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『月蝕学園の封印王――監視役の剣姫も、詠唱魔術の才媛も、俺の日常を壊しにくる』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩


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第24話 監視つきの登校日

 翌朝、霧生黎夜は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。


 理由は簡単だった。


 部屋の中に、人の気配があったからだ。


「……なあ」


「はい」


 返事が早い。


 早すぎる。


 黎夜は布団の中から、半分だけ顔を出した。


 窓際の椅子に、天城刃更が座っていた。制服姿。背筋は伸び、膝の上には薄い端末。ベッドの脇ではないのがせめてもの配慮なのだろうが、朝起きて同級生の女子が部屋にいる事実そのものは何も変わらない。


「なんでいる」


「監視です」


「もう少し別の言い方ないのか」


「経過観察です」


「悪化したな」


「では護衛」


「それも違う意味で重い」


 黎夜は起き上がり、額を押さえた。


 体はまだ少し重い。右腕の奥には、薄く冷たい痺れが残っている。だが昨日よりはましだった。黒鎖が暴れている感覚もない。眠っている獣が、こちらの様子を窺っている程度だ。


「顔色は昨日より良好です」


「見ただけで分かるのか」


「分かります」


「医者かよ」


「監視役です」


「便利だな、本当に」


 刃更は端末へ何かを入力した。


「起床時刻、六時十二分。自力起床。意識混濁なし。黒鎖反応、微弱」


「俺の朝が報告書になってる……」


「必要ですので」


「それを言われると、もう何も返せないんだよな」


 黎夜は布団を畳みながら、小さく息を吐いた。


 昨日までは、ただ面倒なだけだった。


 けれど今は、少しだけ違う。


 隔離判断。特別管理訓練。玉座。王権の完成。そういう言葉が頭に残っている以上、刃更の監視を完全に邪魔者扱いする気にはなれなかった。


 もちろん、気まずさは別問題だ。


「着替えるから外に出ろ」


「はい」


「……素直だな」


「学びました」


「何を」


「ここで粘ると、あなたの精神状態が悪化します」


「それも記録されたのか」


「はい」


「もう嫌だ、この生活」


 刃更は特に表情を変えず、部屋の外へ出ていった。


 着替えを済ませ、顔を洗い、簡単な朝食を用意する。トーストと卵と牛乳。いつもなら適当に済ませるところだが、今日は刃更が無言で見ているせいで、妙にきっちりした朝食になった。


「栄養バランスは最低限許容範囲です」


「合格点が低そうだな」


「今後改善します」


「誰が?」


「あなたが」


「俺かよ」


 玄関で靴を履いていると、スマホが震えた。


 真昼からだった。


『下で待ってる。逃げたら怒る』


 黎夜は画面を見て、少しだけ笑った。


「何ですか」


「いや、普通の脅迫が来た」


「柊真昼ですか」


「ああ」


「彼女らしいですね」


「もう分かるのか」


「分かります」


 そう言った刃更の声は、ほんの少しだけ柔らかかった。


 寮の階段を降りると、入口のところに真昼がいた。


 制服姿で、鞄を肩にかけ、片手にはコンビニの袋。黎夜の顔を見るなり、まず額から足元まで確認するように視線を走らせた。


「歩けてる?」


「歩けてる」


「ふらついてない?」


「たぶん」


「たぶん禁止」


「厳しいな」


「昨日の今日だからね」


 真昼はそう言って、袋から小さなパックの野菜ジュースを取り出した。


「はい」


「何これ」


「飲みなさい」


「朝飯食ったぞ」


「それはそれ。これはこれ」


「お前も監視側になってきたな」


「日常安定補助です」


「使いこなすな、その肩書き」


 真昼は少しだけ得意げに笑った。


 刃更が横で真面目に頷く。


「有効です」


「天城さんに認められた」


「そこ喜ぶところなのか」


「ちょっとだけ」


 三人で歩き出す。


 朝の学園都市は、やはり普通だった。制服姿の生徒たちが同じ方向へ向かい、パン屋の前から焼きたての匂いが流れてくる。自転車のベル。信号待ちのざわめき。遠くから聞こえる部活動の朝練の声。


 普通すぎて、胸が少し苦しくなる。


 この景色の下に、あの地下がある。


 玉座がある。


 ゼクスが狙うものがある。


 けれど今は、真昼が隣で野菜ジュースの残量を確認し、刃更が周囲を見ながら歩調を合わせている。


 それも現実だった。


「ねえ、黎夜」


 真昼がふいに言う。


「何だよ」


「怖くない?」


 朝のざわめきの中で、その質問だけが妙に真っ直ぐ届いた。


 黎夜は少し考えた。


 いつもなら、適当に流していたと思う。


 面倒だから。


 心配されるのが苦手だから。


 自分でも言葉にするのが嫌だから。


 でも、昨日言われた。


 怖かったら怖いって言っていい、と。


「怖い」


 短く答えると、真昼は驚いたように目を開いた。


 刃更も、ほんの少しだけこちらを見た。


「……そっか」


「うん」


「じゃあ、今日は怖くなくなるまで普通のことしよ」


「普通のこと?」


「授業受ける。昼ごはん食べる。帰りに寄り道する」


「寄り道は監視的にどうなんだ」


 黎夜が横を見ると、刃更は少し考えてから答えた。


「場所によります」


「許可制かよ」


「危険度次第です」


「……じゃあ、購買の新作プリン」


 真昼が言った。


「それなら危険度低いでしょ」


「糖分摂取としては妥当です」


「やった」


「お前ら、俺を訓練する気なのか太らせる気なのかどっちだ」


「両方?」


「真昼」


「冗談だよ」


 そういう会話が、少しだけありがたかった。


 校門に近づくと、周囲の空気が変わった。


 昨日、欠片災が出た場所だ。表向きには修繕作業のため一部が立入制限されている。噴水前には簡易フェンスが置かれ、教員らしい人影が何人か見える。


 生徒たちは興味深そうに眺めながらも、深く踏み込まない。


 昨日見た者もいるはずだ。


 けれど、誰も大声では語らない。


 語れば、日常の方が崩れてしまうからかもしれない。


「大丈夫です」


 刃更が小さく言った。


「周辺反応は安定しています」


「……そっか」


 黎夜は校門脇を見る。


 昨日、ルクレツィアが現れた場所。


 もう甘い花の匂いはない。


 けれど彼女の言葉は残っている。


 玉座を見ても、座るな。


 今の私のことは、たぶん嫌いになる。


 いったい何を知っているのか。


 そして、何を隠しているのか。


「黎夜」


 真昼が袖を引いた。


「変な顔してる」


「元からだろ」


「そういう返ししない」


「悪い」


「また謝った」


「……気をつける」


 真昼は不満そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。


 教室に入ると、空気が少しだけざわついた。


 昨日の一件があった以上、当然だろう。


 何人かの男子がこちらを見て、何か言いかけてやめる。女子たちも小声で話している。黎夜は自分の席へ向かいながら、その視線をなるべく気にしないようにした。


 刃更は隣の席へ座る。


 真昼は前の席へ鞄を置き、すぐ振り返った。


「昼、一緒に食べるから」


「拒否権は?」


「ない」


「だろうな」


 チャイムが鳴る。


 担任が入ってきて、いつも通りのホームルームが始まった。


 出席確認。連絡事項。昨日の設備異常についての簡単な説明。危険区域には近づかないこと。噂を広げないこと。


 何もかも、表向きの言葉だった。


 それでも、黒板の前で担任が話している様子を見ていると、少しだけ落ち着いた。


 授業が始まる。


 退屈な国語。


 眠くなる数学。


 休み時間のくだらない雑談。


 その全部が、今日は少し違って見えた。


 日常に戻るための訓練。


 真昼が言った「普通のこと」は、案外それに近いのかもしれない。


 二時間目の終わり、机の上に小さな紙が滑ってきた。


 真昼からだった。


『今のところ普通?』


 黎夜は少し笑って、短く書き返す。


『普通』


 戻すと、すぐにまた紙が返ってきた。


『よし』


 その二文字だけで、少し肩の力が抜けた。


 隣を見ると、刃更がこちらを見ていた。


「何だよ」


「授業中の私語は禁止です」


「紙だから私語じゃない」


「詭弁です」


「真面目だな」


「当然です」


 けれど刃更は、それ以上は何も言わなかった。


 昼休み。


 約束通り、三人で弁当を広げることになった。


 真昼は自作の弁当。刃更は購買で買ったサンドイッチ。黎夜は真昼に渡されたおにぎりだった。


「何で俺の昼飯をお前が持ってるんだ」


「朝、絶対忘れると思ったから」


「当たってるのが腹立つ」


「でしょ」


 刃更がサンドイッチを丁寧に開けながら言う。


「栄養面では柊真昼の判断が適切です」


「完全に保護者会じゃないか」


「日常安定補助です」


「真昼、その言葉好きになってるだろ」


「便利だし」


 弁当を食べながら、真昼がふと思い出したように言う。


「そういえば、放課後の訓練ってどこでやるの?」


「北棟の訓練室です」


 刃更が答えた。


「詩乃先輩が準備しています」


「私も行ける?」


「観測室までは」


「また線引き」


「必要です」


「分かってるけどさ」


 真昼は箸を止め、黎夜を見た。


「無理しそうになったら言うから」


「何を」


「馬鹿って」


「お前の役割、そこなのか」


「効くんでしょ?」


 刃更が静かに頷いた。


「有効です」


「認定されてる……」


 黎夜は思わず頭を抱えた。


 だが、嫌ではなかった。


 放課後が近づくにつれて、胸の奥の重さは少しずつ戻ってきた。


 訓練。


 黒鎖を一本だけ出して、五秒以内に消す。


 地味なはずなのに、怖い。


 また暴れたらどうする。


 また玉座の声がしたらどうする。


 また誰かを傷つけそうになったらどうする。


 帰りのホームルームが終わったあと、黎夜が鞄を持つ手を止めていると、真昼が横から覗き込んできた。


「怖い?」


 朝と同じ問いだった。


 黎夜は少しだけ息を吐く。


「怖い」


「よし」


「何がよしなんだよ」


「ちゃんと言った」


 真昼はそう言って笑った。


 刃更が立ち上がる。


「行きましょう」


 その声はいつも通りだった。


 詩乃は北棟で待っている。


 訓練が始まる。


 日常に戻るために。


 あるいは、日常を壊さないために。


 黎夜は右手を開き、閉じた。


 黒鎖はまだ、そこにいる。


 でも今は、ひとりで向き合うわけではなかった。

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