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月影の双狼と黒翼―誇り高き2匹の狼と、黒翼の守護者―  作者: アル治
黒牙と騎士、譲れぬもの

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第32話   進軍の号令

いつも読んでいただきありがとうございます。

空は、重かった。

雲が低く垂れ込める。

光を遮るように。

まるで――

これから起こることを、知っているかのように。


城門が開く。

重い音。

軋み。

ゆっくりと。

その向こう。

整列する兵たち。

10…20…。

いや、それ以上。

 

鎧が並ぶ。

槍が揃う。

無駄な声はない。

ただ、緊張だけが満ちている。

その前に立つ男。

 

カイロス。

動かない。

ただ立つだけで。

空気が沈む。

誰も、息を乱さない。

乱せない。

その背後。

 

あのフルプレート。

無言。

不気味なほどに静か。

まるで意思を持たぬ影。

だが――

“いる”だけで、分かる。

異質。

戦場のものではない。

何かが違う。

その列の端。

 

ヴァルクがいる。

完全武装。

前回とは違う。

 

無駄を削ぎ落とした装備。 

鋭く。

普通より大きめの剣、 

そして――

迷いがない。

その少し後ろ。

 

バルカス。

だが、並んではいない。

距離を置かされている。

剣は持っている。

だが――

立場が違う。

戦列にはいない。

歯を食いしばる。

何も言わない。

言えない。

さらに奥。

 

セレナ。

同じく、列にはいない。

静かに立っている。

その視線は――

 

ただ1人。

ヴァルクへ。

揺れない。


「……出るぞ」

カイロスが口を開く。

それだけで。

全員の背筋が伸びる。

空気が張り詰める。

「森の“獣”どもに」

ゆっくりと。

言葉を落とす。

「思い知らせる」

冷たい。

感情はない。

だが――

確かな殺意。

「人の領分を侵した代償をな」

その言葉に。

兵たちの握る手に力が入る。

恐怖もある。

だが。

それ以上に。

 

逆らえない圧がある。

カイロスが1歩踏み出す。

それだけで。

全体が動く。

進軍。

足音が揃う。

重く。響く。

地面が震える。

ゆっくりと。

確実に。

 

森へ向かう。

その中で。

ヴァルクは歩く。

前を見て。

それだけ。

横を見ない。

後ろも見ない。

だが――

 

通り過ぎる瞬間。

ほんの一瞬だけ。

気配を感じる。

視線。

セレナ。

言葉はない。

だが。

すれ違う、その一瞬。

微かに。

聞こえるか、聞こえないかの声。

「……ご無事で」

消えるような声。

誰にも届かない。

ヴァルクだけに。

 

ヴァルクは止まらない。

振り返らない。

だが――

ほんのわずかに。

 

足の運びが、強くなる。

隊列の後方。

 

バルカスが拳を握る。

血が滲むほどに。

「……くそっ……」

小さく吐き捨てる。

行けない。

分かっている。

体がもたない。

それでも。

目は離さない。

遠ざかる背中。

ヴァルクの背。

 

その姿が見えなくなるまで。

ただ、見続ける。

森の入り口。

影が濃くなる。

光が遮られる。

風が変わる。

 

カイロスが足を止める。

森を見上げる。

その目に。

わずかな興味。

「……いるな」

確信。

見えていない。

だが、分かる。

その一言で。

全員の緊張が跳ね上がる。

ヴァルクが1歩前へ出る。

剣に手をかける。

抜かない。

まだ、その時ではない。

だが――

 

準備はできている。

カイロスが、口元を歪める。

「狩りの時間だ」

低く。

静かに。

その言葉が。

森に溶ける。

そして――

 

戦いが、始まる。

32話も読んでいただきありがとうございます。

今後もよろしくお願い致します。

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