ゴブリン・アタック 前編
それは深く蠢いていた。
ベルデ鉱山の奥深く、洞窟の中の岩間にそれらは居たのだ。
…集まった配下達の前。闇の中双眸を光らせる、風格の漂う一体のゴブリン。
冒険者からの戦利品である血で染められた赤い外套を敷き、玉座のようにした鍾乳石に腰掛けて、その“王”…ゴブリン・ロードは数ヶ月前の事件を振り返っていた。
…人間の小娘を後一歩と言うところまで追いつめたものの、最後に片割れの小僧がゴーレムを使い、みすみす逃してしまったあの一件。
そして自分たちは遺跡に閉じこめられてしまい、外界に出られるようになるまで長い道のりであった。
ーーあの忌々しい人間の子供を捕らえた暁には、自分たちの種族を誉め称える言葉を万回言わせてやろう。
しかしそれは、大事の前の些事である。
ゴブリン・ロードは野望を抱いていた。
ーー必ずや人間どもを打ち砕き、この地にゴブリンの国を建国する。
そしてやがてはコボルトなども糾合し、強大な帝国とするのだ。
…偉大なるゴブリン・ロードの野望は壮大であった。
そしてゴブリン・ロードは配下の前で、作戦の開始を告げた。
* * *
綺麗な六角柱のマギダイトの結晶。
…その一面に少女の顔が映り込む。
「これがマギダイトかあー」
「そうだぞ」
感心するノエルを前に、〈シロガネ〉から降りたコウヤも得意顔である。
夏休み明けのベルデ鉱山。世間は休日であるこの日はコウヤは非番だったが、アリシアに要請されて鉱山探検を実施したのだ。
そして何故ノエルがいるのかというと…
「どおどお? 楽しいでしょ!」
「うん!!」
えへんと自慢げのアリシアにすっかり乗り気のノエル。
アリシアは鉱山愛好部にノエルも入部させようとしていたのである。
「いやー先生にコウヤを頭数に入れてたのがばれちゃったんだよねー…」
そう言う事情らしかったが、今回のノエルの参加はその体験入部と言うことであった。
「そらよっと!」
「うわあぁーっ…!」
再び乗り込んだ〈シロガネ〉の手でコウヤは大きなマギダイトの固まりを採取すると、それをノエルの目前に横たわせた。
「どうだ?」
「すごーい!!」
そのノエルの反応にコウヤも満足である。
「いやー、ノエルちゃんは反応がいいね!」
「うんうん」
「えへへ…」
そのアリシアとコウヤの言葉に照れるノエル。
…カラカラと石の転がる乾いた音が聞こえたのがそんな時であった。
「…!」
いち早く戦闘の構えを取ったリリス。
「ん?」
その音に顔を上げて、岩陰の向こうに見たその姿にコウヤは硬直した。
「…ゴブリン!?」
こちらを伺うように隠れているゴブリンが二体。
ーーコウヤの脳裏にあの時の記憶が鮮明に蘇る。
「みんな、シロガネに乗れ!」
「分かったっ」「うっ、うん!」「…ん」
ハッチを開けてアリシアとノエル、リリスを乗り込ませたコウヤ。そして…
「今度は前のようにはいかねーぞ!!」
〈シロガネ〉を立ち上がらせ、近くにあった資材用の材木を掴んで威嚇。
「おおっ!!」
吼えるコウヤ。
そしてゴブリン達は一目散に逃げていった。
「う〜っ…」
「ひ、一安心だね」
「…」
「ああ」
返すコウヤ。だが、
…アリシアに気づかれないように視覚を望遠。
奥の暗がりの岩場を見ると、そこでゴブリンは尚もこちらを見ているらしい。
…一連のゴブリンの行動を見て、まるで偵察のようだとコウヤは思った。
* * *
「ゴブリンの大規模討伐?」
「そうだ」
明くる日。ギルド会館の、その大会議室。
呼び出して勢ぞろいした大勢の冒険者達とヴァリアント乗り達を前に、ブラインドの掛かった窓を見ながらトーマスは続ける。
…コウヤもその中の一人だった。
「ゴブリンは最近、組織立った行動を行う様になった。こないだも巡視中の冒険者のパーティが襲撃されてな」
「そうなのか?」
「幸いにも死人は出なかったが、あわやその一歩と言うところまでしてやられた。ーーそして同様の事例が相次いでいる」
「…」
「俺たちも我慢の限界ですぜ、今度という今度はゴブリン共をとっちめてやる!!」
冒険者方の頭領が激した。
「我々とて無関係ではいられないからな」
ヴァリアント方の頭領も続けた。
「相手は中々強大だ。当日は一日閉山して、鉱山の全戦力を結集して今回の作戦は実施する事になる。皆覚悟はいいな!」
『おおっ!!』
その場の全員は皆、気勢を上げた。
…そして会議の後。
「おーいっ!」
「ん?」
「あたしだよあたし」
リネンであった。
「なんだリネンか」
「なんだってさあ」
「なんだなんだ」
「むー…あっ」
そのとき、リネンは何か閃いた様に表情をして、
「ほーらあなたはリネンちゃんをもっと好きになるー」
立てた人差し指をくるくるさせながらリネンが言う。
「なんだそりゃ」
「おまじなーい」
「そうかい」
「むむむ、効果がないようだ」
「まったく…お前も会議に出てたのかよ」
「そうだよー」
背後の会議室の出入り口からは冒険者やヴァリアント乗り達が散り散りに出てきている。
「なーんか色々物騒みたいだなー」
「コウヤくんはヴァリアント方だから余計そう思うのかもねー、ゴブリンはヴァリアントに対しては襲撃はしてこないそうだから。あたしなんか日々の任務は結構冷や冷や物なんだもん」
「…そっかー」
「うーむ悩みますなー」
「うんうん」
そうして頷いていると、慌てた様子で階段を駆け上ってきた冒険者が一人。
「大変だーっ!!」
叫んだ冒険者はその場に崩れた。
「なんだなんだ?」
皆が寄ってくる中、その冒険者はがばっと上体を起こし、
「ゴブリンがとんでもない大群で攻めて来やがった! この建物まで攻めてきてるっ」
「なんだと?」
ーー波乱の幕開けであった。
* * *
ーー僅か三分前、洞窟から近い鉱山の第七サイトから堰を切ったようにあふれ出してきた大量のゴブリンの軍団。
地を埋め尽くさんばかりの勢いで出現したゴブリンは文字通りの蹂躙を始めたのだ。
…鉱山が昼の休憩時間に入っていた事も事態を悪化させる原因となった。
鉱夫達の阿鼻叫喚の中ゴブリンの跳梁は続き、遂にギルド会館もその混乱に飲まれようとしていた。
* * *




