運動会の話 後編
日は明けて当日。朝の小学校。
大きな入道雲の浮かぶ青空の下、日陰となって群青色の校舎の影が射す会場となる校庭には、準備を終えた子供達や、既に到着している父兄の方々が集まっていた。
その子供達の集合場所の一角に、体操着姿のアリシア、ノエル、リリスの三人はいた。
「今日は頑張るよ!」
「おーっ!」…おーっ」
気合いを入れる三人である。
そしてマーチが聞こえてくる中、運動会は始まったのだ。
* * *
そのころのベルデ鉱山、大洞窟内。
闇に満ちた、大きく開けた広間の中。台のように盛り上がった岩の上に、先日捕獲した子供の大トカゲを閉じこめてある檻を置いている。
仔トカゲを助けに来た親トカゲを一網打尽にするという作戦で、八機のヴァリアントにそれぞれ分乗したコウヤ達は岩場に隠れて待ち伏せの格好であった。
時折、檻の中の仔トカゲが助けを求めるようにキューっと鳴く。
…心が痛むがやむを得ないのである。
そして岩場の中、〈シロガネ〉の白いボディーは、闇がかった岩場の中でもよく目立っていた。
「…」
お弁当の用意があったので寝ておらず、眠そうにコウヤは目をしぱしぱとさせる。
《アリシアちゃんの運動会に行きたいのは俺らだって同じなんだからよ。何、ちゃっちゃと終わらせれば行けるさ》
「…うっす」
そして静寂が降りきった…その時。
《…来るぞ!》
反対側の岩場から、目を光らせながらズシャズシャと足音を立てて進撃してくるトカゲの群。
ーーその数、二五匹。
「こんな多いのかよ!?」
《一族郎党おいでなすったか!》
《野郎共、掛かっちまえ!》
「…っ! おおっ!!」
ーー放たれる照明弾。かくして作戦は開始されたのだ。
* * *
「「わぁ…っ!」」…おお」
バスケットの蓋を開けたアリシアとノエル、リリスは歓喜した。
唐揚げにピラフのおむすび、ポークカツサンド等々…
今日はコウヤとレイチェルの合作の、腕によりをかけてのフルコースである。
水筒から蓋のコップに出したお茶を飲みながら、お腹の空いた皆は思い思いに取り出して食べ始めた。が…
「…まだかな」
「…うん」
…コウヤはまだ来ない。
「…必ずくるって言ってた」
「……うん」
食事を進める指も鈍る。
「…大丈夫、大丈夫だよ!」
「…うん!」
強い表情になった。
* * *
手元に開いた懐中時計を見て、もう食事休憩の時間だとコウヤは焦る。
《余所見している場合か!》
「ぐぅっ!」
突進してきた大トカゲの体当たりを受けて、苦悶するコウヤ。
(早く行かないと間に合わねえっ…!)
だがトカゲの数は現在十五匹余りと、減ってはいるが半分にも届いていない。
「とにかくやらにゃあっ…でえええええいっ!」
トカゲに囲まれてしまっているのでコウヤはクリーパーショットを上方に射出。脱出して、離れた地点に再度着地した。
…そして目前には群から離れた大トカゲが一匹。
手に持った皮袋をはためかせながら、コウヤは一気に接近の歩を進めた。そして…
「どえりゃあっ!」
一体の頭へ被せることに成功。
「いよおっし!」
思わず快哉を上げるコウヤ。
…そのまま足を繰り出して次の目標へと狙いを定める。
「ーートカゲがなんぼのもんじゃいっ、うおおおっ!」
背後のトカゲが威嚇するように火を吐く中、振り向き際、雄叫びとともに立ち向かっていった。
* * *
アナウンスが流れ、遂に運動会は最後の競技を残すばかりとなった。
上級生は徒競走、下級生はかけっこ大会である。
そして歓声が上がる中、選手達がコースに入場する。
競技が開始され、順番待ちのアリシアは体育座りをしながら考えに浸っていた。
ーーレイチェルや両親は忙しいため来てはくれない。
そこで今回はコウヤを誘い、見に来てくれると言うことでけっこう気合いを入れていたのであるが。
…物憂げに表情をしていると、アリシアの番が回ってきた。
青空の下、駆けだして砂地のコースに立ち、走り出す一歩前の体勢で構えをとる。
『位置に着いて、ヨーイ…』
そしてパンと弾けた魔法弾の空砲。ーー皆は一斉に走り出した。
観客席からの応援も激しくなる中、先頭を切ったアリシアは現在トップ、このままなら一位である。
探すように顔を上げるアリシア。
(…コウヤ)
…コウヤはまだ来ていなかった。
そしてコースも半ばに差し掛かり、残すところは後僅か。
ーー半ば諦め掛けた時である。
…遠くに現れた、校門近くから手を振る一体の白いヴァリアント。
「…あっ!」
コウヤは間に合ったのだ。
その瞬間、アリシアの顔が喜びに輝く。
…後ろを走る同級生よりも、観客席で応援するギャラリーよりも、
そして周りの何よりも、コウヤの乗る〈シロガネ〉のみに意識は集中して、アリシアの視界にはコウヤだけになった。
…永久とも思えるその一瞬、
…ーー笑顔のまま足を踏み出して、
だがその時。その先の足下にあった小石にアリシアは気が付かなかった。
そして…
「…危ない!」
* * *
「ぼろぼろだよーっ!」
大会は終わり、救護所で手当を受けているアリシアである。
石に躓いてすっころんでしまい、何とか立ち上がって完走はしたものの、結果は追い抜かされて最下位より一個上。
「ごめんなアリシアー」
「ううーっ!」
謝るコウヤに半泣きで唸るアリシア。
「まあまあ、最後まで走る事に意味があると言いますし」
擦り傷に治癒魔法を掛けながらルクレシアはアリシアを慰めた。
「そうじゃないんだもん!」
だが逆効果だったらしい。
「一位になったところをコウヤやみんなに見て欲しかったんだもん…」
…そのままシュンとなってしまった。
「俺は見たぜ、アリシアが頑張った所をさ」
アリシアを見ながら、優しい笑顔でコウヤは言った。
「…コウヤ」
その言葉に顔を上げたアリシア
「さあてみんな、帰ったらレイチェルさんと一緒にお祝いだ!」
「「「うん!」」…んっ」
…三人は眩しい笑顔になった。
この笑顔の傍にいたい。それだけでも此処にいる理由にはなるかなとコウヤは思ったのである。




