娘さんの話
ベルデ鉱山の奥深く。
坑道とは別に洞窟部が無数にあるこの鉱山では、定期的にその調査のため冒険者による探索が実施されてきた。
中堅所のベテラン冒険者であるバーガー・マックミランも今回の調査に参加したのであるが、途中、単独行動中に手強いモンスターと遭遇。
何とか倒すことは出来たものの自身も深手を負い、こうして横になり救助を待つばかりであった。
湿っぽい臭いと冷たい洞窟風に吹きすさばれながら、ひたすら堪え忍ぶバーガー。
人間じっとしていると感覚が鋭くなると言うが、
…ーー
ん? とバーガー。気のせいかと思い、もう一度耳をそば立ててみた。
……ーー
…するとどこかから確かに歌が聞こえてくる。
頭を動かして辺りを伺うと、その先にある開けた洞窟。
…光の中歌を歌う、綺麗な少女がそこにいたではないか。
そのうっとりするような美しい声色に身も心も癒されていると、徐々にバーガーを猛烈な眠気が襲い…
「…そして気が付いたらここにいた、と」
「そうなんだよ」
所変わって、ベルデ鉱山の冒険者救助本部。
乗せられた大八車の上で語り終えたバーガーの前に休憩中のコウヤがいた。
寝てる間に救助隊に回収されてきたバーガーはその出来事を熱っぽくコウヤに語ったのだ。
「うおっ!?」
そして、大八車を持つ洞窟コボルトが邪魔そうに車体を傾けて、荷台のバーガーは滑り落とされた。
「大丈夫かよ」
「痛てて…相変わらず手荒いぜ」
某本気狩るなゲームの二足歩行する猫よろしく、この世界ではコボルトがそうした回収業を営んでいるのである。
人間の役に立ったり共生することで、討伐の対象から外してもらっているのだ。
特にこうした救助隊は、鋭い嗅覚を持つコボルトにうってつけといえる。
「幻覚だったんじゃないのか?」
「いや、そんなはずはない!」
立ち上がって言い切ったバーガー。
「不思議なことがあってだな、あんなに痛めつけられた身体がピンシャンしてやがるんだ。なんかで聞いた話だが歌を使った魔法ってのもあるんだろう? それだとおもうんだよ」
「うーむ」
「それとボウズ、おまえにだから言えるんだが…笑うなよ。これは恋かも知れねえ」
「ワット?」
驚愕の発言に思わず英語で聞き返すコウヤ。
「あの姿を一目見たときから、酔っぱらったみたいに身体が熱くなってよ、俺の心臓がドキドキバクバクいってかなわねえんだ」
顔を赤らめてそう言ったバーガー。
男四十、遅咲きの恋であった。
* * *
「恋ねえ…」
休憩所のバーカウンター、シロップで甘く味付けしたミルクの入ったグラスを傾けながらコウヤは言ってみた。
あの後気になったので知り合いに聞いて回ったのだが、有名であるようで他の冒険者からも同じ様な話が出てきたのだ。
どうやら幻覚ではないのは確かだとして、その誰もが男女の性差を問わず皆うっとりとして語るのを見て、バーガーのライバルは多そうであるとコウヤは思った。
しかしコウヤの知る限りでは聞き出した特徴に合致するような女性の冒険者というのはいない。
…従って全く謎と言えた。
「もし、そこのお坊ちゃん」
「ん?」
そうやってぼんやりしていると声を掛けられ、回転椅子を回して振り向いた先にいたのは、黒いスーツを着た痩せぎすのノッポと小太りのチビの二人組。
「珍しいモンスターなどはご存じないですかね、じ、自分たちはこういう者何ですが」
「…珍獣ブローカー?」
差し出された名刺には、可愛らしい動物のイラストとともにそのように書かれているようだった。
「ご存じないですなあ」
「そうですか、では失礼しますです。はいぃ」
そう言って離れた二人組は今度は別の冒険者に聞き始め…手当たり次第に聞いて回っているらしい。
「…」
引っかかる様な何かを振り払うように、コウヤは氷の溶けて薄まったミルクを再び傾けた。
* * *
「とりあえず現れ始めた時期と出現する場所は割り出せた訳だが」
「おおー!」
日は変わって、翌日の休憩時間。
コウヤとバーガーは再び謎の女性を探すべく集まっていた。
「日によって現れる場所が決まってるから、今日はここに行けば会える可能性は高いぞ」
「何から何まですまねえな」
「乗りかかった船って奴だよ。それに、一度気になった事は最後まで調べないと気が済まないタチでさ」
元の世界ではウィキペディアが良き友だったコウヤである。
「てなわけで俺も付いていきたいと思うんだが…いいか?」
「もちろんだとも!」
そうして一行は鉱山の奥へと出発した。
…その十分後。
「さて、この辺りの筈だがっと」
そのポイントに到着したコウヤの〈シロガネ〉とバーガーは付近を捜索していた。
「じっくり探そうぜ、見落としがないように丁寧に…っと、お?!」
〈シロガネ〉のコウヤは早速発見したらしい。
…機体を転進させ、見つけたそれへと進ませる。
「おおお…おぉ?」
しかしそうして機体を接近させていくと、徐々にコウヤの表情は怪訝な物となっていった。
「どうした!?」
「いや、あれはなんと言えばいいものか…」
バーガーも、近づいてくるその姿を見ると目をまん丸とさせた。
「…なんだありゃ」
「なんだって、ありゃなあ」
ーーそれは人型のスライム。
「…?」
光が射して半透明のその身体が輝く中、相手もこちらを見て、その大きな目をまん丸とさせている。
…少女の姿態をしているそれを、とりあえずコウヤはスラ美(仮)と呼ぶことにしたが、
「正体見たり枯尾花とは言うけど、まさかスライムだとは…」
そう言いながら、コウヤはこの世にも珍しい人型のスライムをヴァリアント越しに観察する。
整った顔の造作や生き生きとした表情など、身体がスライムの特徴である半透明のゼリー状である以外は人間と遜色ない様子である。
「はあ、俺の胸の高鳴りもモンスターの気配を感じてのものだったのかね」
落胆するバーガー。
接近して〈シロガネ〉の手からバーガーを降ろすと、怖がる素振りもなくスラ美は近づいてきた。
「しかしどうする?」
「どうするったってなあ…」
「…」
興味深げな表情をして、じっとバーガーを見つめるスラ美。
「…♪」
その後バーガーの鼻をいきなり摘んでみたりして、笑い顔になった。
「ん!?」
「♪♪」
戸惑うバーガーを余所に、ころころと笑うスラ美。
…どうやらバーガーに懐いたらしい。
「こりゃあ手出しもできんと言うか」
「俺はあんたに任せるぜ」
「ならな…」
そして悩んだ末、二人はこのスライムを見逃すことにしたのである。
…それで話が丸く収まれば良かったのだが、
* * *
そうして何日かが過ぎていったある日。
休憩中のコウヤはスタンドで買ったホットドッグをモグモグと食べながら、これまでの事を振り返っていた。
あれからバーガーはスラ美の元に通っているらしく、彼と顔を会わせる度に、出る話題はスラ美の事ばかりだった。
…その時のバーガーの顔はまるで娘の事を話す父親のようで、
「日々此平穏かな…と」
そう言ってコウヤが感慨に浸っていると、
「なんだなんだ?」
「面白えモンみれるらしいぞ!」
そんなざわめきが聞こえてきた。
…平穏は破られたのだ。
* * *
「サーカス団か、金持ちのペットか、それとも研究所に持って行くか、…何にせよこれで金持ちだ!」
ざわめきの中、スラ美の入れられた頑丈な作りの檻の前で勝ち誇るチビ。
他の冒険者から話を聞いたらしいあの二人組がスラ美を捕まえてしまったのである。
「てめえ、何してる!!」
話を聞いて駆けつけたバーガーが怒鳴る。
「…返してもらおうか!」
「残念だがもう俺たちの物だ! こんな珍しいのは高く売れるだろうぜっけっけっ」
「何だと!」
周りの野次馬はケンカも花と言わんばかりに、遠巻きに面白そうに見るだけで何もしない。
「なんなら目に物みせてくれたっていいんだぞ!」
怒りが頂点に達して、バーガーは背中の剣に手を掛けた。
「なっ…相手は冒険者一人、捻り潰してやれ!」
言って、チビはレンタル屋で借りてきたらしき、相方の乗るトリエステ国産の作業用ヴァリアントである〈フォルゴーレ〉をけしかけてきた。
《こんな奴、ペチャンコにしてやる!》
そして立ちすくむバーガーに上げられた〈フォルゴーレ〉の足が降ろされようとした、…瞬間。
「はあっ!」
《んなっ!?》
駆けつけたコウヤの〈シロガネ〉、繰り出した蹴りを〈フォルゴーレ〉の出した足裏に当て仰け反らせたのだ。
《〈パラディン〉タイプ、軍用ヴァリアントが何故ここに!?》
その姿を認めた〈フォルゴーレ〉のノッポは、悲鳴のような声を上げてたじろいだ。
ーーそうして出来た、一瞬の隙。
見逃すコウヤではない。
「せええええぃ!」
〈シロガネ〉を機動させ、一気に〈フォルゴーレ〉を取り押さえたのだった。
「今の内にスラ美を!」
「おお!」
立ち直り歩を踏み出し掛けたバーガー、
「待て!」
その声の元を見ると、チビが檻の中のスラ美に向けて、構えたクロスボウを向けている。
「こ、これ以上近づくとどうなるか分かってるだろうな!」
…往生際の悪い悪党の典型と言えた。
「…?」
するとスラ美は、不思議そうに鉄格子をつついた後、身体を液状化させて檻から溶け出てしまったのである。
そうしてチビの隣に現れたスラ美。
「♪」
「ひいっば、化け物!」
困惑した様子のスラ美に、興奮したチビがクロスボウを再度向けた…そして、
「! やめーー」
言い切る前に矢は放たれ、
ーーぴちゃん、という音とともに彼女の身体が弾けた。
「…っ!」
そして彼女の身体だった物が水たまりのような染みを地面に作って…消えた。
「ーーこっこの野郎!」
「…うおおっ!」
絶叫とともに剣を抜いたバーガーがチビの眼前に迫る。
「待て、バーガー!」
叫ぶコウヤ。
「…っ! …殺されたくなければ俺の前からとっとと失せろ!!」
「ひ、ひぃ!」
腰を抜かしたチビの前で、寸での所で自制が効いたらしい。
そこに騒ぎを知った鉱山派出所の警官たちが駆けつけ、チビとヴァリアントから出たノッポをひっ捕らえていった。
ーー後に残されたのは呆然とするバーガーとコウヤ。
「…こんなのってありかよー!」
虚しさにコウヤがそう叫んだ…その時。
地面に水たまりの様な物が浮き上がると、そこからスラ美が現れたのだ。
「! ああっ!!」
驚くバーガー。
「…?」
どうもびっくりして地面の中に隠れていたらしい。
「な、なんだよ、心配させやがってよーっ…」
そう言うコウヤの目には安堵からか涙が滲んでいた。
* * *
そして数日後。
コウヤは鉱山の入り口までバーガーの見送りに来ていた。
…バーガーはスラ美を連れて田舎に帰ることにしたのだ。
「…最後まで面倒掛けたな」
「水くさいこと言うなよオッサン」
照れくさそうに顔を赤くして鼻を掻くバーガーにそう返すコウヤ。
冒険者を辞めて、食っていくのはどうするんだと聞くと、郷里の両親の家業である農家を継ぐとのことだった。
「スラ美もすっかりお洒落しちゃってさあ」
「似合うだろう?」
その言葉に満面の笑顔をしたスラ美。
そのスラ美の衣装は白のワンピースに麦わら帽子という格好で、中々に似合っていた。
「…それじゃあな」
「おうよ、ボウズも元気でやれよ」
「ああ!」
そう言って待たせていた馬車に乗り込んだ二人。
…出発する馬車。
「お幸せに!」
コウヤは手を振りながら、二人の幸せを願ったのだった。




