39話 均衡の刃
いつも読んでいただきありがとうございます。
森が、静まり返っている。
風だけが、通り抜ける。
血の匂いを運びながら。
アルビスは立っていた。
1歩、前に。
背後には――
動かないケンジ。
その隣に、ノワール。
少し離れて、ノクス。
カイロスが向き合う。
距離は、数歩。
それだけで。
この場のすべてを支配している。
「……来ないのか?」
カイロスが言う。
軽く。試すように。
アルビスは答えない。
ただ、構える。
重心を落とす。
視線は逸らさない。
沈黙。
次の瞬間――
同時に動く。
地面が弾ける。
一瞬で距離が消える。
刃と刃がぶつかる。
火花が散る。
速い。重い。
正確。
アルビスの斬撃。
無駄がない。
一直線に急所を狙う。
だが――
カイロスが受け流す。
逸らす。
完璧に。
「……いいな」
カイロスが呟く。
余裕すらある。
アルビスは止まらない。
踏み込む。
連撃。角度を変え。
速度を変え。
崩しにいく。
だが。
崩れない。
最小限の動き。
すべてを捌く。
「……重いな」
カイロスが言う。
「だが――甘い」
反撃。一閃。
速い。
見えない。
アルビスがわずかに体を捻る。
刃が頬をかすめる。
血が滲む。
そのまま距離を取る。
呼吸を整える。
浅く。速く。
(……崩れない)
内心で呟く。
分かっている。
この相手は。
ただ強いだけじゃない。
“無駄がない”
ノワールが動こうとする。
だが。
1歩で止まる。
呼吸が乱れている。
目が揺れている。
ケンジの方を見る。
戻る。
前を見る。
揺れる。
ノクスは動かない。
いつもの気配ではない。
反応が鈍い。
アルビスだけが、前にいる。
カイロスがそれを見る。
「……なるほど」
小さく笑う。
「1人でやる気か」
答えない。
ただ、踏み込む。
再び衝突。
刃が交わる。
火花が散る。
今度は――
アルビスが押す。
1歩。半歩。
確実に、押し込む。
力ではない。
技術。精度。
積み重ね。
カイロスの足が、わずかに下がる。
「……いい」
声が低くなる。
初めて。
わずかに、楽しむ色。
だが。
次の瞬間。
流れが変わる。
カイロスの剣が滑る。
軌道が変わる。
アルビスの刃を弾く。
空いた隙間。
そこに――突き。
危険。致命。
アルビスが体をひねる。
ギリギリで外す。
肩が裂ける。
血が飛ぶ。
距離を取る。
着地。
呼吸が乱れる。
(……上手い)
単純な強さじゃない。
読み。誘い。
全部、計算されている。
カイロスがゆっくりと構える。
乱れがない。
呼吸すら変わらない。
「……惜しいな」
ぽつりと。
「もう少しで届く」
アルビスの目が細くなる。
構え直す。
風が吹く。
木々が揺れる。
血の匂いが、広がる。
再び。
二人が動く。
ぶつかる。交差する。
削り合う。
均衡。
どちらも崩れない。
どちらも引かない。
だが。
確かに。
少しずつ。
削れている。
アルビスの呼吸が荒くなる。
カイロスの動きも、わずかに重くなる。
それでも。
決着には遠い。
その戦いを。
ノワールが見ている。
揺れる瞳で。
ノクスも見ている。
静かに。
深く。
そして。
アルビスが、わずかに重心を変える。
ほんの少し。
覚悟。
次で。
流れを変える。
風が止まる。
次の一撃で。
何かが変わる……
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