第37話 守れたもの
いつも読んでいただきありがとうございます。
地面が、えぐれている。
息が重い。
血の匂いが濃い。
ケンジは、立っていた。
膝が震えている。
視界が揺れる。
それでも――
倒れない。
ノワールが横にいる。
肩で息をしている。
だが、牙はまだ折れていない。
前を見る。
ただ、前だけを。
その先。
ヴァルク。
無傷ではない。
だが――
まだ立っている。
剣を握り。
こちらを見ている。
その目は。
もう、完全に戦う者の目だった。
「……終わらせる」
低く、静かに。
宣告。
踏み込む、速い。
今までで一番。
空気が裂ける。
ケンジが動く。
ノワールも同時に。
左右。
挟む、連携。
もう何度も繰り返した動き。
だが――
届かない。
剣が唸る。
水平に一閃、
重い一撃。
ノワールへ。
直撃コース。
避けきれない。
その瞬間。
ケンジが踏み込む。
無理やり。
間に入る。
隠していた、短剣、
2本の短剣で受ける!
衝撃。
弾かれる。
体が浮く。
だが。
軌道は逸れた。
ノワールは無傷。
代わりに――
ケンジの体が裂ける。
血が舞う。
「……っ!」
地面に叩きつけられる。
息が抜ける。
肺が動かない。
視界が白くなる。
ノワールが吠える。
怒り。
飛びかかる。
だが――
読まれている。
剣の柄で弾かれる。
地面に転がる。
すぐに立つ。
だが、遅い。
ヴァルクがケンジへ歩く。
ゆっくりと、確実に。
終わらせるために。
「……ここまでだ」
剣を振り上げる。
狙いは――首。
終わりの一撃。
ケンジは、動かない。
いや――
動けない。
血が流れすぎている。
腕が上がらない。
足も動かない。
それでも。
目だけは、死んでいない。
(……まだだ)
頭の中で、声がする。
終わってない。
まだ。
ノワールが、また動く。
間に合わない。
距離が足りない。
その時。
ケンジの手から。
短剣が、落ちる。
カラン、と音を立てる。
もう1本も。
落ちる。
力が、抜ける。
ヴァルクの目が、わずかに動く。
その一瞬。
ケンジが動く。
残った力。
全部使って。
踏み込む。
ヴァルクの懐へ。
抱きつくように。
体ごとぶつかる。
「……っ!?」
ヴァルクの体勢が崩れる。
予想外。
剣が振り切れない。
ケンジが腕を回す。
首へ。
無理やり。
押さえつける。
倒す。自分ごと。
地面へ。
「……なにを――」
ヴァルクが動く。
引き剥がそうとする。
だが。
ケンジが離さない。
血で滑る腕。
それでも。
食い込ませるように。
固定する。
その時。
ケンジの視界に。
影が映る。
森の奥。
静かに立つ影。
ノクス。
動かない。
ただ、見ている。
ケンジの口が、動く。
声にならない。
血が混じる。
それでも。
絞り出す。
「……頼む……」
小さく。
だが――届く。
次の瞬間。
空気が裂ける。
音もなく。
影が走る。
速い。
見えない。
ノクス。
一直線。
迷いなく。
ヴァルクの首へ。
牙が――
食い込む。
「……ッ!!」
鈍い音。
骨が軋む。
血が溢れる。
ヴァルクの動きが止まる。
そのまま――
崩れる。
一瞬で、訪れる。
ケンジの体も、
同時に、力が抜ける。
横に倒れる。
もう、支えられない。
ノワールが駆け寄る。
体を支える。
鼻先で、触れる。
呼吸を確かめる。
弱い。浅い。
消えそう。
ノクスが、ゆっくりと近付く。
血を滴らせながら。
静かに。
ケンジの前に立つ。
ケンジが、目を開ける。
ぼやけた視界。
それでも分かる。
ノクスの姿。
その瞳。
少しだけ、笑う。
口元が、緩む。
「……守れた……」
かすれた声。
途切れそうな呼吸。
それでも。
確かに。
「……俺でも……守れたよ……」
涙が、こぼれる。
一筋。
頬を伝う。
ノクスが顔を寄せる。
静かに。
その涙を――舐める。
ケンジの目が、少しだけ開く。
そして。
安心したように。
笑う。
呼吸が――止まる。
風が、吹く。
森が、揺れる。
ノワールが、低く鳴く。
震える声。
ノクスが天を仰ぐ。
そして――
遠吠えを上げる。
それは。
悲しみか…
怒りか…
それとも――
認めた者への、送りか。
森に響く…
長く…
深く…
消えない声……
37話読んでいただきありがとうございます。
今後もよろしくお願い致します。




