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太陽が笑えば、それでいい  作者: 水前寺鯉太郎


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9/12

番号を持つ先輩たち


 おやおや、人間第一号さん。

 今日も、規律正しく(ちゃんと)目を覚ましましたか?

 最近の彼女には、奇妙な朝の儀式が加わりました。赤ちゃん太陽がその巨大な睫毛を震わせる直前、ドームの冷たい薄闇の中で、彼女は枕の下をそっと探るのです。

 なぜそうするのか、今の彼女に説明する言葉はありません。けれど、夜の間に自分の中から零れ落ちた「重たい何か」が、そこに結晶となって溜まっている――その予感だけが、空洞になった胸を微かに震わせるのです。

 予感。それは言葉よりも深く、魂の根雪のような場所に生まれるもの。

 だからこそ、ポヨたちの甘いビスケットでも、完全には溶かしきることができません。

 掌に転がったのは、三つの小さな、硬い、パステルピンクの「粒」。

 一昨日の「ありがとう」。昨日の「水前寺」という氏名。そして今朝、新しく生まれた一粒。

 それは、彼女が眠っている間に、もはや流す術を忘れたはずの涙が、この世界の空気に触れて凍りついた「雪の朝の残像」でした。

 

「一号、なにしてるの? ダンスの時間が始まっちゃうよ!」

 ミチが弾むような声で呼びかけます。

 彼女は慌てて粒をポケットに隠しました。カチ、カチ。

 それは、パステルカラーの静寂の中で、場違いなほど「硬質な生」の音を立てています。

 ふと見下ろした自身の脚。膝下までだったポヨの肌は、今や太ももの付け根まで滑らかに侵食していました。「ここまでが人間」という境界線が、霧散していく心地よい恐怖。

 その日の午後、ドコが「新しいお片付け」を提案しました。

 向かったのは、丘の最果て。赤ちゃん太陽が「見たくないもの」から視線を逸らすように、ほんのりと陰る場所。

 そこには、色が剥げ落ち、灰色の石像のように沈黙するドームが並んでいました。

「ここはね、ポヨになりきれなかった『失敗作』たちの場所だよ」

 ドコが事務的に手帳をめくります。

 『第二号』の、ひび割れた眼鏡。そのレンズの縁にだけ、生々しく残る誰かの「指紋」。

 『第三号』のポシェット。中には「○○○○の」と、消えかけた文字で書かれた紙切れ。

 『第四号』の入口に揃えられた、子供サイズの靴、片方だけ。

 

 彼らは、ポヨになる最後の一歩で、自分から人間を辞めることを「拒絶」してしまった人たち。

 この丘において、それは唯一の人間としての「勝利」であり、同時に永遠の「停止」を意味します。誰にも賞賛されず、ただ色が抜けて、風景の一部として片付けられるのを待つだけの、静かな敗北者たち。

 ガタが銀のラッパを吹き、それらを無慈悲な砂へと変えていきます。

 その音色は、かつての友を弔うようでもあり、選べなかった未来を悼むようでもありました。

 人間第一号は、その光景をぼんやりと眺め、ふと思いました。

 (……この人たちは、何を信じるのを辞めたんだろう)

 その問いが浮かんだ瞬間、ポケットの中の粒が、脈打つように熱を帯びました。

 ドコの冷徹な瞳が、彼女のポケットを一瞥します。

 「第一号、不純物の保持。監視レベルを一段階引き上げ」

 ドコが手帳に書き込んだその文字は、彼女には読めません。けれど、彼が向けた視線の冷たさだけが、彼女の胸に「警告」として刻まれました。

 その夜、彼女は独り、枕の下の粒を耳に寄せました。

 (……お・か・あ・さ・ん……)

 一番新しい粒が、震える小さな声で囁きました。それは五歳の子供のような、雪の朝に片方の手袋をはめた誰かの、最期の呼気。

 「おかあさん」。

 それは、クボを絶望させた「悪い言葉」。意味はもう、引き出しの奥で腐り果てて見つかりません。

 けれど。

「……っ」

 

 胸の奥が、千切れるように痛みました。

 意味が消えても、温度だけが残っている。

 彼女の太ももまで染まったピンクの肌が、一瞬だけ、かつての青白い「人間」の質感を取り戻そうとして――激しく明滅し、再びパステルカラーに塗りつぶされました。

 その明滅の合間、彼女のお腹に、砂嵐を映すモニターの四角い輪郭が、死の宣告のように浮かび上がりました。

 

 彼女は、粒を両手で包み込みました。

 粒は彼女の流した涙を吸い込み、毒々しいほど鮮やかな色を宿していく。

 「停止」した先輩たちも、こんな痛みを抱えていたのでしょうか。

 それとも、この痛みこそが、彼女を「停止」から救う唯一の毒なのでしょうか。

 私は、知っています。

 人間第一号さん。あなたが隠しているその粒は、いつかこの丘のシステムを根底から焼き切る、呪いの種火だということを。

 ポヨたちも、赤ちゃん太陽も、まだその真実を知りません。

 

 ……いえ。

 私は、今、何を言おうとしたのでしょう。

 知っているはずの「結末」が、指の間から砂のように零れ落ちていく。

 語るべき言葉が、私の喉の奥で、カチ、カチ、と音を立てて硬質化していく。

 私はナレーター。この物語の管理人。

 なのに、なぜ……。

 なぜ、私の胸も、こんなに「痛む」のでしょう?

 

 さよなら、さよなら。

 意味を失った言葉が、逆流してくる夜に。

 そして、語りわたしの輪郭までもが、パステルカラーの霧に溶け始める、残酷な夜に。

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