転入生は…
…退院したアリシアが登校した初日。
席に座ったアリシアはしばらくぶりである同級生達に囲まれていたのだが、朝の学活が始まり皆は散り散りになっていった。
「はーいみんな席に着きましたねー。それではみんなの新しい先生と仲間を紹介します」
そういって、やる気のなさそうな若い女の教師が、入ってきた二人をそれぞれ指し示した。
「保健を担当するルクレシア先生と、みんなの仲間になるリリス・ドローイットちゃんです。仲良くするように!」
「…よろしく」
ひんやりとした声でリリスと呼ばれた少女はそう言った。
* * *
所変わってベルデの鉱山。
崩落した坑道を再び再建している、その工事の先端部。そこに小田桐コウヤの乗る白い〈パラディン〉の姿があった。
「ひのきのぼう振り回していた時代もありました…今では立派なヴァリアント持ち、向かう所に(物理的に)敵無し!」
つまんねーっ! とコウヤ。
《バカ言ってねえで真面目に掘りやがれ!》
「は、はぃい」
叱られて、削岩ドリルを持つその手を再び目の前の地面へと向かわせる。
正式にギルド員となったコウヤは、本格的にギルドから回されてくる仕事を受けるようになっていた。
ーー一刻も早く、遺跡にたどり着くために。
その思いがコウヤを駆り立てていたのは間違いない。
* * *
「へーっ、転入生かあ」
「そうなの。リリスちゃんって言うんだって!」
その日の昼、三時過ぎ。それぞれ帰ってきたアリシアとコウヤはおやつの時間を満喫していた。
「それでねー、あなたの〈パラディン〉の名前、考えてきたよっ!」
ドーナツを持ったその手を離して、じゃーん! と見せたノートの一ページには、入院中に教えた、失礼ながら下手くそなカタカナで、大きく“シロガネ”と書かれていた。
「こないだ教えてくれたけど、あなたの故郷の古い言葉でシルバーの意味なんでしょ! 白い色だからぴったりかなーっと思って」
「おー! いーじゃーん!!」
「でしょでしょ!」
「〈シロガネ〉かあ、かーっくいーっ!」
疲れているためかコウヤはハイテンションでノリノリである。
そうしてドーナツをかじりながら午後のゆったりとした時間は過ぎていったのだが、
…そこにノックの音がこんこんと叩かれた。
「なんだあ?」
「お客さんかなあ」
疑問を口にしつつドアを開けると、そこには銀髪のショートとアリシアの学校の制服という出で立ちの同年代の少女が一人。
「…」
「あっ、リリスちゃん!!」
アリシアが喜びを隠さず言った。
「へー、お前がリリスってえのか」
見てみると、結構な美少女であるとコウヤは思ったのである。
しばらくそうしてリリスとコウヤは無言で見つめ合っていたのだが、
「…異常なし」
「ん?」
そう一言だけ言うと、リリスは扉を閉め行ってしまった。
「…なんだったんだろ」
「さあ」
疑問だけが残った昼下がりである。
* * *
時計は進んでその日の夜、一眠りしたコウヤは近くの商店まで嗜好品の買い出しのため猫の足跡亭を出ていた。
そして商店での買い物を終え、今は品物の入った紙袋を抱えて帰る途中であった。
…春の夜である。
寒くない程度に涼しい夜風が心地よい。
梯子している最中らしい羽目を外してベロンベロンになった冒険者の一団ともすれ違いながら、そうして猫の足跡亭までの最短ルートに入り、街灯が照らす誰も居ない夜道を歩いていたのであるが、
「おぼっちゃん」
「ん?」
振り向くと、サングラスにマスク、フード付きパーカーなどの、いかにも私が不審者ですと言わんばかりの格好の男が一人。
春になると不審者も増えるというどっかで聞いた話を思い出しつつ身構えるコウヤ。
「…お菓子欲しいだろう。すこーし私と一緒についてきて欲しい場所があるんだが、どうかな?」
「やだ」
即答だった。
「お、お父さんとお母さんが事故にあってしまったんだよ、急いで君を連れてくるようにといわれて」
「父も母もいないんすけど」
この世界には、である。
…何処かから犬の吠える声が聞こえてくる。
「な、なにやら不憫で手強い子供だな。…いいだろう、この私の名にかけて、君は私についてきてもらわなければいけないのだよ。分かるかな?」
そう言いながらにじり寄る不審者。
「…それ以上近づくと叫びますよ」
「上等だ! 後がない大人の怖さというのを教えてやる!!」
「なっ!」
コウヤは襲われた。
* * *
少女は困惑している。
自分を狙って来ている者共がいるらしいというのはルクレシアから聞いていたが、まさか護衛対象の方にその矛先が及んでしまうとは想定外であった。
己の考えの浅さとかそう言うのに辟易としつつ、少女はこの場で己がとるべき行動を考える。
そうしている内に眼下にいる護衛対象ーーコウヤ・オダギリという少年ーーが両手足を縛られ、何処かに連れ去られようとしていた。
ーー時間はない。
まずは第一に対象の安全を確保すること、そう思って少女は魔法の詠唱を始めた。
* * *
「フハぁハハハハ!」
不審者が勝ち鬨をあげる中、コウヤは両手足を縛られ転がされていた。
「むー!」
(畜生、ヴァリアントがあればこんな奴!)
猿轡をさせられ喋ることもできない。
「コイツを餌にすれば絶対に奴は食いつくだろう。作戦の第一段階は終了だ。だが…このまま連れ帰りたい所だが気が変わった。貴様も興味深いからこの場でデータ収集してやる!」
そう男が言うや否や、両手両足を縛られた状態で抵抗できるわけもなく、目にも留まらぬ早業でいよいよ最後の一枚まで服を破かれたコウヤ。
「むがー!」
「ふっふっふ、ええじゃないかええじゃないか…」
そのまま男が最後の一枚に取りかかろうとした、まさにその時、そこに飛来してきた魔法弾が着弾。
「「ぐわーーっ!!」」
炸裂した大火力によって諸共吹き飛ばされ、もんどりうつコウヤ。
そしてついにその瞬間、下半身を守る最後の一枚が裂けてしまった!
猿轡も外れ、見ると吹き飛ばされてきたそこはリリスの目の前であって、
「どうもこんにちは」
「どこに向かって挨拶しとるんじゃい?!」
リリスはしばし考え込み、
「…股間?」
「やめなさい!」
心からの叫びだった。
「今日のところは見逃してやる!」
その隙に、そう吐き捨てて逃走を図る不審者の後ろ姿に向かって、無慈悲に収束魔法の一撃を加えたリリス。
「ぬわーっ!!!」
絶叫を上げながら地平線の彼方まで吹き飛ばされていく不審者。
…これでしばらくは安心だといいのだが。
コウヤも少しばかり溜飲を下げることができた。
ーーそれはともかくとして、
「ま、魔法使えるんだな」
それにしてもこんな大火力なのはコウヤのイメージとは離れていたが。
「…通りすがりです」
「そうだろうとも。ともあれ助けてくれてあんがとな」
「…」
無言のまま、リリスはコクリと頷いた。
と、そこにコウヤの名前を呼ぶ人声。
「! おーい!」
余りにも帰るのが遅いためアリシアが探しにきたのである。が…
「なにしてたのって、わわわ、コウヤが変態さんになっちゃった!」
慄くアリシア。
そよぐ春風の中、そこでコウヤは自身がすっぽんぽんである事を思い出した。
* * *




