第36話 届かぬ牙
いつも読んでいただきありがとうございます。
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
重さが増す。
ヴァルクの構えが、完全に変わる。
無駄がない。
遊びもない。
ただ――殺すための形。
「来い」
低く。
それだけ。
ケンジが踏み込む。
同時にノワールも動く。
左右から挟む。
上手い連携。
タイミングは完璧。
だが――
ヴァルクは動じない。
先に来たのはケンジ。
低く潜り、懐へ。
短剣が閃く。
喉元を狙う。
だが。
剣がそこにある。
防がれる。
その瞬間。
横からノワール。
牙が腕へ食い込む――
はずだった。
わずかに体を捻る。
噛みつきをかわす。
逆に。
膝が叩き込まれる。
ノワールの体が弾かれる。
地面を転がる。
すぐに立ち上がる。
だが――
間に合わない。
ケンジの方へ。
刃が振り下ろされる。
重い。速い。
受けるしかない。
腕を支えに、
受け止める。
だが――
押し切られる。
腕が沈む。
力が強すぎる!
膝に負担が掛かる、痛み、
「……っ!!」
歯を食いしばる。
力で負けている。
完全に。
「遅い」
ヴァルクの声。
感情はない。
ただの事実。
そのまま押し込む。
ケンジの足が沈む。
足が地面に埋れる。
限界。
その瞬間。
ノワールが再び飛び込む。
今度は正面から。
無理やり。
剣の軌道を逸らす。
ケンジが横へ転がる。
距離を取る。
息が荒い。
肺が焼ける。
視界が揺れる。
「……はぁ……はぁ……」
立つ。
まだ、立てる!
ノワールが横に並ぶ。
肩で息をしている。
だが、目は死んでいない。
「……いい連携だ」
ヴァルクが言う。
だが、その声は――
まだ余裕がある。
「だが」
1歩。踏み込む。
今度は。
“見えない”…速い。
ケンジが反応する。
だが――遅れる。
刃が、肩を裂く。
血が舞う。
体が押された。
バランスを崩す。
そのまま。
追撃。
水平に一閃。
ノワールが割って入る。
牙で腕を狙う。
だが。
剣で弾かれる。
体が浮く。
木に叩きつけられる。
鈍い音。
息が詰まる。
「……まだ立つか」
ヴァルクが近付く。
ゆっくりと。
逃げ場はない。
ケンジは膝をつく。
血が落ちる。
止まらない。
腕が震える。
短剣を握る力が弱まる。
それでも――
離さない。
「……なんでだよ……」
小さく。
吐き出す。
ヴァルクは答えない。
ただ見下ろす。
その目は冷たい。
だが――
わずかに、何かがある。
理解ではない。
だが、無視もできない何か。
ケンジが顔を上げる。
血に濡れた顔。
それでも笑う。
「……強ぇな……ほんと」
息を吐く。
震える足で、立ち上がる。
フラつく。
だが、倒れない。
ノワールも、ゆっくりと起き上がる。
足が少し震えている。
それでも。
前を見る。
「……まだ、終わってねぇ」
ケンジが呟く。
短剣を構える。
まだ――使っていない。
“あれ”は。
まだ使うには早い。
その時じゃない。
ヴァルクが剣を構え直す。
今度は、確実に終わらせるために。
「終わりだ」
1歩、踏み出す。
その瞬間――
森の奥。
空気が震える。
低い唸り。
地面を伝う。
重い気配。
別格。
ヴァルクの目が、わずかに動く。
ケンジも気付く。
ノワールが顔を上げる。
その方向。
闇の中。
ゆっくりと。
現れる影。
金の瞳。
静かな怒り。
ノクス。
完全に、空気が変わる。
ヴァルクが、わずかに口元を上げる。
「……来たか」
36話も読んでいただきありがとうございます。
今後もよろしくお願い致します。




