運動会の話 前編
「暇だ…」
仕事が非番の日の昼、小田桐コウヤは猫の足跡亭のカウンターの上でだれていた。
冷房の効いたホール内は快適だが、窓の外の景色は木々の緑も透けるほどに日が燦々と照りつけている。
…季節はすっかり夏である。
「おーい!」
少々昼寝でもとコウヤが眠りに入りかけたその時、ドア鈴を鳴らして帰ってきたのはアリシアだった。
「おおアリシア、どしたんか」
「えへへ。今日はねえ、あなたにプレゼントがあります!」
そして、はい! と差し出されたのはラッピングのされた小さな箱。
包みを開いて中の箱を開けると…
「時計かあ!」
出てきたのは銀色の懐中時計であった。
「安い奴なんだけどね。結構時間とかで不便そうにしてたからさ、どうかな?」
「嬉しいに決まってんじゃん! マジありがと!!」
「えへーっ! …それでねー、ちょっとお願いがあるんだよねー」
「ん?」
「まずはこれを見て欲しいの」
差し出されたのは、体育着姿のディフォルメされたウサギとカメのイラストとともに文字の書かれた薄青の色画用紙の冊子…どうやら運動会のしおりらしい。
「運動会か! もうそんな時期だもんなー」
「そうなのそうなの! それでコウヤにもねー見に来て欲しいんだ。かけっこで一番取るの!」
そういうアリシアは、よく見ると体操着型に日に焼けていた。
言われてみれば街で体操着姿の子供が多いと思ったらそういう事らしい。
「俺こそ是非ともだぜ。よおっしこーなりゃ腕によりをかけてお弁当作っちゃうかんな!」
「おー!」
「目指せ、かけっこで上位入賞!」
「おおーっ!!」
しかして翌日、前日の暇さとは打って変わった状況がコウヤを待っていたのである。
* * *
「捕獲作戦?」
「そうだ」
鉱山の事務所の一室。集められたのはコウヤも含む、ベルデ鉱山のヴァリアント乗り達である。
「先日大トカゲが暴れた一件は皆も知ってるだろう。今回改めて調査したところ、予想以上にトカゲは繁殖しているらしい事が分かったので、その対策となる」
トーマスは続けた。
「どうやって退治はやるんだ。剣でとっちめるのか?」
「トカゲの習性を利用する。布袋を頭に被せ、沈静化させて生け捕りにする作戦だ。他には?」
「決行の日時などは決まっているんかね」
「もちろんだとも。二日後の朝から夕方に掛けてだ」
「げっ!」
運動会当日。思わず発するコウヤである。
「どうしたんだコウヤ」
「お、俺だけ早退…とかは出来ないっすよね」
「あーっ! アリシアちゃんの運動会だろう。俺だって娘の応援があったんだ。道連れにしてやる!」
「ぐえーっ!」
* * *
「つーわけなんで遅れるかもしれん」
「ええーっ?!」
練習から帰ってきたらしい体育着姿の三人を前にコウヤは説明した。
「だ、大丈夫だ。たぶん」
「むーっ」「…ううー」
不満げにするアリシアとノエル。
「…私も手伝う」
「リリス!?」
なにやら凛々しい表情のリリスである。
「あなたを護ることが、私が此処にいる理由だから」
「ダメだダメだ。お前は運動会があんだからよ」
「でも…」
「いいんだって。絶対間に合わせるから、な?」
「…」
それでもリリスは諦めそうにない。
後でルクレシアさんにもリリスを止めるよう頼んでおこうと思った訳だが、
ーー自分が此処にいる理由。
…コウヤは正直分からなかった。
* * *




