同じ歌を、ずっと歌う人
おやおや。
人間第一号さん、今日は少し耳を塞ぎたくなっているようですね。
パステルカラーの草原に、朝から晩まで、溝の潰れたレコードのように同じ旋律が降り注いでいます。
「おひさま、まるい。おか、やわらかい。きょうは、きょう。きょうは、きょう」
声の主は、丘の真ん中で、三歩進んで二歩下がる奇妙な円舞を舞い続ける、「第六号」。
四十代を過ぎたあたりの、痩せぎすな、けれど聖者のように穏やかな表情の男。
彼がどれほどの年月、この無意味な楕円を描き続けてきたのか。それは、数の概念を返上した彼女には測りようもありません。
けれど、彼の足元――芝生が剥げ落ち、泥が露出したその「楕円の傷跡」だけが、彼が積み上げてきた停滞の深さを物語っていました。それは、誰にも届かない、沈黙のための作品。
「……あしたも、その歌を歌うんですか?」
亜紀子の問いに、第六号はステップを止めず、虚ろな、しかし一点の曇りもない双眸で彼女を射抜きました。
「あした? ……あしたって、なあに?」
彼は首を傾げる。その動作さえも、四小節のリズムの一部。
彼にはもう、「未来」という病は残っていません。想像力――あり得たかもしれない別の世界を夢見る能力を、彼はすべて太陽へと捧げた。
彼にとって、世界はこの呼吸の瞬間で完結している。
その時。彼の口元から、透き通ったシャボン玉のような粒が、ふわりとこぼれ落ちました。
それは軽やかで、けれど、地表の何よりも不吉な色を放ちながら、亜紀子の方へと漂ってくる。
人間第一号がそれを手にした瞬間。
(……か・も・し・れ・な・い……)
十個目の粒が、彼女の脳細胞に「可能性」という名の劇薬を流し込みました。
「――ッ、ああああああ!!」
彼女は頭を抱えてのたうち回りました。
濁流となって押し寄せる、あり得たかもしれない地獄の断片。
(お母さんが、今も私の遺体を探して川辺を彷徨っているかもしれない)
(私がここで、一号、二号と番号を数えられながら、永遠に飼育されるのかもしれない)
想像力の針が、彼女の心を蜂の巣にする。
けれど、真の地獄は「悪い未来」ではありませんでした。
(もしかしたら、もう一度、お母さんの温かな腕に帰れるかもしれない)
(もしかしたら、このパステルカラーの膜を破って、外へ出られるかもしれない)
良い未来は、悪い未来よりも、何万倍も残酷でした。
それは、今この場所を「地獄」だと認め、立ち上がり、手を伸ばさなければ手に入らない未来。
その「責任」の重さに、彼女の肉体は悲鳴を上げ、膝を折る。
「きょうは、きょう。きょうは、きょう」
完結した世界で幸せそうに踊る第六号。彼はもう、傷つく方法すら忘れている。
亜紀子は、震える足で彼のドームへと向かいました。
ポケットの十の粒たちが、ジリジリと、脳髄を焦がすような警告を鳴らし続けている。
ドームの中。中央に置かれた、一脚の机。
その上に開かれた分厚いノート。
彼女は、何百ページにもわたって書き連ねられた「同じ四行」の歌を見ました。
執念。あるいは、祈り。
けれど、最後の数ページは、真っ白な沈黙で満たされていました。
その白紙の隅に、消え入りそうな筆圧で記された、たった三文字。
「もしも」
その先は、断絶している。
「もしも」の続きを書けば、彼はそれを叶えに行かねばならなかった。
その絶望的なまでの自由を恐れ、彼はペンを置き、永遠のループへと逃げ込んだ。
亜紀子はペンを握りました。
指先が、鋼鉄を掴んでいるかのように重い。
書きたい。続きを書きたい。
けれど、何を書けばいいのか、まだ一つに絞れない。
お母さん、ガタの少年、さつきさんの涙、灰色の少女のごめんね――。
彼女の中に宿った十の「もしも」が、互いに食らい合い、咆哮している。
彼女は、ペンを置きました。
今日は、書けない。
けれど、「書きたい何かがある」という激痛を知ったことが、彼女の確かな勝利でした。
ナレーターは知っています。
……いえ、私は、知っています。
人間第一号さん。あなたが手に入れたのは、希望という名の「諦められない病」です。
「もしも」を持たない人は、「ただいま」を言えません。
帰る場所を想定するからこそ、人は今、ここを通過点として生きられる。
……ふと。私自身の白紙のページが、胸の奥で疼きました。
私がどうしても書けなかった、あの一行。
語り手が物語の外に逃げ込んだ理由は、たぶん、その「もしも」の続きに耐えられなかったから。
亜紀子はドームを出ました。
第六号はまだ、楕円を削りながら、永遠の今日を肯定し続けている。
彼女は、彼に深く頭を下げました。
赤ちゃん太陽は、明日も明後日も、永遠の「今日」を強制するように笑っている。
けれど、亜紀子には、もうその笑い声の裏に潜む、死の静寂が見えていました。
ポケットの中の十個の粒たちが、合唱を始めました。
それは、四行の完璧な歌ではない。
不揃いで、不協和音に満ち、けれど血の匂いがする――十行の、命の歌。
さよなら、さよなら。
「もしも」という名の、あまりに重たい地図を手渡された、黄昏の入り口に。
そして、白紙の続きを生きるために、一歩、楕円の外へと踏み出した、その足音に。




