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月影の双狼と黒翼―誇り高き2匹の狼と、黒翼の守護者―  作者: アル治
黒牙と騎士、譲れぬもの

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第31話  黒を纏う者

いつも読んでいただきありがとうございます。

楽しんでもらえたら幸いです。

森は静かだった。

風が葉を揺らす音。

遠くで鳴く鳥の声。

 

戦いの痕は、もう見えない。

だが――

空気は変わっていた。

誰もが分かっている。

“次が来る”と。

ケンジは木の幹にもたれていた。

短剣を手に。

ゆっくりと振る。

無駄を削るように。

繰り返す。

何度も。

呼吸に合わせて。

一振り。

また一振り。

「……少しは、マシになったか」

小さく呟く。


その動きを。

少し離れた場所から、ノワールが見ている。

逸らさない。

 

ノクスはさらに奥。

森の気配を探るように。

動かない。

完全には休んでいない。

精鋭の狼たちも同じ。

表面は穏やか、

でも――

牙は、しまっているだけ。


「ケンジ」

呼び声。

アルビスだ。

振り向く。

少しだけ、表情が緩む。

「どうした?」

アルビスは近付く。

いつもと変わらない足取り。

だが――

どこか静かだ。

「少し来い」

それだけ言って、背を向ける。

 

ケンジは短剣を収め、後を追う。

森の奥。

少し開けた場所。

人の手が入っていない。

“特別”な空気。

 

アルビスが立ち止まる。

振り返る。

ケンジを見る。

数秒。

何も言わない。

ただ、見ている。

「……どうした?」

ケンジが苦笑する。


アルビスはゆっくりと口を開く。

「逃げるなら、今だ」

静かに。

はっきりと。

空気が止まる。

ケンジは一瞬、目を細める。

だが――

すぐに息を吐く。

「……今さらかよ」

苦笑が、少しだけ深くなる。

「逃げねぇよ」

迷いはない。

アルビスは目を逸らさない。

その言葉を受け止める。

「死ぬかもしれない」

重い言葉。

脅しではない。

事実。

 

ケンジは肩をすくめる。

「だろうな……」

だが――

その目は、逃げていない。

「それでもいい!」

1歩、前に出る。

「守りたいもんがある」

アルビスを見る。

真っ直ぐに。

「ここにある」

言葉は短い。

だが、十分だった。

アルビスの目が、わずかに細くなる。

ほんの一瞬。

 

アルビスは背を向ける。

木の根元へ歩く。

そこに置かれていたものを手に取る。

服。

深い黒のコート。

フード付き。

古い。

だが、傷もない。

手入れされている。

大事にされてきたもの。

アルビスが戻る。

ケンジの前に立つ。

「これを」

差し出す。

受け取る。

思ったより、軽い。

だが――

不思議な重みを感じる。

「……なんだこれ」

アルビスは答える。

「先代の守護者が使っていたものだ」

だが、その意味は重い。

 

ケンジの手が、わずかに止まる。

「……いいのか?」

アルビスは小さく頷く。

「ああ」

それだけ。

ケンジはゆっくりと羽織る。

黒が、体を包む。

不思議と――馴染む。

最初からそこにあったように。

 

アルビスが見る。

そして。

「……似合うな」

小さく。

ケンジは少しだけ照れたように笑う。

「そうか?」

 

「ああ」

短い返事。

視線が合う。

ほんの一瞬。

だが――

どちらも逸らさない。

 

やがて。

ケンジが先に視線を外す。

咳払い。

「……ありがとう…」

アルビスは何も言わない。

ただ、わずかに頷く。

その時。

ケンジがふと、懐に手を入れる。

取り出す。

短剣。

1本。

そして――

もう1本。

アルビスの目が、わずかに動く。

ケンジは何も言わない。

ただ、2本を見せる。

そのまま、すぐに戻す。

アルビスも、何も聞かない。

だが。

理解する。

準備は、整っていると。

風が吹く。

木々が揺れる。


遠くで、ノクスが顔を上げる。

気配。

まだ遠い。

だが、確実に近付いている。

ノワールも立ち上がる。

群れの精鋭たちも。

静かに。


動き出す準備をする。

ケンジがフードを被る。

影が顔に落ちる。

その奥の目は――

もう迷っていない。

アルビスが横に立つ。

同じ方向を見る。

 

森の奥。

来るべき戦いの方へ。

「……行くぞ」

小さく。

だが、はっきりと。

ケンジが頷く。

「ああ」

その声は、もう揺れていなかった。

31話読んでいただきありがとうございます。

これからも宜しくお願い致します。

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