第30話 命令の下で
いつも読んでいただきありがとうございます。
重い扉が開く。
石造りの広間。
空気が張り詰めている。
玉座の前に立つ男――カイロス。
その背後。
無言のフルプレート。
動かない。
ただ、立っている。
圧だけを放つ。
その前に。
ヴァルクが立つ。
膝はつかない。
だが、頭はわずかに下げる。
最低限の礼。
それだけ。
沈黙。
それだけで、場が支配される。
カイロスが口を開く。
「……報告は聞いた」
感情はない。
だが――
重い。
「逃げた……そうだな?」
事実だけを突く。
ヴァルクは答えない。
否定しない。
言い訳もしない。
それが答え。
空気が、冷える。
「ヴァルク」
名前を呼ぶ。
それだけで、周囲の空気がさらに沈む。
「あれだけタンカを切ったのにな……」
ゆっくりと立ち上がる。
足音。
1歩。
また1歩。
近付く。
止まる。
目の前。
「“撤退”か」
その言葉だけが、鋭く響く。
沈黙。
ヴァルクは動かない。
目も逸らさない。
ただ――
立っている。
その態度に。
わずかな苛立ちが滲む。
カイロスの眉が、ほんの僅かに動く。
「……なぜだ?」
短く。
問う。
ヴァルクは一瞬だけ視線を落とす。
脳裏に浮かぶ。
血。
バルカス…
セレナ…
そして――
守れなかった“過去”。
「……戦力の損耗が大きい」
それだけ。
余計な言葉はない。
言い訳もしない。
ただ事実だけ。
カイロスは笑う。
薄く。
「ほう…?」
「お前が“損耗”を理由にするとはな」
皮肉。
試すような視線。
だが――
ヴァルクは反応しない。
沈黙。
それが答え。
しばらくの間。
誰も動かない。
やがて。
カイロスが背を向ける。
玉座へ戻る。
腰を下ろす。
肘をつき、頬杖をつく。
興味を失ったように。
だが。
完全には切っていない。
「……準備を整えろ」
一言。
命令。
「次は――」
わずかに口角が上がる。
「許さぬ…」
冷たい。
確信。
ヴァルクがわずかに頭を下げる。
「……了解した」
さすがに今回は何も言えない……
背を向ける。
歩き出す。
止める者はいない。
誰も声を掛けない。
ただ――
重い視線だけが追う。
廊下。
足音が響く。
ヴァルクは止まらない。
真っ直ぐに進む。
その途中。
壁際に、セレナが立っている。
既に治療を終えている。
包帯は巻かれている。
だが、完全ではない。
それでも。
姿勢は崩れていない。
ヴァルクが通り過ぎる。
その瞬間。
セレナが小さく頭を下げる。
何も言わない。
ヴァルクも言わない。
一瞬だけ。
足が止まる。
ほんの僅か。
それだけで十分だった。
再び歩き出す。
訓練場。
バルカスが立っている。
まだ傷は残る。
だが、剣を握っている。
無理をしている。
「……来たか」
低く言う。
ヴァルクは止まらない。
その横を通る。
「準備をしろ」
短く。
命令。
バルカスの口元が歪む。
「……分かってる」
悔しさを噛み殺す。
それでも、従う。
ヴァルクは振り返らない。
ただ、前を見る。
その目はもう――
森ではない。
次の戦いを見ている。
夜。
武具が並ぶ。
手入れされる剣。
研がれる刃。
締め直される鎧。
無駄な音はない。
準備。
セレナは静かに刃を磨く。
血の跡を消すように。
バルカスは歯を食いしばりながら、剣を振る。
痛みを無視して。
ヴァルクは1人。
剣を持たず。
ただ立つ。
そして。
ゆっくりと目を閉じる。
浮かぶのは――
森。
狼。
あの女。
そして。
短剣を持った男。
「……次は」
小さく。
呟く。
「終わらせる!」
「俺の邪魔はさせない!」
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