荒ぶるジェイドの話
…ジェイド・ロゼールという人物がコウヤの同僚にいる。
可愛いとかよりは凛々しいとか格好いいという言葉が似合う様な女性で、ある事情を抱えていたことからコウヤもそれに巻き込まれてしまったのだが、その一件が片づいた事により、縛るものが無くなったジェイドは日々幸せそうに鉱山に出勤してくるのである。
この日もジェイドは実に幸福そうに出勤してきて、そして一日の終業時間。
「…」
ヴァリアントのハンガー脇にある休憩所の中、婦人向けの雑誌をぺらりとめくりながら、入り口の側に陣取ったジェイドはその目当ての人物が現れるのを待ちかまえていた。
「…」
…待つこと二分。
がちゃ、とドアノブを回す音が響いて、
「お疲れさまーっす」
「…おっ」
目当ての人物…こと、少年・小田桐コウヤの登場である。
「…」
「…?」
その顔や仕草を観察して、特段疲れては無さそうであるとジェイドは判断。そして口を開いて、
「コウヤ」
「どーしたジェイド…って、何々、“秋のおしゃれジュニアカジュアル”?」
ジェイドの手に握られていた婦人誌は、どうやらそういう特集だったようだ。
…そう、ジェイドには子供がいるのである。
「子供が成長した時の為に今の内からめぼしい物は買っておこうと思ってな」
「ふうん」
「…」
「……」
素っ気なく返したコウヤであるが、ジェイドは尚も無言で見つめ続ける。
「…」
「…なんだよ」
「話というのはそれでな、お前に服のモデルになってもらいたい」
「俺に?」
コウヤの尋ね返す様な言葉にジェイドはこっくりと頷いて、
「実際に着ている所を見ないと上手く想像出来ないんだ。この後暇だろう?」
「暇っつうか」
コウヤは猫の足跡亭でおやつを待っているだろう三人の姿を幻視し、
「ほう」
その機敏を察したジェイドである。そして…
「…ーー来々軒のB定食でどうだ」
「……半チャーハンとミニラーメンセットも一緒で」
「決まりだな」
あっさりと誘惑に折れた。
「しっかし、すっかりお母さんですなー」
悪い表情になって言ったコウヤだが、
「そう言われると、照れるな」
…ジェイドは素直であった。
「…からかい甲斐が無い」
「からかってたのか? 怒るぞ」
「まあまあ、あれさ。つくづく意外な奴だなって思ったんだよ」
コウヤは顔を上げて、
「…お前か?」
「お前のことだよジェイド。出会ってから驚かされ続けるばかりさ」
「……そうか」
「今日もいきなり子供服の買い出しだもんな。コウヤさんは毎度びっくりするばかりですよー」
「…女の機敏に敏くなって損は無いさ。さあ行こう!」
「おうおっと!?」
コウヤの腕を掴んだジェイドは立ち上がると、そのまま休憩所の出口を潜っていった。
* * *
鉱山の駅から馬車鉄道で揺られる事数分。ベルデの街の目抜き通りの駅で降りた後、そこから程近い子供服の専門店に入店した二人である。
そして店員に件の婦人誌を見せて、目当てのらしい服のセットを幾つか出してもらったジェイドである。…が、
「…って、女物かよ!」
「言ってなかったか? まあともかく、早く着てくれ」
「断固拒否する!」
「断るという選択肢はお前には無い。さあ…」
試着室の中に入れられたコウヤに、その入り口の前で服のセットを片手に立ちはだかるジェイド。
「お、覚えてろ〜!」
「ふっふっ」
観念して、ジェイドのその手から服をひったくった後ぴしゃりとカーテンを閉めたコウヤだった。
「はあ…」
そして自身の服を脱いでいって…脱ぎ終わった所でその手が止まった。
「旦那さんってどーいう人なん?」
「…聞きたいか?」
「うん」
その言葉を聞いたジェイドは姿勢を変えながら、
「…軍にいた頃の同僚でな、俺の機体の整備士だった」
「…へーえ」
「最初から上手く行ってた訳じゃ無くてなあ、お前の操縦は荒すぎるってのを丁寧なんだか嫌味なんだかよく分からない言葉で主張されてな。ずけずけと言ってくるからこっちが少し凄むと面白い位に縮こまって…それが毎度だった」
「ほおう」
「ま、まあそんなのが続いている内にだんだん距離が縮まってったんだろうな。最初ブリーフィングの時だけだったのが昼飯の時にもやり合う様になって、その内に別の話題もする様になって…さ」
「ほうほう」
「真面目で几帳面で細かくて、俺とは真逆の奴なんだ。しかし話してみると馬が合うのか面白いっつーか楽しくてな、勤務の時じゃない時にも会うようになって…今考えたらあれはデートなんだろうなぁ。まあそういうのもするようになって…ーーそれからはあっという間だった。」
「ほほおう…」
コウヤが目を瞑ってみると、写真でも見た、眼鏡を掛けた利発そうな青年の姿が浮かんで見えた。
「出来たか?」
「着方が分からん」
「……」
がらりとカーテンを開いて、微妙そうな顔のジェイドがすっぽんぽんのコウヤを見つめる。
「…ちゃっちゃとやるか」
「! あっ! 教えてくれるだけで良いんだってって、ちょっと、あーれー!?」
試着室の中に入ったジェイドは手慣れた手付きでコウヤに服を着せていって…そして一分後。
「中々似合うぞ」
「嬉しくでか!」
そこにはふりふりのフリルドレス姿になったコウヤと、その前でうーむと唸るジェイドの二人がいたのだった。
「これなら姫に似合うだろう…それじゃ次はこれだ」
そう言ってジェイドが出したのは、…どうやら男の子物の様である。
「ん、女の子なんだろう?」
「…」
コウヤが尋ねると、ジェイドは可愛らしい位に顔を赤らめて、
「…二人目が出来ちゃいそうなんだ」
そう告白した。
「ほーお?」
今日一番の悪い笑顔になったコウヤである。
「へ、変な意味じゃないからな! これ以上は教育に悪い!!」
「幸せそうですなーっ」
「うはあああああぁんわあっ!」
一転、攻勢を仕掛けるコウヤにたじたじのジェイド。
「あの人達なんですかね」
「…さあ」
…そんな二人を店員達は怪訝な目で見ていたのであった。




