの様子を伺っていたのだが、近隣の住宅からや往来には人が誰一人として現れないのだ。
「…誰もいないね」
「…うん」
…トランスヴァールでは、寒さが厳しい冬の間、特に地方では人の外出や往来が極端に減る。
こうなっては、例えば道を行く誰かに警察署の場所を尋ねる、なんて事は不可能に近かった。
「どうしよっか」
「うーむ…」
考えに唸るその時、…皆の間をぴゅう、と木枯らしが吹き抜けた。
「ひゃあっ」
「寒ぅっ」
「うう〜っ!」
「…うう」
寒さに身悶える四人。
「…」
そしてリリスは、不安げに夕暮れの空を見上げる。
ーー日没は近い。
「……」
このまま行く宛も無いまま夜を迎えるのは危険であった。
「「「「…」」」」
ーー木枯らしに揺れる木々。
…不安が、皆の心に落ちる。
「…私は、貴方達全員を守りきる責務がある」
緊張と決意に彩られた表情でリリスは言った。が、
「リーリースっ」
「え?」
ぽん、とコウヤはリリスの額に手を置いて、
「困ったときはお互い様だろ?」
「…あ」
その言葉に意表を突かれたようにリリス。
「リリスちゃん」
「ボクもだよっ」
アリシアも、ノエルも、
「な?」
念を押すようなそのコウヤの言葉に、
「…うん」
少し気恥ずかしげに、リリスは頷いたのである。
* * *




