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『月蝕学園の封印王――監視役の剣姫も、詠唱魔術の才媛も、俺の日常を壊しにくる』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩


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第28話 三人の鍵と、戻るための声

 研究室の空気は、さっきまでとは別物になっていた。


 銀輪が静かに回っている。壁の本棚は沈黙し、机の上の端末だけが淡い赤の文字を浮かべていた。


 天城刃更。


 綾辻詩乃。


 柊真昼。


 三つの名前。


 それは、ただの名簿ではなかった。


 霧生黎夜を玉座へ近づけるための、鍵の候補。


 そう思っただけで、右腕の奥が冷えた。


「……消せないのか」


 黎夜が問うと、詩乃は画面から目を離さずに答えた。


「記録表示は消せます。でも、封印側に刻まれた選定情報そのものは無理ですわ」


「つまり、名前だけ隠しても意味がない」


「ええ。根本を断たない限り」


 真昼は自分の名前が浮かんだ場所を見つめたまま、少しだけ唇を噛んでいた。


「補助因子って、嫌な言い方」


「人間扱いされていませんから」


 刃更が静かに言った。


「敵は、私たちを彼を動かすための部品として見ている」


「……むかつくね」


 真昼の声は小さかったが、はっきり怒っていた。


 その怒りが、黎夜にはありがたかった。


 怖がって泣き出してもおかしくない。逃げても誰も責められない。それなのに真昼は、真っ先に怒った。


「真昼」


「何」


「怖くないのか」


「怖いよ」


 即答だった。


「でも、怖いより先にむかつく。勝手に名前を使われて、勝手に黎夜を動かす道具にされるとか、普通に腹立つ」


「普通に、か」


「普通に」


 真昼はそこで少しだけ笑った。


「私、たぶん難しいことは分かんない。でも、嫌なものは嫌って言えるから」


 詩乃が小さく頷く。


「それは重要ですわ」


「ほんと?」


「ええ。こういう術式は、人の感情や関係性を勝手に利用します。だからこそ、本人の拒絶が意味を持つ場合もありますの」


「私が嫌って思うだけでも?」


「思うだけでは足りないことも多いです。でも、思わなければ始まりません」


 真昼は少しだけ考え、胸元の警報符に触れた。


「じゃあ、嫌。私は鍵なんかじゃない」


 その瞬間、端末の赤文字がわずかに揺れた。


 ほんの少し。


 けれど、確かに。


 詩乃の目が鋭くなる。


「……反応しましたわ」


「えっ」


「今の拒絶で、選定情報にノイズが入った」


 真昼は目を丸くした。


「そんなことあるの?」


「あります。少なくとも、今ありました」


 黎夜は思わず息を吐いた。


「じゃあ、抵抗できるんだな」


「可能性はありますわ」


 詩乃はすぐに画面を操作し、記録を保存する。


「これは大きいです。敵の術式は、三人を完全な“鍵”として固定したわけではない。まだ候補、あるいは補助因子の段階です」


 刃更が淡々と続けた。


「なら、確定前に崩せる」


「ええ」


 詩乃は今度は自分の名前を見た。


「綾辻詩乃は、鍵ではありません。術者です。誰かに使われるための言葉など、持ち合わせておりませんわ」


 銀輪が一つ、高く鳴った。


 端末の赤文字がまた揺れる。


 詩乃の名前の横に、薄いノイズが走った。


「……なるほど」


 詩乃の口元に笑みが浮かぶ。


「気分がいいですわね。勝手に組まれた術式を、本人の意思で殴るのは」


「言い方が先輩らしいですね」


「褒め言葉として受け取ります」


 次に、刃更が自分の名前を見る。


 彼女はしばらく黙っていた。


 長い沈黙ではない。


 でも、刃更にしては珍しく、言葉を選んでいるようだった。


「……私は」


 刃更は静かに言った。


「天城刃更は、監視役です」


 真昼が少しだけ顔をしかめる。


「そこからなの?」


「はい」


 刃更は頷く。


「でも、それは誰かに彼を玉座へ座らせるためではありません。彼が彼のままでいるために、止める役です」


 黎夜は何も言えなかった。


 刃更の声は静かだった。


 だが、まっすぐだった。


「私は鍵ではありません。剣です」


 白銀の瞳が、端末の赤文字を射抜く。


「彼を壊すものを斬り、彼が壊れそうになった時も斬る。そう決めています」


「最後だけ怖いな」


 黎夜が思わず言うと、刃更は少しだけこちらを見た。


「必要なら」


「そこは変わらないのか」


「変わりません」


 だが、その言葉は冷たくなかった。


 端末の上で、刃更の名前にもノイズが走る。


 三人の名前すべてに、不安定な揺らぎが生まれた。


 詩乃が息を吐く。


「これで、第三鍵の確定は少なくとも遅らせられますわ」


「消えたわけじゃないのか」


「ええ。けれど、敵がすぐに三人を鍵として使うことは難しくなったはずです」


 黎夜は右手を見た。


 さっきまで冷えていた右腕が、少しだけ落ち着いている。


 三人が自分で拒んだ。


 それだけで、黒鎖のざわめきが薄れた。


「……俺も言った方がいいのか」


 そう呟くと、三人の視線が集まった。


 真昼が笑う。


「言った方がいいんじゃない?」


「何て?」


「自分で考えなさい」


「丸投げかよ」


「大事なところでしょ」


 刃更も頷く。


「あなた自身の言葉でなければ意味が薄いと思います」


 詩乃は楽しそうに目を細めた。


「ここで気の利いた決め台詞を言えたら、主人公らしいですわね」


「変な圧をかけないでください」


 黎夜は小さく息を吐いた。


 端末の赤文字を見る。


 三人の名前。


 補助因子。


 鍵。


 それが敵の言葉なら、自分は違う言葉で上書きしなければならない。


「……俺は」


 言いかけて、少し止まる。


 格好つけた言葉はいくらでも浮かぶ。


 でも、どれも違う気がした。


 だから、なるべくそのまま言った。


「俺は、こいつらを鍵になんかしない」


 右腕の奥で、黒鎖が静かに鳴った。


「誰かを守るために力を使うことはあっても、誰かを理由に玉座へ座る気はない」


 真昼が黙って聞いている。


 刃更も、詩乃も。


「俺は、俺の足で戻る。戻れなくなりそうなら、引き戻してもらう。だから――」


 言葉が少しだけ熱を持つ。


「三人を利用して俺を壊そうっていうなら、そいつは俺が封じる」


 端末の赤文字が、大きく乱れた。


 銀輪が一斉に鳴る。


 床の術式が淡く光り、部屋の空気が震えた。


 だが、暴走ではない。


 黒鎖は出ていない。


 ただ、黎夜の言葉に、何かが反応した。


 詩乃が小さく笑う。


「いいですわね」


「今の、変じゃなかったか」


「多少は」


「多少」


「でも、あなたの言葉でした」


 真昼が頷いた。


「うん。黎夜っぽかった」


「褒めてるのか」


「褒めてる」


 刃更は端末の表示を確認し、静かに言った。


「第三鍵の確定反応、低下しています」


「じゃあ、効いたのか」


「はい。少なくとも、この場では」


 詩乃が赤文字を保存し直し、画面を閉じた。


「今日の訓練内容、変更ですわ」


「またですか」


「ええ。黒鎖訓練は短縮。代わりに、三人の拒絶反応を術式として固定します」


「どういうことだ」


「簡単に言えば、敵が三人を鍵にしようとした時、本人の拒絶を自動で返す護符を作ります」


 真昼が目を丸くした。


「そんなことできるんですか?」


「できます。ただし、本人の言葉が必要ですわ」


「さっきの?」


「ええ。それを芯にします」


 詩乃はすぐに机の上へ三枚の薄い銀札を並べた。


「もう一度、言葉を入れます。難しく考えなくて構いません。自分は鍵ではない。そう宣言してください」


 最初に真昼が前へ出た。


 少しだけ緊張していたが、迷いはなかった。


「私は、鍵じゃない」


 銀札が淡く光る。


「私は柊真昼。黎夜の幼馴染で、日常安定補助で……いや、これはちょっと違うか」


「違わないと思いますわ」


「じゃあ、それで。黎夜を普通に怒る役。勝手に玉座なんか行かせない役」


 銀札の光が強くなる。


 真昼は最後に、少し照れながら言った。


「だから、私を使って黎夜を壊そうとしても無駄」


 札に文字が刻まれる。


 次は詩乃。


「私は綾辻詩乃。玻璃の詠姫などと呼ばれる者です」


「自分で言うんですね」


「事実ですもの」


 詩乃は黎夜の突っ込みを流し、銀札へ指を添えた。


「私は言葉を使う者。誰かに意味を奪われるための鍵ではありません。私の名も、声も、術式も、私の意思でのみ世界を書き換える」


 銀札に、細かな古層文字が流れ込む。


「勝手に使えると思わないことですわ」


 三枚目。


 刃更が銀札の前に立つ。


「私は天城刃更」


 短い言葉。


 でも、重かった。


「監視役であり、剣です。彼を利用するための鍵ではありません。彼を守り、止め、必要なら斬る。それが私の役目です」


 黎夜は口を挟まなかった。


 刃更の言葉だからだ。


「私の名を利用しようとするなら、その術式ごと斬ります」


 銀札に白い光が走った。


 三枚の札が並び、それぞれ違う色の淡い光を宿す。


 詩乃が満足そうに頷いた。


「上出来ですわ」


「これで大丈夫なのか」


 黎夜が聞くと、詩乃は札を慎重に包みながら言った。


「絶対ではありません。でも、敵の術式に抵抗する足場にはなります」


「足場か」


「ええ。呑まれないためには、立つ場所が必要ですから」


 その言葉は、妙に残った。


 立つ場所。


 戻る場所。


 鍵ではなく、人としてそこにいるための足場。


 真昼が銀札を受け取り、しげしげと見た。


「これ、持ってればいいんですか」


「肌身離さず」


「また肌身離さずが増えた」


「安全のためですわ」


 刃更も札を受け取り、制服の内側へしまった。


「効果の確認は?」


「今夜までに術式を安定させます。天城さん、後で調整を」


「了解しました」


 黎夜は三人を見た。


 それぞれが札を持っている。


 自分のせいで、また持ち物が増えた。


 危険が増えた。


 でも、今回はただ守られるだけではない。三人とも、自分の言葉で拒んだ。


「……ありがとう」


 自然と、そう出た。


 真昼が眉を上げる。


「また謝るかと思った」


「俺もそう思った」


「そこは自覚あるんだ」


「ある」


 詩乃が笑った。


「感謝なら受け取りますわ」


 刃更は少しだけ視線を逸らす。


「任務です」


 真昼がすぐ言う。


「それ、今はちょっと違うでしょ」


「……任務でもあります」


「でも、だけじゃない?」


 刃更は黙った。


 その沈黙だけで、たぶん十分だった。


 研究室の窓の外は、もう夕方だった。


 放課後の色が校舎を染めている。


 昨日のプリンは途中で終わった。今日の訓練も変更になった。日常は何度も邪魔される。


 それでも、完全には壊れていない。


 真昼が札をしまいながら言った。


「……ねえ、今日もプリンは無理?」


「またそれか」


「昨日、半分で終わったから」


 刃更が端末を確認する。


「現在、異常反応は低下しています。購買の営業時間は……残り十五分」


「行ける?」


「滞在五分以内なら」


「やった」


 真昼が笑う。


 詩乃も立ち上がった。


「今日は私も行きますわ」


「先輩も?」


「私の分も必要ですもの」


「意外と甘いもの好きですね」


「頭を使う者には糖分が必要です」


 黎夜は三人を見て、少しだけ笑った。


「封印王権対策会議のあとに、全員でプリンか」


「いいじゃん」


 真昼が言う。


「それが日常安定ってやつでしょ」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 四人で研究室を出る。


 廊下には夕暮れの光が差している。


 まだ何も終わっていない。


 第三鍵の正体も、ゼクスの狙いも、ルクレツィアの秘密も、玉座の意味も、全部残っている。


 それでも今は、購買へ向かう。


 プリンを買うために。


 ばかばかしくて、普通で、だからこそ大事な理由で。


 黎夜の右腕の奥で、黒鎖は静かに眠っていた。

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