序章
時間はしばらく進み、冬期休暇に入ってから三日目が経ったその日。
コウヤ達は今日も猫の足跡亭…ではなく、
「船だあーっ!」
「「きゃっほーぅ!!」」
今回は客船の上にいた!
「ふーねっ、ふーねっ!」
「イエイイエイイエイっ」
「お船なんて初めてー!」
「…私もっ」
はしゃぐコウヤ達である。
…今回の旅行。ベルデ商店街の福引きで、特等のトランスヴァール旅行をアリシアが当てた事による物だった。
そう。アリシアが当てた福引の景品とは、なんと旅行だったのだ!
そしてそして、一人では行けないし、行くなら多人数の方が良い…という事で、今回の旅行はいつも通りアリシア、コウヤ、リリス、ノエル、保護者としてルクレシアとターシャの六人で来ているのだ。
「いやーあんまりにも当たらないから当たりが入ってないんじゃないかって前から疑ってたんだけど、これで疑惑は晴れた訳だよっ」
功労者・アリシアの言葉は重い。
「風が出てますなー」
「ますなー」
場所は甲板の上。二人で大の字に腕を広げて風を受け止めながら、コウヤの言葉に続けるノエル。
…コウヤ達の乗っている船は順調に航行していて、後二時間もすれば目的地の港へと着く予定である。
向かい風を切りながら空中を進む飛空船は、このアルスフィールにおけるポピュラーな移送手段だ。
「…あっ、空が!」
その時アリシアが気づいた。
腕を振り上げて指さす先。冬の一面の曇天だったのが、その間際、一本ずつひびが入るように太陽光が差し込んでいったのだ。
「おお…」
「わああ…」
「おおお」
「…ほお」
一等飛空船“アーノルド?世号”のデッキから眺める景色である。
…眼下の海原とどこまでも続く空が狭間に水平線を作っている。そして高く鈍色に雲が沈む空の、その雲間から射してきた光が水面の波間できらきらと照り返してーーそれは壮大な絶景だった。
「すごーい…」
「この世界の海を見るのはこれで三度目かなー」
「いやー海はいいねえーっ!」
「…ん」
それを見ながら口々に感想を言い合うコウヤ達。
そんな四人の服装は、マフラー、コート、インナー…と何重にも固めた着膨れ状態である。
…季節は冬。海上という事もあって気温は摂氏十度台という所であり、風もあるので体感温度はもっと低い。そのため、心配した付き添いのルクレシアとターシャがデッキに出る際に着せた物であった。
「…ふぇっ」
そして…そんな格好でも、僅かに露出した顔と手に突き刺す様な冷たさはそれを引き起こすのに十分だったらしい。
「ふぇっ、…ふぇっ」
一拍置いて、
「くちゅんっ」
くしゃみをしたノエルである。
「おおっと、…そんじゃ戻るかっ」
「そだねー」
景色なんて少し見れば満足であったし、風が吹き付けるデッキは予想以上に寒いため、ここらで早々の退散であった。
「…どんなとこなんだろうなー」
戻り際、果てしない空の向こうに行き先地・トランスヴァールを思ってコウヤ。
「チョコレートが美味しいんだって!」
「へーえ、チョコか…」
「ボクチョコレート好き!」
「…ん」
「よーし、着いたら食べ放題に行こう!」
「「「おおーっ!!!!」」」
新天地を前に気勢を上げるコウヤ達。
…ーーそして、
この時には、まさか後にあんな事になるとは誰一人として思っていなかったのである。
* * *
トランスヴァールの海の玄関口であるファーノートに着いた一行。
飛空船のカーゴスペースから今回も持ってきた愛機・〈シロガネ〉を出して、それに皆を乗せて移動する事五分弱…
着いた先は、一日目の宿泊場所となるホテル・グランダリエの駐機場だった。
「私たちは銀行に行ってくるので、先に行って待っててください」
「「はーい!」」
「わっかりました!」
「…ん」
着いた直後、大人達…というよりルクレシアとターシャの二人は、旅の軍資金を引き出す為に最寄りの銀行へと向かった。
そして残された四人は…
「それじゃあ行ってみよー!」
「「おおおーっ!」」…おおーっ」
…目当てはホテルの食べ放題バイキング。事前に調べた情報では、豊富に種類があるデザートのチョコレート菓子は絶品に仕上がっているとの事である。
「よだれが出てきたぜ…」
「ボクもボクもっ」
「美味しそうな響きだよねチョコレートって!」
「…ん!」
期待を胸にずんずんと進んでいく四人。
…と、その時。
「そこのちびっ子達?」
「ん?」
背後から声を掛けられ、振り向こうとした…
「そらあっ!」
「なあっ!?」
その間際、突然袋の様な物を被せられたコウヤ達である!
「むご〜っ!?」
「ちゃっちゃとやるんだ!」
手早く袋の天地を逆にすると封をして、そのまま軽々と抱えた男達。
その格好はどうしてホテルの駐機場に入れたのか、と聞きたくなるほどの見事な盗賊だった。
「これで終わりだ!」
盗賊達は袋を抱えたまま予め準備していた転移術式が刻まれた地面の上へと移動し、
「行くぞ!」
…そして光と共に、一団の姿は消えたのであった。
* * *




