騎兵の証明
…行軍中、機外に出ての休憩時間。
「綺麗ですね!」
「そうだな」
山地の高台から森に囲まれた大きな湖を見下ろして、感想を言い合うアミナとエリーゼ。
あれから数日が経ち、第四小隊はアルグランデ南部の奥地であるミルチナに向かっていた。
…何故彼らがこの地に居るのかというと、セレスティアの反攻作戦が開始したことで戦闘の前線が押し上げられた為である。
そして二日前。作戦本隊がアルグランデ南部の要衝であるこの地を制圧した事で、戦局は大きくセレスティアに傾くことになったのだ。
「あのミルチナ湖を起点に運河や川が広がっていて、このアルグランデ南部一帯の物流の拠点になっているそうです。そしてこの山の裏側に私たちが駐留する事になるミルチナの町があってですね…」
「へーえ」
そうコウヤにアミナは解説した。
「なあ、うまいもんあるかな!?」
「昔からモノが集まるところにはうまいものもあるって聞くぜ」
「ホントかあ!」
そのボナールの言葉に喜ぶダニエラ。
下痢から回復したダニエラもすっかり元通りであった。
「食うの好きだよな」
「ああよ、お前らから貰ったつまみも痛んでたけどうまかったぜ」
「全く…」
少し呆れるガナンである。
そんな中、ただ一人リカルドは自分の乗機に張り付いていて、なにやら通信でやり取りをしていたらしい。そして…、
「…全員、ヴァリアントに搭乗!」
『はっ!!』
発せられたその言葉に、隊員は休憩を切り上げそれぞれの乗機へと乗り込んでいった。
「休憩の時間はまだあった筈だろ」
機体を立ち上がらせながらそうボヤくコウヤに、
《そう言ってられなくなったんだ…ミルチナ駐留部隊からの緊急の連絡でな、ランティファールが町に攻撃を仕掛けているとの通報だ》
「なんだとっ」
《襲撃してきた敵の戦力規模は?》
《ヴァリアントが十機前後とのことだ。しかし現在、守備隊は防戦もままならない状態であるらしい》
「町にいる戦力はっ」
《歩兵隊が若干でヴァリアント戦力はいない状態だ。…主力本隊は侵攻の速度重視で余りその場には留まらないからな。だからこそこうして我々が後詰めに向かっていた訳だが》
「なんつうか…」
《とにもかくも町に着かないと話が始まらん。各機、最大速度で向かえっ》
《了解!》
第四小隊は徐々に速度を増して、山肌の道を駆け抜けていった。
* * *
第四小隊が町を見下ろす山の中腹にたどり着いた頃には、既に町はほぼ制圧された様なものであった。
そしてここからは、町の中に展開したランティファール部隊の行動を全て見ることが出来る。
…ランティファールの逆襲である。
こうした少数精鋭の部隊によって、ランティファールは各所でセレスティアの攻勢を食い止めようとしている事はコウヤも聞いていた。が、
《これは…》
「町を破壊している!?」
繰り広げられている眼下の光景はコウヤにとってショッキングであった。
ーー立ち並ぶ住宅や商店などをヴァリアントが打ち砕いていく。
・・
住民への退避勧告の後に始まったこの作業は、復旧に手間取らせる事でセレスティアの侵攻速度を少しでも削るための物である。
そしてコウヤたちがたどり着いた山の中腹には、避難してきた町の住民が大勢居た。
…住民達は慄く様な表情で、自分たちの町が壊されていく様を見ているしかなかったのだ。
「前の戦闘でも無事だったのに…」
老人が呆然と言う。
《再占領するつもりはなく、ただこちら側への妨害をって事だろうさ》
「…騎士道も何も無いじゃないか!」
憤慨するコウヤ。
《だがこれはこちらにとっても都合が良い。町の住民は避難しているし、何より奴らはこちらに気づいていないんだからな!》
ボナールはそう言った。
「それでどうするんだよ!」
《ここから奴らを狙い撃つ!》
「それじゃ町が…」
《構う物も無いだろうさ。それに、奴らを一刻も早く、あの町から叩き出すことが俺たちに出来る事だろう?》
「そうは言っても」
《隊長、裁可を!》
《…よし》
「隊長も!?」
《仕方ないだろう。ボナールとヴァネッサ、それにアミナがここに残り射撃による支援を、残りは町に突入して直接敵と交戦する。いいな!》
《了解!!》
「〜っ!」
コウヤは苦悶した。
《今から攻撃を開始する。巻き込まれないようなるべく離れてくれ!》
そう宣言して避難民をさらに離れさせ、狙撃の準備を始める三機。
「俺はどうすればっ」
《突入組に随伴してくれ!》
「…了解、叩き出してやる!」
ーーコウヤも迷いを振り切った。
《はっ、お前等がやりあう前に全部平らげちまうぜ!》
《言っとけ!》
ヴァリアントが動き出す姿を避難民達が不安げに見る中、そうして突入組と狙撃組に分かれた第四小隊。
《前進!》
リカルドの号令の元、突入組の七機と〈シロガネ〉は山道を駆け下りていったのだ。
…直後響く破裂音。ボナール達が射撃を開始したらしい。
青空に瞬く曳光弾の軌跡。ーーそして町の着弾点から煙が立ち上っていった。
「…当たったのか」
《どうだろうな》
そして数拍置いて、こちらに気づいたらしい敵の応射のクロスボウの矢が飛来する。
《当たる物ではないな!》
そのエリーゼの言葉通り、高速で滑降しているこちら側の機体には当たることが無かった。
《そらよっと!》
当たりそうになる矢もヴァリアントを機動させて回避していく。
そうして町との距離は縮まっていき…
《各機、安全装置を解除しろ。突撃!!》
先頭のカイルとリカルドが山道の入り口であるアーチを潜って、七機と〈シロガネ〉は町になだれ込んだのだ。
そして風で路面の砂が巻き上がる中、市街地に進入した第四小隊。
「…!」
…何よりも先に、破壊された町並みがコウヤの目に飛び込んできた。
「ーー許さねえ!」
機体を駆るその体にも力が入る。
《敵機確認、ディルバレンタイプが三!》
《一斉掃射だ!!》
そうリカルドが言うと共に各機の構えた砲口がその方向へと指向され、
《撃て!》
敵が放った矢すらも打ち砕く、嵐の様な掃射が放たれたのである。
『ぐわあぁっ!!!』
それを受けて、三機はその場にはね飛ばされる様に崩れた。
《いよおっし!!》
ガッツポーズをするダニエラ。
《二手に散開して掃討に入るぞ!》
《コウヤはあたし等に付いてこい!》
「分かったっ!」
四機ずつに分かれた第四小隊は敵の姿を探して町の内部へと入っていった。
《さあて、どこだ…?》
ダニエラ、ガナン、エリーゼ、コウヤで作った即席の分隊。隊長達は交戦に入ったようで砲声が響く中、この分隊は敵を見つけられずにいた。
「どこにいやがる!」
そして通りを目指して裏路地を抜けかけた…その時。
《でやああああああっ!!!》
《!》
突然現れ、雄叫びを上げて先頭のダニエラ機に体当たりをぶつけた一体の〈ディルバレン〉。
…建物の影にディルバレンが伏せていたのだ。
《ぐううっ!》
苦悶の声を上げて思わず速射砲を手放すダニエラ。
「ダニエラ!」
そして、〈ディルバレン〉はそのままダニエラ機を取り押さえようとした。
…だが、ダニエラは怯まない。
《そらあっ!》
機体が再び接触する間際に乗機である〈ベルトール〉の肩を当てて怯ませ、その隙に握りこんでハンマーを作っていた〈ディルバレン〉の両の手を片手で掴み上げると、反対側の手でがら空きになった胴にパンチの一撃を浴びせたのだ!
…弾かれた〈ディルバレン〉。
《これでも食らえ!》
そして繰り出されたダニエラのヤクザ・キックによって、〈ディルバレン〉は完全に沈黙した。
「おおっ、流石ヤンキー!」
《嫌な褒め方だなあ!?》
さらに現れた二機の〈ディルバレン〉にエリーゼとともに剣を打ち付けながら、コウヤはダニエラを褒めたのだった。
「!」
ーーそこで撃ち上がった信号弾。
それを受けて目前の相手は距離を取り、ランティファールは引き上げていった。
「…隊長」
《目的は果たしたという事だろう。…少し肩透かしだがな》
…戦闘はこれで終わったのだ。
* * *
夕焼けが沈む中、コウヤは着座した機体のハッチを開け、その縁に腰掛けて茜色に沈む町を見ていた。
ついさっきまでヴァリアントで町の復旧を手伝っていたのでその休憩でもあったし、コウヤは少し感傷に浸っていたのだ。
「おーい!」
…そこに掛けられた活発な声。
コウヤがその方向を見ると、ダニエラであった。
「ダニエラ、どうかしたのか?」
「酒屋に行ったらレモネード貰えてきた!」
そういって泡の立つ液体の入った透明な瓶を見せるダニエラ。
「おお! 俺にも分けてくれよ」
「そう思ってコップも借りてきたぜぃっ♪」
「サンキュ!」
そしてコウヤの隣に座ったダニエラ。
同じく借りてきた栓抜きで瓶の蓋を開けてコップに注ぎながら、コウヤと一緒に町を見てみる。
ーー無惨に打ち砕かれた光景。
「…こんなにやられちまってな」
「…おお」
そして降りる沈黙。
「…なんつーかさ」
「お?」
「なんつーか、俺たちは映画なんかの騎兵隊みたいにはいかないんだなっとか思ってさ」
「…コウヤ」
そして一拍置いて、
「少し目え閉じてな」
「へ? ああ」
ダニエラの言葉通り、そうしてコウヤが目を閉じ…
ーー直後、頬に触れた柔らかな感触。
「? …!?」
驚いて目を開けると、なんとダニエラがキスをしていた。
「な、な、な、」
「男の子なら元気が出るおまじないだぜ。弟達にもよくしてあげてた!」
「…お前なあー」
「いいから、炭酸抜けちまうぜ」
「分かったよ…ダニエラ」
「ん?」
「…ありがと」
「…にししぃ!」
そして二人はレモネードを飲み始めた。
…コップのレモネードに映る夕焼けが赤く燃えていた。




