アリシアの一日
それは一日の朝から始まるのだ。
…ーー
……ーーーー
………ーーリーシーアー、アーリーシーアさーんー?」
ーー聞こえてきたコウヤの声
それまでぼんやりと眠りの中に浮かんでいたアリシアの意識が浮上する。
「アーリーシーアー」
「ううぅん…ん」
唸りながら寝返り一回。
張り付くような重い瞼を開けて、その先の視界には丁度少年の胴が見えた。
「あーとー五ーふーんー」
「ダメだダメだ。それよっと!」
「うわぁ!」
掛け声と共にふかふかの布団がひったくられ、アリシアの体を包んでいた心地の良い温もりは掻き消えてしまったのだった。
「ほーらっ。朝だぞ、学校なんだぞー」
「うー」
「レイチェルさんが食事作ってくれてるぞ。さてとっ、俺も支度しなきゃ」
手の甲で目をこすりながらアリシアが上体を起こした事を確認すると、コウヤは足早に自分の部屋へと戻っていった。
「…」
…降りる沈黙。
…もふもふとベッドの感触を確かめる。
このまま二度寝しようかと誘惑に駆られ掛けた…
「ご飯出来た!!」
「にゃあっ!?」
その時、再び扉が開けられコウヤが一言。
…言い残して去っていった。
「…うー…」
驚かされて少し涙目である。
そんなこんなで寝床から出て着替えをし、ブーツを履き中身を確かめた後バッグを背負って支度は完了。
扉を開け、洗面台で顔を洗ってからとてとてと廊下、そして階段を降りていくと、今日も食欲をそそるベーコンの焼ける匂いが漂ってきた。
「アリシアちゃーん!」
アリシアに気づいたレイチェルの声。
…階段を降りきる頃には、少しは眠気も晴れていた。
「ほあようほあいますー」
「おはよう、アリシアちゃん♪」
寝ぼけ眼を擦りながら、今日もレイチェルは美人であるとアリシアは思った。そして…
「おう、おはよう」
「むー」
既にレイチェルと対面のカウンター席にはコウヤが座っていたのであった。
…その隣にアリシアも座る。
「今日もコウヤは非道かった!」
「愛の鞭って奴だぞ」
「それにしてもコウヤ君、起こすときはもうちょっと優しさと労りを込めてだね…」
「まあアリシアだしな」
「嫌な理由の仕方だね!?」
憤激するアリシアである。
「んもー全くいじわるコウヤだよっ」
「はっはっはっ」
腰に手を当て笑うコウヤである。そしてそんなとこに、
「はあい、二人ともお待ちどう様っ♪」
「「おおーっ!!!!」」
レイチェルが出した朝食は、ベーコン・レタス・トマトのサンドイッチと添え付けのフレンチポテトであった。
「「いただきまーすっ!!!!!」」
「ゆっくり食べるのよー」
そのレイチェルの言葉を聞いてか聞かずか、二人は豪快な早さであっという間にぺろりと食べ終えてしまったのだ。
「「ごちそうさまでしたっ!!!!!!」」
「もー」
少し困ったように表情をするレイチェルである。毎度の事だから慣れていたが。
最後にコップ一杯の牛乳をゴクゴクゴクと飲んで、
「行ってくる!!」
「気を付けるんだぞーっ」
猫の足跡亭から飛び出したアリシアである。
「ふうっ」
…小学校までは片道五分。走っていけば約三分である。
コウヤが来るまでは、毎朝寝坊しては走って登校するのが日常であった。
猫の足跡亭の立地に今日も感謝しつつ、アリシアは歩みを開始した。
* * *
ーー学校での時間。
三時間目の図工の時間は夢を絵にする。という物だったが、
「はあい、今回みんなが描くのは夢は夢でも寝ているときの夢でーす。描けるかな?!」
…恋人いない歴=人生の、ひねくれ者の先生らしいお題と云えた。
そしてそれはアリシアにとって難題であったようで、
「夢の内容が思い出せない」
机に肘を立てた両手でアッチョンブリケしながらそうアリシアは呟いた。
「そうだよね、ボクも困っちゃった」
首肯するノエルである。
…アリシアとリリス、ノエルはクラスでは同じ班であった。
そして今、机は班ごとに合体されている状態だ。
「ぷはあっ、すっごく気持ちよく寝てたってのは覚えてるんだけどっ、それは絵にしようが無いよ!」
「うーん…」
アッチョンブリケ状態を解除してそう言ったアリシアに、唸るノエル。
そんな中、一人リリスは迷うこと無く絵を描き殴っていた。そして…
「出来た」
「「おおーっ!!」」
思わぬ早業に驚く二人である。そして早速出来上がった絵を覗き込んで…
「…なにこれ」
「…さあ」
「…」
出来上がったリリスの作品は、試験管の中に赤ちゃんが浮いている、という物だった。
「…秘密」
そのリリスの言葉にますますハテナを浮かべる二人であった。
それはさておき…
「お布団の中は温かいから、それを表現するってどうかな」
「それだ!!」
ノエルのアイデアにインスピレーションを受けたアリシア、ババっと描いた。
「よし!」
「「おお…」」
出来上がった作品は真っ白な画用紙に肌色とオレンジのクレパスで線を引いて、暖かな温もりを表現したつもりである。
「…うーん、前衛的って奴だな。先生にはよく分からないから50点!」
手抜きと見なされたか、先生からの評価はご覧の有様。
「アリシアちゃん残念だね…」
「…残念」
席に戻った彼女を、そうノエルとリリスは慰めたが、
「コウヤへの呪詛が詰まってるもんね。仕方ないよ!」
「そうなの…?」
ぷんすかと今朝の事を根に持つアリシアであった。
そして学校での時間は過ぎていき…
『ありがとうございました!!!!!!』
終礼を終えて下校の時間である。
「リリスちゃん、ノエルちゃん、一緒に帰ろ?」
「うん!」…ん」
教室の中、リリスとノエルの二人は、毎日学校が終わると猫の足跡亭に遊びに行くのがいつもであった。
…そしてそこでの楽しみが一つ。
学校の玄関を抜けて表へと出た三人。
「「きょーおのおやつっはなーにっかなー!!」」
「…楽しみ」
アリシアとノエルは調子っ外れに歌いながら、三人ともコウヤの作るおやつがとても楽しみであったのだ。
そうして歩いていくと猫の足跡亭が見えてきて、
「ただいまーっ!!」
「おじゃましまーすっ」…まーす」
がたんとドアを開き、ドア鈴を鳴らして三人は入店したのである。
「おかえりなさいっ。ノエルちゃんとリリスちゃんもようこそ♪」
出迎えるレイチェルと、
「おう三人とも」
そしてコウヤであった。
二人ともカウンターの向こうにいる状態だ。
…何故コウヤは毎日早く帰っているのかというと、鉱山の規定により年少者の労働は五時間以内と定められているからである。
今日もコウヤは、厨房を借りておやつを作っているらしかった。
「「おお…っ」」…おお」
目ざとく嗅ぎ付けた三人。
ふんわり漂う香ばしく甘い香りは、たっぷりのバターに砂糖、…そしてメープルシロップ。
「あとそろそろで…っと、出来た!」
ーーそこに鳴ったオーブンの鈴。
そうしてオーブンが開かれて、鍋つかみを装備したコウヤがトレーを引き出す事により、お盆の上に載った黄金色に輝くそれが姿を現した。
「「おおおーっ!!!!」」…おおお」
今日のコウヤのおやつは、かじればとろりとシロップが溢れ出す、美味しい美味しいメープルパイである。
「さあ、おやつの時間だ!」
「「おおおお〜っ!!!!!」」…おおおお」
「その前に手洗いうがい!」
「「はいっ!!」」…ん」
そうしてうがいを終えて、
「「改めましてっ!!!」」
「はい、どうぞ」
コウヤから手渡されたのは、一人二つずつの、パイの載った人数分の皿である。
それを持って、空いていたテーブルに着席して…
「「いただきまーす!!!!」」…まーす」
その光景を見ながら、コウヤは穏やかに微笑んでいる。
「まずは一口!」
そう言ったアリシアがナイフでパイを切り分けた瞬間、断面からはたっぷりのメープルシロップが溢れ出てきた。
「わあ…っ!!」
そうして一口大にしたパイをフォークに刺し、シロップを丁寧に絡めてから口に入れた途端、その中で広がった香ばしい風味とともにパイ生地はさくっと解けたのだ。
…そして広がるジューシーなメープルの味。
「これを食べるために今日という一日はあったんだよっ!」
「おいひいっ」
「…ん〜」
「おいしいか?」
「「もちろん!!」」…ん!」
コウヤの質問にそう返した三人。
…それを聞いて満足げな表情になるコウヤであった。
そうしておやつの時間は過ぎて、
「「ごちそうさまでした!!」」…でした」
「お粗末様でした」
そう言って、自分の分を食べ終えたコウヤがみんなの皿を片づけにやってきた。
「今日も美味しかったよ!!」「うん!」
「どうもどうも、自分でもビックリするくらい美味かったよ。リリスもどうだった?」
「…おいしかったっ」
「ありがとさんっ」
「ねえコウヤ、ウノやろうよウノ!」
「おお、俺が唯一勝てるカードゲームだ。やらせてもらうぞ!」
「「「おおーっ!!」」…おお」
朝のことも何とやら。すっかり仲直りであった。
ーーそうして時間は賑やかに過ぎていき、
「次はノエルの番だぞ」
「えっと、えっとねー、じゃあ緑の2!」
「ああ、出されちまった!!」
「ほほーう? 緑と2は無いと」
「ギクッ」
「…分かり易い」
「ううう、みんながいじめるー」
「コウヤは置いといて、次はリリスちゃんだよ」
一拍の間。そうして出された手札は、
「…ドローフォー」
「ぎゃあーっ!!!」
撃沈したアリシアである。
「ううう、上がれたのに」
「へっへーアリシアアリシアー」
「自分の名前を呼ばれてるだけなのになんかむかっとくるよ!」
「…ノエルの番」
「あ、上がれた!」
「「おおおー!!」」…おお」
「え、えへへへ」
「今日も負けちまったよ…おっ?」
時計を見たコウヤである。
「ノエル、時間だぜ」
「うんっ」
そして時間通りがたんと扉が開かれて、
「ノエル様を迎えに上がりました!」
ドア鈴が鳴って現れた小柄な姿。…ノエルの迎えでターシャがやってきたのだ
「ん?」
…漂う残り香。それに気づいたターシャが鼻をすんすん。
「…くんくん、これはメープルパイのにほひっ!!?」
「あんたも鼻が利くな!?」
「ノエル様うらやましい〜!!」
「あはは…」
苦笑しながらノエルは椅子に置いていたバッグを背負い直し、出る準備は完了であった。
そしてリリスも立ち上がり、
「…私も行く」
「それじゃあリリスちゃんもまたね!」
「…ん」
こくりと頷いたのである。
「「また明日!!」」
「うんっ!!」…ん」
…時刻は四時頃。
西日で満ちた町の中、そうして出発した三人を見送ったアリシアとコウヤであった。
* * *
夕ご飯を終えたアリシアは自室に戻り、宿題を終えてからはくつろぎタイムを過ごしていた。
八時半からのお気に入りのラジオが流れる中、春頃に拾った子猫であるミーと猫じゃらしで遊んだりなんかして、ゆったりと時間は過ぎていく。
「コウヤはいーじ意地悪いー」
即興の歌なんかを歌いながら、カーペットの上に寝転がったアリシアは猫じゃらしをふりふり。
子猫は時々にゃんごろとかと言いながら、存分に猫じゃらしと戯れていた。
「とってもいーじがわーるくてー」
…そんな時、不意にみんなで食べたメープルパイの味を思い出して、
「…でーもほんとはやさしいのー」
歌詞を切り替えたアリシアである。
そして消灯。
…その日の夜、アリシアはコウヤやみんなといっぱい遊ぶ夢を見たそうな。




