コロシアムに愛は輝くか 前編
夏休みに入ったある日、アリシアは不満に唸っていた。
その理由はと言うと、最近コウヤの様子がなんだかおかしいのである。
折角遊びに誘ってもそわそわとして断るばかりで、しかも毎晩、どこかへと出かけては翌朝まで帰ってこない。
みんなによる再三の追求にもコウヤは口を濁すばかり。
…この日の夜も、コウヤはどこかへと出かけていった。
そこで実力行使として、アリシアは視覚を共有できる小鳥型の召還獣を使いコウヤの後をつけたのである。…のだが、
…猫の足跡亭を出てから一度鉱山に行って〈シロガネ〉に乗りこんだコウヤはそのまま隣町の繁華街へと行き、そこでヴァリアントから降りて、街の一角にあるバーへと消えていった。
ただアリシアはその一部始終を見ているしかなかったのだ。
そして、
「…どうしよう、コウヤが不良になっちゃった」
呆然とアリシアは呟いた。
* * *
「道理でおかしいと思ったもん! みんなで遊園地に行く約束も川遊びにいく約束もすっぽかしてさー!!」
「「うん!」…」
翌日、休日の猫の足跡亭に集まった三人は作戦会議を開いていた。
「特に今日は遅い!」
憤慨するアリシア。
「もうお昼になるのに…」
そのノエルの言葉通り、昼になるというのにコウヤはまだ帰って来ていない。
「「うう〜っ…」」
唸る二人。
ただリリスだけは、頼んだオレンジジュースをストローで啜りながら無言で佇んでいる。
そんな時ドア鈴が鳴るとともに扉が開かれ、
「「あっ!」」
コウヤが帰ってきたのだ。のだが…
「…おお」
…非常に疲れた様子である。
「コウヤ!」
「…悪い、寝かしてくれ」
そう言ってコウヤは階段を上がっていき、後には呆然とした顔の二人とジト目の一人が残されたのである。
ーーコウヤに一体何が起きたのか、
それでは彼に起きた出来事を数日前から振り返ってみよう。
* * *
始まりはコウヤの職場に新しい面子が入った事にある。
「ジェイド・ロゼールだ。…よろしく」
…そう名乗った年若いその人物は、切れ長の怜悧な瞳に燃えるような紅色の髪。
なによりもその第一印象はカッコいいなとコウヤは思ったのだが。
「今日からヴァリアント乗りとして共に働く事になった。俺が見つけてきたんだぞ」
そう言うトーマスは何故か自慢げである。
「新人さんかー」
「ある意味じゃ俺らよりベテランかもしれんぜ」
コウヤの呟きに馴染みのヴァリアント乗りの一人がそう切り出した。
「それより前は軍のヴァリアント乗りをやってたそうだが、ここに来る前はランブル・ゲームの選手だったらしい」
「なんだそりゃ」
「知らないのか? ヴァリアントを使った戦争ゲームさ」
* * *
・ランブル・ゲーム
個人戦やチーム戦などルールは物によって多様だが、共通するのは一つ。ヴァリアント同士を実戦同様に戦わせる事。要するにバトリングである。
賭けの対象にもよくなるなど、その雰囲気は余り上品な物ではない。
名前の由来はこのゲームが規制されていたリントウェールで、ただの散歩だと言っては集まって行われていたからだとする説がある。
* * *
「ヴァリアントに掛けてはプロ中のプロだろうからな。ボウズも色々教えて貰うといいだろう」
「ふーん…」
と言うわけでその日の休憩時間。
「あのー」
休憩所のバー・スペースで、話を聞きたいと思い席から立ち上がり掛けたジェイドに声を掛けたコウヤだが、
「えーとジェイドさんとやら」
「何だ」
「え、ええと」
ジロリと見つめられ、たじろぐコウヤ。
…言いたいことを忘れてしまった。
「…えーっと」
暫し考えて、
「えーと、その髪地毛なん?」
「…そうだが」
しばらくの沈黙。
「…はぁ」
そうため息をついて、ジェイドはそのまま再度椅子に座った。
そしてコウヤも椅子に座り、
「おっちゃんミルク一杯」
注文を聞いた店のマスターが既に作り終えていたミルクの入ったグラスを持った手を横に振り、そしてグラスがカウンターを滑って、待ちかまえていたコウヤの手に収まった。
「へへ、うめーんだよなこれ」
「…ここは喫茶店じゃねえぞボウズ」
滅多に喋ることのないマスターが口を開いた。
「毎度失礼してますよっと」
言って、コウヤはゴクリと一口。
…シロップで味付けされた甘い風味が口に広がった。
「…ぷはーっ」
「…」
その様子をじっと見ていたジェイド。
「…」
ぐいっと一呑み。グラスを空にして、
「…マスター、俺にも同じ物を」
「おっ」
「…」
マスターがしゃかしゃかと作っている間、沈黙が落ちる。
「お酒じゃないんだ」
「…酒は苦手だ」
「そうなん?」
「…」
再びの沈黙
「…メニューには載ってなかったな」
・・
「隠しだからな」
「…そうか」
そして出来上がったミルクの入ったグラスが再びカウンターを滑り、
「…」
受け止めたジェイドはその手に持ったミルクを傾けながら、どこか物憂げな表情で窓を見ていた。
* * *
…そして終業時間。
夕暮れの駐機場で〈シロガネ〉から降り掛けたコウヤの所に、血相を変えたジェイドが飛び込んできたのが切っ掛けであった。
「このまま出してくれ!」
「俺のシロガネはタクシーじゃねえぞ」
「いいから!」
「たく…」
そしてジェイドを機体に入れてハッチを閉め、小走りで〈シロガネ〉を進ませた直後、駐機場に乱入してきた黒ずくめの男達。
しばらく進んで望遠で拡大すると、なにやらその男達が悔しそうにしているのが見えた。
「なんなんだよありゃ」
「…俺の借金取りだ」
「借金?」
コウヤは訊ねた。
「軍にいた時にバクチ好きの上官がいてだな、休職中に俺の名義を使いやがったんだよ」
陰鬱な顔でジェイドは言う。
「俺がランブルゲームの選手になったのも、その借金が国家公務員じゃ一生掛かっても返せるか怪しい額だったからだっ。それに…」
直後、入った山道の岩を踏んで〈シロガネ〉の機体が大きく揺れる。
「うわっとと…籍をまだ入れてなかったからよかったんだ!」
「籍をって、お前結婚とかそう言うの?」
「ああ、子供もいるぞ」
一歳くらいだがなとジェイド。
「…」
ビックリである。
「一緒にいれば俺の家族まで脅かされる事になる…不本意だが離れてるしかないのさ」
「かれこれどの位?」
「子供が産まれてからだから一年だな」
「…そうか」
そして沈黙が降りる。
…夕闇の中、木々の立ち並ぶ山道を進んでいく〈シロガネ〉。
「…このまま何処に行けばいい?」
「日当は貰ってるから適当な宿屋にでも降ろしてく…おい!」
「ん?」
ジェイドが叫んだ…その時。
一体の白い作業用ヴァリアントが林を分け出て目前に現れた。
「なんだ?」
直後、そのヴァリアントの装備らしき巨大なクロスボウの矢が、〈シロガネ〉にめがけて飛来した!
「どわぁっと!」
寸前で避けることの出来たコウヤだが、
「ただの借金取りがこんな事するかあ!?」
「知るか!」
そして山道を塞ぐように立ちはだかった白いヴァリアント。
…前には進めない。そう判断してコウヤは来た道を引き返そうとしたが、
「もう一体!?」
後方にも同様のヴァリアントが現れたのだ。
「俺に操縦を貸せ!」
「今動きが止まったらダメだ!」
そして前後に二機ずつ、さらに増えた。
ーー完全に囲まれた。
…コウヤとジェイドは遂に降伏したのだった。
* * *




