エルオーネの微笑み
「姉様、姉様!」
「おっ」
少年との一時の別れを済ませた妹・ノエルが帰ってきた事に、姉であるエルオーネ・レーエンヴェルト・ウェレスシアその人は顔を上げた。
別れの挨拶は邸宅の玄関前で終える筈だったのだが、名残惜しんだノエルは正門の所まで見送りに行っていたのである。…それにしても彼女は溌剌とした様子に輝いている様で?
「姉様。おまじない、ぎゅ〜ってしてきた!」
「おおっ、そうか!」
それを聞いたエルオーネの顔も笑顔になる。
次の瞬間にはノエルの頭をくりくりと撫でてやって、
「そうら!」
「きゃあっ!」
そして抱き寄せた。
「ふふっ、おまじないだ」
「姉様ーっ」
おまじないというのはこの姉妹の間のとある教えによる物である。
具体的には、親しい相手をぎゅっ、と抱きしめること。
由来は無くはないが、これは中々良いまじないだとエルオーネは考えている。…実践として同姓の友達達にも良くするのだが、その度に彼女たちがぽっと顔を赤らめるのがよく分からないのではあるけど。
「んふふ」
「えへーっ」
抱き寄せたまま良い匂いのするノエルの髪に顔を埋めて、エルオーネはその香りを堪能していた。…そしてそんな時ふと、気づいたように顔を離して、妹の顔を見た。
「姉様?」
「…」
…妹の大きな瞳を見つめる。
……失踪の報を受けてとんぼ返りしようとしていた所への妹の帰還。
今回の事件はノエルが無事、こうして帰ってこれたから事なきを得たのだ。
こんな事を引き起こした精霊様の試練も意地が悪いが、全く役に立たなかった護衛騎士達の情け無さにも頭を抱える一件だった。
そして、
「……うむっ」
ーーそれはともかくとして、妹に友人が出来た。
これは目出度い。喜ばしい事である。真冬の凍った湖の上で裸踊りをしても良い位密かにエルオーネは浮かれていた。
相手はここまでノエルを送り届けてくれた恩人でもある、ヴァリアント〈パラディン〉の使い手の少年。
お姫様の危機を聖騎士が助けるなんて、実にロマンチックだろう。
しかもここに辿り着くまでの二日間の間、宿屋に泊まっていっしょに温泉に入ったり、襲いかかるピンチを機転と勇気で切り抜けたり…
ーー…羨ましい。
そんな楽しそうな体験をしてきた妹をちょっと、ほんのちょっとだけ羨むエルオーネだ。
「…」
…そして話の本題はその友人にあった。
エルオーネの元に帰ってきたその日の夜、
自分の体験してきた事を実に嬉しそうに話してくれた妹・ノエル。
…しかし、最後にその表情が曇ったのである。
それは少年との別れ。
一時の出会いと割り切って諦めると言うのも考えた様だが…それは我が妹らしく無い。
迷う妹へ、どうしたいか、を尋ねた所、返ってきたのが、彼と友達で居続けるにはどうしたら良いか、と言う悩み。
引っ込み思案の妹に春が来た!
その時、思わずエルオーネはガッツポーズをしたのである。
そうと聞いたのならば話は早い。
ーーたった一人の家族の幸せ。
その為ならば例え火の中水の中、どこまでもエルオーネは骨を砕くつもりである。
「姉は深謀遠慮の中にいるのだ」
「?」
ともあれ、そんな事情からエルオーネは侍従長以下百戦錬磨のメイド達を召集。一晩掛けた接待攻勢の末、少年の連れの少女からあらかたの情報を聞き出したのだ。
…妹が向かうべき目的地はトリエステの、ベルデ。
この事件が起こる前はノエルの学校探しを行っていたので、さらに都合は良いと言えた。
既に外交ルートでトリエステ政府には伝えてあり、その返答を待つまでもなく、今は休み明けにも出発出来る状態だ。
「バッチリだな!」
「うん!」
頷き合う姉妹。
なにせもうすぐ少年に会えるのだ。
それを待ち遠しげにする妹の笑顔に、釣られてエルオーネも満面の笑顔になる。
そのままノエルを抱き抱えようとして…不意に、
「…あっ」
……思い出した。
馬車に乗り込む両親を見送った、最後の思い出が…
「…縁起でも無いな」
「どうしたの?」
「ん? 何でもないよ」
じっと、妹の顔を覗くエルオーネ。
…まあ、でも、
「妹よ!」
「わあ!」
そう思うや否や、エルオーネはさらにノエルを抱き込んだ。
…もうすぐ再び離れてしまう、手元の小さな温もりを身体に刻む様に。
* * *
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