17話
ものすごい騒ぎだった。なんでこうなったのかというと、映画会社が映画の宣伝のつもりで有紗と瑛の噂を流した。だが拙いことに一部のマスコミが二人の写真を押さえていたのだ。最近のものではない。もちろん、眞幌とつきあう前のものだが、周りは飛びついた。
まさか証拠写真まであがってしまうとは、映画会社の方も誤算だったに違いない。適当にごまかすはずの会見が、証拠を突き出されて言い訳が聞かなくなった。会見はめちゃくちゃで、収拾がつかなくなった。
これがどう影響するのかわからないが、映画会社は頭が痛いだろう。 だが自分たちの蒔いた種だ。このことに一番激怒したのは瑛だった。そんな裏工作など聞いていなかったからだ。なんて余計な真似をしてくれたのか。
しかも事前に聞かされていなかった瑛にとっては寝耳に水の話だ。ひと言の断りもなく。これが映画の制作前なら、間違いなく瑛は怒ってこの仕事を降りただろう。だがほとんど撮影は終わってしまっている。
有紗とつきあっていたのは事実だ。以前の瑛なら笑って認めたかも知れないし、鼻先であしらったかも知れない。だが、今は違う。眞幌の耳にはいる。しかも夕べの会話で今日の会見を見ていた可能性がある。こんな形で耳に入れたくなかった。
眞幌も以前の瑛の行状は知っている。周りの人間で知らないものは居ないし、瑛自身もそれとなく正直に話したこともある。けれど、こんな具体的な形で目の前に突き出されるのはショックなはずだ。 自分だって、崇埜の写真一つであんなに逆上したのだ。こうなるならせめて自分の口から前もって説明しておきたかった。少なくとも昨日の時点で知っていたなら。瑛は後悔しきれなかった。
はたして部屋に帰ると、眞幌の姿は消えていた。呆然と部屋を見渡した後、会見のあと電話もしなかったことを思い出す。電話でなど言い訳をしたくなかった。あのあと、事態の収拾に追われ、プロデューサーやプロモーターに詰め寄った後、やっと解放されたのは夜だった。
眞幌が午後の会見の後どうしていたのかわからない。自分の方は息つく暇もなかったが、眞幌はこの部屋で嫌というほど考える時間があっただろう。
「眞幌……」
どうしたものか、と途方に暮れた。そのとき何気なく自分の携帯を取り出して見た。留守電が入っている。この騒ぎで携帯を見ることもなかった。すぐに帰ることしか考えてなかったからだ。急いで再生すると、
『瑛か……家に帰ったか?ならどういう状態かわかるな。眞幌はこっちにいる。すぐに来い』
桜井からの伝言だった。
「社長」
瑛はそのままマンションを飛び出して事務所に向かった。
瑛はまっすぐに社長室に向かった。 夜遅い時間ではさすがにビルの中に人気は少ない。このビルには芸能界のあらゆるものが詰め込まれている。所属するスタッフは歌手や俳優、芸人、ミュージシャン、表舞台に立つタレントからマネージャーやプロデューサー、照明や音響のプロなど裏方の仕事に就く人間。映画や舞台は制作だけでなく、外国からの輸入や配給まであらゆる業種をこなす。
そして地下にはレコーディングスタジオ、レッスンスタジオ、トレーニング室にリハーサル室。他に会議室に会見室。そして住む場所が決まらない新人を住まわせる、ホテル並みの施設まである。ここに籍がある芸能人はマネージメントを頼まれている、文化人やスポーツ選手なども含め百人近い。
彼らのために働くスタッフはその三倍はいるだろう。かなり大きな事務所(会社)だった。それを一人で率いているのは、桜井だ。まだ五十代、六十歳にはなっていないと思う。貫禄はあるが、年齢よりは若く見える。
若い頃から大手のプロダクションでマネージャーをやっていた彼は、三十代の頃から業界では有名なマネージャーだったらしい。タレントを必ず大成させる。目利きもいいと、有名だったらしいが、彼は突然クビになり数年後にこの事務所を設立した。
その原因が葉月怜ともうひとり神崎徹だと言うことは、この業界では有名な話だ。長いこと現場を離れている桜井だが、いまでも怜と徹にとってはトップマネージャーの立場を貫く桜井だった。
ここのタレントにとっては桜井は雲の上の人間だ。他の大手の、普通の会社の社長の立場と変わらない。けれど瑛は別格だった。瑛を歌手として再スカウトしたのは桜井だった。桜井が直接プロデュースしたといってもいい。
久しぶりに桜井が現場で直接スカウトしたタレントと言うこともあるし、葉月怜に目をかけて貰っているという立場もある。若い所属タレントの中では唯一、社長室に気軽に出入りする人間だった。
社長はそこにいた。部屋の電気は落とされていて、デスクの明かりだけがついていた。 だが大きな窓からは東京の夜景が望めてそれなりに明るかった。
「社長……」
瑛もさすがにここへ来るまでに頭は冷えていた。眞幌がここにいるという安心感もあった。これから落ち着いて眞幌と話さなければならない。
「瑛か……早かったな」
そう言って桜井が振り向いた。




