リリスの戸惑い
ーーーー……‥‥
…今日も夢を見る。
ーーーーー……‥‥‥
いつもと変わらない、あの夢を…
ーーーーーーー………‥‥‥‥
「…」
目を開けると、そこには天井があった。
…家に帰った後、ベッドの上で休んでいたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
カーテン越しの窓の向こう。そこには沈み掛けた夕日が最後の輝きを放っていて、枕の上のリリスの顔に西日のヴェールを描いていた。
「…」
…寝ていたのは三十分位だろうか。
はあ、とため息にもならない吐息を吐いて、少女はゆっくりと上体を起こした。
「……」
少女の名前はリリス・ドローイット。
至って普通の、小学二年生の女の子…と名乗りたいが実体は違う。
その小さな身体に秘められた果てしなく重い因果が祟って、現在なんとトリエステ政府直属のエージェントなんて商売をやっている。
そうなるにも迂遠な道行きが有ったのだが…その事情は色々、だ。
「…」
利き手を握っては開いて、そうしながら今日一日の出来事を振り返る。
「……」
…今日はあの少女と友達になった日だ。
自分の出生の経緯ほど面白可笑しい物はないとブラックな冷笑が漏れるリリスであったが、ここ数日はとにかく出鱈目に過ぎた。
例の少年の護衛が決まってから、今日までの日々。変質者に狙われて自分の力を利用されるわ、挙げ句の果てに護衛対象の少年に助けられるという本末転倒。
そう…弱みを握られた結果だ。
今日なんてのは只その時の約束を果たしただけに過ぎない。そう、約束。
…ーー約束…
その単語がいつまでもリリスの心に響いていて、しかも少年の笑顔を思い出すとそれが離れない。
…そして沸き上がる感情。
「………?」
なんというか、この感情は今までに感じたことの無い物で、強いて言えばルクレシアと接する時に感じる物に近い気がするけどやっぱり違うし、
ーーもしや、これは…
「……!!!?」
いけない、よく分からないけど何かがいけない気がしてブンブンと頭を振り払うリリス。
自分でも分からない内に真っ赤に火照っていたらしい顔を無理矢理冷却して(違う、そうじゃない)、どきどきと高鳴る心臓を無理矢理堪えて…(そんな訳は)
「…………、」
知らずの内に、手をギュ、と握り込んでいたらしい。
それを柔らかく離してから、再びベッドに横になり、…身体を緩く丸めてみる。
「‥」
枕を寄せて横顔を乗せると、まだほっぺたが熱かった。
けれどもいつもの自分には戻った。そう、いつも通りの…
「……んん」
…少年を護ること。
今の自分の存在価値はそれしか無いのだ。
そう、自分に言い聞かせるように、伝えられた任務のその時の台詞を一字違わず思い返す。
「……」
氷の底なし沼に自分から浸かって行く様な感覚に覆われ切って…
「リリスちゃーん?」
「!」
そんな時聞こえてきたルクレシアの声。
「…」
…おかしい。今日は通常通りの勤務でこんな早く帰ってくる筈は、
「お夕食出来たわよー!」
「……あ」
……そういえば、今日はお祝いをすると言う話だった。ーーしかしその理由が、思い出せない。
* * *
国営住宅のアパートの中でも上等と通常の中間と言った風情の一室。
越してきて日が浅いので家具の配置も終わっていないその居間に、寝室から出てきたリリスは小さなテーブルに広げられたそれを見て、驚きに言葉を失っていた。
「……これは」
「? リリスちゃんが好きなショートケーキよ。親切な教諭さんに教えて貰ったの!」
確かに目の前にローストチキン等のご馳走と並んで置かれてあるのは苺の載ったショートケーキである。しかも大のホールケーキ。
(…ごくり)
それはリリスの数少ない好物の内の一つであるが、それにしても…
「何か、あったっけ」
「それはねえ…」
一拍、ルクレシアは置いて、
「あなたにお友達が出来たから!」
「…!」
その瞬間リリスの中に、今日一日のアリシアとの時間の、今までのルクレシアと過ごした日々の、あの日のコウヤとのふれあいの記憶が花が咲く様に駆けめぐった。
「あっ…」
目を見開いて、…ただ記憶の爆発が収まるのをリリスは待つしかなかった。
「どうしたのリリスちゃん? …まさか嫌だったりとか」
「そんなことない! そうじゃないっ…絶対に…」
「そ、そう?」
こくりと頷きながら、リリスはすぅ、と息を吸って、
「ルクレシア」
「なあに?」
「…食べよっ」
リリスは下手くそな微笑みを浮かべて見せた。
* * *
無表情っ娘の笑顔=priceres




