秋空と海原の向こうに
あの戦いから数日が経った、アルグランデ鉱山。
「…ここが」
風が吹き下ろす中、すり鉢に広げられた山の縁。〈ブリック〉の巣があった場所を見下ろす場所にディーナがいた。
眼鏡にも映る、ディーナの視線の先。…未だすり鉢の中にはドロドロとした黒い液体が溜まっている。
ーーしかし、そこからあの怪物が生まれ出てくる事はもう無い。
ここに訪ねる事が出来たのは、彼女が“報道記者、ディーナ・クリストン”だからである。
休戦したセレスティアとランティファールは、この一件での勝利を二国合同での偉大なる成果として大々的に宣伝していた。その為、彼女のような報道の取材にも、積極的に答えていたのであった。
それは今までの事を取り繕う様に、ともすれば水に流すかの様な二国の行動。
…しかし、各国の見る目は実に冷ややかである。
ーー“巨人族の遺産”。
各地で相次いで発見されている、公には遺跡としているモノ。
・
ディーナ達が把握している限りでは、今回の戦いはセレスティアとランティファールの、その争奪戦に端を発した物であった。
それは自国の立場をより優位なものにする為であったのか、或いは事態の早期の解決を図るものだったのか、…なんにせよ、結果として〈大災厄〉たる〈ブリック〉の脅威を再び引き起こしたのである。
このアルスフィールの国々が只では済まさない事は確かであった。
そして、この戦争がこうまで拗れたその原因。
…今回の一件では、ランティファールには“魔女”が居たという。
・・・・・・・・
その存在は自分と同じ様な物なのだろう、とディーナは思っている。
それよりも、彼女の興味は一人の少年に向かっていたのだ。
ーーコウヤ・オダギリ。自分がここに来た理由。
この一件を経て、少年はどのように変化をするのであろうか?
…ディーナの興味は尽きない。
「この名前ともお別れね」
・・
そう呟いた彼女の体が光に包まれると、それは風と共に消えていった。
* * *
〈ブリック〉を撃破した英雄として、コウヤ達は一躍持ち上げられることになった。
この日は祝祭のパーティが開かれていたのだが、場の雰囲気が苦手なコウヤはそこから抜け出したのだ。
会場にほど近い河原。トンボが飛び交う秋の空の下、生い茂る草をクッションにコウヤは寝ころんでいた。
「…」
…あの戦いから日を置かずして、セレスティアとランティファールは終戦の条約を結んでいた。
その内容はアルグランデ地域の戦前と同様の共同利用の再確認など、どちらが勝ったとかとは言えないものであった。
…〈ブリック〉の出現。
事態を把握した各国からの強い圧力によって、停戦から時期をおかずの終戦となったのである。
ーーこの戦いに勝ち負けなど無かった。
発端が発端だけに、国際社会において、両国ともこの上なく肩身が狭い思いをこれからしていくことになるだろう。
「よっ」
「おまえっ」
…レオナがいた。
コウヤの横に寝っ転がると、一緒に青空を見上げる。
「大丈夫なのかよ抜け出してきて」
「いーんだよ、こっちの方が落ち着くから。懲罰部隊が一転、世界を守った英雄だとさ。実感がなくてさ」
間に流れる沈黙。
「なーんかさー」
「うん」
「こんな終わり方でいいのかなーって」
「いーんじゃねーの?」
意外な言葉である。
「えーっとなんだっけ、ソーセージの作るところと政治の過程はみるべきではないだっけ? よく分からないけど、そう言うことだよ。やるべき事はやって、言うべき事は言った。オレ達ゃこうしてのほほんとしていられるわけだし、ひとまずのんびりと休めばいいのさ」
「ならいいんだよね。…つか、やけに殊勝じゃねーかよ。前だったら少しは暴れてそうなのに、変な物でも食ったか」
「からかうなよ。オレだって大人になったんだ」
「少しは、だろ?」
「そうかもしれないな」
そう言ったレオナの横顔は少し大人びて見えた。
一方からかいにも乗ってこず調子を崩されてしまい、いよいよ頭でも打ったかと不安になるコウヤだった。
「さて、ここらでお暇させてもらおうか。野郎達が待ってる」
「俺もだ俺も」
「…コウヤ」
「どうした」
「…また会おう!」
「ああ」
「今度は友人として、だぞ!」
「ああ!」
* * *
そうして日は過ぎていき、コウヤがトリエステに帰る日が来た。
帰りの飛空船の中で、コウヤは窓の外を見ていた。
眼下のコンクリートの桟橋には朝早い事から人はまばらで、殆どいない。
そんな時ヴァリアントの足らしき物が見えて、小走りに礼服姿の人影が集まってくる。
「何だ?」
「セレスティアの兵隊さんかな、こんな朝早くに一体…」
聞き終わる前にコウヤは走り出していた。
デッキに出て、桟橋の方を見る。
一列に集まっていたのは、一ヶ月の間、共に戦い抜いた仲間たちだ。
「っ、みんな?!」
逆行の中、そして…敬礼。
「…!」
コウヤも、慣れない手つきで敬礼を返した
それはしばらく続き、船から埠頭が見えなくなるまで続いた。
〈了〉




