トーマスの思案
ある日の午後。ベルデ鉱山の総責任者であるトーマス・ベルコットは、昼休みだと言うのに一人自身のオフィスに居残って考えを巡らせていた。
「…」
まあその事自体はトーマスには珍しくない事だった。
重要な決定だとかそういうのを考える時、決まって一人きりになって考えに没頭するのがこの人物の習慣なのだ。
加えて現在、ベルデ鉱山は先日の地震によって甚大な被害を被っており、それは非常に頭が痛い問題であろう。
…しかし、今回考えていたのは鉱山の事では無かった。
「…ふうむ」
考えているのは、『遺跡で見つかった少年』こと、この作品の主人公である小田桐コウヤの事である。
「……」
まず少年、コウヤ・オダギリの事情をおさらいしよう。
トーマスが把握している限りでは、先月の始めにベルデ鉱山内部の地下遺跡に於いて、その日偶然に鉱山を探検していた少女、アリシア・コートベルグによって保護された。
その少女の説明によれば、少年は遺跡の祭壇上に光と共に現れ、それはまるで召喚魔法による物の様だったとの事である。
少年自身による説明も興味深かったが…、まあこれの判断は保留だ。
十五の少年が外見年齢八歳の姿になったと言うのは持続性の変化魔法にしても眉唾だったし、現状の方が便宜が図りやすいというのもあった。
そして便宜を図った結果として、少年はトーマスの馴染みであるとある宿屋の主人に預かられる事となり、それからは同じくその宿屋に預かられている少女アリシアに誘われて、遺跡を目指して度々鉱山を訪れる様になったと言う。
そして三回目の鉱山探検の日…事件が発生。
ゴブリンの襲撃を受けるなどの危機もあった様だが、地震で崩落する鉱山から、二人は見事生還してみせたのだ。
その後は遺跡に拘りが有るらしい少年を、トーマスは自身も所属する鉱山開発ギルドへと誘い……そして今日は、彼のギルド員としての出勤の第一日目であった。
「ふう」
ここまで振り返ってみて、そこでトーマスは自身の懸案とする事柄について一層考えを捻る事になる。
ーーそれは、遺跡と、少年の関係性だ。
「……」
事務員のおばちゃんが休憩前に煎れてくれたカップの紅茶を傾けて、先程摘んだビスケットの味を洗い流したトーマスである。
一息ついた所で、“遺跡”の話をしよう。
そもそも、であるが、考古趣味を拗らせた結果として世界中を飛び回っているーーこの鉱山のオーナーにして、トーマス自身の親友でもあるーーアリシアの両親に影響されて、自身にもそういう趣味が無きにしも非ず。
酒の席なり茶の席なりでも構わずその話題をしてくる彼、彼女によって、トーマスも多少は詳しくなってしまったのだ。
「…ふふっ」
思い出して、思わず苦笑がトーマスの口から漏れ出る。
…話を戻して、その僅かながらの知識によれば、である。通常、このルクドニア世界に於ける〈遺跡〉と言うのは発見と同時に必ず何かしらのオーパーツなりの“遺産”が見つかって、そのオーパーツの存在は直にこの世界に変革をもたらして来た。
例えばヴァリアント。これも、大本を辿れば遺跡で偶然に発見された超古代の人型遊具を解析して量産化した物なのである。
この様に絶大な影響力を持つ〈遺跡〉は国家にとっても重要な位置づけであり、時には戦争になる程の争奪に至る事も珍しくない。
「………」
・・・・・・
…だが、あの遺跡には何も無かった。
何も無かったというのは文字通りの意味で、あのベルデの“遺跡”には、発見と同時に見つかるだろうオーパーツなり財宝なりの遺産というのが、不思議な事に全く何も確認されなかったのだ。
期待が大きかっただけにその時の衝撃たるや、当時のトリエステの首相がショックで鬱病になる程だったと言う。
それが今から百七十年前の事であったが、その後は三十年程前に地震によって遺跡への道が埋没し、一年掛けて復旧。現在は場末の観光コースとして、細々と地元の人間が物見遊山に行く程度の存在でしか無かった。
「…」
それが今になって、である。少年の出現もそうだが、もしかしたらあの地震も、遺跡の隠された機能に原因するのではないか?
そして、見つからなかった遺産の存在。
…もし、あの少年が遺産その物だとするならば。
「…ふむ」
まあ、大変に興味深いだろうな、と思って再びカップを口に付けた…が、空だった。
「……、」
少しばつが悪そうに、ポットの茶をカップに注ぎながら、トーマスは考えの纏めに掛かった。
…今回の件、慣例に従ってギルド本部の然るべき部署に子細の報告をした所、どう言う訳か政府の情報部門…それも軍事筋に近い所だ。そこが興味を示したらしい。
この国の情報部門と言えば遺跡の研究も行っているからまあ妥当と言えばそうなのかも知れないが、問題はその対処の仕方である。
精神のケアにスタッフを連れてくるのならまあ分かるとして、そうではなく少年の護衛と監視の為に、極秘に精鋭のエージェントを派遣するというのだから…まあ並ならぬ関心の持ちようと言える。
妙な事には成らないとは念押しされたが、何かが起ころうとしても、まあ、そこはレイチェルの事だ。なぜあの少年を託したのか、聡明な彼女はその意図は察してくれているだろう。
「……」
そこで再度少年の事を考える。
今日一日、トーマスは指導役としてコウヤと付きっきりにいた訳だが、その感想としては以前会話した時とさして変わらず、至って普通の少年だと思ったのである。
まあ多少は人に好かれやすい質だろうとは思ったがそれだけで、特に遺跡から現れたから…と言う様なのは無かったのだ。
そんな訳だから、トーマスの小さな友人であるあの少女ーーアリシアーーも、得意の元気さによってすっかり少年と親しくなる事が出来たらしい。
良き友人、家族同然に過ごしている事は少年と少女のお互いの話しぶりから伺う事が出来たし、そして少女が多分に少年を意識している様なのは、それは、少年の由来を自分の出生と重ねている部分も少なからずあるのだろう。
その彼、彼女の出会いが善き物であったと、そしてこれからの彼らの出会いにも思いを馳せて…
「………」
ーー願わくば、女神の祝福が彼らの前途にあらん事を。




