表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月蝕学園の封印王――監視役の剣姫も、詠唱魔術の才媛も、俺の日常を壊しにくる』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/25

第11話 刃更の過去、剣の理由

 医務室の白い天井を見上げながら、霧生黎夜は「今日は朝から何回、横になることになるんだろうな」と割と本気で思っていた。


「じっとしていてください」


 簡易検査担当の養護教諭が、手際よく腕へ機材を当てる。月蝕学園の保健室は見た目こそ普通だが、置かれている機器の半分くらいはどう見ても普通ではない。心拍や血圧を測るそれに混じって、薄い光を放つ板状端末や、術式円が刻まれた透明パネルが平然と並んでいる。


 もう突っ込むのも面倒だった。


「外傷は軽微。打撲なし。魔力……じゃなくて、生体反応にやや乱れあり。今日は安静推奨ね」


「安静で済ませていい内容だったんですか、今日」


「済ませたくないなら入院する?」


「遠慮します」


「なら安静」


 即断だった。


 強い。


 この学校、裏側を知っている人間ほど判断が早い気がする。


 隣のベッドでは、真昼も別の先生にチェックを受けていた。彼女に目立った怪我はないらしい。だが精神的なショックへの配慮とかで、問診めいたことを細かく聞かれている。真昼は「大丈夫です」「びっくりはしたけど」と答えていたが、普段より声が少し硬い。


 そりゃそうだ。


 朝の登校中に化け物が湧いて、自分の幼馴染が黒い鎖を出して、それを白銀の剣士と黒髪の魔術師が処理して、さらに銀髪の謎の女まで現れたのだ。


 普通の高校生の朝ではない。


 いや、普通でなくても濃すぎる。


「霧生くん」


 声をかけられて顔を向けると、医務室の入口に刃更が立っていた。今日はもう何度も見ているはずなのに、白銀の髪はやはり目を引く。彼女は制服の袖口についたわずかな黒い焦げ跡をいつの間にか処理していて、ぱっと見にはもう乱れがない。


「校門周辺の残留は?」


 黎夜が問うと、刃更は短く答えた。


「詩乃先輩がほぼ封じ切りました。教員側にも封緘処理班が入りましたので、今は安全です」


「ほぼってことは、少しは残ったのか」


「微細な残滓です。一般生徒へ影響するほどではありません」


 そこで刃更の視線が真昼へ流れる。


「柊真昼は?」


「身体的異常はなしです」


 先に答えたのは養護教諭だった。


「ただ、今日は無理に授業へ戻さない方がいいでしょうね」


「当然です」


 刃更の返答は早かった。


 真昼がベッドからむっとした顔を向ける。


「当然って何よ」


「巻き込まれた直後です。休むべきです」


「でも、もう二時間目も終わりそうだし……」


「だからこそ、半端に戻る意味が薄い」


 いつものような事務的口調なのに、言っている内容は妙にまともだ。真昼もそれが分かるのか、反発しきれない顔になっている。


「……黎夜は?」


「私が見ます」


「それも気に食わない!」


 真昼が即座に返し、医務室の空気がほんの少し和んだ。


 その様子を見ながら、黎夜はぼんやりと思う。


 こういう小さなやり取りがあると、今日起きたこと全部が一気に夢ではなく現実になる。化け物も、裂け目も、地下封書庫も、その全部が“この日常の延長線上にあるもの”として迫ってくる。


 刃更は一通り校門周辺の報告を終えると、養護教諭に軽く会釈して医務室の壁際へ移動した。まるでそこが定位置であるかのように、背を預けず立っている。


「座ればいいのに」


 黎夜が言うと、彼女は首を振った。


「立っていた方が即応できます」


「戦場じゃないんだから」


「本日は境界が曖昧です」


 否定しきれないのが腹立たしい。


 しばらくして、医務室の空気が少し落ち着いた頃、真昼の方の検査も終わった。養護教諭が「今日はもう無理しないこと」と念を押し、薬でも出すみたいな手際で精神安定系のハーブティーを渡している。


 月蝕学園の保健室、妙に幅が広い。


 真昼はカップを受け取りながら、ちらちらとこちらを見る。何か言いたいのだろう。だが医務室には先生たちもいるし、今ここで踏み込んだ話はしづらい。


 その様子を見ていたのか、養護教諭が「二人とも、もう少し休んだら一旦寮へ戻ってもいいわよ」と言った。


「授業は?」


 真昼が聞く。


「今日は出なくていい。どうせ校内がまだ完全に落ち着いてないもの」


 やはりそういう日なのだ。


 学園都市の裏側で起きた異常は、表側の時間割まで簡単に食い破る。


「……じゃあ、戻るか」


 黎夜が起き上がると、真昼もゆっくりベッドから降りた。その拍子に少しよろけ、反射的に黎夜が手を伸ばす。


「大丈夫か」


「う、うん。平気」


 そう言う真昼の顔は、やはり少し青い。無理もない。怪我がなくても、精神的には十分無茶な朝だった。


 刃更がその様子を見て、短く言う。


「寮まで同行します」


「そこはもう聞かなくても分かるな」


「理解が早くて助かります」


「助かってないよ」


 軽口を返したところで、医務室の外から小さなノックがあった。


「失礼します」


 静かな女の声。


 綾辻詩乃かと思ったが違った。入ってきたのは、黎夜たちより少し年上に見える女性教員だった。黒髪をきっちりまとめ、眼鏡をかけている。だがどこか教師というより役人めいた雰囲気がある。


 彼女はまっすぐ刃更を見る。


「天城刃更、少しいいか」


「……ここで?」


「できれば別室で」


 刃更の表情が、ほんのわずかに硬くなった。


 その変化を見逃したのは真昼だけだったかもしれない。黎夜はその微妙な揺れに、昼の旧校舎でも朝の校門でも見なかった種類の緊張を感じた。


「任務関連ですか」


「そうだ」


 短いやり取り。


 刃更は一拍だけ沈黙し、それから黎夜へ視線を向けた。


「少し離れます」


「別に許可取らなくても」


「監視を外すので」


「そこは律儀なんだな」


「不本意ですが」


「言い方」


 だが彼女は本気で不本意そうだった。医務室内とはいえ、自分から目を離すこと自体に抵抗があるらしい。


「五分以内に戻ります」


 そう言い残し、刃更はその女性教員と共に廊下へ出ていった。


 扉が閉まる。


 真昼がすぐに顔を寄せてきた。


「ねえ」


「何だよ」


「今の人、先生?」


「たぶん」


「“たぶん”って何」


「この学校、先生っぽくない先生多いだろ」


「それは、まあ……」


 真昼は納得したのかしていないのか微妙な顔になり、それから小さく声を落とした。


「……天城さん、ちょっと顔変だったよね」


「見てたのか」


「見てたよ。あれだけ一緒にいたら、そのくらい分かるって」


 言われてみれば、その通りかもしれない。


 刃更は基本的に表情変化が少ない。だがゼロではない。付き合いが短い自分でも、最近ようやく「ほんの少し眉が動く」「目の細まり方が変わる」程度なら読み取れるようになってきた。


 真昼はそういう人の微細な変化に昔から敏い。


「任務関連、って言ってたね」


「ああ」


「何か嫌な感じした」


 その勘は、自分も同じだった。


 十分ほど休んだあと、養護教諭の許可をもらって医務室を出る。廊下にはもう昼休み前のざわめきが戻りつつあったが、どこか空気が落ち着かない。今朝の件は表向きには“設備異常による一時避難”みたいに処理されるのだろう。けれど見た生徒はいるし、違和感だけは残る。


 医務室の外で刃更を待つことになった。


「……遅いね」


 真昼が壁に背中を預けながら言う。


「五分以内って言ってたのに」


「そうだな」


 十分が過ぎ、十五分が過ぎる。


 黎夜の中で、じわじわと落ち着かなさが広がっていく。刃更が約束の時間を守れない、というより、守れない事情ができたのではないか。そう考えてしまう。


「見に行くか」


「え、でも」


「じっと待ってても気持ち悪い」


 真昼も少し迷った顔をしたが、結局頷いた。


 二人で廊下を進む。医務室の先は、職員室や資料室が並ぶ棟だ。途中で何人かの教員とすれ違ったが、呼び止められることはなかった。みんなそれぞれ何かに追われている顔をしている。


 角を曲がったところで、低い声が聞こえた。


「……監視継続には反対意見も出ている」


 刃更のものではない。さっきの女性教員だ。


 黎夜は反射的に足を止める。


 真昼も息を潜めた。


 廊下の先、半開きの会議室めいた部屋から声が漏れている。


「本日の校門前事案を受けて、危険度評価は上方修正された。であれば、現場判断だけでは足りない」


 次に聞こえたのは刃更の声だった。普段よりずっと硬い。


「危険度が上がったからこそ、監視を継続すべきです」


「それは理解している。だが“継続”の意味が違う」


「……どういう意味ですか」


 短い間。


 返ってきた言葉は、黎夜の想像していた中でもかなり悪い方だった。


「監視ではなく、隔離だ」


 喉の奥が詰まる。


 真昼も隣で息を呑んだのが分かった。


「彼は不安定だ。昨日の旧校舎事案、今朝の校門前事案、そして王権反応の連続発生。一般生徒との接触を維持したまま運用するには危険が高すぎる」


「反対します」


 刃更の返答に迷いはなかった。


「彼はまだ制御可能です」


「根拠は?」


「本日も、自発的に出力を抑えようとしていました」


「結果として暴発しかけた」


「暴発はしていません!」


 初めて聞く、強い声だった。


 廊下の外にいる黎夜ですら、その言葉に一瞬動けなくなる。刃更がここまで感情をあらわにするのは珍しい。少なくとも、自分の前ではほとんどなかった。


「……天城刃更」


 女性教員の声は逆に冷たくなる。


「あなたの評価に私情が混じっていると判断された場合、監視権限は剥奪される」


 沈黙。


 重い沈黙だった。


 黎夜はその場で拳を握る。


 私情。


 それを突きつけられて、刃更が黙る理由は何だ。


 彼女は任務だ、監視だ、と何度も言っていた。実際そうなのだろう。なのに今、権限剥奪をちらつかされて言葉を失っている。


「……彼は」


 ようやく絞り出された刃更の声は、ひどく低かった。


「彼は、現時点で封印王として完全に覚醒していません」


「だから危険だ」


「いいえ」


「では?」


 数秒の沈黙。


 そして。


「まだ、人間の側に留まっている」


 その答えを聞いた瞬間、胸のどこかが変なふうに痛んだ。


 人間の側。


 そんな言い方をされるのは、褒められているのか、危うい綱渡りをしているのか分からない。


 たぶん後者だ。


 それでも、その言葉を刃更が出したこと自体が意外だった。彼女はもっと冷酷に、任務として正しさだけを言うタイプだと思っていたから。


「彼をいきなり隔離すれば、逆に反発と不安定化を招きます」


 刃更は続ける。


「今必要なのは拘束ではなく、制御と観測です」


「継続理由としては弱い」


「弱くても、それが最善です」


「断定できる?」


「できます」


 即答。


 そのまっすぐさに、黎夜は思わず目を伏せた。


 真昼が小さく袖を引く。今のをこのまま聞き続けるのはよくない、と顔が言っていた。たしかにそうだ。盗み聞きしている内容としては重すぎる。


 だが、その時。


「……だったら証明しなさい」


 女性教員の声がした。


「今日中に、地下封書庫への同行許可を正式に取りなさい。そこで彼が安定して制御可能だと示せるなら、当面の隔離判断は保留してもいい」


 地下封書庫。


 やはり今日の放課後に行くことは、もう内部でも決まっているらしい。


「もし失敗すれば」


 続く声が、ひどく平坦だった。


「彼は回収対象へ格上げされる」


 回収対象。


 その言い方が生々しすぎて、ぞっとする。


 人ではなく、物か何かのようだ。


「……了解しました」


 刃更の返答は短かった。


「では失礼します」


 椅子の引かれる音。足音。


「っ」


 黎夜は反射的に真昼の手を引き、角の向こうへ戻った。二人で黙って廊下脇の死角へ身を寄せる。数秒後、刃更が会議室から出てくる気配がした。


 彼女はまっすぐこちらへ戻ってきたが、その足取りはいつもよりわずかに重かった。


 ――今、どういう顔をしているんだろう。


 見たいような、見たくないような。


 足音が近づく。


 真昼が小さく囁いた。


「……どうする?」


「何が」


「聞いてたって言う?」


「……いや」


 言えない。


 少なくとも今は。


 刃更が戻ってくる。


 黎夜は一つ息を整え、あえて何も知らない顔を作ろうとした。


 その時、角を曲がってきた刃更がこちらに気づく。


 数秒の沈黙。


 彼女の視線が、二人の顔を順番に見た。


「……待たせました」


 その声音から、どこまで聞かれたかはまだ判断していないらしい。だが、警戒はしている。


「長かったな」


 黎夜はなるべく自然に言った。


「少し確認事項が増えました」


「地下封書庫の件か」


 刃更の目が、ごくわずかに揺れる。


 図星だ。


「……ええ」


「先輩からも聞いた。今日の放課後、やっぱり行くんだろ」


 あくまで、そこだけを知っている体で聞く。


 刃更は数秒こちらを見つめ、それから静かに頷いた。


「正式な同行許可を取ります」


「許可って必要なんだ」


 真昼が言う。


「だって学校の地下なんでしょ?」


「一般生徒の立ち入りは禁じられています」


「じゃあ、あたし……」


 真昼の顔が少し曇る。


 だが刃更はそこで、わずかに言い淀んだ。


「……柊真昼の扱いについても、追加で確認します」


 その言い方だけで十分だった。


 完全に排除する方向ではない。むしろ、何とか残そうとしている。さっきの会話を聞いた後では、その意味も分かってしまう。


 真昼はそこまで察してはいないだろうが、少なくとも少しだけ安心したようだった。


 黎夜は刃更の横顔を見る。


 白銀の髪に隠れて表情は読み取りづらい。だが、朝の校門前で見た戦う顔とも、昨夜の自室で見た事務的な顔とも違う。どこか内側で張りつめているような、そんな横顔だった。


「天城」


「何ですか」


「……お前、疲れてるだろ」


 言った瞬間、自分でも少し意外だった。


 心配、という言葉に直結するほど素直な感情ではない。けれど、今の会話を盗み聞きしてしまった以上、何となく黙っていられなかった。


 刃更は一瞬だけ目を見開き、それからすぐいつもの無表情に戻る。


「問題ありません」


「問題あるって顔してる」


「していません」


「してるよ」


 横から真昼まで言った。


 刃更が珍しく、ほんの少しだけ言葉に詰まる。


「……気のせいです」


「その返し、絶対気のせいじゃない時のやつだろ」


 黎夜が言うと、真昼もうんうんと頷いた。


 刃更はしばらく無言だったが、やがて静かに息を吐く。


「少しだけ、予定より事態の進行が早いだけです」


「それ、十分問題だろ」


「私の許容範囲です」


「許容範囲広すぎ」


 それでも、少しだけ力が抜けた気がした。


 完全には崩れない。だが、ほんの少しだけ本音を零した。それだけでも、朝からの彼女を見ているとかなり珍しいことに思えた。


「……地下封書庫」


 真昼がぽつりと言う。


「そんな危ない場所に行くのに、無理して平気なわけないじゃん」


 幼馴染らしい、まっすぐな言葉だった。


 刃更は真昼を見た。


 敵意もなければ好意もない、ただ真っ直ぐな眼差し。けれど、その一瞬の沈黙の後に返ってきた言葉は、少しだけ予想外だった。


「……そうかもしれません」


 真昼が目を瞬かせる。


 黎夜も少し驚く。


 天城刃更が、真正面から“そうかもしれない”と譲るのは珍しい。


「でも行きます」


 もちろん、その次でしっかり戻ってきた。


「でしょうね」


 黎夜が苦笑すると、刃更はわずかに眉を寄せる。


「何ですか」


「いや、別に」


「はっきり言ってください」


「お前、ほんとに真面目だなと思って」


「それは、悪口ですか」


「半分くらいは」


「不快です」


「残り半分は褒めてる」


「なおさら不快です」


 即答だった。


 だが、そのやり取りのせいで少しだけ空気が軽くなる。真昼もつられて小さく笑った。


 職員棟を出る頃には、昼前の陽射しが校舎の白壁を明るく照らしていた。校門前の騒ぎも表向きはほぼ収まっている。生徒たちは再び授業へ戻り始め、校内放送が何事もなかったみたいに次の時間割を告げていた。


 だが、何もかもが昨日までと同じではない。


 回収対象。


 その言葉が、さっきから頭の奥に引っかかって離れない。


 もし地下封書庫で失敗したら、自分は“そう扱われる”。刃更はそれを防ごうとしていた。


 任務だからか。


 それとも。


「黎夜」


 真昼に呼ばれて顔を上げる。


「何だよ」


「何でもない」


「何でもなくない顔だぞ」


「……あんたさ」


 真昼は少しだけ言いづらそうにしながら、けれど目を逸らさなかった。


「天城さん、ちゃんと味方なんだね」


 その一言に、黎夜は少しだけ言葉を失った。


 味方。


 簡単な単語だ。


 けれど今の状況でそれを使うのは、思っていたよりずっと難しい。


 監視役で、必要なら討つ相手で、それでも目の前で何度も庇ってくれて、さっきは隔離に反対していた。


 味方。


 たぶん、まだ断定するには早い。だが、少なくとも敵ではない。


「……どうだろうな」


 結局そんな答えしか出てこなかった。


 真昼はふくれた。


「またそうやって曖昧にする」


「だって俺だって全部分かってないし」


「それはそうだけど」


 その時、廊下の向こうから黒髪の上級生が歩いてくるのが見えた。


 綾辻詩乃だ。


 彼女はこちらへ来るなり、いつものように涼しい顔で言った。


「入室許可、取れましたわ」


 速い。


「午後五時。授業終了後に北棟地下搬入口前へ集合。遅れたら置いていきます」


「いきなり物騒だな」


「物騒な場所へ行くのですもの」


「正論で殴るなよ」


 詩乃は真昼へ視線を向ける。


「柊さんの同行も、上層区画までなら暫定許可が出ましたわ」


「ほんと!?」


「ええ。ただし条件付きです。勝手な行動をしないこと。指定範囲を越えないこと。危険と判断されたら即座に退出すること」


「分かった!」


 真昼の返事は驚くほど早かった。


 詩乃はそこで、ふと黎夜を見る。


「それと、霧生くん」


「何ですか」


「あなたは、封書庫の中で“懐かしい”と思っても近づきすぎないこと」


 どくり、と胸が鳴る。


 夢の地下空間が一瞬で蘇った。


「……何でそんなこと言うんですか」


「あなたの夢と、本の反応と、今日の校門前事案。全部を繋ぐとそういう推測が立つからですわ」


「それ、当たってる気がして嫌だな」


「でしょうね」


 詩乃はさらりと言う。


「だから忠告しているのです」


 刃更がその横で静かに続けた。


「私からも言います。地下では、私の指示に従ってください」


「お前ら、揃いも揃って俺を信用してないな」


「信用の問題ではありません」


「そうですわ」


「状況の問題です」


 二人が妙に息ぴったりで返してきて、黎夜は本気で頭を抱えそうになった。


 だが、たぶんそれでいいのだろう。


 信用より先に、まず生きて帰ること。


 そのための監視であり、制御であり、同行なのだ。


「……分かったよ」


 黎夜はようやくそう言った。


「午後五時、北棟地下搬入口前な」


「ええ」


「忘れたら連絡します」


 刃更が言う。


「それ監視じゃなくて介護じゃない?」


 真昼がぼそっと言い、詩乃が少しだけ口元を緩めた。


 放課後まで、あと数時間。


 その時間が妙に短く、そして妙に長く感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ